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「出アフリカってこんな感じだったのかな」
遥かな過去に思いを馳せながら、薄暗い中を少年――勇は歩いていた。迷子になったらその場に留まれというのは原則ではあるが、この見渡す限りの大地ではどうも助けを期待するのはあまりにも楽観的であると言わざるを得ないようだった。
それならば、歩く他あるまい――というのが少年の結論だった。しかし行く先もわからぬまま歩く、という行為に彼のセンチメンタルが刺激されたのか、はたまた歴史好きの性だろうか、どうにも偉大なる先祖達の元へ想像の手を伸ばしながら歩いてしまう勇であった。
もともと大した身体能力もなく、しかも不整地で物思いに耽りながら歩くという危険な賭けの結果はすぐに出た。つまり転倒したのである。
「いってぇ!」
蒼穹に彼の叫びが空しく響く。自分の愚かさに愕然としている勇であったが、より彼を驚愕させたのは恐ろしいほどの身体能力の低下である。
「ああ、愛しの筋肉達よ……」
これでも部活動に励んでいた勇は受験勉強に吸いとられていった運動能力達に暫しの思いを馳せたのだった。
「よし、ちょっと休もう」
限界を悟った彼は、重いリュックを下ろして休むことにした。まだ先は長いし、休むのは大事……と自分を言いくるめて、ついでに持ち物を探って見ることにした。
ところが出てくるものは教科書、参考書、クリップ、包装紙、レシート……あげくにビー玉等が出土するに至って彼は早々に発掘作業を断念し、休むことにした。
10分程の休憩をおえ、立ち上がった彼は周りが明るくなっていることに気づいた。当然彼は喜んだ。夜は危険である。最悪野営を覚悟していた勇にとってはまるで仏の来光のごとく写ったであろう。
さらに歩を進め、ついに勇は人工物らしき直線を認めた。見る限り城壁のようなものはなく、あまり大きな建物もない、開拓村のような雰囲気の街であった。
ここで彼の理性が勇に呟いた。下手に入って不審者扱いされたらどうする――それは恐ろしい想像であった。
中世的な拷問の様子を思い浮かべ思わず震える勇であったが、よくよく見てみると街の中の連中は雑多な服装をしており、肌の色もまさに十人十色といった具合であることが見てとれた。
ジーパンにシャツ、パーカーの勇が入っていっても特に違和感は無いだろう。1つ深呼吸をして、勇は街の方へ歩いていった。
遠くから見るのとは違うな――そんな感想を抱くほどに街は思いの外賑やかであった。道に沿って物売りが列を成し、帯剣した男達が昼間から浴びるように酒を飲む。子供たちが路地を走り、犬を追いかけ回す。しかしそんな勇の故郷ではまずお目にかかれない風景も今の彼の目には単なる風景でしかなかった。
何故なら、彼らの言葉が――ある程度予想できたが――わからなかったからである。勇にとって幸運だったのは、彼らの言葉がどことなく日本語を連想させる響きであったことや、何故か数字が勇の知るそれ、つまりローマ数字と酷似していたことであろう。
昼過ぎまでうろついた結果、どうやら売る、という意味らしい単語と数字の発音をいくつかリュックから引っ張り出したメモに書き付け、彼は穏和そうな商人らしい男のもとへ向かった。
勇が売ろうとしていたものは、この街では精巧なガラス細工と称されるだろうもの、つまりビー玉であった。多少足下を見られても構わないから当座の生活費を稼ぎたい一心で、身ぶり手振りを交え、交渉した結果三枚の銀貨を手に入れることができた。
これで一安心、と言うわけにはいかない。銀貨三枚では数ヶ月程度の生活費にしかならないであろうことは市場への観察から予測できたからだ。
しかし、先ずは衣食住のうち住――すなわち宿を確保することに勇はこだわった。疲れきった彼にはこの時藁のベッドでさえ黄金の玉座のごとき魅力を発揮したからだ。
一通り街を回った時に当たりをつけていたいくつかの宿の様子を見るために、勇は再び歩き出した。




