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十神噺.状況終了

「エンッ、おいっ、しっかりしろっ!」

 エンが気を失ったと同時に、男を守るために作り上げた壁が、ボロボロと崩れ落ちた。

 その様子に隼斗が、言葉を失っていた。エンは男に抱きかかえられ、名前を何度も呼ばれているが、それに応えることはなかった。啖呵を切るように挑発的だった男がうろたえている様子に、隼斗は良心の呵責を感じているようだ。

「隼斗、無事か?」

「え? あ、ああ・・・・・・」

 何事もなかったように稲浪が隼斗に振り返る。その背後では男がうろたえているが、稲浪の興味は既に失せたようだった。

「全く。あれほど注意せよと申したと言うに、このようなことに巻き込まれおって」

 稲浪が隼斗に説教を垂れてくる。

「なぁ、稲浪」

 だが、隼斗は稲浪の説教など右から左に聞き流して稲浪を呼ぶ。

「あの子、ひょっとして、死んだのか・・・・・・?」

 男がいくら呼びかけても、エンは目を覚ます様子もない。

「エンのことか? あれほどであやつは死にはせぬ」

「え?」

 稲浪が見よ、とエンを指差す。

「我らは元々そうそうに死ぬような柔ではない。一時的に機能が停止しただけじゃ。NBSLが後に回収に来るじゃろう」

「どういうことだ?」

 エンは見た目は気絶よりも、稲浪の炎を受けて焼死とでも呼んでもおかしくはないようにも見えるが、稲浪は死んでいないと、隼斗の心配そうな顔をばっさりと切った。

「我らは元より長寿や強靭な肉体を保持しておる。じゃが、人間社会に溶け込むにはNBSLよりの赫職紋の烙印が不可欠なのじゃ。エンを見てみよ。赫職の男と共に、紋が消えておるじゃろう?」

「あ・・・・・・」

 稲浪の視線を隼斗が辿ると、男の顔にあった赫職紋がすぅ、と消えていた。同じようにエンの胸元に在った紋が消えていた。

「紋が消えるとNBSLに回収され、勝者は次の神子の闘いに望む。我らの闘いはその繰り返しじゃ。それが定められし神子の導になるのじゃ」

 夕餉の時間を越えておる。と稲浪が早く帰るように隼斗に促す。

「紋が消えた神子って、どうなるんだ?」

 考えないわけにはいかないのだろう。エンを稲浪が倒したことにはなるようだが、赫職である男にとっては、この時点で新神話の創生からは脱落することになるのだ。

「神子は高天原嶌へ戻され、再調整を受け、元の世界へ返されるだけじゃ。あの男は赫職としての資格は剥奪され、二度と創生には参加できぬ。さばいばるとか言うものじゃ」

 抑揚のない稲浪の言葉。だが隼斗は衝撃を受けたような表情を浮かべていた。

「じゃ、じゃあ、稲浪も負ければ、その高天原嶌に戻されるってことか?」

「我は負けぬ。隼斗の傍を離れることはない」

 力強い稲浪の言葉。その言葉には信憑性がないわけじゃない。今目の前で、つばさとは異なる、戦闘をしたのだ。そして、稲浪はエンを倒した。その強さは改めてこの場で証明されたが、それでも昴の神子であることの判明した亀甲(ききょう)がどういうわけか、隼斗を守った。そして、稲浪の話にあった四霊という神子の存在。ただでさえ、稲浪よりも強く、各地を静定している神子が五人もいると言うのに、その上に立つ四人の神子の存在を知った今、稲浪とであったことに浮かれていては足元を救われることもあるという現実を目の当たりにした。

「隼斗、電話を貸すのじゃ」

「へ? ああ。はい」

 稲浪が隼斗から携帯を借りると、どこかに電話を掛ける。テレビ電話を使用したようで、小さな空中映像が浮き上がる。

会長(マスター)か。エンと戦闘し、勝敗は決した。回収を要求する」

《おお、さっそく闘ったのかい?》

 映像越しに大郎が満足げな表情を浮かべながら、稲浪の申し出を受けていた。

《それにしてもエンを早々とやるとはねぇ。さすがはNo13なだけあるねぇ》

 大郎が一人でどこか不敵にも思える笑みを浮かべ頷く。

《赫職の隼斗君はそこにいるのかい?》

 うむ、と稲浪が隼斗に携帯を返す。

《やぁ、久しぶりだね。元気かい? この間はこの僕を見捨ててくれたよね? 隼斗くん》

 呑気に大郎が声を掛けてくる。毒を忘れずに。まだ根に持ってたんだ、あの稲浪の怒りを。

「ええ、まぁ。その節は稲浪が勝手に電話しただけなんで」

 話したいことは多々あるが、あまりにも場とは異なる呑気な面持ちに呆れなのか、言葉が出なかった。

《まぁいい。それよりも驚いたかい? まぁそうだろうねぇ》

 応えてもいないのに大郎が一人で話を進める。

《神子とは闘うものなのだよ。ああ、だからと言って勘違いしないで欲しいな。中には荒くれ者もいるだろうが、基本的には神子は礼儀を持っているのだよ》

「は、はぁ・・・・・・」

 稲浪がエンとの戦闘で付着した土を払っている。その奥で、エンを静かに横たえさせた男が逆上したような面持ちで立ち上がるが、夜闇に隠れ隼斗には気づけなかった。

《神子は、命約を交わした赫職の精神に自ずと己の精神を通わせ、人格をもそれに合わせ適応修正する。言わば、神子とは赤子なのだよ。心優しい神子になるも、殺戮に喜を見出す神子になるも、全ては赫職次第と言うわけなのだよ》

 あっはっはっ、と大郎が映像越しに一人でポーズを取っているが、携帯の映像だけに体は見切れていた。

「くそっ! よくも俺のエンをやりやがったな。赦さねぇっ、赦さねぇっ!」

 キラッと街灯を反射した鋭い刃。男が護身用になのか、隠し持っていたサーベルナイフを取り出す。

《まぁ、稲浪は元々やんちゃな子だからねぇ、九稲と離れてからのことは、私も少々心配していたのだよ?》

「そうなんですか?」

 だが、男の様子に隼斗は大郎との話に夢中で気づかない。

「ん?」

 その隣に立つ稲浪が殺気に気づいたようで、目つきが鋭さを増した。

《全国に人間は、まだまだいる。その中で君は稲浪に選ばれたのだ。彼女は本来優しい子だ。その稲浪が選んだのだから、君には期待しているのだよ。隼斗君》

 先ほどとは少し異なる、心からの言葉。そう隼斗には見えた。

「くっそぉぉっ!」

「え? な、何っ?」

 突如響いた怒声に隼斗が周囲に目を向ける。映像の明るさに目が慣れてしまい、その声の主の男の姿を見失っていた。

「やれやれ、じゃな」

「くっ!」

 隼斗が目の前に掛けてきた男に驚き、携帯を落とす。不意に画像が乱れ、大郎がおや? とさほど取り乱すこともなく不思議そうな声を漏らす。

「貴様も懲りぬ男よの。引き際と言う言葉を知らぬのか」

「あちぃっ!」

 隼斗の鼻先三寸ほどに夜闇を切り裂くように現れた刃。だが、それが隼斗を襲うことはなく、逆に男の表情が歪んだ。隼斗を襲う手前で稲浪がその刃を掴み、青い焔をその手に宿らせた。刃から伝わる熱に男が手を離し、後ずさりしながら尻餅をついた。

《おやおや、悲しみのあまりの逆上かい? みっともないねぇ》

 一人呑気に大郎が映像に映った様子に呆れのため息を吐いていた。

「稲浪っ!」

「問題ない。これくらいすぐ治る」

 隼斗を守るためにその刃を素手で掴んだ稲浪。男が刃を離した瞬間か、隼斗に向けて突きつけようとした瞬間かに擦れたのだろう。刃はただ掴んでも切れはしないが、軽く押すか引くかをするだけで、皮と肉を割く。

「結構切れてるじゃないかっ」

 隼斗が慌てて自分のバッグからタオルを取り出し、稲浪の手を取りタオルを強めに結ぶ。

「騒ぐほどのことではない。こんなもの姉上との修行に比べれば痒いものじゃ」

 稲浪は大したことはないと言うが、隼斗はその滴る血の量が切り傷にしては少々深いようで、それを無視して圧迫止血をしていた。

《もうそろそろ職員が到着する。その時に包帯をもらうと良いよ》

 電話越しに大郎が言うが、誰も聞いてはいなかった。

「お前、よくもやってくれたな?」

「ひっ!」

 隼斗が今まで稲浪に見せたことのない形相で男を睨む。その睨みが街灯に照らされ、いい感じに怒涛を感じさせたようで、男が完全に怯んだ。

「む? おぉ、来よったか」

 隼斗と稲浪の背後に一台のトラックがやって来た。夜闇にも負けずの黒塗りのトラック。横には白と黒でNBSLと記されていた。

《到着したようだね。それじゃ、後は二人して仲良くするのだよ》

 大郎が一人で高笑いしながら通話を切ったが、やはり誰も大郎の言葉を聞いてはいなかった。

「コードNo.13、白狐稲浪。コードNo.43、とおんエン。白狐稲浪の勝利により、とおんエンの回収及び、赫職立川啓一の資格剥奪を行う」

 完全防弾服に身を包み、フルフェイスのヘルメットで顔を隠した男たちが、数人出てくると、横たわっているエンと腰を抜かしたままの男を抱える。

「ちょっ! な、なんだよっ、てめぇらっ。は、離せってっ」

 男が突然のことに困惑しながら抵抗するが、完全防備の男たちは聞く耳を持つことなくエンと男をトラックに乗せた。

「な、何、あれ・・・・・・?」

 男たちが隼斗と稲浪に一礼して、トラックが夜闇に消えていった。口を挟む間もなくいきなりやって来て、あっさりと撤退して行った謎の男達に隼斗が首を傾げていた。

「あれはNBSLのえーじぇんととかいう連中じゃ」

「エージェント?」

 二人はポツンと残され、稲浪が空腹じゃ、と促し二人して駅の方へと歩きだす。廃墟ビルの周囲に無数に見られる掘り返したような地面と、稲浪の熱によって奇怪に捻じ曲がった鉄骨などの後始末を隼斗が気にしていたが、NBSLのエージェントの男が気にしなくとも、ここの解体はNBSLが行う、と言うので、そのまま言葉を鵜呑みにしていた。

「我ら神子は紋が消えると、機能を停止する。仮死とか言う状態になるのじゃ。そうなるとNBSLの回収班が神子を回収し、赫職の記憶を操作するらしいのじゃ」

 その回収班のことをエージェントと呼ぶらしい、と稲浪が言うが、稲浪自身も詳細は知らないようだった。

「赫職の記憶を操作するって、どう言う事だ?」

 隼斗が疑問にも似た不安を口にする。

「我らのことは未だ内密項じゃ。敗退した神子は赫職とは引き離され、再会も出来ぬと聞く。口外を封じるために赫職の記憶を薬で神子との記憶を証拠するとか言われておるが、我らには分からぬ」

 稲浪は神子じゃないから、赫職のことまでは分からない、か。なんだか一気に色々なことを知った気分だ。新神話の創生は、単に神子が闘うだけじゃなくて、赫職にもそれなりのリスクは背負うことになっているのか。

「我は負けぬ」

「え?」 

 隼斗が先ほどの戦闘でエンと男のことが脳裏を離れず、あの二人はもう共にいることが出来ないのだと思うと、自分のことも他人事ではないのだと、焦心に駆られるような気持ちが湧いたのだろう。だが、稲浪がそれを見越したように隼斗を見る。

「我と隼斗は契った。心の乱れは我が心も揺らす。考えておることは大体は分かるのじゃ」

 稲浪の言葉に隼斗が稲浪を見つめた。

「我はいつでも隼斗の傍で、隼斗を守る。赫職が居るから我は強く在れるのじゃ。隼斗の心が弱くなれば、我も弱くなる。故に怯えるでない」

 檄を入れる稲浪に、隼斗はその言葉に魅せられていた。

「我の見込んだ男ならば、我を信じよ。我を信じる者に我は心を預けるのじゃ」

「稲浪・・・・・・」

 決める稲浪に比べ、隼斗は稲浪に見せられ腑抜けな返事しか出来なかったが、それでも稲浪は隼斗の心が平静を取り戻したのを感じたようで、うむ、と頷いた。

「では帰るぞ。我は空腹なのじゃ」

 稲浪が隼斗を急かし、そのまま二人は帰路に就いた。


「ふふっ、稲浪ったら。この数日でちょっと大人っぽくなったのかしら?」

 そんな二人を廃墟ビルの屋上から紅い髪を靡かせ、赤と白の神子服に身を包んだ稲浪の姉である九稲が微笑を浮かべていた。

「でも、やっぱり心配ね。あの癖が隼斗さんを悩ませなければ良いのだけど・・・・・・」

 九稲が稲浪の何かしらの癖を心配して二人を見送っていた。

「さて、私の出番もなかったことだから、今日は帰ろうかしら?」

 九稲が隼斗と稲浪の歩いて行ったほうではない、別の場に一瞬目を向けると、その場から姿を消した。


「あ、お帰りなさい隼斗さん。お怪我はありませんでしたか?」

 自宅アパートに戻ってくると、家の前に琴音の姿があった。その後で壁に寄りかかっているつばさもいた。

「あれ? 琴音さん? それにつばさ君も? どうしたんですか?」

「君なんかつけるなっ!」

 つばさが俺は子供じゃない、と言うが、気にすることなく隼斗が何故二人が玄関外にいるのか不思議そうに声を掛ける。

「琴音。つばさ。世話になったの。この通り隼斗は無事じゃ」

「そうですか。それは良かったです。ツーちゃんも心配してましたから」

 ねっ? と琴音がつばさを見ると、つばさが気恥ずかしそうに、ふんっ、とそっぽを向いた。

「え? 何? どういうことですか?」

 一人隼斗が話に混ざれず、困惑する。

「稲浪さんが突然隼斗さんが危ないって、飛び出そうとしたんですよ」

「え?」

 琴音の言葉に、隼斗が先ほどの稲浪の登場を思い出した。

「距離があったでな。つばさに運んでもらったんじゃ」

「べ、別に、手貸したわけじゃねぇからなっ! 借りを返しただけだっ!」

 例を言われることが恥ずかしいのか、つばさが微かに顔を紅潮させながら隼斗を睨む。

「え? じゃ、じゃあ、あの時って・・・・・・」

 稲浪が空から降ってきた。稲浪は空は飛べないはずなのに、どうして空から来たのかおかしいとは思った。でも、それもそうだけど、何で稲浪は俺の居場所が分かったんだ?

「うむ。つばさの飛行で我を隼斗の下へ飛んでもらったのじゃ。我の紋が隼斗の危機を知らせたのじゃ」

「赫職紋が?」

「神子の紋は心に通ずる。故に隼斗の心が我を呼んだのじゃ」

 あの時の恐怖やらが稲浪を呼び寄せたってことか。ここからじゃあそこまでは電車で二十分は掛かるから、つばさに頼んで連れてきてもらったってことか。

「急だったので心配してましたが、ご無事だったようで安心しました」

 ありがとうね、ツーちゃん。と琴音がつばさに言うが、隼斗と稲浪の手前、素直になれないようで、顔を紅くしてそっぽを向いた。

「そうだったんですか。ありがとうございます」

 隼斗が全員に向かって礼を言う。琴音と稲浪は満足げな顔を浮かべ、つばさは相変わらずそっぽを向いていた。

「皆さん、お夕飯はまだですよね? ちょうど用意してましたので、お二人も一緒にどうですか?」

 琴音が二人を夕飯に招待する。玄関上にある換気口からは、食指を刺激する香りが漏れていた。

「良いんですか?」

 夕餉の時間はとっくに過ぎ、稲浪も空腹を強く訴えている今、一から作るよりも手間と時間が掛からないことは嬉しい。

「はい。稲浪さんはいかがですか?」

「隼斗の料理が好ましいが、この時間では長らくの我慢は出来ぬ」

 どうやら稲浪も了承らしく、二人の返事に琴音がつばさを見る。

「好きにすればいいじゃん」

 照れくささで、つばさがそっけなく言うが、つばさも空腹のようで三人に聞こえるほどに腹の虫が鳴いた。

「それじゃ、ご飯にしましょう。どうぞ」

 琴音の言葉に三人が家に上がっていく。玄関を上がった瞬間に香る香に稲浪が頬を緩ませた。

「すぐ用意しますので、ゆっくりしてて下さい」

「あ、俺も手伝いますよ」

 リビングで早速寛ぐつばさと稲浪。二人して何やら会話をしているが、隼斗はキッチンで支度をしている琴音と共におかずや味噌汁をよそっていた。

「今日は稲浪、大丈夫でしたか?」

 朝引越しの手伝いをするように言っていたが、見るからにあまり家事などをするようには思えなかった隼斗には、少々気がかりでもあった。

「大丈夫ですよ。稲浪さん、結構綺麗好きで几帳面みたいで、思ったよりも早く片付けられましたから」

 クツクツと煮物が食欲を誘う香りと音を奏で、琴音が満足げに味見をしていた。

「それは良かった。もっと大雑把かと思ってたんで」

 隼斗が苦笑する。琴音もそれに同調するように苦笑した。どうやら琴音も初めは稲浪のことが男勝りに見え、繊細と言うよりも大雑把な性格だと思っていたようで、引越しの荷解きがスムーズに終わり、その認識が改められたようだ。

「ツーちゃんも、何だかんだ言いながらも、稲浪さんのことは認めているみたいですよ」

 琴音が視線を向けた先に、隼斗も視線を向ける。

「じゃあ、そいつぶっ倒したのか?」

 つばさが先ほどとは異なる落ち着いた面持ちで、稲浪に話しかけている。

「無論じゃ。我の敵ではなかったわ」

 それに稲浪が自慢げに胸を張っている。事実のことのため、過剰には見えない。

「はぁ、すっげぇな。やっぱ稲浪って強ぇんだな」

「今更なことを言うな。我が居るゆえ、隼斗も琴音もつばさもゆるりと生活できるのじゃ」

「へっ、俺が運んでやったから、稲浪の赫職は助かっただけじゃねぇか」

「それもそうじゃな。感謝しておるぞ。我とつばさの初勝利じゃ、今日は」

 俺の活躍もあったからな、とつばさが稲浪に対抗するように声を高くする。

「ねっ? ツーちゃん、戦闘出来る力がない分、稲浪さんには割り切ろうとしてるんですよ」

 自分のことを少しずつ自覚していこうとするつばさ。それを茶化すことなく弟を可愛がるように稲浪が今日の、創生での初めての勝利を噛み締めているようだった。

「何か、俺だけ取り残されてる?」

 つばさは稲浪には心を開いていこうとしているようだが、隼斗には目の敵のような目を時折向けてくる。

「ふふっ、ツーちゃん、今日は稲浪さんに色々教えてもらってたみたいで、師匠にも感じてるんでしょうね」

「そうなんですか? 稲浪がねぇ」

 遠めで稲浪とつばさを見る限りでは、琴音の言うことも納得できるように見える。だが、稲浪が隼斗といる時の様子が脳裏に在る隼斗には、そこまでの人格者には思えないこともあるようだ。

「稲浪さんは、まだ他の神子のことを知らない私が言うのは変ですが、立派な方ですよ」

「ま、確かに稲浪の奴、たまに大人っぽいこと言いますからね」

 一日に一回は稲浪と出会ってから、魅了されることを平然と稲浪は口にしていた。そのことを思うと、新神話の創生に巻き込まれ、稲浪と出会ったことも後悔することは少なかった。

「俺ももっと強くなりてぇなぁ」

 つばさがごろんと、ため息を吐きながら大の字に横になる。稲浪の話を聞いて、飛行能力しかないことを悔いているようだ。

「生憎じゃが、我には手ほどきすることは適わぬ。燕子である以上、類の者でなければ分からぬことが多いでな」

 つばさの心情も理解出来るようだが、稲浪は狐であるがゆえ、空に関することは分からないようだ。

「私たちには、あの子たちを見守ってあげることが一番なのかもしれませんね」

「そうですね。いくら創生とは言え、戦うのは稲浪たちなんですよね」

 隼斗の言葉は若干トーンが低かった。エンのことがまだ記憶に激しく焼きついているのだろう。隼斗の視線が稲浪の手にいく。

「そう言えば、稲浪さんの手、どうかしたのですか?」

 怪我は大したことはないと、琴音にも稲浪は言うが、包帯を巻いていると大したことはないと言っても、それだけで人は大した怪我だと無意識に認識してしまっていた。

「俺が余所見をしてて、相手の赫職の男の突きたてたナイフを素手で掴んだんですよ」

 隼斗の言葉に、あらぁ、と琴音が表情を濁す。言葉だけで痛みを感じているようだ。

「痛くはないんでしょうかね?」

「稲浪はそう言ってますけど、見てるこっちにすれば、痛そうですけど」

 あの時、稲浪の手からはぽたぽたではなく、流れるように血が滴った。それほど浅い傷ではないということでもある。包帯には微かに血の跡もあるが、稲浪は平然とした表情でつばさと夕食を待っていた。

「本人がそう言っているなら、恐らくはそうなのかもしれないですね」

 うん、と琴音が鍋をかけていた火を止める。

「折角の初勝利なんですから、あまり詮索はしないようにしましょ?」

 琴音が稲浪とつばさが、初勝利に浸っているのを見て、今はそっとしておきましょう、と隼斗に言う。

「分かりました。まずは夕飯ですね」

 奥からまだか、と稲浪がこっちを見てる。折角の気分を害すのは野暮だろう。

「はいはい。出来ましたよ」

 琴音が頬笑みを浮かべながら、隼斗と共に夕食を運んで、いつもより遅くなった夕餉を相成った。


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