十二神噺.神子に立つ者
「だが、俺にはどうすることも出来ない。マスターの仰せだ。諦めろ」
携帯を耳に当てながら、誰かと話している男。今のほとんどが空中映像を映し出す携帯だが、男の使用しているのは、少々、いや結構型が古い。直接耳に当てなければ相手の声は聞こえず、口元に近づけなければ相手に声の届かない電話機だ。
「それはこちらも同じこと。恐らく他の連中もそうだろう。しばらく様子を見てみろ。お前なら大丈夫だ」
じゃあな、と男が数回の言葉を交わすと携帯を仕舞う。
「何故俺が九州沖縄を見張らねばならんのだ」
ため息を吐きながら、福岡市内の上空を風と共に水面にたゆたうように漂う、全身を夜闇と同色の黒マントに身を包んだ男。
「大体マスターは何を考えているのだ? 全く分からん」
一人でぼやき続ける男。誰にもその声は届かず、風の中に消えていた。
「第一、沖縄までとは広すぎる。目が届くわけがないだろ」
男がぼやきながら地上を見下ろす。博多の中洲街が夜の賑わいを見せていた。
「だが、腹が減ったな。そろそろ夕食と行くか」
川の近くに幾重にも連なる屋台街。焼き鳥やおでん、博多ラーメンやらの様々な食欲をそそる匂いが漂う。昼間は閑静にも似た静かな雰囲気が、仕事終わりの人間の安らかな憩いの場を貸している。
「親父、ラーメン一丁」
男が地上に降り立つと、目に付いたラーメンの屋台に入る。近代化の一途を辿る街の中にある、いつまでも変わらない人情のある風景。そこに大衆の安らぎがあるのだろうか、何処からともなく笑い声が聞こえる。
「兄ちゃん、暑かなかと?」
「気にするな。これが俺だ」
見知らぬ親父が男のマント姿に声を掛けるが、男はマントを脱ぐことなく席に着く。匂いからもこってりした臭さが屋台の中に広がっている。嫌いな人間には耐え難い豚骨臭さだろう。
「あいよ、おまち」
男の前に差し出された、豚骨の真白な濃厚なスープ。縮れのないストレートな麺がスープに絡みつくように香りを放っている。チャーシューと木耳、ねぎに着色料で真赤に染まった紅しょうが。他には何もない、シンプルな博多の豚骨ラーメン。
「では、頂こう」
割り箸を割り、蓮華で男がスープを一口啜り、麺を啜る。両隣からも同じ音が響く。麺を啜ると同時にスープの臭さが味を一層引き立てる香料と化し、鼻腔をつく。
「やはり豚骨が一番だな」
男が味わいながらも手を止めることなく、食す。ストレートの麺と麺の間に絡みつく、しつこさのある濃厚スープと共に麺を啜ることが醍醐味であるように、男があっという間に平らげる。
「ごちそうになったな。美味かったぞ」
「へい。ありがとうございやした」
男がそそくさと店を後にした。人気の少ない場所に行くと男が大地を蹴り、空へ飛び上がる。
「さて、腹も満ちた。では、行くとするか」
男がそう呟くと、マントを大きく開く。すると、人間体だったからだが、夜闇に鋭眼を光らせる大鷲のように変態し、羽ばたきすると、星空の中へ消えていった。
「監視下は十二匹か。探すだけでも一苦労だな・・・・・・」
その声だけが静かに空を舞った。
「この歳に、この寒さは堪えるのぉ」
白髪交じりの顔に幾つもの皺を彫った男が小樽の運河沿いを歩く。既に陽は暮れ、仄かに赤みを帯びた街灯が静かに夜を照らす。深夜ではないため、幾分かの店明かりと人影はあるが、昼間のような喧騒は消え失せている。町並みは景観保護のためレンガ造りの建物が数回の補修を繰り返しながらも、かつてと変わらぬ姿をそこに残し、観光の名を馳せていた。
「道に東北、合わせて十八人じゃったかのぉ。年寄りには移動は苦じゃというに、太郎は何故、ワシを遣わすじゃか」
杖をつきながら、曲がった腰でゆっくりと運河沿いを歩く男。
「おい、爺さん。悪いんだけどよぉ、金貸してくんね?」
夜ともなれば、ゴロツキも多い。札付きの悪とまではいかずとも、それを憧憬するような半端者が活動をする時間が夜になる。
「何じゃ、年寄りに集るか。ろくに働きもしない若造が」
男の前に数人の若い男が周囲を取り囲むようにやってくる。
「あぁ? っるせんだよっ!」
「さっさと金だせっつーの」
爺の戯言にしか聞こえず、聞く耳など持ち合わせてはいないのだろう。大人しく金を出そうが出さまいが関係なしに、己らの鬱憤晴らしを自分よりも弱いものに対して発散したいだけなのだろう。
「小童共が。これじゃから人間はなっておらんのじゃ」
「あぁ? 何だ、こいつ」
「やっちまうか?」
一人の若者が男の胸倉を掴んでくる。
「良いから金だせってんだよっ!」
男たちの脅しにも、男はふぅ、と呆れたようにため息を吐くだけだった。
「痛い目を見んと、分からんのかのぉ。近頃の若者は」
男の言葉が挑発的だったのか、若者たちが眉間に皺を寄せて男を取り囲む。道行く通行人たちも恐怖から見て見ぬ振りをして通り過ぎていく。
「仕方ないのぉ。その器の小ささ、思い知るが良い」
精神を統一するように男が息を吐く。そんなものにも苛立ちを感じるのか、若い男たちは男を締め上げようとした。だが、それは叶わなかった。
「なっ!」
赤い街灯の中に突如浮かび上がる巨体。
「う、うわ、うわあぁぁっ!」
胸倉を捕まれ、爪先立ちにさせられていた男だったが、次の瞬間には男を持ち上げていた若者が腕を掴まれ、完全に宙に浮かび上がった。
「仲間意識も薄いか。助けようともせんとは。実に情けない」
突如爺から身長が軽く三メートルを超える巨体へと変貌した男に、若者たちは慌てて逃げ出した。一人腕を掴まれている男だけが一人で喚いていた。
「た、たすけてくれぇっ!」
男が手を離すと、目の前でヒグマにでも遭遇したように、完全に若者が腰を抜かして、へっぴり腰になりながらも、必死の形相でその場から駆けていった。
「やれやれ。この姿を見るだけで逃げ出すとは、何とひ弱な生き物じゃ、人間とは」
周囲に誰もいなくなると、男が人間の姿へと元に戻っていく。暗闇に浮かんだその巨体の影が、再び腰の曲がった高齢者へと化け、男は一人ぼやきながら、再び杖をつきながら歩き出した。
「さて、次はどこへ行くかのぉ」
掠れのかかる声で、ゆっくりと男の姿が運河沿いから遠のいて行った。
「あーはっはっはっ」
「だぁっはっは、良いぞ、姉ちゃんっ。気に入った。ドンドン飲めぇっ」
「そいじゃ、もっと辛いの頂戴っ!」
店内は忘年会でも行われているのかと思わせる、ドンちゃん騒ぎ。店内は十五席ほどしかない小さな居酒屋。仕事終わりのサラリーマンたちが占めているが、その中に一際目立つ赤く体にぴったりと密着する装束を見に纏った女。黒髪に真紅のメッシュの入った長髪で、タイトスカートのようで、チャイナドレスのような深いスリッドの入った、少々エロティックな井出達。
「一升、一気、いっきまーっす」
店長が差し出したから口の焼酎の一升瓶を、女が片手を腰に当て、もう片手で一升瓶を持ち口をつけた。そのままビンを傾け己の胃袋に流し込む。
「おっー、良いぞー、姉ちゃん、もっといけぇー」
女が無呼吸で一升丸々入った酒を飲み干していく。その足元には既に同じ一升で異なる銘柄の酒ビンが転がっていた。
「んっ、んっ、んっ ・・・・・・ぷぅはぁっーー!」
見た目こそはお色気ムンムンだが、酒を飲み干し腕で口元を拭い、アルコール臭い息を躊躇いなく大きく吐くその姿は、ただのおっさんにしか見えないが、店内にいるのは、全員が酔っ払い。店長までも一緒になって騒いでいる。故に女はこの中では主役の座を射止めたヒロインなのだろう。
「姉ちゃんやるなぁっ」
「あー、おいしいー!」
満足げな満面の笑みを浮かべる女。店内からは拍手喝采が沸き起こる。
「おじさーん、もういっぽーんっいっちゃうわよ!」
あーはっは、と豪快に笑いながら女が店長に次の酒を要求する。
「おいおい、金はあるのか?」
一升を丸々飲み干し、それでもまだまだ次を求めてくる女に、店長が苦笑する。
「お金ぇ? お金ならいっくらでもあるわよぉっ」
女が店長に向かって、もとい、店内に掲げる戦の勝利を示す旗を掲げるように、胸の谷間から札束を取り出す。微かに体温を帯びたその札束に、店内から再び先ほどとはまた異なる歓声が漏れる。
「今日は、あたしがおごっちゃうんだからぁ、どんどん持ってきなさーーい」
「あんた、凄いな。今日は特別だっ、これも出してやる」
「いや〜ん、これ飲みたかったのぉ〜! も、店長サイコーーッ!」
女が店内にその札束をばら撒くと店内が大きく沸く。店長も店長で、気前の良さにか、興奮していた。
「姉ちゃん、あんた何者なんだ?」
「あたし? あたしはぁ、中国四国を取り仕切るぅ、女王様よっ、あーはっはっは・・・・・・」
すっかり酒に酔っ払い、女がそう言うが、周囲の客も酔っているだけに、それを煽るようにしか笑ってはいなかった。
「神子の監視なんてやってられるかってのー。あたしはお酒が好きなんだからぁー」
「おーそうだそうだ。姉ちゃん、良いぞー」
何が良いのか良く分からないが、酔っていると何でもどうでも良くなるのだろう。そのまま深夜まで、女は店内で客の歓声を受けながら大酒を浴びていた。
「た〜のしぃー、あーはっはっはっ・・・・・・」
「あー、えっと、えと・・・・・・」
きょろきょろと挙動不審げに一人の女が元副都心であった新宿の街の中を右往左往している。
「ど、どこで、何をしたら良いんだろ・・・・・・?」
遷都された東京は、新宿に政令都市を置き、東日本の政治経済の中心となっているが、かつてのような繁栄はなく、都心もすっかり人口が減少し、東京都庁の全ての庁舎ビルはNBSLの研究施設へと買収された。
「うぅ、聞こうにも聞けないよぉ・・・・・・」
道行く人に声を掛けようとするが、己の役目を理解しているから声を掛けかけて差し出した腕を力なく下ろした。
「他の人たちはどうやって把握してるんだろう・・・・・・」
涙目になりながら女が空を見上げる。関東の気象情報では、明日は雨。既に夜空は雲に覆われ始め、町明かりで夜雲が灰色と小豆色を混ぜ合わせたような妙な色をしていた。
「雲が低いと、地上が見えないし」
はぁぁ、と小さく女がため息を漏らす。
「飛んでも神子かどうか分からないし・・・・・・」
どうしようぅ、と女の声が小さく震える。
「うぅ、マスター・・・・・・」
女がとうとう、遠く離れた大府大阪にいる大郎に助けを求めるように声を漏らしていた。
「関東、中部って、どれだけ広いのかも分からないのに、その中から二十四人を見つけるなんて無理だよぉ〜・・・・・・」
今にも泣きそうな女。鼻をグスっと啜り、両手で瞳を潤わせている涙を拭く。
「シュウ君は九州だし、うぅ、誰も知り合いいないと心細いよぉ。赫職さんとも出会えないしぃ・・・・・・」
どうしたら良いのか分からないようで、女が携帯を取り出した。メモリーに登録されている、数人のうち、特に仲の良いと言うか、類の男にかける。
「あ、ごめんなさいっ」
ドンっと通行人とぶつかり、女がへこへこと頭を下げながらビル壁にくっつくように退く。
《いきなり謝罪か? 鴻鳴。意味が分からんぞ》
「え? あ、ち、違うのっ。人とぶつかっちゃったの」
男の声が聞こえると、女が見えもしない相手にも拘らず、片手をワタワタと振る。通行人が怪訝そうな目を向けるが、既に女の意識は電話越しの男へ向いているようだ。
「あ、もしもし、シュウ君?」
《今更繕うな。遅い》
「うっ、だって、急に出るんだもん」
《電話と言うやつは急に出るものではないのか? 出るのに許可を取るものなのか?》
「う、う〜ん、私も使ったことないから、慣れてないから分からないけど・・・・・・」
二人して携帯などは生まれて初めて大郎から与えられ、機械と言うものを使い慣れていない二人は、最新機種よりも結構古い液晶モニターの携帯を何とか使いこなすのが限度だったようだ。
《それで、どうした? 狼艶ではなく、俺に掛けたみたいだが?》
電話越しにシュウが鴻鳴が自分二電話を掛けたことが意外そうな声を返してくる。
「う、うん。シュウ君はどうしてるのかなって・・・・・・」
《どう、とは何だ?》
鴻鳴の言う事が分からないようで、シュウが戸惑いの声を返してくる。
「神子のこと、なんだけど・・・・・・」
《何だ? まだ動いてないのか?》
「う、うん。皆何処にいるのか分からなくて・・・・・・」
恥ずかしさもあるのだろう。週に返す言葉が全て語尾が小さくなる。
《全く、お前と俺はNo.05までの中で飛行が出来るんだ。飛んで探せば良いだろう》
何を言ってるんだ、とシュウが電話越しに鴻鳴を叱咤する。
「だ、だって、曇ってて見えないんだもん」
言い訳のようだが、鴻鳴にしてみれば事実で、それをシュウも分からないでもないためか、ため息を漏らした。
《調整は受けただろ?》
「受けたけど、人がいっぱいで良く分からないよぉ・・・・・・」
心細げな声に、シュウの声が途切れる。色々と同類の力を持つ者として、考えているのだろうか。
「ねぇ、どうしたら良いのかなぁ・・・・・・?」
《そういうことで俺を頼るな。熊羆の爺さんに聞いたほうが、経験論が聞けるだろ?》
「熊羆のおじいちゃんは、私とシュウ君の能力とは違うから、分からないよぉ」
電話越しにシュウの唸り声のようなため息が漏れる。
《だが、俺にはどうすることも出来ない。マスターの仰せだ。諦めろ》
「そ、そんなこと言わないでよぉ。私一人じゃ何をしたら良いのか分からないんだもん」
《それはこちらも同じこと。恐らく他の連中もそうだろう。しばらく様子を見てみろ。お前なら大丈夫だ》
シュウにも、その詳細を明かされることなく、創生の任を受けて派遣された。そこでどう言ったことをするのかまでは、各々の判断ということらしく、シュウもアドバイスらしい助言は出来ないようだ。
「う〜、う、うん。もう少し頑張ってみる・・・・・・・」
頑張ってみる割には、決意の感じられない不安に満ちた鴻鳴の返事に、シュウは頑張れ、と言い残した。
《他に困ったことがあれば、マスターに聞いたほうが早い》
「う、うん。ありがとう、ごめんね、シュウ君」
ピッと通話を切ると、鴻鳴に一気に孤独の波が押し寄せる。
「・・・・・・寂しいなぁ。赫職さんの反応もないし、他の神子も何処いるのか分からないし、私、これからどうしようぅ」
シュウには頑張るとは言ったものの、やはりそう簡単には決意出来るわけではないようで、人ごみの波の中にゆっくりと一歩を踏み出していった。
「やぁ、九稲、お帰り。どうだったかい?」
NBSL本社ビル最上階にある、自称神坐天照、本名山田大郎の住居スペース。NBSLのビルは上階になるほどスペースが狭くなるため、最上階である大郎の家は、展望スペースほどで、通常の高層マンションに比べると、僅かに広さを感じる程度だった。それでも夜間は大阪市内の夜景が神戸の港町まで見渡せる絶景を独り占め出来る贅沢な邸宅だった。
「三件の戦闘があり、一人の神子が赫職との命約を結び、残りの二件で一件は敗績者の逃亡、もう一件は一人の赫職と神子の敗戦により戦闘は終結。神子を回収、赫職より資格の剥奪を行いました」
事務報告のような言葉に大郎が満足げに頷く。
「それで、敗れたのは誰だい?」
「逃走したのが、No.71、馮封マシカです。敗戦したのが、No.43とおんエンです。赫職は・・・・・・」
「いや、赫職の事はいいよ。エンも調整不足が原因で判断を誤ったのだろう」
人間よりも神子を気遣う大郎。
「あなたは人間への慈悲はないのですか?」
大郎の下へ戻ってきた神子。紅い髪の稲浪の姉である、妖狐の九稲。稲浪が青い瞳であるのに対し、九稲は赤い瞳。顔つきは姉妹なのだろう。日本人離れした美しい造形。稲浪に比べ露出が少ない白と赤の神子服。
「何を言うんだい。私は見る目のある神子が婚いだ赫職のことは、きちんと見ているのだよ」
そうですか、とあまり興味なさげに九稲が息を吐く。
「ところで、エンを倒したのは誰だい?」
大郎がどこか含み笑いを浮かべ九稲を見る。
「赫職とお電話されていたのは、何方でしたか?」
大郎の思惑をあっさりと見透かす九稲。
「見ていたのかい? 盗み見は感心しないなぁ」
九稲の言葉に大郎が笑う。
「私の役目ですから。あなたが仰せになられたことですよ?」
それでも九稲の方がやりとりに関しては上手のようだ。
「君はしっかりしているねぇ。さすがはお姉さん、かな?」
大郎の言葉を易々と九稲が受け流す。
「実際に稲浪の闘い方を見てどうだったかい? 高天原とは随分異なったのだろう?」
「周りをきちんと把握した上での行動を取るように心がけさせた甲斐もあって、赫職である隼斗さんをきちんと守り通してました。次第に適応出来てきているのでしょう」
九稲は己の役割以外にも、やはり姉として妹のことが気がかりだったようで、自分の教えを実行していたことに満足していた。
「そうかい。隼斗君には私もこの近畿地区ではなかなか見込みがあると思っているのだよ」
「そうなのですか?」
「何しろ、君のお目に適った青年だ。それに四霊龜が直々に赴いて彼を守ったそうじゃないか」
大郎が窓辺に立ち、階下の夜景を見つめる。
「彼女は隼斗さんのアルバイト先の先輩が赫職であり、そのことを理に手を貸したようですが?」
「だが、あの四霊神子だ。その中で唯一、紋を持つ彼女がわざわざ他の赫職を守るようなことをすると思うかい?」
赫職と契った神子は、赫職を守り、その赫職と自分を狙う神子を倒す。いかなる理由があろうとも、創生に加担している者は同調を結んだところで、裏切りなどがないわけではない。
「・・・・・・そうかもしれませんね。稲浪の様子を見ていても、何となく理解出来ます」
九稲が苦笑を浮かべると、大郎が勝ち誇ったように笑う。
「やはり大府は面白い。まだ他の地域では大した戦闘はないと言うのに、こうも早々と神子たちが動き始めている」
「影響されているのでしょう。他地域と比べて近畿は行動範囲が狭く、一つの戦闘でも神子なるものは感じるものですから」
「君も遅くならないうちに赫職を見つけておいたほうが良いのではないかい?」
「警戒に値するだけの神子の出現はまだありませんから」
大郎の言葉にも九稲は動ずることなく受け流す。
「果たしてそうかな?」
だが、大郎は九稲を刺激するように不敵に九稲を見る。
「・・・・・・どういうことです?」
九稲の興味心が揺れた。
「この新神話の創生で、神子たちは大凡の均等で各地に散った。だが、この大府には、少々厄介な神子もいるかもしれない、と言うことだよ」
「それは行方不明とされている者ですか?」
大郎の言葉に九稲が乗る。
「どうだろうかね。ここ近畿はNBSL日本本社がある。神子はそれを目指し集うだろう。そうなれば、九稲、君の力だけではどうすることも出来なくなるかもしれないのだよ」
「それはまだ先のことでは? 熊羆、鴻鳴、狼艶、シュウがいますよ」
九稲が各地を静定している神子を少々見下すように言う。
「だが、それはNo.03〜06までだ。君には一つ情報を与えよう」
大郎が咳払いし、衣を正す。
「No.02と07が近畿にいるのは確認済みだ。そして、あの01もね」
大郎の言葉に九稲がハッとする。その表情に、大郎が満足げに近いしてやったり感のある表情を浮かべる。
「まぁ、あの二人はしばらく動くことはないだろうし、01も相当なことでもない限りは動きそうもあるまい。だが、その内各地からもここへ有力者が集まる。そうなれば、分かるだろう?」
大郎の言葉はまだそう近いうちには起こらない。だが、いずれはそうなる時が来るということに間違いはない。
「私は私の信ずる道を往きます。あなたに指図される謂れはございませんので」
微かに見せた動揺も、すぐに眼差しを大郎へと真っ直ぐに向け、言い切った。
「そうかい。まぁ君を止める理由はない。自由にするといい」
「そうさせていただきます」
とりあえずの報告が終わりと、九稲は大郎に一礼し、部屋を後にしようとした。
「あまり長く意地を張らないことだよ、九稲」
「何のことでしょう? 私には思当するものがございません」
最後まで大郎の言葉を受け流した九稲が髪を靡かせながら、大郎の部屋を後にした。
「これからだ。これからが新神話の創生の始まりなのだよ」
誰もいない部屋で、大郎が一人夜景眺めながら、笑い続けていた。