7
角付き兎は予想以上の高値で売れた。
繋がりのない店に売ったのだから、恐らく足下を見られているだろうが、それでこの高値ならばまともな店に売った時の値は推して知るべし、であった。
掌の中で輝く銀貨を見たとたん、単純な勇から慎重という言葉は消え去った。
今回の幸運が次も続く保証など無かったが、彼の天秤は見たこともない魔物とやらより今ここに確かにある銀貨のほうへ傾いたようだった。
そして二日目。この日も勇はクロスボウを担いで狩りへと出かけたが、残念ながら矢は硬い大地とクロスボウの間を往復するだけの結果に終わった。
しかしそもそも初日の運が良すぎたのであって、この結果は彼の実力と比例したもので極めて妥当であった。
どうやら彼の射撃は今しばらくの練習を必要とするようであった。翌日から勇は獲物の超至近距離から矢を射つことにした。
近くに障害物がない獲物は潔く諦め、近付ける獲物のみに的を絞っていく方針に切り替えたのだ。
それが功を奏したのであろうか、彼の生まれ持った幸運も手伝って一日に一匹程度の収穫を上げられるようになっていった。
街の外に狩りに行く勇にとって喜ばしいニュースもあった。
最近ファーザニール領軍が付近を徘徊していた有翼獅子、グリフォンを始末したというのだ。無論、領軍には夥しい犠牲が出たようであったが、領民達は犠牲者を悼む思いより生活の安全が確保された喜びの方が大きいようである。
喜ぶ領民の中に勇が含まれていたことは言うまでもないだろう。今までは時折聞こえてくる大地を震わす唸り声を恐れて短時間しか街の外に出ることが出来なかったが、これからはもっと長く狩りの時間がとれそうだった。
長い狩りの時間に比例して収穫も増えるはずであり、勇の脳裏には柔らかいパンと萎びていない新鮮な野菜を口一杯に頬張る自分の姿が写っていた。
「おっちゃん! 頼んでたやつ出来てる?」
勇は武器屋の主人にクロスボウの改良を要求していた。肩当ての増設である。
彼の知識にあったライフルのような肩当てをクロスボウにも付けることで命中率が上がることを期待したのだ。
簡便且つ安価な改造で大きな効果を発揮することが期待でき、主人も彼のアイデアに感服していた。
「出来てるよ。確認してってくれ」
主人から手渡されたクロスボウを見て勇は感嘆の溜め息をついた。
それは彼の知識のなかのライフルのそれに似通ったシルエットを持っていた。手に取り、実際に構えてみる。実にしっくりきた。
「いいな、これ」
彼は主人への礼もそこそこに武器屋を飛び出した。そのまま街の外へと駆け出し、適当な木に狙いを定めて何発か射った。
自分でも感じ取れるほど命中率が上がっていたのがわかった。
「これならもっと稼げるかもな」
彼は今夜手に入れられるであろう温かいスープと肉に思いを馳せた。
戦果は思った以上のものであった。
あるいは心理的な効果が大きかったのかもしれないが、新設した肩当てが少なからずこの結果に貢献していることは疑いようのない事実だと思われた。
勇は甚だ上機嫌であった。
肩当てへの投資は数十倍になって帰ってきたからであり、もはや今夜の食事が豪勢なものになることは彼の中では既に決定事項であるらしい。獲物が多すぎて持ち運ぶのに苦労する、という素晴らしく贅沢な悩みを勇は初めて体験することが出来た。
しかし肉体は彼の精神に反して休養を要求し、日が落ちるのにはまだ時間がありそうなのを確認し、そこにちょうどいい大きさの岩が鎮座しているのを見るや否やそこに座り込んでしまった。
まあ良いだろう、街も見える距離だし…と急かす内心に言い訳をし、一応辺りを見渡していると何かが光を反射するのが見えた。
「まさか、魔物?」
反射的に岩場に隠れて様子を伺った勇はすぐさま自身の認識が誤っていたことに気づいた。そこにいたのは鎧を着込んだ人物と、メイド服を着た数人であった。何やら口論をしている様子であり、特に疚しいこともないがなんとなく勇は隠れたままだった。
陰から女性を覗くという行動は犯罪的であることこの上なく端から見えているだろう、と勇は自覚していたがメイド服のお連れを連れている鎧を着込んだ人物等彼には一人しか心当たりがなかった。
すなわち、アストリア・アスト・ファーザニール。
街を治める男爵の一人娘である。噂は聞いていたが、まさか本当だったとは。
勇は彼女の行動力にある種の戦慄さえ覚えた。一体男爵はどんな教育をしているのか。
男爵家の行く末が不安になる勇であった。




