九神噺.最強神子の手のひら
遅くなりましたが、ようやく更新再開しますっ!
他の作品も合わせて評価をいただけると意欲を掻き立てられますので、厳しい意見の方が嬉しかったりしますので、よろしくお願いします!
「貴様かっ! 我が赫職を貶める輩はっ!」
聞き覚えのある声に隼斗が空を見上げる。そこには、元々ミニだったスカートと、後から足を隠すようなマントを纏った衣装。上半身は捲れ上がったスカートで隠れているが、肝心の下半身が風で大きく捲れ上がり、下着を丸出して、夜空から勢い良く舞い降りるというよりも、落ちてきた。
「稲浪っ!」
その瞬間、隼斗の表情に光が宿った。
「違いますよぉ〜。勝手な憶測で悪者にしないで下さいね〜」
落ちてきた稲浪がキッと女を睨みつける。女が勘違いをされたようで、頬を膨らませながらのんびりと反論する。
「ならば、何故密着しておるっ! 隼斗っ! その神子から離れよっ!」
どこか私情を挟んでくる稲浪。稲浪にはエンではなく、この女が隼斗を襲っているように思ったのだろう。先ほどの焔も、女が防御壁を張らなければ、隼斗をも飲み込み、その狙いは明らかにエンと赫職ではなく、女を狙っていた。
「お、落ち着け、稲浪。敵はこの人じゃない。あっちだ、あっち」
隼斗が指を指した方に稲浪が振り返る。その目に驚いたのか、男が慄く。
「貴様らか。我が赫職を手にかけようとした不届きな輩とは」
「だったら何よ? あんたがあいつの神子なわけ? じゃあ、問題ないわよね?」
一般人かと思っていた隼斗が、赫職であると稲浪の登場で明らかになると、エンが挑発するように稲浪に対峙する。元々は目撃者の排除で隼斗を狙っていたが、赫職となると、掟の範囲内の行動となる。そこにはNBSLの正当性があり、ただの不可解な殺人事件にはならなくなった。
「ふむ。貴様らが敵であることは認識した。じゃが、貴様は何ぞ? 何故隼斗に密着しておる?」
稲浪が再び女を振り返る。その表情は、エンたちに向くよりも険しい。
「あ、稲浪。この人は俺を守ってくれたんだ。あ、えーと・・・・・・?」
自己紹介もなしに始まった戦闘で、すっかり隼斗は名前を聞くことを忘れていた。
「申し遅れましたぁ〜。私、四霊龜の亀甲と申しますぅ〜。風祭さんは、私の赫職のご後輩とのことですのでぇ、お守りさせていただきましたぁ〜。以後お見知りおきの程をよろしくお願いしますのですぅ〜」
「四霊じゃとっ!?」
亀甲の挨拶に、稲浪が驚いたように声を上げる。
「何だってっ!?」
稲浪と同時にエンも声を上げた。
「え? な、何? どしたの、稲浪?」
エンと稲浪の声に、隼斗が思わず驚く。
「四霊とは、日本各地を取り仕切るjpコードNo.03〜06の神子の上に立つ、基、世界に散開する神子の頂点に君臨する四対の守護神子、コードNo.00を持つ神子じゃ」
稲浪の話に亀甲が、うふふ〜、どうもぉ〜、と隼斗に微笑む。基本マイペースのようで、その微笑みは、時と場合次第では万人を和ませる力がありそうだが、今この場では、少々場違いに見える。
「それって、凄いのか?」
「我も実際に交えたことはないが、その力は神大と聞く。所在は不明じゃが、龜と、鳳凰、麒麟、虎が居ると聞く。汝が内の龜であるとはの」
かような場で出会うとは思わなんざ、と稲浪が少々興奮気味に亀甲を見る。その視線に亀甲が微笑む。
「私も他のお三方は見たことがありませんが〜、お強いらしいですよぉ〜。私は守ることしか能がありませんから〜」
亀甲がさも他人のように言う。自分には攻撃能力がないからそう言うだけなのかもしれないが、その判断は隼斗にも稲浪にもつかないようだった。
「あの、亀甲さん?」
「はい〜?」
何となく、亀甲さんが凄い神子だと言うことは話で理解はしたが、どうしても気になることがある。
「亀甲さんって、昴さんの神子、なんですか?」
亀甲の話を聞いている限り、赫職として名を言った人物は、間違いなく隼斗の知る人間で、今日も共に仕事をしてきたばかりだった。
「私の赫職様は湊川昴様ですよぉ〜」
夜闇に浮かぶ亀甲の微笑み。何処から見ても、そこに神子の中でも特出したものがあるようには到底思えない。
「マジッすか・・・・・・」
「はい〜、まじですよぉ〜」
あの先輩が赫職だと驚いたが、こんな人が神子だとは思いもしなかった。何気に先輩って凄いのか。
隼斗が言葉を失ったように、あ〜、と言いながら頷いていた。
「ちょっとっ! あたしを無視すんじゃないよっ!」
「ん? 何じゃ、まだ居ったのか?」
「なっ! ……いい度胸してんじゃないのよ。そのまま散りなっ」
亀甲の空気に呑まれたのか、稲浪も隼斗もすっかりのほほん世間話ムードに移行していたが、その背後でエンが声を荒げ、片手を翳し土の竜を稲浪に向けて放つ。
「ふん、かような攻撃、我の敵ではないわ」
だが、あっさりと稲浪の焔がその竜を焼き消した。辺りに漂うは熱気と粉塵。それでも稲浪の周囲は青い焔で煌めくように揺らめいていた。
「神子さんがいらしたのでしたらぁ〜、私の出番はここまでですねぇ〜」
「なんじゃ、もう帰すのか? 我としては汝と一戦交えてみたかったのじゃが」
「私の役目は〜、別にありましたのですがぁ、もう用件は済んでしまいましたので〜、後はお任せしますねぇ」
稲浪としては、なかなか出会えることもなく、その存在は神子の中でも特別視されているため、どうやら闘争本能のようなものが疼いてきたのだろう。
「ふむ、四霊ともあらば下手な戦など赴きはしまい。赫職ありとなれば、敵でないと判明した以上、ここは我が赫職隼斗の命は我にある」
「あちらと違ってご理解が早くて助かりますぅ」
ね〜? とゆったりとした同意を隼斗に向ける亀甲。その背後では小馬鹿にされたエンが表情を濁して土の竜を差し向けてくる。
「うふふ〜、赫職さんをもっと良く見て契りを交わしてくださいね〜?」
その竜を余裕のほんわりとした笑みで、手を翳し防護壁を呼び起こし、亀甲は粉砕する。
「ちっ、四霊ってのは化け物かいっ……?」
力の通用しないエンは憤りと怒りに表情が濁り続けていた。
「稲浪さん〜、あとのお相手はお任せしますねぇ?」
「何故じゃ? 何故あやつの相手はしおるからに、我の相手をする気はないのじゃ?」
亀甲はエンの相手をする気はないようだが、稲浪にはそう見えているのだろう。どことなく羨望のようなものを向けていた。
「私にはお相手する理由がありませんもの〜。それに〜、私を相手するならぁ、あれくらいは倒せますかぁ? 負けてるようでは私の髪の毛を揺らすことも出来ませんよぉ?}
「むっ」
「くっ……」
対抗心に火がつけられたようにエンを見る稲浪と、さらに馬鹿にされるエンの視線が絡み合った。
「あ、あの、変に焚き付けないでくださいよ」
「大丈夫ですよぉ。稲浪さんなら余裕ですよね〜?」
隼斗の苦言を他所に、稲浪は無論じゃ、と意気込む。
「ちょっと、あんたっ! 言いたいことズバズバ言ってただで済むと思ってんのかいっ?」
去ろうとする亀甲にエンが声を荒げる。
「ですからぁ〜、私は攻撃出来ないんですよぉ。あなたが稲浪さんを倒せるのでしたらぁ、お相手して差し上げても宜しいですけど、出来ますかぁ〜?」
どこまでもおっとりと挑発的な態度の亀甲。
「当たり前だろっ! こんな奴にあたしが負けるわけないだろ」
「何じゃと貴様っ! どの口で戯言を吐くかっ!」
そして、その挑発に易々と乗ってしまう二人に、隼斗はおろおろするばかりでエンの赫職の表情も限界を迎えようとしていた。
「この口だよっ。狐ごときが威張るんじゃないよっ」
「ほぉ? もぐらごときが我によく聞けたものを。モグラは大人しく土の中で蠢いておれ」
「何だってっ!?」
「やると申すのであらば、この白狐稲浪、相手になろうぞっ」
「ちょっ、い、稲浪……」
「隼斗は黙っておれっ! かような侮辱、放置するわけには沽券に関わるっ。四霊亀よ。この勝負、次に預けるぞ。我にはやらねばならぬことが出来たのじゃ」
どんどんお互いに火がつく光景を、亀甲は口実作りに成功したように穏やかに微笑んだ。
「はい〜。では、私は失礼しますねぇ〜」
ロングスカートを揺らしながら、亀甲がエンが作った土壁に己の能力である防御壁で打ち砕いて、隼斗と稲浪に優雅なのか、のんびりなのか一礼すると、夜の闇に消えた。
「しかし、日本に四霊が居るとはの」
あっさりと亀甲を見送る稲浪は、己が口車に乗せられたことを悟ったのか、その後姿を見送る視線の中にあった、興奮と高揚の気持ちが次第に治まり、言葉だけで身を引いた亀甲のことを、それすらも実力だと感心したように、いずれ交えることを羨望する眼差しを向けていた。
「って、稲浪。感心に浸ってる場合じゃないって」
完全にシカトされて、エンと赫職の男が呆然としながらも、こめかみを震わせていた。
「そうじゃったな。隼斗を貶めたのはあやつらなんじゃったか」
切り替えが早いようで、稲浪が意識をエンに向ける。
「エンか。まぁ我の敵ではないの」
「何よ、あんた。随分舐めてくれてるわね」
稲浪はどうやらエンのことを知っているようだが、エンは稲浪のことは知らないようだった。
「どいつもこいつもうぜぇ。エンっ、さっさとあいつら消せっ!」
本来の目的を邪魔され、神子には逃げられ、他の赫職の神子の邪魔も入り、男が苛立っていた。
「貴様も妙な男に取り入ったものじゃな。神聖なる神子が見る目も持たぬのか」
いきり立っている男やエンを前に涼やかな表情で稲浪が二人に対峙する。稲浪の登場で心持安堵したのか、隼斗の表情も落ち着きを取り戻していた。
「あんたに言われたくないね。そんな取り柄も無さそうな男の赫職のくせに」
エンの言葉に、稲浪の眉が片方つりあがる。
「貴様、我が赫職にやきもちか? そのような下らぬことに現を抜かして居るような赫職のようじゃからのぉ」
余裕そうな表情で稲浪が言うが、表情は顔で笑って心で怒っているようだ。
「はぁ? あんた頭大丈夫ぅ? あたしがそんな優男を選ぶわけないでしょ」
エンもエンで稲浪と似たような顔をしている。その様子に隼斗と男は気まずそうな表情を浮かべていた。
「どうやら、やはり貴様とは相容れぬようじゃの」
「そうね。あんたとは一緒な考えにはなりたくないわ」
お互いにそう言うと、口調とは裏腹に纏う空気は嫌悪で空気が大きく歪んでいた。エンが片手を持ち上げ土の竜を呼び起こし、稲浪が両手に青い焔を宿す。これまでの比ではないものを。
「い、稲浪・・・・・・?」
「心配するでない。あやつごときに我は負けん」
「いや、でも・・・・・・っ!」
隼斗が、エンが開紋していることを言おうとしたが、その前にエンが竜を放ち、それに稲浪が火炎放射のように焔を撃った。
「ふん、少しはやるじゃない?」
「たわけ。貴様手を抜いておろう? 勝負を喫す場を侮辱すること、我が赦さぬぞ」
「ならあんたも開紋してみせれば? そうすればあたしと同等くらいにはなるんじゃない?」
開紋しているため、少々稲浪の様子を探っているのか、先ほど亀甲との戦闘で見せた竜の数が明らかに少なく、エンの表情も余裕を感じさせた。
「愚かなり。開紋など不要。その余裕、我が打ち砕いてくれる」
稲浪が大きく息を吐き精神を統一する。エンが何かただならぬものを感じたのか、自分の前に土壁を作り出す。
「青き狐の焔の業火をとくと見るが良い」
稲浪が不敵な微笑を浮かべると、はぁぁぁっ! と全身に力を込めるように息を吐く。その間にもエンはただ防御に徹するだけではなく、土壁の前に幾つもの竜を生み出す。
「隼斗っ。我から離れておれ」
「え? は?」
稲浪に呼ばれ、後退するように言われるが、隼斗は状況が理解できていないようで、困惑するばかりだった。
「エンよ、往くぞっ」
「やれるもんならやってみなさいよっ」
稲浪が土壁に向かって咆哮すると、稲浪の全身を包み込むように青い焔が一気に何処からともなく噴出す。熱による急激な気圧の変化で熱風が隼斗を吹き、隼斗がその風に後方に飛ばされる。同様にエンの周囲にも暗黒に染まる土の竜が幾重にも蠢き経つ。
「我が赫職に手を下したこと、その身を持って償うが良い」
稲浪の全身が青い焔に包まれ。大きく陽炎に浮かぶ陰のように、稲浪の周りが明るく青く輝く。
「狐業」
稲浪が熱で吹き飛ばされたとは言え、隼斗が安全圏に離れたことを確認すると、正面に立ちはだかるように夜闇に浮かぶ、エンの土壁に向かって稲浪が片手を向けた。
「なっ!」
つばさとの戦闘で見た稲浪の青い焔の柱。それにも十分に驚かされたが、今目の前に立つ、己の神子である稲浪の纏う炎。それが壁に向かって手を翳しているにも拘らず、焔はそれに反発でもするように、星空煌めく夜空へ焔の巨大な柱が昇っていく。
「何処を狙ってるのよっ」
エンが土壁の向こうから稲浪の焔を笑う。空高くに舞い昇る稲浪の青い焔を他所に、大地から湧き出した土の竜をエンが稲浪へと走らせる。
「稲浪っ! 危ないっ」
思わず隼斗が稲浪に声を掛け立ち上がる。エンの放った幾つもの竜が稲浪に向かって縦横無尽に大地を張って突進してくる。
「ふんっ、戯れにもならん」
隼斗が稲浪に声を掛けるが、稲浪は下らないとエンに向かって言葉を吐くと、前に翳していた腕を上から下に振り下ろした。すると、上空に立ち昇っていた焔が、稲浪の腕を合図に一気に上空から稲浪の下へと降りてくる。その間もエンの放った竜が稲浪に向かってくる。
「稲浪っ!」
それでもエンの土の竜の方が若干早く稲浪へと襲い掛かったようで、隼斗が目を見開いて稲浪の名前を呼ぶ。爆音に近い轟音と共に、稲浪にエンの土の竜と、空から舞い降りた焔が辺り一面に土煙を撒き散らす。
「終わったわよ」
エンが大したことないわね、と息を漏らした瞬間、
「戯けと言っておろう。所詮はこの程度とは,まだまだじゃの、エンよ」
稲浪の声が土煙の中から、聞こえた瞬間、青く尾を引く狐が稲浪の立っていた場から飛び出した。
「なっ!?」
稲浪から飛び出した青い焔が狐へと変貌し、エンの作った土壁に噛み付いた。壁に衝突した焔が周囲にも広がり土壁が熱で赤く染まっていく。怒涛の焔が稲浪から次々とエンに向かって吹き荒れ、やがて壁に穴を開けた。
「我が焔は最強じゃ」
全ての焔が壁を突き破り、壁の向こうに立っていたエンが奥の廃墟ビルにもたれかかるように倒れていた。
「エンッ!」
赫職の男は、エンが稲浪の焔から逃がすために張ったもう一つの壁に守られ、無事のようだったが、エンは正面から稲浪の焔を受け、服が焼け、ビルまで吹き飛ばされたのか既に気を失っていた。
「勝負ありじゃ」
その様子を見て稲浪が髪を振りまく。