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わがままお嬢様の探偵業《チカラワザ》  作者: 三宝すずめ
2.お嬢様、働いてください
11/13

2.5 お嬢様、ステージへどうぞ。

 アルベルタはやや神経を尖らせながら、そのやり取りを見送っていた。片や希代の魔女、片や奇跡の右腕――この場にいる金髪のお嬢様たちは、世間から比べると規格外の化物という認識で間違いない。


 彼女自身も魔術科に在籍していたものの、魔力の使い手としては一般人に毛が生えた程度だと自覚している。この場においては、二人のやり取りを眺める他にない――そのように考えていた。


「これが、爆発を起こした犯人ですの?」


 セミロングの金髪の方――ルーリアが疑問の声を上げる。お嬢様と呼ばれる人種にしては間の抜けた表情であると、アルベルタは不敬ながら感じてしまう。しかし一方では、拍子抜けしたような顔をしてしまうことも仕方がないとも思う。


「はい、ルーリア様。おそらくはこの者が下手人かと思います」


 心の声に反して、アルベルタは丁寧に言葉を返していた。


 少女らの視線の先にいるのはただのおじさんだった。日に焼けた中肉中背で、ボサボサの黒髪はこの地方の一般的な農業従事者だ。爆発地点の付近でのびていた彼は、四肢をだらりと投げ出していたところをアルベルタに確保されている。状況的には、この男が犯人だと語っているのだが、三人の少女は顔を突き合わせては、うんうんと唸っている状況だ。


 どこからどう見ても、平凡な男でしかない。仮面を被っているため、顔こそ見えないが漏れ出る魔力量は並以下――これでは魔術行使どころか、身体能力の底上げすら厳しいレベルだ。


「いや、この仮面は見るからに怪しいでしょうよ!」


 少年執事は、ついつい声を荒げてしまっていた。その声に、すぐさま二人のお嬢様はキツい視線を投げかける。


「ソフィア、幾ら何でも暴論でしょう?」

「あのね、入場者はみんなオーメンをつけているのですよ、ゾフィ?」


 ほぼ同時、語り口調は異なるものの、その内容は彼のツッコミに対する否定であった。


「いやいやいや……」


 己の主人へはともかく、リディアーヌもいる場でどのように毒づくかは悩ましく、少年は唸るに留まらざるを得なかった。だが、どう考えてもおかしい。


 アルベルタが首根っこを捕まえている人物の仮面は、入口で配っていたものとは色彩が大きく異なっている――むしろ、この男からは魔力の波はまったく感じられなかったが、微弱な魔力はこの仮面が放っているとゾフィは見抜いていた。


「お嬢様方、ゾフィは魔力感知ばかり優れた魔術師ですので、もう少し意見を聞いてもよろしいかと……」


 淡々とした声は、アルベルタから発せられたものだった。第三者の意見を受け、二人のお嬢様は眉根を上げてみせる。あら、そういえばそうでしたわね、と言わんばかりのものだ。少年執事の特技スキルを軽視している訳ではないが、魔力の出所を詳細に感知することに関心のない二人だからこそか。


「そうは言いましても、この程度の魔力量で陰謀を唱えられましても、ねぇ?」

「本意ではないですが、私もルーリアの意見に賛成ですのよ?」


 二人に共通して、常人離れした魔術行使がある。一般人が魔力をどのように使おうと、どのタイミングでも裁ける彼女らにしてみれば、魔力の発生源などは些末事でしかなかった。


(嗚呼、お嬢様たちは一般人の苦悩を知りゃしないんだから!)


 心の中で毒づきながら、少年は説明の言葉を手繰る。平時ならば二人を無視していても構わないかもしれない。だが、今は祭の会場にいる全てが人質に取られている状態だ。加えて、厳重な警備の中で爆発を起こして――リディアーヌの防御癖によって被害はなかった――いるのだ。


「はいはい、僕の勘違いでいいですよ。お嬢様方は怪しい人物がいないか見張っていてくださいよ」


 半ば腐りながらも、少年は適当な返事をすることでこの話題を終わらせにかかった。わかっていたつもりではあったが、お嬢様(特にルーリア)に知的労働を求めたことが間違いだったとすら彼は反省する。ならば彼が用意することは、思考の一切を必要としない証拠を突き付けることだ。


(だが、状況証拠以外のものなんて、どうすれば手に入る。方法がないことはないが……ん?)

「ゾフィ、ゾフィ」

「……やらないからね」


 条件反射――否、脊髄での反射で少年は強めに否定の言葉を投げかけていた。


 心の中に湧き起こる毒づきを抑えにかかろうとしていたところ、不意に受けた感触にゾフィは思わず視線を切った。身長さから視線こそ合わなかったものの、スーツの袖を引く人物が黒髪のメイドであった。これが性質が悪い。


「ゾフィ、お嬢様方は話を聴かないから、この辺一体を吹っ飛ばそう」

「やらないって、言ったろう!」


 大きな声で、再度少年はがなった。普段と違い、身分に差のない少女が相手だから、遠慮などは必要ない。と言うよりも、犯人をあぶりだすためにもう一暴れしようぜ? なんて提案に乗る訳にはいかない。


「ゾフィ、相変わらず、真面目」


 つまらなーい、と言った表情をアルベルタは浮かべながら、唇を尖らせていた。大仰な動作であるので、ポーズと思いたいところではあるが、彼女が本気で会場を爆破しようとしていることをゾフィは理解している。魔力こそぶっ飛んではいないが、この少女の思考も十二分にぶっ飛んでいた。


(嗚呼、神よ、この国にまともな人間はいないのか!)


 拳を固く握りながら、少年は天を仰ぐ。状況が状況だけに追い込まれていたが、こうしてあちらへと視線を投げかけると、執事長の笑顔が浮かんだ。それは彼に幾分かの落ち着きを取り戻させる――まぁ、世間はそれを現実逃避と呼ぶのだが。


『神は、この世界に干渉することはまずない。神が干渉したくなるように、己が身で事をなしなさい』

(当時はさっぱりだったけど、何となくわかってきた気がしますよ、リカルド執事長)


 ふぃぃ、と息を吐いてゾフィは現実へ戻った。感覚も同時に戻り、袖が未だに引かれていることにも気づく。何故だかわからないが、ルーリアをはじめ、彼の身の回りの女性はトラブルを引き連れてやってくる。逃れようとした先にもあるのだから、避けることは最早生産的ではない。


 諦めを越え、諦観の地にも立った少年は、忙しなく袖を引く少女の手をやんわりと掴んだ。


「ゾフィ、爆破、する?」

「しませんよ。ですけど、犯人は炙り出してやりますとも」


 心の師である執事長に倣い、少年はにっこりとトラブルの素へ微笑んでみせた――リカルドであれば、本当に腹の底から笑うのであるが、年若い彼は表情を造るだけに留まる。誰が見てもさわやかな笑顔であったが、ストレスから来る胃の痛みに額はじんわりと濡れていた。




「じゃ、とっとと片付けよう。いい加減、私も帰りたい」

「はいはい、オーケーですよ」


 淡々と言葉を紡ぐメイドへ少年は投げやりだが、前向きな言葉を返す。時間にして数分、犯人の目星もつかない中で二人のお嬢様はあーだこーだと唸っていて、状況は何一つ変わってはいない。


 主人の望みを叶えるのが、従者のすべきことだ。それに、いつまでも悪態を吐いているルーリアを見ていることは、彼の精神衛生(主に胃)によくない。利き手に魔力を集めながら、ゾフィは大いに叫んだ。


「お嬢様、そろそろいいでしょう!」

「……何よ、ゾフィ?」


 ギロリと不機嫌そうな瞳が従者の少年へと向けられる。歩く魔力炉に睨まれると、全身の魔力の流れが止められてしまいそうな感覚に陥るのだが、目的を持った執事はそれでは止まらない。何せ、既に魔力を引き絞って行動を開始している、後は命令に従って現象が実行されるのみだ。


 少年の決意は如何のものか。取り敢えず、興味本位で見守っていた群衆の視線を集めることには成功した――この時点で主人が自分を吹っ飛ばすことはマイナスになる。


(お嬢様の望みは、探偵事務所の宣伝。人前で僕をぶん殴る確率は限りなく低い――多分)


 半ば賭けではあったが、それは現在のところ功を奏している。従僕に逆らわれる形になっていたが、未だにルーリアはアクションを起こしてこない。ゾフィが介入したことで、ケンカをする気を削がれたリディアーヌは欠伸交じりに後ろへと下がっていく。これは、好機だ。


「ゾフィ、爆破」

(ええぃ、やらないって言ったろ!)


 外野にいるメイドの少女へは心の中で毒づきながら、少年は一歩前へ出た。


「だから、何ですのって言ってるのよ、ゾフィ」


 苛立ちを隠そうともしなくなってきたルーリアへ、少年は更に前へ出る。日頃、コルセットをつけるために主人へは超接近していたことが、極至近距離で彼女を捉えることを可能としていた。


「な、何とか言いなさいよ……」


 日頃責めに回っている少女であるが、貴族という生まれも手伝い、ルーリアは強引な接近には慣れていない。取り繕っているものの、少しばかり台詞を噛んでしまっていた。これはしめたぞ、と少年は口の端を歪めるのを止められない。


 仕掛けるのは、今ここの他にない。


「はい、注目ーーーっ!!」


 執事は主へ寄り添いながら、魔力を溜めた右腕を掲げてみせた。同時、目的地へ到達した腕は、魔力を迸らせる――瞬間、大きな白色が会場を包んだ。


 極発光ライトニングは、低位の魔法であったが、これをゾフィは好んで使った。攻撃には成り得ないのに、ともかく強い発光から相手の視界を奪い取ることが出来る――今回はめくらましではなく、人々の注目を集めるものであったが。


「え、何?」


 光が引いた後、衆目を一身にルーリアは浴びていた。執事は魔力ガス切れになることも厭わず、主人をメインステージへと強制的に魔力で転移させる。しかし、ここでは終わらない。お嬢様の破天荒さを逆手に取るため、トドメの一撃を彼は放つことを躊躇しなかった。


「お前たちぃぃ、このまま祭が中止になっても、いいのかあぁーーーー!」


 残った魔力は拡声に惜しみなく注ぎ込んだ。この声は、会場は愚か、外側にいる人間にまで届きかねない大きさだった。鼓膜ではなく、周囲の魔力へ共鳴させる。お嬢様の興味本位で意味不明な魔術を身につけさせられてきたが、この音声伝播とも言うべきものはこの場では限りなく役に立った。


(こちらが爆破する訳にはいかない)


 守る側の人間がしては大義名分を失ってしまう。やるにしても、ルーリアもリディアーヌも火力が高すぎる。犯人を炙り出す頃には、会場の人間全てが黒焦げだ。ならば、どうすればよいか?


 得体の知れない者の襲撃を受けつつも、奇跡の右腕を持つルーリアがこの場に居る。場内は、ステージに上がったルーリアへ、熱いコールを送っていた。


「え、ぇ、ああ……」


 全く予想もしなかったルーリアコールに、当の金髪の少女は頬を紅潮させながら、握り拳を天へ翳す。


「お任せなさいな、犯人なんか、私が吹っ飛ばして差し上げましてよ!」


 調子に乗ったお嬢様は、感情を抑えきれずに天へと向かって余剰魔力を放り出していた。それは、先程渾身の魔力を放ったゾフィの優に数倍の光だ――この奇跡を目の前に、聴衆のボルテージは一気に上り詰めた。


「さあ、かかってきなさい。祭を阻もうとする、ヘンタイめ!」


 言葉のチョイスはさておき、ルーリアはこれでもかと言う程に犯人を挑発してみせた。瞬間、執事の少年は手応えを感じる。人で溢れかえったこの丘に、悪意を持った魔力の波を感じ取っていたのだ。


 群衆に隠れた犯人を炙り出すにも、こちらから派手に爆破するようなことは出来ない。ならば、どうすればよいか? 相手に次の行動を起こさせればよいのだ。


 大きな爆破があったとしても、リディアーヌは広範囲で攻撃行動を無効化する防御壁を持っていることは、魔術科時代からゾフィも知っている。この丘の広さでも、後一回は展開出来ると彼は計算を立てていた。


――ドカーン、と作り物のような派手な音とついでに光が一体を響かせた。現象を抑える訳ではなく、衝撃に対して逆向きの力をぶつける魔術である。音や光は仕方がない。


「ちょっ――」


 バリアを張ったリディアーヌ本人が、誰よりも早く反応していた。


「リディアーヌ様の魔術を、犯人を炙り出すために使ってしまって、すみません」


 今更ながら、執事はステージを降りて魔女へと頭を下げる。だが、これで不特定多数の人々が襲われることはなくなる筈だ。


「ソフィア、貴方の狙いはこれだったのね?」

「ええ、放っておいて逃げられるのも癪ですし、ルーリアお嬢様を囮りに犯人へ発破をかけてやろうかと」


 主人に成り代わり、頭脳プレイを働いた少年は謝っているにも関わらず、どこか鼻を高くしている様子であった。ついでに言うと、高くなった鼻に煙の臭いが届く。


「……何となくわからないでもないですけど、それ、マズいですわよ?」

「え――?」


 魔女の言葉に、少年は全力で疑問の声を上げていた。


 どこがおかしいのか。いや、煙が香った時点でおかしかった。リディアーヌバリアは音や光は漏らしても、熱量を漏らすことはない。


「わー、ゾフィ、主人を火炙りとは、大胆」


 またしても黒髪のメイドは淡々と告げる。その言葉に、少年は耳を塞ぎたくなった。だが、もう聞こえているので、塞いでも今更だ。


「えーっと、リディアーヌ様……バリアは?」

「もうわかっていると思いますけど、一回目の爆破からは張ってませんの。詠唱中に不審者が見つかったから、事件は解決するものかと思って」

「あー、なるほど……なるほど、ね」


 理解したという言葉を返しながら、少年はゆっくりと爆発の中央地点であるメインステージへと振り返った。目に入ったものは、何もない――と言うよりも、煙で何も見えない。


『よいですか、ゾフィ。執事たるもの、いつでも主人の声に耳を傾けるのですよ』

(僕、主人の望むように、注目を集めましたよ、リカルド執事長!)


 敬愛すべき執事長のお言葉が脳裏を過ぎるが、恐らくは今この場には相応しくない。


「わー、あんたメチャクチャね。流石、ゾフィ」

「……えー、うっそだぁ」


 黒髪の少女のツッコミを他人事のように聞きながら、事件の引き金を引いた少年は投げやりに呟いた。


 メインステージは黒煙へと包まれていたが、ゾフィは背筋が凍りつく思いに駆られた。


「――っ」


 声はない。声などないのだが、魔獣のごときものが唸ったようだったと、この場に居た人間は後に溢す。


 濃い煙の奥から、強過ぎる魔力を持った生き物が睨みつけていることに、少年執事は気づいてしまった。やはり自分に推理は向かない――どこか他人事のようにゾフィは直感をしていた。




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