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「狩りに行こう」
勇はつい数ヶ月前の決意をあっさりと覆して高らかに叫ぶ。
この辺境の地では自給自足が基本であり、帝国本土からの支援等あてにするのも馬鹿らしい、といったような風潮があるらしい。
当然食料その他の物資を自力で調達せねばならない訳だが、ここでそれを阻むのが魔物という存在である。
もちろんこの世の全ての生物が魔物という訳ではないが、一度魔物に出会えば魔法使いか剣豪でもない限り、彼らの胃袋の中への片道切符を押し付けられることは同然であった。
そんな訳で肉や毛皮は常に貴重品であり、それらを狩って街に持ち帰る命知らず達の蛮勇は称賛と多額の報酬で報われるのだった。
勇は後者、すなわち多額の報酬に釣られてしまったのだ。彼の悪癖の一つに、妄想の世界に入ると自分に都合の悪い事が見えなくなるというものがあった。
狩られるのは常に自分ではない誰かであり、自分が魔物の餌食になるという考えはこの時の勇にはなかった。街の近くなら大丈夫だろう、すぐ逃げられるし……という慢心も多分に含まれていた。善は急げとばかりに勇は宿を飛び出し、何回か冷やかしたことのある武器屋へ駆けていく。
「剣と盾と鎧くれ!」
「馬鹿かおめえは」
主人の客に対するにはあまりな発言に勇は少々機嫌を悪くする。
「何が馬鹿なんだよ」
勇には主人が彼の英雄譚の始まりを妨げるものわかりの悪い中年にしか見えなかった。
「おめえは剣と盾担いで兎に追い付けるのか?」
無理だった。
この時主人は極めて正確な未来予想をすることに成功していた。
身の丈に合わない剣を担いでドタドタと走り回り疲労と落胆を背負って帰ってくる……これ等まだ良いほうであり、最悪の場合物言わぬ骸となって土に帰るということも十分有り得たのだ。
「じゃあどうすればいいんだよ」
勇も頑固者であり、一攫千金の夢を捨てられなかった。武器屋の主人なら客が求める武器を出せ、ということである。
主人は溜め息をついた。せめてもの代案として、彼は勇にクロスボウを差し出した。レバーで弦をかける種類の強力なものであり、連射性は高くないが狩りに使うには十分過ぎる武器である。
これなら多少は狩りもできるだろう、剣よりは安全だ……という主人の気づかいには気づかないまま、勇はクロスボウと適当なナイフを買い、一瞬を浪費するのも惜しいとばかりに走り去っていく。このクロスボウが一番店で高い品であったことにも気づかないままであった。
勇は上機嫌だった。狙い済ましたかのように、幸運が舞い込んできたからだ。
まともに使えないから、という理由で弓用の矢を格安で譲ってもらえたこと。それを適当に切り詰めて射って見たところ、予想以上の良好な弾道と威力で放たれたこと。
そして今、屈強な男達が街から出ていこうとしていること、等である。
いかに勇といえども、狩り等全くしたことのない自分が猪や鹿を狩れるとは思っておらず、兎や鳥等の小動物を狙っていくつもりであった。
その点、彼らは上級者のようだし危険な大物を狙うだろう、小物は無視して……という予想が出来た。要するに彼らのおこぼれに預かろう、という算段である。
勇にとってはただの大型動物ですら魔物に匹敵する脅威なのだから、せこいというより生きるための知恵と言ってやるべきだろう。
そんなこんなで、彼は安全に街の外へ出ることが出来た。
辺りを見渡しても大型の生き物は居らず、長閑な風景が広がっている。
「あいつにするか」
彼はたまたま目についた哀れな小動物に狙いを定めた。
狸のようなそれは勇の殺意に全く気づいておらず、呑気にとてとてと歩いていた。
勇は腰を下げ、息を潜めて狸近くの岩場へ転がり込んだ。岩を台にして目標へ矢を向ける。5秒ほど息を整え、そして、射った。
「……だよなあ……」
残念ながら矢は狸から遥か離れた場所に突き刺さり、獲物は走り去ってしまった。
まあ、まだ時間はたっぷりあるし、獲物だっていくらでもいるさ……。楽観と浅慮を友として勇は再び獲物を探し始める。
すると、今度は兎らしきものが見えたが、近づくにつれその異様さが浮き彫りになっていく。アイスクリームのコーンのような円錐が脳天から生えていたのだ。
一瞬止めておこうか、という考えが頭をよぎったが、すぐにそれを否定した。大して大きくもないし、突っ込んできてもナイフでいけるだろ……と思えたからだ。
今度は適当な岩がなかったため、地べたに寝そべって照準を獲物に定める。息を吐き、呼吸を整え……発射。
命中したようだった。近づくと、頭を貫いたらしく赤黒い血を流して兎は痙攣していた。
「うっ……ぷ」
勇は吐き気をこらえた。濃厚な血の臭いが彼の鼻腔をくすぐった。
堪えねばならない、これから何匹殺すかもわからないんだから。
そう思ってなんとか吐かずに済んだ。しばらく経つと、彼の罪悪感は何処かへ行ってしまったのか、人生初の獲物を仕留めた達成感で頭がいっぱいであった。
次だ次、次はもっと華麗に決めてやる……。その時、轟音が轟いた。
次いで巨大な獣の唸り声のようなものが聞こえるにいたって、勇は冷や水を浴びせられたかのような気持ちになる。
「……魔物……!」
一撫でで彼を消し去る事が出来るであろう怪物が、近くに、いる。
冗談じゃない、と勇は踵を返してその場を立ち去った。今彼に大地に還る気などさらさら無かった。
既に収穫があったことも彼を後押しした。
韋駄天もかくや、といった勢いで勇は街へ駆け込んでいった。




