十五神噺.人間嫌いな稲浪?
ピーと朝の訪れを知らせるアラーム音が寝室に響く。
「ん・・・・・・ふぁあぁ〜・・・・・・・」
隼斗が目覚めが良いタイミングで目覚めたようで、大きな欠伸を漏らす。
「体、動かねぇ〜・・・・・・」
徐々に脳の回転がスムーズに働き始め、目を開くことが苦にならなくなってくる。昨日は目覚めの悪さから稲浪にビンタを喰らったが、今日はそんなことは無さそうだ。
「って、近っ!」
朝陽で微かに明るみのある寝室のベッドの上。昨夜は稲浪が隼斗を抱きしめていたため、隼斗の体の上には稲浪の腕がしっかりと回されていた。寝返りを打った際に、そのまま稲浪が強く抱きついてきたのか、隼斗が目を開くと少し顎を引けば、稲浪の唇に当たりそうなほど、稲浪の顔が近くにあった。
「い、稲浪〜。朝だぞ〜」
自分の胸に押し当てられる、男にはない柔らかさ。短パンで寝ていたため、ネグリジェで下着一枚しかはいていない稲浪の足が、絡みつくようにくっついているため、全身に感じる柔らかい温かさに、寝起き一番で隼斗の体温が一気に上がっていた。
「んぅ・・・・・・は、やと・・・・・・」
「ぐっ、ちょっ、い、稲浪・・・・・・?」
寝言なのか、稲浪が小さく呟くと、さらに隼斗の体が稲浪に傾く。
「く、苦しいぞ、稲浪」
焔だけではなく、九稲との鍛錬の甲斐もあるのか、稲浪はなかなか力もあるようで、ギュッと抱きしめていた腕の力が、ギュウっとなる。
「お、おいっ、稲浪、起きろ、いたいって」
稲浪の力に、隼斗は心地良さも半分に、苦しさのほうが若干上回っているのか、何とか稲浪を起こそうともがいていた。
「ん・・・んぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」
だが、稲浪は隼斗のもがきがかえって心地良い揺すりにでもなっているのか、起きる気配もなく、顔を擦り付けてくる。
「あ、柔らかいけど、痛いって」
それでもやはり隼斗の鼻の下は、伸びていた。
「いつまでもこうしてられないしな。殴られるのはごめんだし、あれしかないか」
バイトの時間もあり、昨日のような遅れをとるわけにもいかず、隼斗が稲浪の顔に近付く。頬に掠る稲浪の寝息に、男の性が疼くが、昨夜のことを思うと、寝ている稲浪に行動をする気は起こらなかった。
「やっぱ、綺麗だよな、お前」
性格は、なんかまだまだ大人っぽい子供って感じで可愛いし。それでいて強い。ほんと俺、良い神子に出会えたんだろうな。
そんなことを稲浪の寝顔を見ながら思っていたが、それでも時間は待ってくれるはずもなく、隼斗は一呼吸置くと、そっと稲浪の耳元に何とか体を動かす。
「稲浪〜、起きろ〜・・・・・・ふぅぅ〜」
「きゃうんっ!?」
隼斗が稲浪の耳元で、息を吹きかけた。その瞬間、稲浪がビクンっと跳ね、青い瞳が大きく開いた。
「お? うぅ? ・・・・・・?」
痛みはないが、全身に走った鳥肌に稲浪が混乱した表情を浮かべていた。
「おはよう、稲浪」
ビクンと跳ねた勢いで、隼斗に抱きついていた腕が解かれた。
「は、はや、と?」
いまいち状況が分かっていない稲浪が戸惑いの顔を、すぐ隣にいる隼斗に向ける。
「稲浪も耳は弱いんだな」
予想以上の驚きように、隼斗は笑っていた。お互いに、すっかり目は覚めたようだ。
「な、何をしたのじゃ? ゾクゾクゾクと、した気がするのじゃが・・・・・・?」
痛みはないため、稲浪も反論しようにも出来ないようで、息を吹きかけられたことへの混乱で、少々興奮にも誓い驚きの波に呑まれているようだ。
「何にもしてないさ。夢でも見たんだろ? きっと」
だが隼斗は明かすことなく、笑って済ませると、先に起き上がる。毛布がズレて昨日のように捲れ上がり、裸体を晒している稲浪に、さっと毛布をかけた。さすがに三日も経てば、対処するだけの能はあるようだ。
「朝飯作るから、着替えて顔洗っておいてくれよ」
未だに頭上に『?』を浮かべている稲浪を一人残し、隼斗がキッチンへと出ていった。
隼斗が嘲笑の支度を済ませると、稲浪もそれに合わせるように、神子服に袖を通し、腰を下ろした。
「そう言えば、所長さんから送られてきた服って、そういうのばっかなのか?」
二人して穏やかな朝食の時間。隼斗の視界には朝から少々刺激の強い衣を纏った稲浪がいる。寝ている時のあどけなさはなく、凛とした大人の風貌だ。
「うむ。我らの普段着のようなものじゃからの。いつ戦闘があっても良いようにじゃ」
誰も見ていない朝の情報番組が、二人の朝食のBGMになっている。
「いつ戦闘があっても、ね・・・・・・」
何事もない穏やかな朝。何処にでもいる恋人同士の同棲生活。男は日本人、女は欧米人の国際カップル。何も珍しいことじゃない。だが、それはあくまで見た目だけのこと。昨夜の稲浪の闘いを見て、穏やかな朝だと言うことはなかなか思えなかった。
「稲浪はさ、闘うことに関しては何とも思ってないのか?」
「? どういうことじゃ?」
隼斗が稲浪に声を掛けると、稲浪が口をもごもごと動かしながら傾げる。
「闘うことを条件に人間社会に来たんだろ?」
「そうじゃ。我が決めたわけではないが、結果はそういうことになるの」
「それって、人ととの生活が出来る代わりに、強制的に闘わないといけないんだろ? 稲浪は嫌じゃないのか?」
昨夜のエンとのこと思い出して、聞かずにはいられなかったのだろう。
「隼斗は嫌のなのか?」
聞いた隼斗に稲浪が問いで返してくる。
「嫌って言うか、やっぱ日が浅いこともあるんだろうけど、恐くない?」
人間にはない能力を駆使して戦う姿。そして、自分にも襲ってきた神子の力に、隼斗は恐れを感じていた。得体の知れないものに対する恐怖と言うものは、動物には必ず存在するのだろう。何も感じることなく生きているものはいないのだから。
「恐い、か。我は姉上との鍛錬で恐いと感じたことがないからの。闘うことに関しては愚問と言うものじゃ」
アメとムチで育ったのだろうか。稲浪は創生での戦闘については、己に降りかかる対峙する神子には恐れを成していないようだ。
「我より強いものも居ろう。じゃが、我はそやつらと一戦を交えてみたいと思っておる」
隼斗の心配を他所に、稲浪は戦闘を好んでいるようだ。
「自分よりも強い神子と、か?」
「うむ。我らは力が全ての生き方をしておった。強きものは生き残り、弱きものは死に絶える。それが自然の摂理なのじゃと教わった」
稲浪の言っていることは確かに正論だ。自然界は弱肉強食。強い種が残り、弱い種が滅びていく。この地球に生命が息づいてから、それはいつまでも変わらないことだ。
「故に我は弱き者よりも、強き神子と闘い、己を高めるのじゃ。それが姉上に教わった我の生き方じゃ」
疑問は抱いていない真っ直ぐな心の言葉。綺麗なはずなのに、隼斗にはそれが悲しく思えた。
「稲浪は、自分が負けた時のこととか、負けるようなことは考えたりしないのか?」
だが、人間は違う。全てを平等に守り、共に生きようとする。弱いものを助け、強いものから守るための力を学ぶ。そして全てを守ろうとする。
「負けることなど考えて、何になる。負けるということはそこで終わりと言うこと。そのようなことを考える暇があるなら、己を鍛錬するに当てる方が当然の所業じゃ」
下らんことを聞くな、と稲浪が隼斗を叱咤する。
「人間は理を覆そうとする。じゃが、それが誤りなのじゃ」
「どういうことだ?」
稲浪の言葉に、隼斗が怪訝そうな目を稲浪に向ける。
「平等を謳うことは、既にその時点で平等ではないということじゃ」
稲浪が穢れのない瞳を真っ直ぐに隼斗に向ける。
「人間は己らが生き残るために、他者を捕らえ飼育する。時には人間のためだけに生物を生かし、研究し、殺す。保護と謳い、我らの仲間である動物たちを囲う。誰が望んだのじゃ? 我らが頼んだのか? 言葉も理解出来ぬ我らに、適当な情を押し付け見世物にする。そして、人間を超える力を持つものを恐怖の対象に、里へ餌を求め下りてくるものを捕らえ、払い、殺す。そこに平等などない。人間はそうすることで己を誇示し、支配者を気取っておる」
どうやら稲浪は元々人間嫌いのようだ。隼斗を見る目が、敵でも見るように厳しい目をしている。ここで稲浪が狐の姿になれば、恐らく全身の毛を逆立て、隼斗に牙を向いているのかもしれない。
「人間は、勝手気ままに星を己らの物とし、破壊していく。我らの棲み処を無作為に破壊し、殺すために動物たちを飼育する」
「でも、それはそうしないと生きていけないからだろ?」
隼斗がせめてもと一声挟むが、稲浪には戯言にしか聞こえないようだ。
「かつての人間は我らと同じ生き方をしておった。空腹を感じれば猟に出、己らよりも強いものには仲間と共に戦い、守るものを守るという生き方を。じゃが、人間はずる賢かった。あらゆるものを生み出し、それを利用し、我らを恐怖に貶める。娯楽と称し、我らを見て楽しむであろう?」
稲浪の指す我らとは、人間以外の生物を指しているのだろう。
「己らが住みやすい暮らしを手に入れるために、我らの生活の場を破壊し、餌を求め彷徨う我らを邪魔者のように払う。そこに何の平等がある? 我らを見下す以外に何の意味がある?」
初めて目にする稲浪の心底から沸く怒り。それは隼斗の背筋に冷たいものを感じされるには、圧倒的な力があった。
「我らは我らを守るために、弱きものを見捨てる。じゃが、人間は我らだけではなく、己らすらも殺す。手を差し伸べ助け、時には殺す。我らには理解出来ぬことを仕出かす。力のない動物たちは人間に平伏すしかないのじゃ。じゃが我らは違う。我らが奮起すれば人間など容易く絶やしてみせられるのじゃ」
ゾッとしたものを感じさせる稲浪の言葉。積年の直接的であったり間接的であったり、人間の仕打ちに募る怨みなどは消えることがないのだろう。
「我らは生き残るために闘ってきた。ゆえに我は生き残る為の闘いに恐怖は感じぬ」
一通りの稲浪の話は終わったようで、稲浪が味噌汁を啜った。
「じゃ、じゃあ、稲浪は人間が嫌いなのか?」
「人間を恐れぬ生物はおらぬ。我もかつては人間と言うものは嫌いじゃった。己らの満足の為だけに種を滅ぼし、今度は勝手に守ろうとする。我らは頼んではおらぬ。何事に巻き込まれようが、我らには我らの力で生き残るだけの能力がある。人間などに頼ったりはせぬ」
そういう稲浪が隼斗の元でこうして朝食を頼っていることを、隼斗は気づいていない。
「じゃが、中には人間に保護され、大切に守られる者も居る。そのことを思うと未だに人間と言うものがよう分からぬ」
稲浪の顔から険しさがなくなる。
「それじゃ、今はそうでもないってことか?」
隼斗が内心で安堵のため息を漏らす。
「そうではない。虐げられた事実は確かにある。我は全ての人間を好むことは出来ぬ」
そ、そうなんだ、と隼斗が気まずそうな表情を浮かべる。
「じゃが、隼斗のことは嫌いではない」
「え?」
「隼斗は我を助け、こうして我を養っておる。その心に我は惹かれておるのも確かじゃ。ゆえに我も、それほど人間は嫌いではないのかもしれぬ」
「かもって・・・・・・」
「我はあくまで姉上や類の者から聞いた話でしか、人間と言うものを知らぬ。知らぬことが多いのじゃ。それだけで判断は下せぬ」
稲浪がふっと表情を和らげる。どうやら昔話のようなものを聞いて、刷り込まれた事実に対しての怒りはあっても、実際に人間社会に進出したことで、まだまだ自分の知らない世界を目の当たりにして、その基準が分からなくなったようだ。
「それに我には帰るべき場が出来た。そこを守るための闘いならば、我は何も恐れはせぬ」
安心せい、と稲浪が隼斗を見る。
「そっか。でもあんまり無理はするなよ」
「無論じゃ。我が身を崩せば、困るものが居るのじゃ。無粋な真似などせぬ」
今は隼斗が優先とは言え、琴音もつばさも稲浪が守ると自ら宣言した。そのことを稲浪はきちんと念頭に置いているようで、隼斗がその言葉に満足そうに微笑んで箸を進めた。
『昨夜、大府大阪の北区梅田、河内長野市、兵庫県豊岡市で、爆発事件が発生しました』
ふと会話が止まった二人の耳に、近畿圏のニュースが入ってきた。
「そういや、最近多いよな。大府だけじゃなくて、全国でもあってるみたいだし」
焼き鮭とご飯を口に運ぶ隼斗が口を動かしながら呟く。
『原因は今のところ不明ですが、ガス爆発などの危険もあり、周辺住民の方へは避難勧告が発令されてます』
現場のリポーターとの中継で、リポーターの背後は大地が抉れていたり、建物が崩壊し、警察の管轄化に抑えられている様子が映る。
「また、相当な爆発だったみたいだな」
「何を言う。これは神子の戦闘の形跡じゃ」
稲浪が中継されている現場の様子を見て、言う。
「そうなのか?」
隼斗が意外そうに言うと、稲浪が呆れたようなため息を漏らす。
「創生が本格化してきておるのじゃ。見よ」
稲浪が目で隼斗にテレビを見ろ、と促し、隼斗が画面に目を向け直すと、そこにはこの一ヶ月で起きた原因不明の爆発事故と付けられた日本地図が映し出され、全国各地に赤い点マークがついている。画面が変わり、元警察庁捜査本部長だとか、評論家だとかが勝手な推測を差も事実であるように言っているが、稲浪はそれを下らんと一蹴する。
「闘いを望まぬ神子も居るそうじゃが、大半は赫職と共であったり、己の力を誇示するために神子が戦闘をしているのじゃろう。連続してガス爆発など起こるはずがなかろう」
「言われてみればそうだな。じゃあ、もうこんなに創生が動いているってことか」
稲浪と出会ってまだ数日だが、既にそれよりも前から神子が闘いをしているという証の印がいくつもある。隼斗は稲浪と出会った時が創生の始まりだと思っていたようだが、実際はそうではなかったのだと、驚きを隠せないようだ。
「恐れを感じるか?」
「そりゃあ、まぁ」
いくら稲浪が強いからと言っても、昨日のエンとの先頭の後に比べると、比にならないほどの痕跡が画面に映り、隼斗のその騒然としている現場の様子に考えるものがあるようだ。
「我と隼斗は異なるのじゃ。それは仕方のないことなのじゃろうな」
稲浪がいつもなら、そこで隼斗を安堵させるような一言を言うが、今日は静かに答えた。やはり稲浪も自分で人間とのことを言っていただけに、そのことを少なからず意識しているのだろう。
「これから、こういう闘いもあるんだよな・・・・・・」
「それは避けられまい。創生に加担している以上、我は神子として、隼斗は赫職として、闘わねばならぬのじゃ」
改めて言う稲浪の言葉に隼斗は小さく息を吐いた。
「よし、では往くぞ、隼斗」
朝食後、バイトへの支度を整え隼斗が家を出ようとすると、稲浪が玄関前で待っていた。
「往くって、どこにだ? 俺、これからバイトなんだぞ?」
隼斗が不思議そうに首を傾げていた。
「承知しておる。昨夜のことを忘れたのか?」
稲浪が隼斗に何を下らぬ、と見てくる。
「また神子との戦闘に巻き込まれた時、昨夜のような四霊は助けには来ぬ。昨夜は偶然じゃ。いつ隼斗が巻き込まれるやも知れぬのじゃ」
どうやら稲浪は隼斗に何が起きてもすぐ傍で対処出来るように、ついていくつもりのようだ。
「いや、昨日のことはまぁ、俺の責任でもあるけど、もう、そんなことはしないって」
流石にバイト先にまで連れて行ってしまえば、仕事に支障が出るどころか、昴さんがいる。それを考えると、稲浪を連れて行くのは気が引けるんだけど。
「何を言うか。隼斗がそうでなくとも、相手は時と場を選びはせぬ。我は隼斗の神子じゃ。本来はその傍につくのが当然なのじゃ」
稲浪はもう隼斗についていく気満々らしく、隼斗が来るなと言ったところで、聞く耳は持ち合わせないらしい。
「ほれ、遅刻するのじゃろう? 早ぅ参るぞ」
「何て説明すりゃ良いんだよ・・・・・・」
自分の身を案じてくれることに関しては素直にありがたいと思っても、流石に仕事となると、バイトの身ゆえに説明の仕様がなく、隼斗がうな垂れる。
「あっ、そうだ」
「ん? 何じゃ?」
家を出て、二人が駅へと向かう中で、隼斗が思いついたように声を上げた。
「稲浪、俺がバイト中は何もないだろうから、稲浪には別の場所で待っててもらえるか?」
「どこでじゃ?」
待つことは了承したのか、稲浪が何処に居れば良い、と隼斗を見る。
「ちょっと待ってな」
隼斗が携帯を取り出し、どこかへ掛ける。不思議そうにしながらも、稲浪は隼斗と歩幅を合わせて歩く。
「はい、はい。それじゃお願いします」
いくつか言葉を交わすと、隼斗が通話を切った。
「よし、オッケー出たから、まずはそっちに顔出しに行くぞ」
「何処にじゃと言うておろう?」
「行けば分かるって。女性一人だから安心だろ?」
隼斗がそう言うと、女性、と言う言葉に反応した稲浪がキッと隼斗を見る。
「まさか、我以外にまぐわう女子が居るのではあるまいな?」
隼斗が噴出した。
「い、いるかっ! 仕事の関係で知り合った人だよっ」
隼斗の様子に嘘ではないと感じたのか、稲浪が頷く。
「それじゃ、行くぞ、隼斗」
グイっと稲浪が隼斗の手を引く。
「あ、おいっ、そんな急がなくても今日は大丈夫だって」
駅へと向かうサラリーマンや学生の中を、見せ付けるように稲浪が隼斗の手を引いていった。
「我はもっと、隼斗のことを知っておきたいのじゃ」
「何でだよ・・・・・・?」
周囲の人の目に隼斗が少々恥ずかしそうに、稲浪の手を振り払おうとするが、稲浪は離そうとはしなかった。
「赫職のことを知りたいのは当然のことじゃ。隼斗は我のことを知りたくはないのか?」
有無を言わせないような稲浪の物言い。
「そりゃあ、知りたいけど・・・・・・?」
「・・・・・・何故に問いかけるのじゃ?」
「いや、知りたいですっ、はい」
「うむ。それで良い。我はもっと人間社会も知って学びたいのじゃ」
今まで聞かされてきたことと、実際に己の目で見る社会との相違を稲浪は感じたいようで、その言葉に隼斗が納得したように数回頷いた。
「だからって、あんまりはしゃぎすぎたりしないでくれよ」
「我は子供ではない。それくらいは弁えておる」
そうは言うが、稲浪はどこか楽しげな面持ちで隼斗を引っ張っていた。
「あらあら、こんな朝早くからあんなにはしゃいじゃって。やっぱり、あの癖が出ちゃったのかしら」
隼斗と稲浪が傍からはいちゃついているように見えるのを、遠くからうふふ、と苦笑を浮かべながらも安堵した表情を見せる九稲がビルの屋上から二人を見守っていた。
「でも、ちょっと焼けちゃうわね」