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十四神噺.幼き神子の芽生え

「ねぇ、琴音」

「うん? どうしたの? 眠れない?」

 隼斗が稲浪を意識してなかなか寝付けない夜を過ごしている、その隣の部屋で琴音とつばさは親子のように寝床を共にしていた。

「そうじゃないけどさ、あの二人、信用していいの?」

 つばさが琴音に甘えるように寄り添っている。大人な風貌で甘える稲浪とは異なり、つばさは見た目も実際も子供だ。隣室のような空気は一切なく、静かな夜を過ごしているようだ。

「ツーちゃんは、信用してないの?」

 隼斗たちと出会った時のような慌てぶりは欠片もなく、落ち着いたお姉さんの雰囲気で、琴音がつばさの前髪を掻き揚げる。

「だって、俺たち神子は、元々同じ種族以外とは交流がなかったし」

 急に多種族との交流を持ち、その上、人間社会への融解ともなるとそれに適応するだけでも心身に掛かる負担は大きいのだろう。適応力を身につけた大人は、短期間で馴染むことが出来ても、つばさのように子供にしてみると、人間社会に出るだけでも精一杯の中で、創生という闘いをしないといけないことに対しては、なかなか全てに目を向けることが出来ないのだろう。大府に来ていきなり、妖狐族の白狐稲浪と出会い、ほとんど流れるように仲間となったが、つばさにはまだ素直に納得出来ないようだ。

「でも、今日は稲浪さんと仲良く話してなかった?」

 引越しの手伝いの時の様子や、稲浪が隼斗の危機を感じ、二人に協力を求めた時のこと。真っ先に稲浪と対話したのは、琴音ではなくつばさだった。

「それは、そう、だけど・・・・・・」

 夕飯の前の時も、つばさは稲浪と傍から見れば仲良くしているように見えていた。

「隼斗さんと稲浪さんのこと、ツーちゃんは嫌い?」

 琴音の問いかけに、つばさ、う〜ん、と唸る。

「好きとか、嫌いとかは、よく分かんない」

 琴音に対しては全幅の信頼でもあるのか、つばさは素直な男の子だった。

「今日、ツーちゃん、稲浪さんを隼斗さんのところまで連れて行ってあげたよね。その時、稲浪さんの闘い方って見てた?」


 遠く離れた所で隼斗が神子との戦闘に巻き込まれた時、稲浪はいち早くそのことを感じ取り、片付けがようやく終りそうな時に、二人の下へ駆けた。

『琴音っ、つばさっ、我はここで失礼するっ』

 稲浪の表情は真剣なものだった。

『どうしました? 随分と急いでいるみたいですけど?』

 琴音が突然の稲浪の変わりように、首を傾げる。

『隼斗が他の神子との戦闘に巻き込まれておるのじゃ』

『・・・・・・分かるの?』

 隼斗はバイトがそろそろ終わり、帰路に就こうとしている時間帯で、ここにはいないが、稲浪は一刻も早く駆けつけなければ、と言うような面持ちだった。

『紋が疼いておる。これは隼斗の身に何かが起こっておる証なのじゃ』

『そうなの? ツーちゃん』

 稲浪は自分の神子ではないため、琴音にはそれが本当なのか判断がつかなかった。

『うん。俺たち神子は赫職紋が、赫職に何かあると知らせてくれるんだ』

 つばさの答えに稲浪が、頷き、琴音もそれを信じたようだ。

『でも、隼斗さん、梅田にいるんじゃないですか?』

 この時間なら、バイトで近くにはいないだろうと琴音は思った。

『うむ。じゃが我の足ならば、ここからでも遠くはない』

『狐って足速いのか?』 

 つばさが足遅いんじゃないの? と言うと、稲浪がつばさを睨む。

『こらこら、二人とも喧嘩しないの。そういう事をしている場合じゃないでしょ』

 仲間になった以上、他人事のように済ますわけにもいかない。隼斗よりも数日だが、創生についての知識をその分蓄えている。稲浪の焦る気持ちも分からないでもないのだろう。

『ここからは、稲浪さんでも遠いでしょ?』

『う、うぬ。じゃが、隼斗を守るが我の命約じゃ。すまぬが我は先を急ぐぞ』

 稲浪が琴音の部屋を跳び出て行こうとするのを琴音が呼び止めた。

『待って、稲浪さん。隼斗さんは今、戦闘に巻き込まれているのでしょう? だったら稲浪さんの足でつく頃には、どうなっている分からないわ』

 琴音が少しだけ口調を強くして稲浪を呼び止める。核心を突いたのか、稲浪が足を止め振り返るが、この時も無駄にはしたくないようで、表情には焦燥が浮かんでいた。

『ツーちゃん、稲浪さんを運ぶこと、出来る?』

 琴音がつばさを見る。

『え? まぁ、一人くらいなら』

 あまり自信は無さそうだが、琴音はその一言を信じたようだ。

『稲浪さん、ツーちゃんはきっと貴女よりも早く移動出来るわ。燕子とは言っても、私の神子だから、きっと大丈夫』

 根拠は、相手を信用すること。それだけ。だが、それだけで良いのだ。稲浪も隼斗を助けに行くと言うことは、相手を信用し、大事に思っているからだ。

『良いのか、つばさ?』

 稲浪がその方が助かる、と言っているような視線を向ける。

『はぁ、分かったよ』

 つばさが、はいはい、と乗り気ではないようだが、赫職の琴音が頼むことだけに断れないようだった。

『では、頼むぞつばさ』

 ポンッと稲浪が白狐の姿に姿を変える。人間の状態では、つばさが稲浪を運ぶことはさすがに厳しいようで、それに考慮したのか稲浪が変化した。

『それじゃあ、ツーちゃん、稲浪さんのことお願いね』

『分かったよ。そんじゃ、行くよ』

 玄関から行くよりも、と隼斗が稲浪を抱き上げベランダから大空へと飛び上がった。

『ツーちゃん、間に合って・・・・・・』

 琴音がただ小さくなっていくつばさを見つめるしかなく、その姿が遠い空に消えていくのをいつまでも見送っていた。


「危ないから先に帰れって言われたから全部は見てない」

 隼斗を見つけた稲浪が、地に降りるのも待ちきれないようで、つばさの腕から飛び降りた後、つばさは最後まで見届けることなく琴音の元へ戻っていった。

「そっか。でも、二人が帰ってきた時、隼斗さんも稲浪さんも大きな怪我とかしてた?」

 優しく琴音が、すぐ近くで横になっているつばさを見つめる。男としてはまだ意識していないためか、琴音は母親のような優しい顔をしていた。

「えっと、してなかったと思う」

「うん、稲浪さんは少し切ってたけど、二人とも無事だったでしょ?」

 うん、とつばさが小さく頷く。

「それに稲浪さん、ツーちゃんに感謝してたよね? ツーちゃんを信用しているから、稲浪さんはツーちゃんの頑張りを無碍にしないように、隼斗さんを無事に守って、帰って来れたんじゃない?」

 琴音に言われ、考え込むようにつばさが、琴音を見る。

「稲浪さんのことは、ツーちゃんも悪い人じゃないって言うのは分かってるでしょ?」

 しばらく考え込むと、コクンと頷く。

「その稲浪さんが信用している隼斗さんが、悪い人に見える?」

 ん? と琴音がどこか少しだけ意地悪な笑みを浮かべ、つばさを見る。

「琴音、いじわるだ」

 つばさがふてくされるように、背を向ける。

「ふふっ、ツーちゃん、まだまだ知らないことも沢山あるけど、隼斗さんと稲浪さんと協力して頑張ろうね」

 つーん、と意地を張っているつばさを、琴音がそっと包み込むように腕を伸ばして抱きしめた。

「ツーちゃんには、闘いは難しいよね。でも、私たちには隼斗さんと稲浪さんがいる。私たちに出来ないことは助けてもらって、隼斗さんたちには出来ないことは、私たちがサポートしよう?」

「・・・・・・どんな?」

 隼斗が稲浪と分かち合う温もりのように、つばさが琴音の自愛に包まれ、ゆっくりと振り返る。

「ツーちゃんは、空を飛べるでしょ? だから、稲浪さんには見えない所まで見渡せる」

「どういうこと?」

 大人と違い、子供は本当に信頼している人間には、いつまでも意地を張らない。優しさに包まれれば、それだけで安堵する。それが大事な人なら、意地を張ることも、構って欲しくて、でもその方法が分からないから、そうしか出来なくて、そうしただけのこと。だからつばさは、先ほどのことは忘れてしまったように、琴音を見つめる。

「私には、どんな神子がいるのかは分からない。でもね、ツーちゃんみたいに空を飛べる神子もいれば、稲浪さんみたいにすごい力を使うことも出来る神子もいる。それは分かるの。色んな神子と闘うことになるんだろうけど、その時がいつも同じ状況だとは限らないでしょ?」

 優しい顔をしながらも、琴音はそれなりにつばさのことを考えているようで、創生に対しての心構えと言うものを築き始めているようだ。

「そんな時に、ツーちゃんは稲浪さんの闘いを遠くから見つめれば、稲浪さんや隼斗さん、それに私やツーちゃんが傷つかないでいられる方法を見つけられるかもしれないでしょう? 上手く出来るかどうかは分からないけど、ツーちゃんなら大丈夫だよね?」

 目と鼻の先にあるお互いの顔。無言の信頼の証の距離なのだろうか。赫職である琴音は、自分の神子である燕子つばさを心の底から信じ、それと同じように隼斗と稲浪をも信用しようとしているようだ。

「俺、強いもん。琴音だって守れる」

「ふふっ、そうだね。つーちゃんは頑張り屋さんだもんね」

 琴音がつばさに微笑を浮かべ、つばさの頭を撫でた。

「でも、やっぱ、もっと強くなりたいなぁ」

 やれるだけのことをすれば良い。それでも子供は貪欲に求めたくなる。そんなつばさの言葉を琴音は笑みを浮かべて見つめていた。


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