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十一神噺.見せる男と見せる女

「夕飯ご馳走様でした」

「はい、いつでもいらして下さい。皆で食べるほうが美味しいですからね」

 夕食も終わり、隼斗と稲浪は自室へと琴音に見送られ戻っていった。

「風呂湧いたら先に入れよ。汚れただろ?」

 稲浪の服は微かにエンの攻撃を受けて土で汚れていた。

「すまぬ。では先に入らせてもらうのじゃ」

 湯張りと沸かしが完了した音が部屋に響くと、先に稲浪が風呂へと行った。

「・・・・・・やっぱり、まだ止まってなかったか」

 稲浪の姿が浴室に消えると、隼斗が稲浪の何気なくゴミ箱に放った、包帯を手に取る。ガーゼには、まだ血が完全に止まってから時間の経っていない赤い色の血が付着し、包帯にも染みていた。

「痛くないなんて嘘だろ」

 浴室からは水の音がテレビの音に限れて微かに聞こえる。隼斗は包帯を見て、稲浪が痛みを我慢しているのだろうと、包帯を握り締めていた。

「馬鹿だな、俺。ちっとも稲浪のこと分かってないんだな」

 今日はバイト先の先輩が赫職で、エンとの戦闘で自分を助けてくれた神子が先輩の神子で、バイトで行った仕事先で如月こはくと言う、孤児院を開設する女性と出会い、その手伝いをすることを半ば勝手に決められ、そして、初めて神子と赫職との戦闘を行った。力量の差から、稲浪は苦戦する様子をわざと演出して見せ、その手で勝利を勝ち取った。初めて見た稲浪の狐焔の威力の強大さに圧倒され、大郎との電話に気を取られていた隙の男の逆上に、稲浪が契ったからだと、自分を守った。

 神子だから。新神話の創生で契ったから。自分が稲浪の赫職だから。稲浪にとっては、それが当然で、そうすることが当たり前だから、と食事の前と跡に当たり前のように手を合わせることと同じように、自分の危機に駆けつけ守った。正義感が強いのかもしれない。自分が最強だと自負するだけに、誇示するためなのかもしれない。

「……ははっ、お前、凄いな。大人っぽいんじゃなくて、大人なんだよな、俺よりも」

 稲浪が己の役目を理解しているから出来ること。赫職なのに守られてばかりいた自分。琴音の言う通り、稲浪は立派なのだと、本当に隼斗は理解し始めたのかもしれない。

「ふぅ、良い湯じゃった。隼斗、汝も早う湯浴みすると良い」

 相変わらずのネグリジェ姿に、風呂上りの火照った体と、濡れて垂れる金髪。何もしてなくとも思わず隼斗が生唾を飲むほどの艶があった。

「分かった。包帯巻いとけよ」

 稲浪の申し出を素直に受け入れ、隼斗がテーブルの上に置いておいた薬とガーゼ、包帯を稲浪に向け、風呂へと向かった。

「我には必要ない」 

 稲浪がドライヤーを手に取り、隼斗の言葉を一蹴した。

「稲浪の跡って、ほんと良い匂いがするなぁ」

 浴室に漂うソープの香り。どうすればこれほど匂いが残るのか、感じながら隼斗が体を洗っていた。

「って、変態か、俺っ」

 隼斗がシャワーを捻りジャーと勢い良く体についた泡を洗い落とした。

「隼斗、これを貰っておるぞ」

「ん? ああ、別に良いぞ」

 風呂から上がると髪を乾かし終わった稲浪が、冷蔵庫に入れていた生クリームたっぷりプリンを食べていた。元から昨日の買い物で、琴音から貰ったケーキなどにハマリ、リクエストで購入したプリンだ。

「って、包帯してないじゃんか」

 稲浪の座るソファの前のテーブルには、隼斗が置いたままの治療具がそのままだった。

「我には必要ない。これはモサモサして慣れんのじゃ」

 手の自由が利かないことが嫌なようで、稲浪が拒否をするが、隼斗がそれを赦さなかった。

「ダメだ。治るもんも遅くなるだろ。ちゃんと付けるんだ」

 嫌じゃ、と稲浪が頑なに拒否するが、手と口はプリンに夢中だった。隼斗は稲浪がプリンを食べ終えるまで待つと、稲浪の手を取る。

「何じゃ、我はいいと言っておろう」

 稲浪が抵抗するように隼斗の手から逃れようとするが、隼斗はギュッと稲浪の手を握っていた。

「うっ・・・く・・・・・・」

「痛むんだろ? ちゃんと消毒しないと化膿するぞ」

 隼斗に強く握られ、稲浪の顔が一瞬歪見、隼斗がそれを見逃さなかった。

「お前は俺を守ってくれた。神子だからなのかもしれないが、ああして助けに来てくれた。俺は何も出来ないからな。これくらいはさせてくれ」

 消毒液を拭きかけ、ガーゼに傷薬を塗る。隼斗の表情と言葉に稲浪が、少し驚いたように声を漏らす。

「俺の油断が、稲浪をこうして傷つけたんだ。ちょっと不自由だろうけどさ、これくらいしか俺には出来ないから、我慢してくれ」

 ガーゼをはり、剥がれないように隼斗が稲浪の手に包帯を巻く。隼斗の言葉が効いたのか、稲浪が大人しくその様子を見つめていた。

「よし、これで大丈夫だろ」

 キュッと隼斗が稲浪の手の甲で包帯を結び、手を離した。

「隼斗」

 少しの間稲浪が自分の手を見つめ、その視線を隼斗に向けなおす。

「これくらい、とか言うでない。これくらいしか俺には出来ないなどと言うでない」

「え?」 

 稲浪が静かな口調で、真っ直ぐと青い瞳を向ける。

「汝は我が赫職じゃ。先にも言うたであろう。己を卑下するでない。我は我の役目を果たしただけのことじゃ。神子と赫職の契りは、創生の為だけのものではない。姉上と会長(マスター)が言うておった。契りとは互いを支え合い、互いの足らぬ部分を補い合うことじゃと」

 隼斗がハッキリと理解出来ないようで、眉間に皺を寄せる。

「我は元々狐じゃ。人間ではない」

 稲浪のその一言に、隼斗の心に小さな痛みが走った。

「ゆえに一方的に主従関係を結ぶ赫職もおる可能性は否めぬ。じゃが、本来はそうではない。我も隼斗も対等じゃ。我に足りぬ所は隼斗が補い、隼斗の足らぬ処を我が補う。それが契りと言うものじゃ。今の隼斗は我が主で汝が従者のようになっておる」

「そうか?」

 いまいちよく分かっていない隼斗が困惑した苦笑を浮かべる。

「たとえ我が嫌じゃと言うても、隼斗が我に嫌じゃと言うても、それが正しいものなのだとすれば、遠慮してはならぬ。互いの身の為にならぬからの。故に、我は嬉しいのじゃ」

 すっと稲浪が隼斗に包帯の白に包まれた手を目の前に掲げる。

「我は必要ないと言った。じゃが隼斗は己が正しいと判断したから、こうしたのじゃろう?」

「あ、ああ。まぁそうだけど・・・・・・」

 改めて、理由付けのようなことの後に言われると、流石に照れる。

「あの隼斗は我は好きじゃ。他人に流されず我を通すことは容易いことではない。我が嫌と言うから引き下がる。そこに優しさはない。在るのはひ弱だけじゃからの」

 稲浪が真っ直ぐに隼斗を見る。

「間違っても、我は怒りはせぬ。過ちと誤りは似て非なるものじゃ。我の我儘を受け入れることだけが赫職ではない。我が見込んだ男。ならば遠慮せずに誇示せい。己を卑下する赫職の神子になる者は悲しいだけじゃ」

 今日は動いた。そろそろ寝るぞ、と稲浪が説教のような褒め言葉を隼斗に送る。対等だと言う割には、今は隼斗の方がまだまだ未熟なようだ。

「やっぱ、そう簡単には追いつけないよな」

「何か申したか?」

 歯磨きに洗面所に行っていた稲浪が歯ブラシを加えたまま戻ってくる。日本なのに、自分の部屋なのに、稲浪を見ていると外国映画を見ているような不思議な感覚があるのは、未だ稲浪との生活に慣れていないからなんだろうな。

「なんでもないよ。ありがとな、稲浪」

「?」

 何でもないと言われ、感謝され、意味が分かっていない稲浪は、シャカシャカと歯ブラシを動かしながら不思議そうに隼斗を目で追っていた。



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