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プロローグ

 道行く人間が蟻のように蠢く。遥か眼下に見下ろしている一人の男が超高層の風を受け、星空煌めく夜闇に一人宣下をした。

「時はいよいよ満ちた。この醜き世界を作り直す、創世なる神の子たちよ。その翼を広げ、その足で地を蹴り、新たなる創生神話を、この地より解き放て。名付けて、世界を変革するフルキャストイーブンの史書をここより解き放たん!」

 吹き抜ける強風に揺らめく男の衣類とは裏腹に、男の表情はそんなものをまるで気にしていなかった。

「一人で何を誰に仰っているのです?」

 一人満足げにポーズを決める男の背後で、呆れた面持ちの女が口を開く。

「この世界にだよ。欺瞞と怠慢に満ちたこの世界を彩る、神の使者たちの遊戯がこの世界を改めるのだ」

「左様ですか」

 抑揚のない、興味関心の欠片も見せない女を他所に、男が高らかと笑っていた。



「お疲れ様でーす」

 今日二つ目のバイトである、牛丼チェーン店のバイトを終えると、既に辺りは夜闇に包まれ、星が街明かりに掻き消されながらも、一等星の明かりは歪んだ大気の下でもその存在を確認させた。バイトを終え、帰路に就く。専門学校を卒業して早二年。就活する気も無く、巷に溢れている何も保障もされていないフリーターと肩書きを背負って、朝から夜までバイトで精を出す。彼女もいなければ、都会に出て、学校を卒業した今、友人付き合いも少ない。バイトの無い日は惰眠かネットサーフィンに溺れる。そんな人生を送ることに関して、不満も無ければ、夢も無い。あるのは無機質な日常の繰り返し。

「明日は休みだったな。何しよう」

 別にそれで良い。二十二になった今、ファンタジーやSFのような世界が憧れで、クリエイターを志して卒業したことに対して、すっかり興ざめた。モニターを通してみる現実離れした世界を見るのは興奮するが、それを制作する側に立って分かった。

「やっぱ現実は、冷めてるよな」

小説や漫画、ゲーム、映画のような空想世界が現実に在るはずがない。在ったら様々な問題も出てくるし、法律も改正することになる。だが、その興奮を人は求め、結果として現実逃避するがごとく、小説や漫画、ゲーム、映画の世界に夢を見る。

「ま、今の俺には関係ないけどな」

 朝から夕方まで引越しの荷物運搬のバイト。筋力(マッ)補助(スル)スーツのおかげで梱包以外の搬入作業は重たいものも軽々と運べるから、それほど苦にもならない。その後は牛丼屋でバイト。座席前の電子メニュー表をタッチすれば、奥でその注文を作り、運ぶ。片付けは全自動食洗機が箸や丼などを分別、乾燥までしてくれるから、調理とゴミだし、店内清掃くらいで、これまた難しいことは何一つない。何が楽しくてバイトの繰り返しをしているのか考えたこともなければ、考える気もしない。筋力や体力が付き、それに伴う空腹をまかないの牛丼で埋める。金をもらえる上に空腹を満たせることが、唯一楽しいことなのかもしれない。

「やべ、金入れてなかったな」

 駅の券売機の所で公共機関共通乗車カードにとりあえず財布に入っていた万札を一枚入金する。どうせ交通費は出るんだ。痛くも何ともない出費。

「うるさいな・・・・・・」

 阪神がどうだのこうだの、飲んだくれのサラリーマンが一人語りのように喋っている。百五十年ほどの歴史を持つ、野球チームが勝とうが負けようがどうでも良い。他にも今まで何をしてたんだかと思わせる金髪ピアスの女子高生に、塾帰りの子供、他様々な人間が七両編成の電車に揺られている。メール、音楽で時間を潰す者や、寝る者。この時間は酔っ払いか寝ている人間が多い。いくら時代が流れようが、変わらぬ性のようなもの。

「真っ暗か。日が沈むのも早いな」

 朝バイトに出る時には満員電車に揺られ、身動きすることも出来ず、日によってはおやじのポマードの臭いに耐えながら、また日によっては、可愛い子の香水と周囲に押されて感じる感触に頬が緩むのを堪えながら、明るい景色を見ていたが、帰りはマンションの規則正しく並ぶネオンライトが見えるだけで、別の世界が広がって見える。それだけ人間の目は光に頼りきりのものなのだと認識するが、興味はない。

「・・・・・・ねむ」

 欠伸が出る。別に我慢することなく、大口を開く。地元にいる時は人目と言うものを気にすることもあったが、都会に出ると、思った以上に人は人を見ていないことを知り、特にこの時間帯の人間は己のことしか気にかけず、他人なんて人形も同じだ。揺れる電車内じゃ酔っ払いが騒いでいようが、やたら口うるさい女が電話をしていようが、誰も何も言わず、ただ降りる駅を待つ。だから俺の欠伸を見る人間なんて、窓に映る自分以外にいない。

「相変わらず、どデカイビルだよなぁ」

 車窓に浮かぶ周囲よりも特出したビル明かりが、ゆっくりと流れる。鉛筆のような先端の尖っているビル。日本国の首都が平安の都京都から東京に変遷されたのが、一八六九年の大政奉還による遷都。未だに京都の人間は首都を京都だと主張し、京都から東にある都を副都である東京だと思う人間がいる。都を東京に貸しているだけとか。そう歴史の授業で習った覚えがある。そして、今俺がいる大阪。かつては東日本の中心であった東京と西日本の中心だった大阪と分かれていたらしいが、二〇八九年の今、日本の首都は大府大阪に遷都し、中央官省庁から国会議事堂などの政治経済の中心も、ネットワークも金融機関の本拠地も大阪に集い、四〇年近くを迎えようとしている。

その中で一際目立ち、圧倒的な存在感を見せているのが、国際生体科学技術研究所日本。通称NBSL。風の噂ではNBSLが大阪に本社ビルを構えたことで遷都が起きたとも言われているが、詳しいことは俺も授業じゃ習ってない。いや、習ったかもしれないが、覚えてない。ただ、世界中にあるNBSLは国家にまで影響を与える大財閥機関であるということだけは、誰もが知っている。抗体科学で成功し、科学技術から金融機関、果ては世界経済にも大きな影響を与え、元々は民間企業だったらしいが、本社ビル建設完了と同時に国際機関へアメリカで承認され、勢いは衰えるところを知らない。

五十代以上の人間には、未だに首都東京のイメージが強いらしく、大府大阪が納得出来ていない者もいるらしいが、俺にとっちゃ、生れた時から日本の首都は大阪だ。東京なんて今じゃ田舎の一つになっている。首都だったなんて信じられない。ほとんどのビルも建て壊され、成田空港や横浜港も閉鎖されて、公園やウォーターフロント開発による高層マンション群になっている。そこに首都が在った証は今はない。東京の中心地のほとんどが学術研究都市として、主にNBSLや他の研究施設などの地方機関が集まっている。

 小さく息を吐き、下車する。中心街から電車で二十分ほど離れた所に俺の家がある。

「静かだなぁ」

 昔は珍しかったらしいが、今じゃ当たり前の無人運転の電車を下りる。総合(マスタ)司令(ーオペ)統括室(レーション)とか言う所で、全国区の交通公共機関の乗り物の業務を行っているため、都会じゃ車を持っていても、生活に困ることはない。持っていたとしても駐車場などが狭く、逆に不便になる。大型自動二輪の免許もバイクもあるが、バイト先には電車のほうが早く、休日の買い物程度に乗るくらいだった。

「さっさと風呂は入って寝るか」

 駅を出るとコンビニの明かり以外大した明かりの無いくらい中を自宅へ歩く。駅から徒歩二分の近場だから、そこからそこ。卒業後、バイトしかせずそれなりに貯蓄もあり、念願だった風呂トイレセパレートの部屋を借りた。築二十年ほどだが、俺にしては随分と奮発した気分のする綺麗なマンション。ベランダもあるし、キッチンもそれなりに使える上に部屋数もリビング、ダイニングキッチン、寝室の三部屋。一人暮らしには勿体ないくらい。それでも今流行の全自動制御装置のついた、リビングで横になり、考えるだけで家事の大抵のことが出来るシステムのBMI(ブレインマシンインターフェイス)の家に比べると、まだまだアナログな生活。でも昔に比べると便利になっているらしいから、満足している。

「ん?」

 郵便受けを確認し三階に上がり、角部屋の俺の部屋に向かおうとしたらドアのところに何かがあった。ライトに照らされた物体。

「猫? 犬か?」

 近付くと、蹲っているのが動物だと何となく分かるけど、顔が見えない。全身が金髪のような毛で覆われて、尻尾が犬や猫にしては太い。寝ているのか? 

「おーい、お前、ちょっと退いてくれるか?」

 俺が声を掛けてもピクリともしない。屈んで顔を見ると、猫のような顔立ち。なかなかスッとした顔立ちで可愛らしいというよりも、綺麗って感じか。毛並みは汚れて、すっかり固くなってる。触ると手のひらに汚れの肌触りが残った。

「お前、怪我でもしてるのか?」

 口端に涎のような、液体が垂れついてる。手先も傷んでるようにケバケバしている。

「動けないみたいだな」

 腹部に手を入れ抱き上げる。華奢なのか随分軽い。動物なんて飼ったこともないし、抱いたこともなく、撫でたことがある程度だから、重いのか軽いのかいまいちよく分からない。

「ま、ペット禁止じゃないからいっか」

 電子キーで鍵を開け、家に入る。

「ライトオン」

 猫を抱き上げ、家の中に入ると、一声かける。声に反応して廊下とリビングの電気がつく。声紋認証は少々今じゃ古臭い。家賃が安い分アナログだが仕方ない。

「ちょっとそこでじっとしていてくれよ」

 寝室のベッドにバスタオルを敷き、そこにそっと寝かせ、風呂の支度をする。セットオンの一言で浴槽洗浄から湯張りから炊き上げまで自動でしてくれた実家が懐かしいが、今は自分でやらないといけない分、帰りが遅くなると面倒臭い。

「お前は一体何であんな所にいたんだ?」

 一階とかなら分かるが、俺の部屋は三階。そんな所にぐったりされてると不思議に思われても仕方ないんじゃないかな。

「喋る元気も無いか」

 随分と疲れているのか、牛乳がなかったから水を置いても飲む気配もなく、身動きもしない。見た目は大きな怪我も無さそうに見えるから、それほど重症には見えない。この時間は何処の動物病院もとっくに閉まっているから、連れて行くわけにもいかない。

「明日は病院だな」

 バイトが休みで良かった。そう思って掛けた声に、微かに体が動いた気がしたが、気のせいのようで相変わらず蹲っている。

「とりあえず、その汚れを落とすか」

 浴室からピーピーと炊き上げが終わった音が鳴り、猫と共に風呂に向かう。先に俺が頭と体を洗い、猫は風呂ふたの上に置いた。弱っているものを風呂に入れるのはどうかとも思ったが、汚れもひどく、誇り臭さも否めないため、入れることにした。

「猫って風呂嫌いなんじゃないのか?」

 確か水が嫌いだとか言う話を聞いた覚えがあるが、こいつは違うらしい。

「って、動けないか」

 嫌いでも、動く気力も無いのかもしれない。抱き寄せると、桶でそっと湯をかける。毛が逆立ったように見えたが、すぐに湯の流れに毛が流れた。流した湯が灰色に染まって流れる。シャンプーをしてやると泡が灰色になる。

「一体何してたらこんなに汚れるんだ?」

 声を掛けても鳴きもしない。大人しい分洗い易くて助かるが、よく見るとあちこちに血のような汚れがある。見ていて痛々しい。沁みて痛いはずだが、我慢しているようで早めに風呂から上げた。

「よし、綺麗になったぞ」

 体を拭いてドライヤーで乾かしてやると、さっきまでケバケバしていた毛並みもすっかり艶を取り戻して金色に輝き、柔らかくなった。土臭かった体臭もコンディショナーまでした甲斐があって良い匂いだ。猫の性別は分からないが、きっと雌なのかもしれないな。俺がコンディショナーをしても、女性のように良い匂いはしないし。

「今日はこのまま寝るか」

 既に時計の針は新しい日付を刻んでいる。いつもよりは一時間ほど早いが、猫を見ていると風呂上りの体がちょうど冷えてきて眠気が襲ってきた。

「これで暖かいだろ?」

 毛布を猫に少しかけてやる。疲れているのか、俺の言葉なんか聞いていないようですぐに目を閉じた。

「可愛げのない奴」 

 隣に猫の体温を感じながら、俺も今日の、いや、昨日の疲れを癒すために目を閉じた。

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