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わがままお嬢様の探偵業《チカラワザ》  作者: 三宝すずめ
1.お嬢様は、天才探偵(自称)
3/13

1.3 お嬢様の初調査

 応接室を出てから、少年執事は主がよくするように、眉間へ皺を寄せていた。事件を整理しようとすればする程、焦りにも近い、ジリジリとした感覚に胸が灼かれてしまう。


「なーにを、思い詰めていますの?」

(推理ならぬ推理をドヤ顔でされたら、そりゃあ思い詰めますよ!)


 今度こそ、胸の中だけでゾフィは不平を零す。とは言え、彼女を無視することもできず、曖昧ではあるが返事をしていた。主人をフォローすることが執事の仕事であるなら、黙って事件解決のために走り回るのが今の自分の役割だと彼は考える。


「歯切れの悪さがそこはかとなく気になりますが、まぁ、いいですわ」


 下僕を見て気になることはあったが、ルーリアは言葉どおりにサパっと割り切っていた。自由奔放な彼女は、頭の切り替えも早い。今は犯人を捕まえることに思考力を回していた。


 犯人はヘンタイに違いない――周囲の人物たちにはイマイチ伝わらなかったようだが、このお嬢様の自信は微塵も揺るがない。


 ハッキリとしない態度を示す従者はさておき、ルーリアは一つ伸びをする。背中辺りの凝りがほぐされるようで、それだけで凝り固まりそうな考えも柔軟に伸び縮みしたような気がしてくる。スッキリとしたところで、屋敷の廊下を再び歩んだ。


「お嬢様……」


 少年はやや情けない声を上げていた。当のルーリアはそれに対して何を言うでもなく、思案を続けた。


 顎に手を当て、思案顔の主人は彼にも非常に凛々しく映る。だが、不可解さは拭えない。自信たっぷりに言い切られたルーリアの推理? は、彼には根拠も合理性も感じられない。未だにこうしてお屋敷を調べさせてもらえるだけマシだと思える。まして、他の聖遺物や国宝級の逸品が納められた宝物庫に通されることは、まだ信頼されている証だ。


「なーにを情けない声を出していますか。アベルに不審がられぬよう、堂々となさい」

「痛っ――叩かなくてもいいじゃないですかっ」


 主人に背中を張られ、若干の涙声を少年執事は上げる。だが、すぐに主の言うとおりだとも思っていた。こちらを見る老執事の視線が、妙に彼らを観察しているようにも見えてしまう。


(ええい、主人に要らぬ疑惑を掛けては、執事の名折れだ!)


 自身に言い聞かせ、ルーリアに倣って彼の足はテキパキと動き始める。だが、勝手知ったる他人の家と、ズカズカと大股で進む主の豪胆さを真似ることは難しい。務めるお屋敷でも見たことのない財を目の当たりにして、少年は元の及び腰に戻ってしまっていた。




「繰り返しになりますが、一昨日の晩は仕事が終わればすぐに自室で休んでいた、そうですね?」

「え、ええ。間違いないですよ。旦那様は今ご不在ですので、夕飯が済めばもう、お仕事はありませんでしたから」


 少年からの問い掛けに、この屋敷のベテラン侍女は不思議そうに答えていた。主の娘、ザビーネから二、三質問に応えるよう言いつけられてきたものの、一昨日は特に印象に残るようなこともなかった。自室で何をしていたかと問われても、編み物の続きをしていた筈です、という程度のことしか答えられない。


「わかりました――ありがとうございます」


 これ以上は大した情報もないだろうと判断し、ゾフィは話を打ち切った。部屋を出て行く女性も、よくわからぬ尋問から解放されて安堵の息を吐いていた。


「だーーーーっ」


 パタンと品よく扉が締められると、少年は机に突っ伏した。宝物庫から戻ると、アベルに用意してもらった部屋で屋敷の関係者と話をする機会を受けていた。


「あー、全然わからない。怪しいと思えば、みんなが怪しく思えてくる」


 逆に言えば、怪しくないと思えば誰も怪しくないと思える。一通り面談を済ませたが、犯人の目星もつかない。これは失策だったか? と今更ながら思い、ワシワシと頭を掻きながら一人唸っていた。


 疑惑をかける人物はそれなりに絞られる。ザビーネのお屋敷を出入りする人物の数は思ったよりも少なかったためだ。住み着きの従者に、時節に応じて屋敷をメンテナンスする職人。更には領主を尋ねての来訪者などなど……普段であれば辟易する程多くの人物がいるに違いない。


 実際は先程の侍女が言ったとおり、ザビーネの父親は所要で三日前からこの地を離れているので、彼を訪ねてくる人物はいない。更には、従者数名も連れられている――その中には三名いる筈の騎士の一人もそれに付き従っている。怪しいと言えば、出入りした商人と農家だが、そのどちらも昼間の来訪で宝物庫には近づいていない。


 このように考えると、内部犯の可能性が高い気がしてならない。内部犯というよりは、むしろ――


「あー……僕は推理には向かないな」


 無理だ、と小さく漏らして彼は顔を伏せた。今思い浮かんだものは単なる疑惑の域を出ない。根拠なしに人を疑うことはできず、もう一度彼は唸っていた。


 お嬢様には任せられないと、一人で始めたことが完全に裏目に出ている。どうしてこんなことになったのか? 自業自得であることに間違いはないので考えたくもなかったが、煮詰まった頭を冷やすためにゾフィは瞳を閉じる。




「えーっと、まずは、お屋敷の人への聞き込み。そして、証言に矛盾がないかの確認ですね」


 宝物庫を出た直後、主人と執事は屋敷の外で作戦会議を行っていた。“これから何をしますの?”というルーリアの問いかけに、下僕の少年はこのように答えていた。と、同時に彼の表情は曇る。眉間に皺こそないが、どうにも主人が不満気な顔をしているように見えていたのだ。


「不満だわ……」

「うわ、本当に不満を言ってる――お仕事なんですよ、ワガママ言うもんじゃありません! 大体、聖遺物の捜索だなんて、こんなの開業したての探偵には確実に手に余るんですからね!」

「すぐに面白みのない正論ばかり言う……あまつ、主人に説教はじめるだなんて。今度リカルドには文句を言ってやりますわ!」

「執事長は、今関係ございません。お嬢様、探偵ってのは地味な職業なんですよ?」

「ふんっ、面白くない!」


 ストレートなつっこみを受けると、お嬢様は口をへの字に曲げてその場に屈み出した。


(ああ、マズい。そろそろ本格的に、マズい)


 つい言い過ぎた。少年は背中に冷たいものが流れていくのを感じる。張りきるお嬢様を軌道修正するどころか、むしろ状況的には悪い方向に進み始めてしまっている。つっこみに抑えが利かなくなってきていることも心配すべきことだが、それよりもルーリアが機嫌を損ねつつあることが大きな問題だ。


(お嬢様、機嫌悪くなると魔力が荒れ模様になるからなぁ……うん?)


 ミシリという小さな音に、ゾフィの思考は中断された。続き、音のした方へ顔を向けると、何とも嘘みたいな光景が飛び込んできた。


 ミシリ――再び音がした箇所では、小石が粉々に砕ける。ゾフィは目頭を押さえ、何かの間違いかともう一度そちらを見る。


「つーまーらーなーいーー」


 お嬢様の声の後に、ミシリと音が続けば、小石だったものは一瞬の内に粉末と化す。


(え、魔法? いや、素手、だよね?)


 見間違いではなければ、勘違いでもない。


 いじけたルーリアは、人差し指を手近な小石へ押しつける作業を繰り返している。ミシリ――その度に粉末化した石が風に流されていく。魔力は今も聖遺物でしっかりと抑制されているのに、これだ。


 お嬢様の指先に高純度の魔力が余っていることを感知すると、少年は胃が熱くなるような感覚を覚えた。これ以上は、お嬢様(の忍耐力)がもたない!


「わかりました、わかりました! 調査は僕がやりますから、お嬢様はお屋敷を一回りして、その後は推理の準備をしていてください。いいですか、いいですね? 暇だからって、騎士の方にケンカ売らないでくださいね? ね?」

「何よ、小さな子どもに言うみたいにして……暇つぶしで人様に迷惑をかけるようなことはしません」


 一気に捲し立てた執事を、ジト目で見つめ返すお嬢様。天真爛漫なルーリアが不貞腐れるような表情をすることは珍しい。平素であればこのようなことでさ、執事は微笑ましく見守ったかもしれない。だが今回はどうにも安心ができず、少年は幾つかのケースを想定・シミュレーションしてみせた。


 想定その一。犯人がわからなかった時――腹を立てたお嬢様の魔力が、腹いせにぶつけられる。その衝撃に、屋敷は崩壊する。


 想定その二。犯人がわかった時――大義名分を背負ったお嬢様が、全力で犯人に殴りかかる。無論、屋敷は崩壊する。


「――ダメだっ!」

「な、なんですの!?」


 思わず立ち上がって、ルーリアは頭を抱える少年を見た。その瞳は驚き半分、憐憫が半分に見開かれている。ゾフィにしてみれば、主のために頭を働かしているのだから、そんな目で見ないでよ、と思わなくもない。


「失礼しました。何でもありません、何でも……」


 少年の言葉の最後は小さく、誰にも聞き取ることができなかった。彼には考え過ぎのきらいもあるが、万が一どころか、百が一くらいには起こりそうなのだから笑えたものではない。


 ここまで考えて、この執事は再び決意する。これはもう、自分一人で調べねばなるまいよ、と。それもできる限り迅速に。


 厳重な宝物庫で起こった事件だ。ある程度情報収集が進めば、お嬢様もこの件の大変さがよくわかり、もっと腕利きの探偵に依頼するようザビーネ様へ伝えるだろう――ここまでが少年執事が咄嗟に練った計画だ。少々打算的だが、主に事件を起こさせないことが最優先事項。“自分たちで事件を解決せねばならない”その思考は捨て去ることに決めた。


「調べなくても、絶対にヘンタイの仕業なのですけど……」


 やはり不満そうにルーリアは呟いている。その様子を視界の端に収めつつ、ゾフィは老執事に手筈を整えてもらうため、走った。今できることは、屋敷の関係者から情報を集めること――急ごしらえの計画が破たんするまでに実行せねばならない。それはもう、全力で走った。




「はぁ……」


 一人で調査することになった経緯を思い出し、少年はため息を漏らしていた。なかなか大きなため息であったが、今は割り当てられた部屋に彼一人。たまにはいいだろう、と気を抜いていた。


「にしても、次の人遅いなぁ」


 もう少し遅れてもいいが……彼が渋っていることには、それなりの理由がある。順番からして次は騎士が来る予定だ。今朝の門番もそうだが、魔力を軒並み体力に割り振っている人たちをゾフィは苦手としている。ルーリアに拾われてからは、魔術の才能があると、半ば強制的・・・に魔術科へ入学させられていた。


 学校に行っている間のお嬢様のお世話や、この国最高峰の魔術を学ぶことができたことは素直に喜んでいい。だが、多感な時期を魔術への探求に捧げたため、執事でありながら世間に疎くなっていた。中でも力に物を言わせるタイプへの対処はほとんど経験していない。


「いやいや、僕だっていざとなれば、騎士相手でも――とは言え、トラブルはほとんどお嬢様が自力で解決するからなぁ」


 ブツブツと呟きながら少年は決して遠くはない過去を振り返る。楽しくも大変で騒がしい日々だった。魔術科に在籍していた頃、お嬢様は“パンツァーシュテッヒャー”の通りが付く程に荒事を起こし――否、荒事を納めていった。


(思い出の中でも、主人を庇う言葉ばかりが出てしまうな)


 彼はルーリアの従者だ。それが無意識染みついているのはいいことか悪いことか。それだけ彼の主人がトラブルメーカーである証左だが、恨むのはお門違いだ。そんな主人に好き好んで付き従っているのは、誰のものでもなく彼の意志なのだから。


 うーん、と唸る少年。常にお嬢様の傍にいるのが当たり前であったので、こうして一人で考え事をすることは久しくなかった。今現在もトラブルに巻き込まれているようなものだが、人間が吹き飛ぶような惨事がなければ、それだけで穏やかだと思えてしまう。


 やはり自分は考えすぎだなと反省し、ゾフィは視線を窓の外へと投げかけた。遠い目をして、何が変わる訳でもなかったが。瞳に映るものも、せいぜい金属の塊が放物線を描くくらいだ――――


「んな、バカな!」


 先程まで突っ伏していたことが嘘のように飛び上がる。椅子を蹴り飛ばしてしまったが、そんなことを気にする余裕などはない。


 ここにはケンカっ早い幼馴染も、やたらと高圧的な貴族の倅もいないのに――叫びながら窓へと張りつけば、中庭から彼へ向かってダブル―ピースをするルーリアと、甲冑を剥がされ、所在なさげな騎士の姿がゾフィの視界に飛び込んで来る。事態を頭で理解するよりも早く、執事は部屋を飛び出した。


 な、に、を――


「しているんですか、お嬢様っ!!」


 ズザザーと、土煙を立てながら少年執事は中庭へと滑り込む。ポーンと放り投げられた金属が、金髪の少女腕へ納まる。それは中庭を任された騎士の兜だった――それもすぐさま放り投げられ、入れ違いに落下してきた籠手を彼女はキャッチする。


「何って、お手玉よ。見てわからない?」

「わかるかっ!」

「――言葉遣いがなってないわね、ゾフィ」

(あ、しまった……)


 怒号が飛んだ直後、ルーリアの表情から笑顔が消えた。


「え、あ、いや……申し訳、ありませんでした」

「そう? 素直に謝ったので、今回は多めにみましょう」

「え?」


 相当キツいお仕置きがまっている――そんな風に身構えていたゾフィはその場にへたり込む。緊張状態から一気に脱力を起こして、もう訳がわからない状況だ。


「リアー、アベルを連れて来ましたわよ?」

「お話とは、何ですかな」


 そこへやって来た屋敷の主と老執事。ルーリアは片手を上げてそれに答えた。丁度、落ちて来た兜がその腕に納まった。人々の注目を集めながら、少女は勿体ぶるようにして視線をぐるりと辺りへ回した。


 自らの執事であるゾフィ、親友のザビーネ、彼女の執事のアベルに鎧を剥がれた騎士。揃いも揃ったものだ。ここにいる人物は、未だゾフィが面談をしていない人物ばかり――


「えっと、お嬢様……これから一体、何をするんですか?」


 改めて、少年執事は己の主に向かって尋ねた。まさかという思いと、期待どおりであってくれという思いが交錯する。


「何って、これだけ人を集めたら、探偵がすることは一つでしょうに――」


 推理をするわ。


 兜が嵌まったままの指をビシリと突きつけ、ルーリアは自信たっぷりの決め顔でそう言い放った。




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