表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マジカル・サイエンス  作者: ぜんまい山
確立
6/9

5

「やあ、待っていたよ」


勇は今日二度目の衝撃を受けることになった。

門の衛兵に男爵に呼ばれた旨を告げ、恐る恐る屋敷の応接室らしき部屋に通された勇を待っていたのは、なんと男爵その人であった。


「君がイサム君だね?」


本日三度目の衝撃であった。何故、この貴族様は俺の名前を知っているんだ。

彼の胸の内は疑問符で埋め尽くされた。順当に考えれば屋敷の中に入れる者の調査位はするかと思えたが、そもそも貴族の屋敷に平民如きを入れる事が不自然なのだ。


何を考えている……と勇の疑念を余所に、男爵は名を名乗った。


「私はアルーク・アスト・ファーザニール。男爵だ……まあ言わないでもわかるか」


わかりませんでした、とはまさか言えないので勇は曖昧な笑みを浮かべてその場を切り抜ける他なかった。


「それで、頼みとは……?」


こっちから話さないとぼろが出る、と判断した勇は一ヶ月の間に少しばかり上達した現地語を使って話を変えることにした。あんまり無茶な頼みはしないでくれよ、という願望も混じっていただろう。


「どぶさらいをしてほしい」


勇は息を吐いた。どうやら普通の仕事のようだ。それにしてはやたらと丁寧だな、とは思ったが貴族にも個人差があるんだろうと納得することにした。最善を尽くします、といって屋敷の外に出た。


瞬間、ふわり、と何かが視界の端を踊った。見ると、金髪の少女がメイドと何やら言い合いながら歩いていくのが見えた。


「あれは娘だよ」


勇の背筋が凍った。明らかに不埒なことを考えたらどうしてやろうか、という威圧が混ざった口調だったので勇は人生最高の速さで首を振ることを強いられたのだった。


その後、いくつか条件を確認し勇は掃除を始めた。少しばかりの下心をブレンドした熱心さのもとひたすら励む事数時間で、屋敷の周りの溝をほぼ清掃し終えた。


呆れた事にアルーク男爵は勇に賃金を前払いし、終わったら帰ってよいと言っていた。

どうものんびりし過ぎだな、これは出世出来ない訳だ……とか思いながら残ったごみをちょいちょいと払いのけ、勇は宿へ帰った。


まだ昼過ぎであり、働く気にもなれなかった勇はベッドに寝転がっていた。

彼の脳内は先程見た屋敷の少女で埋め尽くされていた。此処では珍しい同年代の少女であり、まして見目麗しいともなれば無理もない事であろう。


しかしあそこまで男爵に釘を刺された以上、屋敷に行く訳にもいかず、周りの人間に話を聞くのが精々であったが、出るわ出るわ、そこら中で目撃証言を集めることが出来た。


アストリアという名前であること、よく街の外に出ては魔物と戦っていること、蛮族と繋がりがあるらしいこと、魔法が上手いこと、等である。


スラム街をうろついたり、ごろつきと得意の魔法で喧嘩したことすらあるらしく、男爵も気が気でないだろう。子宝に恵まれず、彼女が一人娘であるらしいとまで来たら、屋敷の中に監禁したいとすら思っても不思議ではなかった。


それをしないのは男爵の優しさと見るか優柔不断さと見るかは意見が別れる所であったが、いずれにせよお転婆で男爵令嬢とはとても思えない奇天烈な人物であることは確かだった。


「こりゃないな」


勇はどこまでも上から目線でアストリアを評した。街の人間からも彼女の奇天烈さは呆れの対象であるらしく、皆苦笑いで彼女の話をしたからだ。


蛮族との繋がり云々、というのは民衆レベルでの交流が無いわけではないから多少期待されているらしかったが、重要なのは自分の好みと一致するかどうかであった。


では勇の好みとは何か、というとお淑やかな大和撫子、つまり彼女とは正反対の存在であった。アストリアがどう思うか、などというのは彼の妄想の外にあった。

あらゆる世界において妄想の内容を規制する存在はなく、彼もまたその自由を謳歌していたからだ。


彼はそこで妄想を切り上げた。男爵から頂戴した給金は、服を買い換え多少贅沢な食事をして余りある額だったからだ。


だから出世できないんだよなあ、という恩知らず且つ余計な一言を呟き、勇は街へ繰り出した。

久しぶりの大きな収入に勇の財布の紐は緩み、結局今日の収入は一日で使い果たすことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ