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いくつかの宿を見てまわり、一番清潔かつ広く、従業員が優しそうな宿に泊まることに勇は決めた。
多少割高ではあったが、生きる拠点への投資をけちるべきではない、という人生哲学のもとでの決断である。
いらっしゃい、という女将――恐らくそう言った――の型にはまった挨拶を聞き流し、再び勇は通じない日本語と大仰な身ぶり手振りを用いてひとまず一月の宿泊をする意思を伝えることに成功したらしかった。
その後、有りがたいことにおせっかいらしい女将の説明で日雇いの人足の溜まり場にたどり着いた勇は、他にも言葉がわからない移民らしき男達を見つけて安堵していた。
雇う側もそれをわかっており、仕事は穴を掘る、溝を掘る、壁の穴を埋める、といった単純作業が主な内容だった。
しかし、単純作業といってもそれは過酷な肉体労働であり、勇にとってはほとんど苦行に等しいものであった。
「なんで、こんな、苦労、しなきゃ、ならないんだよ、ちくしょう」
あるいはそれも人生経験と言えるのかもしれないが、勇としはひたすら穴を掘る経験など一生体験したくない類いのものであったから、周りが日本語を解さないのを良いことに悪態を漏らすのであった。
宿に帰るや否や勇はベッドに倒れこんだ。昼過ぎから夕暮れまでの時間働いて銅貨2枚と賤貨4枚。
そのあまりにも頼りない感触は勇を疲れさせるのに十分であったし、こんなことで本当に大丈夫なのかよ、と悪態の一つもつきたくなるのも無理はなかった。
「……寝よ」
勇はベッドに潜り込んだ。日本製のベッドにはとうてい及ぶべくもない粗い布に身を削られながら、努めて勇は意識を暗闇に沈めようとした。
これ以上不安と手を取り合って断崖に駆け出すような無益な想像をしたくなかったし、それでパニックになるのも彼の本意ではなかった。
知らぬが仏ってやつか、等と思っている内に疲れもあってか、勇の意識は深い深い眠りの海に潜っていった。




