1.2 お嬢様の初仕事
「魔力とは――生物に宿る奇跡を起こす不可視の力。あると仮定せねばこの世界の営みを否定することになるが、未だその存在を証明した者はいない。その原因は魔力保有量、魔力発現の個人差にある。とても体系づけられない魔力というものは、身近にありながらも、それを真に奇跡として体現できる者は限られており、人口の一パーセントにも満たないことから――」
「……何を当たり前のことを言っているんですの」
少年の独白に、お嬢様は珍しくため息交じりに応えていた。ため息を零しながら、即座に少年執事の癖を真似てしまったことに自戒の念を募らせた。
老執事が屋敷を出て行ったところで、二人はルーリアの私室でにらめっこをしている。広い部屋でありながら、遠慮をする執事の所為で扉付近にちんまりと腰掛けざるを得ないことに、ルーリアはそろそろ苛立ちも覚え始めていた。座っていることに文句があるのではなく、彼女はとっとと依頼をこなすために出かけたがっていた。だが、ゾフィが身支度がまだだと煩く言うから、こうして部屋に戻ったのだが……
状況としては、アベルから事件があったということを聞いた後、実際にザビーネの屋敷を訪ねるために準備をしているところだ。早く身支度を手伝うように主人が言い渡したものの、下僕は中等教育で学ぶ内容を繰り返しているから埒が明かない。
「魔法というものが半ば形骸化している中で、魔力の有無に関する議論は抽象的概念の操作であって――」
「主人の話を聴きなさい!」
「魔力の行使は、ぐふっ!?」
尚も念仏のように続く講釈を聴くことはなく、ルーリアはゾフィの無防備な脇腹へと肘をめり込ませていた。危険な角度で刺さるそれを第三者が見ていたならば、拍手を送っただろう――余りの容赦のなさに脅威を覚えながら。
げふげふと咳き込むゾフィを見下ろしながら、お嬢様は腕を組みぼやく。
「何を今更、子どもでもわかり切っていることをモゴモゴと! ザビーが待っているのです。さっさと支度を手伝いなさいな」
「は、はひ……」
息も絶え絶えに、少年執事は震えながら立ち上がった。脇腹を小突かれたこと以外にも彼が震えているのには訳がある。主人である少女は、背を向けているものの下着姿で無防備に両手を広げているのだ。華美ではないが上品なシルクの下着姿は、寝起きに彼が目にしたネグリジェ姿以上の破壊力を披露している。
念仏を唱えて精神統一を図る作戦が失敗に終わると、少年は音にもならないため息を吐いていた。彼の思いを代弁するとすれば“何で僕がお嬢様の着替えを手伝わねばならないのか!”だろうか。緊張のおかげで手のひらには多分に汗をかいていたが、手袋をはめているためルーリアの衣服を汚す心配はない。
「……着けないでいいなら、このまま出かけますわよ?」
「ダメです、絶対、ダメ!」
首だけで振り返る主人を前に、少年は半ば敬語を忘れつつあった。肌色率の高いルーリアを前にすることはかなり気が引けるが、準備をせずにお嬢様を外へ出すことだけは絶対にしてはならない――火薬ならぬ、魔力をぎっしり詰め込んだ主人を、安全装置なしに野に放つ――ふとどうなるか想像してみれば、うっかり町を灰にしちゃいました、なんて笑い話にもならない光景が彼の脳裏を掠めていた。
「ダメだと言うのなら、さっさとなさい」
ゾフィはいい加減に観念することにした。何せ主人の美しい顔、その眉間に深い皺が刻ませることは忍びない。彼が手にしている魔力制御装置を、お嬢様は随分と嫌っている。にもかかわらず身に付けると言っているのだから、下僕の身としては、その言葉には従う他ない。
「それでは失礼します」
遠慮がちに呟きながら、手にしたコルセットを少女の肢体へ纏わせていく。どこにでもありそうな、むしろ古臭いこのコルセットは、聖遺物と呼ばれる一品だ。
誰もが当たり前のように魔法を行使できていた時代の骨董品。であるが、現在では複製することもできないオーパーツのようなものだ。魔力を抑制するこの装備品は大変貴重な代物であるとともに、ルーリアの規格外の魔力を証明する代名詞とも言える。
「ゾフィ……まだかしら?」
「そんなに早くは無理ですから」
「減らず口を叩く暇があるなら、早く動く! まったく、貴方はいつになったらこの仕事が覚えられるのかしら?」
「お嬢様、お着替えを手伝うのは本日が初めてで――って暴れないでくださいよ!」
苛立ちに再び眉間の皺を深めながら、ルーリアは広げた腕を忙しなく動かしていた。急かすことには訳がある、親友を待たせていることもあるが、季節的にこの時間帯はまだ寒い。ともかく、じっとしていること、寒いこと、そのどちらもこのお嬢様は苦手としていた。せめて下僕で暇つぶしでもせねばやってられない。
「あ、そうだわ、この腕の振りを利用して何かできないかしら。何に利用できるかは置いといて、先にネーミングね。ゾフィ、貴方も男性なら必殺技ってものに憧れませんこと?」
「――――もうっ!」
不敬であることに違いないが、少年は唸らずにはいられない。その後もお嬢様の暇潰しは続いたが、これ以上は胃がもたないと判断してからは、目の前の仕事に集中することに決め込んだ。コルセットというものは、着用が存外に面倒臭く従者に大抵手伝わせるものだ。制御装置の手放せないルーリアは、実家でも侍女にこの仕事を任せていた。
(一人では無理だとわかります。ですけど、だからと言ってどうして僕が!)
鬱憤を晴らすかのように、少々キツめに締めると、彼を見るお嬢様の瞳は若干鋭くなっていた。実際に恨み節を溢す訳にはいかないため、心の中でぼやくことを忘れない。どこかに意識を向けていないと、とても年頃の娘にコルセットを着けるなどという行為はできたものではなかった。ルーリアの肌は透き通るように白く、生真面目を絵に描いたような少年にとっては目の毒に他ならない。
彼が精神統一のため、念仏のように語っていた言葉のとおり、魔力は生き物に宿る力だ。何にでもなれる可能性を持った力とは言われているが、実際のところ、その正体はよくわかっていない。わからないもの程、恐ろしいものもない。常人の数倍以上の魔力保有量を持つルーリアだ。うっかり外へ漏れ出してしまえばどうなるか? それこそ、“わからない”。
必ずお嬢様にはコルセットを着けさせること――それこそが、彼が執事長から言いつけられている一番の仕事でもあった。
「お嬢様、如何でしょうか?」
キツめに紐を縛りあげたことはさておき、行き届かぬところなどなかったか、途中止むを得ず肌に触れることもあったが大丈夫なのだろうか、そのような考えで少年の頭は一杯になっていた。途中に正負両方の感情がこみ上げていたが、こうして主人を気遣う姿は執事らしい。
「そうね、少しキツい気がしますが……まぁ、コルセットっていうのはそういうものですものね。これでよろしくてよ」
(よかった、お嬢様は怒ってない)
短くお嬢様が息を漏らすことに合わせて、ゾフィもこっそりため息を吐いていた。大仕事が終わったことへの安堵だ。健全な少年にしてみれば、年若い異性の着替えを手伝わされることは、重大な労働――否、事件であった。
「じゃ、次は手袋ね。その引き出しにある白いものよ?」
「……もう、勘弁してください」
女性の着替えがこれ程大変なものであることを、少年は知らなかった。矢継ぎ早に告げられる主の注文に、従者は思わず弱音を漏らしてしまう。このお嬢様の要求にも、笑いながら対応してしまっていた執事長の凄さ、ありがたさを噛み締めてもいた。
「止まれ――」
「あ、はい」
しゃがれた声に制止され、ゾフィは馬車の手綱を引いていた。お屋敷から連れてきた馬は不平を漏らすことなく足を止めた。だが彼の胃は馬程は穏やかでなく、キリキリとした痛みを訴えていた。
人間は、慣れないことをするとストレス状況に陥る。今の彼が正にそうであった。目の前には何度見ても慣れない大きな門と、甲冑に身を包んでいる人物がいる。しゃがれた声を出していたのは、この甲冑の男だった。
全身を覆う分厚い鎧を身につけながら、男は造作もなく馬車へと歩み寄って来る。兜の隙間から覗く瞳は、成人男性であっても思わず目を背けたくなる程に鋭い。まして、単なる執事の少年は握った手綱が震えることを止めることもできずにいた。
「あ、あの、主人のルーリア・フォン・シュトライヒャーが、ザビーネ様のお招きを預かりまして」
「……ああ、入ってくれ。ご苦労だな」
「はいー、お世話になりますー」
返事こそはゆったりとしたものであったが、ゾフィは手早く馬を進めた。しゃがれ声の男の横を通り過ぎる際、片手が挙げられていることが目に入った。他の人物への合図だったらしく、間もなく大きな門は地面を擦る音を立てながら開かれた。招かれていることは事実であるし、何も心配することはなかったのだが、緊張感からゾフィの胃は荒れに荒れていた。
何せ目の前にいる人物の職業は、騎士――戦士の上位職であり、このような地方都市ではお目にかかることすら珍しい。にも関わらず、門の奥、開けた庭には門番と同じかそれ以上の騎士が他にも見受けられるのだ。田舎暮らしの少年にとってはとんでもないストレスだった。この時ばかりは、他者をまったく気にしないルーリアの奔放さが羨ましくもあったりした。
「ルーリアーっ」
少年が身の危険が離れたことに安堵することも束の間、響く高い声に、意識は再び彼の務めるお屋敷よりも遥かに広い中庭へと向けられた。声のした方向には、ドレスが乱れることもおかまいなしに手を振る青髪の少女の姿が見受けられる。
ザビーネ・ノイト・フリューゲルは、この地を治める貴族の息女であり、ルーリアの一番の友達だ。大のつく程のお嬢様である彼女が自らお迎えに上がっているこの状況、依頼とやらの重大さを想像し、すっとぼけてお屋敷へ戻ろうかなー、という思いが一瞬ではあるが彼の頭を過ぎった。
「お嬢様、じきに着きますっ!」
仕事を放棄してやろうかという思いを振り払うように、ゾフィは必要以上に大きな声を主人へと掛けていた。こうしている間も、ルーリアの元で働く内に身に付いたというか、染み付いてしまった勘が警鐘を鳴らしている。
領民に熱狂的なファンのいるザビーネは、彼も良くしてもらっている。だが、それはいつものザビーネであればのこと。御者台から見えた少女の瞳や鼻の頭は赤く、平時の彼女の姿はどこにも見受けられなかった。
はいはい、という気怠そうな主人の声を耳に入れつつ、少年執事は胸で祈りを捧げながら、だだっ広い庭を突っ切った。丁度良い位置に場所を止めると、トンと馬車全体が僅かに揺れる。着きましたよ、という言葉をかける前に、主人は早くも飛び出していた。
本当に、飛び出していた。身軽でありながら品良くまとめられた革のドレスを纏ったルーリアは、抱え込み一回宙を決めて地面へと降り立つ。登った日差しを背に受け、してやったりと、親友へ顔を向けていた。少年は、この主へ尊敬の念を抱いているが、こうしたオーバーアクションを度々する主人を見ては、時折、再就職先を考えたりもしていた。
「お久しぶりね、ザビー」
「リア、よく来てくれたわね。本当に……ありがとう」
下僕の思いなど露知らず、ビシリと指を差すポーズを決めていたお嬢様であったが、全力で駆け寄ってきたザビーネに腕を掴まれると、すぐ様屋敷へと引きずり込まれていった。
「えーっと……」
「お早いご到着、ありがとうございます。お飲み物も準備しておりますので、どうぞお屋敷の中へ」
周囲のテンションについていけず、途方に暮れかかった彼は、アベルの登場に心の中で泣いていた。できる執事とは、主をここまでフォローできるものなのだな、と認識を改めた。
ルーリア一行は、移り住んだ町の領主の屋敷へ招かれていた。ザビーネに従って通された場所は、魔術科の学生一クラス分はパーティーができるような空間だった。執事のアベルへ勧められた席に腰掛けると、皺の一つもないテーブルクロスが敷かれた長机が目に飛び込む。そこには暖かい紅茶が人数分用意されていた。お嬢様が席へ着いたことを見送った少年執事は、この紅茶も相当良いものなんだろうなぁ、などとぼんやりと考える程度には余裕を取り戻していた。
「お呼び立てをして、ごめんなさいね」
親友の来訪に安心したのか、ザビーネはいつもの落ち着きを取り戻し、話を切り出していた。余裕が戻ったゾフィは、主人の親友――ザビーネを失礼にならない程度に眺めていた。
この国の貴族は、ルーリア同様に金髪である。しかし、目の前の女性の髪の色は深い青色をしている。肩にかかる程の長さの髪は、光をふんだんに取り入れる間取りをした応接間において、煌きを見せていた。“輝かしい”と世間から評されるルーリアと並んでも遜色がない。むしろ、落ち着きも愛嬌もある備えているザビーネは、領民のアイドル的存在でもあった。
「堅っ苦しい挨拶は抜きにしましょう、ザビー。今日はお仕事で呼んでいただいているのでね」
お仕事でね、と強調して繰り返すルーリア。困っている親友の力になるべく来た彼女であるが、嬉しそうに見えるのは少年執事の見間違いだろうか。
「そうでした、これは依頼でした。ええと、ルーリアの今のお仕事は――」
「探偵よっ!」
身を乗り上げ、金髪の少女はビシリと指を突きつける。これは彼女の決めポーズらしく、表情はどこまでも得意気であった。探偵という言葉が、彼女に似つかわしくないと知る下僕としてはどこまでも不安である。だが、当の依頼主がにこやかにしている姿を目にしては、もう口を挟むどころの話ではない。
「さあ、この名探偵、ルーリア・フォン・シュトライヒャーに依頼内容をお話しなさいな。どんな難事件でも、このゾフィが走り回って解決してみせます!」
「お嬢様、それって僕が事件解決しません?」
「証拠集めは貴方、推理は私。完全なる役割分担じゃないのよ。そうって揚げ足ばっかり取ることに神経を使っていますと、頭髪が減りますわよ?」
(いっそ、ハゲると言ってくれ!)
身を乗り出し過ぎて、椅子の上に立ち上がった主人を降ろしつつ、少年は心の中でボヤいた。つっこみを入れても、それは新たなボケで打ち消される。最早掛ける言葉も見失っていたと言ってもいい。
「ザビーネお嬢様、依頼の内容を話す前にゾフィ殿には席を――」
「必要ありませんわ。彼にも聴いていただきなさい」
煩雑としたやり取りが続く中、老執事が言葉を挟むも、彼の主は瞬時にそれを諌めていた。出過ぎた真似を、と言葉を口にしてアベルは半歩下がる。
「あ、お気遣いなく、僕は席を外しま――」
「ありがとう、ザビー!」
何でだよ! と思わずゾフィは控えようとした筈のつっこみを入れるところであった。アベルが言うように、依頼はザビーネの親友であるルーリアへ届けられたものだ。領主の娘であるなら、実績のある探偵へ依頼すればいい。それをこうして親友へ頼んでいるのだから、とても外へは口外できない内容であることは想像に難くない。
「あの、僕は――」
「お黙りなさい! 依頼主が良いと言っているのです」
「……承知致しました」
再度、丁重にお断りをしたかった彼であったが、主人に一括されてはもう何も言えない。むしろ話の腰を折る結果になったことに、却って申し訳なさが募っていた。心の中で、推理すら放棄して馬車馬の様の働かされるのではないか、などと思ったことはゾフィだけの秘密だ。
「待たせたわね、ザビーネ。依頼内容を聴かせてくださいまし。私のできる範囲でだけど、力になるわ」
キリっと表情を引き締めて、ルーリアは友の顔を見る。その言葉はとても真摯なものだった。今日が開業日であることに間違いないが、依頼を引き受けた以上は玄人として振舞うべきだと彼女は考えていた――その姿勢はそれ以上の言葉がなくとも伝わったか、周囲の人々は身を正していた。
青髪の少女は、友達への信頼をベースに置きながら、領主の跡取りとして起こった事件を語る。
それは厳重な護りを誇る領主のお屋敷での事件。一昨日の真夜中に賊がこの屋敷内へと侵入した。犯行時刻はお屋敷の寝静まった真夜中であると推察される。繰り返すが、厳重な警備を掻い潜ることは不可能とされている――少なくとも、三人の騎士が護りを固めるこの屋敷を攻めることは、一般市民には不可能。犯行を行うとすれば、警備の交代のために手薄になる数分間しかないのだ。犯行に及ぶことができたとしても、屋敷は広い。目的を達し、脱出を図る頃には屋敷の出口を騎士が抑えていることになる。
「と、いうことですの。ルーリア、力を貸してもらえませんか?」
懇願するような瞳が青髪の少女から向けられる。その視線を受けて、金髪の少女は不敵に笑ってみせた。
被害にあったものは、聖遺物である“神の涙”という宝石であると既にわかっている。使用者の魔力を増加させるそれは、同じ聖遺物であっても、魔力の抑制を行うルーリアのコルセットとは比較にならぬ強大なアイテムだ。それを持った人物は世界を手にするとすら言われているが、使い方が難しいため、これまでは単なるアンティークとしてザビーネの家に保管されていた。
コルセットとは逆に、魔力を増幅させるその装置は、魔力を正しく使えるものにとっては力を増幅する格好のアイテムであった。
「はっはーん、なるほどね」
持つべきものが持てば、世界をひっくり返すこともできるアイテムの喪失。非常事態にもかかわらず、このお嬢様は既にお見通しだとばかりに自身に溢れた物言いをしている。
「お嬢様、もうわかったのですか!?」
「ふっ……」
従者は驚きに目を丸くする。これまでの思いを改めねばならないか、主人の能力を低く見積もり過ぎていた不敬を伏して詫びねばならないか――慧眼を披露するルーリアに対しては、彼の他、その場に介した一同全てが驚きの視線を注ぐ。
「流石はルーリア、もうわかったのですね!」
中でも、親友のザビーネは特に期待に瞳を揺らしていた。一同の視線が集まる中、金髪の天才探偵は勿体つけるよう、コホンと咳払いを一つする。
「犯人は……」
「犯人は?」
早くも解決かと、その場の人物たちは一層の期待に胸を躍らせた。探偵に向かないと評していたゾフィですら、お嬢様の言葉に熱いものを注がざるを得ない。少なくとも、次に主人が吐き出す言葉を聞くまではそのように思っていた。
「犯人は――わからないわ」
「はぁっ!?」
お嬢様の出す言葉に、最大の瞬発力を以て従者はつっこみを入れていた。本日一番の不敬だな、と思いながらも、主人から吐き出された無責任な言葉には叫ばずにいられない。
依頼人たちもそうであったようで、微妙な表情を――相手に失礼にならないよう微妙な笑顔を浮かべていた。
「お嬢様、わかったって顔してたじゃないですか!」
腹の中が収まらない少年は、もういいやと思いの丈を口にする。だが、当のお嬢様は眉間に皺を作って従僕を睨んでいた。
「答えのみを欲してはいけませんことよ、ゾフィ。犯人はわかりませんが、大体の目星は付いているのですから」
「え?」
誰ともなく、疑問の声が漏れた。それは、容疑者はわからずとも、犯行方法やその動機がわかったと言っていることに相違ない。
「い、一体どのような犯行でしたの!?」
一族が守る聖遺物を失い、焦る少女は身を乗り出して親友へと食いついていた。テーブルに乗り出してしまったこと、ルーリアの胸ぐらが掴まれていることへ、お互いの従者が咎める中で、その言葉は紡がれた。
「落ち着きなさい、ザビーネ。犯行を働いた人物像、その推理をお伝えするわ」
冷静なその言葉に、青髪の少女は居住まいを正して待った。
「この屋敷に入った犯人は、これは――」
「犯人は?」
再び、誰ともなく言葉を続ける。ゾフィも、主人の着替えを手伝った時に匹敵した緊張感を持って次の言葉を待った。
勿体ぶって、少女は腕を上げたり下げたりしてみせる。決めポーズを模索しているようでもあった。やがて、納得がいったのか、結局変わらなかったいうか、指をビシリと突きつける姿勢に落ち着いた彼女は告げる。
「これは、ヘンタイの仕業ね!」
ドヤっと、ポーズ以上の決め顔を見せるルーリア。室内にもかかわらず、彼女のブロンドがたなびいたのは、周囲の人たちからそら寒い風が起こった所為か。それはわからないが、一同は無言を貫き通した。少なくとも少年執事は周囲に倣い、胸中で言葉を吐き捨てた。
「回答が、雑すぎる!」
シンプルながら、的を得た一言だった。
「何、不満?」
「いえ、ナンデモナイデス」
胸に止めたつもりも、あまりの雑さに声を上げてしまっていた。気づくと同時に、少年執事の視界は再びぼやけ始める。まったく何もわかっていない。それどころか、推理とも言えない雑な一言に、自身のこれからの苦悩を悟ってしまった。
「ま、大船に乗った気でいなさいな!」
あっはっは、と金髪の少女は従者の苦労を知ることもなく豪快に笑っていた。
やはりこの事件の解決には、自分が立ち上がらねばなるまい。ゾフィは決意をするに至ると同時に、とんでもない勢い来るストレスへの対処へも頭を悩ませていた。