衝撃の一言
結局どうなるの?
という状態ですが、もう少し骸骨さんにおつきあい下さい。
ジャニスの喉元を貫いた後、骸骨は心臓を抉るようにしてその身体を両断した。
骸骨の全盛期においては、もはや殺気を飛ばすだけで相手は事切れていたのだが。
・・・正確には、相手によった。
骸骨の放った殺気に触れた相手は、通常であればバッサリいく。
けれども相手の気の充実度合いによっては、浅く終わることがある。
ジャニスの魔力の充実度合いはそれ自体が重厚な鎧となるため、一番慣れ親しんだ形での殺気を、相手に伝達する必要があった。
そうなると自然、骸骨の一番慣れ親しんだ殺気の形は剣を象ることとなる。
これで貫いて倒せなかった相手は、皆無だ。
骸骨は改めてジャニスの屍体を見下ろし、周囲を満たしていた霧が晴れると、ようやくひと息ついた。
それに伴い、現在いる場所もはっきりとしてくる。
教会だ。
骸骨の知る様式とそうそう変わらない姿で、その場は在りし日の威厳を醸し出していた。
その荘厳さは、瞬間的な自失をもたらすには十分だった。
空気が動いたのは、その直後のことである。
「エンゲルス様!」
突如として、その教会の扉が跳ね開けられた。
そして、ジャニスが魔族と手をとっていたことが明らかとなる。
その扉からは、あの悪名名高い人狼の部隊が飛び込んできた。
閉所での戦闘を最も得意とする彼らが、見事な連携のもとに交差線を描いて教会内に突入し、一瞬で骸骨を取り囲む。
尋常な相手ではない。
骸骨は彼らを視認するや否や剣気を飛ばしたが、彼らの分厚い筋肉を断つことはできなかった。
おまけに無視できない手傷を負ったにもかかわらず、4人1組の彼らの行動には一切の乱れが無かった。
骸骨は彼らの行動を警戒しつつ、遠距離の相手に放てる限りにおいて最大の剣気を、ジャニスの傍に跪く人狼に向けた。
この人狼だけは、骸骨が瞬時に向けた剣気では手傷ひとつ負わすことが出来なかった。
おそらくこの4人の人狼をまとめるリーダーであろう。
「・・・なかなかやるようだな。」
ジャニスを認め終えたとおぼしきその人狼は、胸元に負った僅かな刀傷に触れ、そう呟いた。
骸骨は、おもわず舌打ちをしようとして、それが出来ないことに思い至った。
鍛え上げた身体を基礎とする剣士の身において、たとえ闘法が殺気を主体とするものに変わったとしても、その身体を失ってしまった影響は大きい。
骸骨の飛ばす剣気の切れ味は、かつての何十分の一にも減衰しているようだった。
しかし、目の前にいるその人狼には、たとえ全盛期の切れ味があったとしても致命傷は与えられそうにない。
しぜん、骸骨のとれる戦法はジャニスにトドメを刺した実体化させた剣によるものに限られてくるわけだが・・・。
この身体で、人狼の精鋭を5人も一気に相手取るのは、相当に分が悪い。
「オレの名は、カール・ビスマルク。ケインズ様の親衛隊を務めている。お前の名は?」
その言葉を聞いた骸骨は、違和感に目眩すら起こしそうだった。
いや、というよりもあまりのことに視野がぶれ、その瞬間は確実に無防備になっていた。
その隙をついて畳み掛けられなかったことまで含めて、予想の斜め上を行かれたのだ。
ジャニスが魔族と、というよりは魔王軍の相当深いところとまで繋がっていたのは、かけつけた人狼隊の洗練された動きを見ればわかった。
ビスマルクとその配下の者たちは、骸骨が生前相対した魔王軍の幹部レベルの強さがある。
けれど、けれどもである。
敵を包囲した上で相対し、自ら名乗るなんて。
骸骨の知る魔王軍に、こんな礼儀正しい連中はいなかった。
というよりも、骸骨は初めて魔族の一人一人にも名前があることを知った。
「元・カディール王国騎士団 第三方面大隊所属、シュワルツだ。」
気づいたら、律儀に名乗り返している有様だ。
どうもこの身体で甦らされてからは、妙なところで集中力が切れる。
こんなことを名乗ったところで、目の前の人狼にわかるはずもないだろうに。
骸骨は改めて気を引き締めた。
ビスマルクと名乗った相手は、妙な儀礼意識を除けば典型的な人狼に見える。
曰く、反撃をもらうことを許さない、先制と速度に重点を置くタイプだ。
そんな奴に手傷を負わせたんだ、穏当に済むわけがない。
何より、こっちは相手陣営の重鎮を殺害している。
引けるわけが無いのだ。
「第三分隊、距離をとれ。邪魔だ。」
そらそら、おいでなさるぞ。
骸骨は改めて殺気を充実させ、丁寧に剣を象っていった。
ビスマルクが、何も親切心から配下を下げたわけではないことは、気の充実具合からして明らかだ。
この配下の者達ですら足を引っ張るレベルなのであろう。
そして時間にしては一秒にも満たない間に、骸骨の手の中の殺気が、切れ味を体現する剣としての形を整えた。
その直後のことだった。
ビスマルクの姿が、目の前から掻き消えた。
彼は一直線に、骸骨の首元を狙ってきた。
そのあまりの速度に、常人ならば反応ひとつ返せずに死に至ったであろう。
完全に相対した状態から、骸骨ですら一瞬見失ったのだ。
殺気の把握ができる闘法をマスターしていたからこそ、次の対応ができた。
喉元を掻っ切るように迫った鉤爪を実体剣で払いのけ、骸骨は二太刀目でビスマルクを横薙ぎにしようとした。
だが瞬間的に、もはや間合いを外されたことを悟る。
骸骨は改めて実体剣を握りしめ、一直線に駆け抜けて自身の背後をとったビスマルクに向き直った。
彼にしてみても、不本意そうな顔をしている。
どうやら必殺の一撃を見舞ったにもかかわらず何なりと返され、プライドに傷がついたのだろう。
だが、それを言うならば骸骨とて同じことだ。
悟りの境地に達したこの闘法を極めてから、唯一の例外を除いて全ての敵を一太刀のもとに斬り伏せてきた骸骨である。
このヤロウ。
両者が頭に血を登らせたところで、聞き覚えのある声がその間を取り持った。
「やれやれ、随分とややこしいことになっとるのう。」
心臓を含めて胴体をバッサリ両断してやったジャニスが、こともなげに血だまりの中から起き上がっていた。
挙句の果てには、消し飛んだ筈の魔力を一瞬にして回復させて身体を修復させながら、ふわふわと浮き上がっている有様である。
色々と流れ出る修復中のグロテスクな胴体に愛らしい顔が乗っており、忌々しいことこの上ない。
骸骨は本格的に頭が痛くなった。
そも、死後の500年間で、ここまで自分の力が通用しなくなっているとは思わなかった。
よくわからん幼女は必殺の一撃を与えたにもかかわらず平然としているし、それより格下とおぼしき人狼には速度で圧倒される。
いや、問題はこんな些事ではない。
これだけの相手と戦うというのに、ベストな状態で臨めない。
この事実が、発狂の一歩手前まで骸骨を追い込んでいた。
現状を打破するための手段はいくつか思いつくが、骸骨の好みのスタイルではない。
単純明快な一刀両断こそが、生前から貫いている美学なのである。
だが、それには。
木刀を握った日以降鍛え上げてきた身体と、闘法を編み出してから十数年の月日をかけて充実させた殺気。
生前築き上げたそれらが是非とも必要だったし、そのベストな態勢で臨みたい。
その全てを失い骨だけの身の上となって、これほどまでに悔やまれたことはない。
だが、それにしてもこれは頂けないな。
「貴様、何故生きている!」
死ぬまで何百回でも切り刻み続けてやる、と思いながら骸骨はできる限りの大声を出した。
矜持に泥を塗られるとここまで不快な思いをするとは、思わなんだ。
「おお、お主。やればできるではないか。なんじゃ、蘇生してこっちボソボソとしゃべくりおって、ジジ臭いったらありゃせんかったわ。・・・ああ、カールや、爪を収めい。こやつと戦う必要はないぞ。」
「しかし、エンゲルス様。」
「まあまあ、ワシはこの通り無事なのじゃから、ここはワシに免じての。ほれ、ちょっとその傷見せてみい。」
二、三こと言葉を交わすうちに、ジャニスは身体の修復を終えてしまったようだった。
そのうえスススー、と見事な滑空を見せては人狼達のもとを回り、手傷を治してしまっている。
「ん、これはまた厄介な。」とか言いながらもたちまちのうちに傷を塞いでしまうのだから、骸骨にとっては腹立たしいことこの上ない。
まるで近所の子供達に飴玉を配るようなお手軽さだった。
「ふう。さすがに応えるわい。お主ら、それはただ傷を塞いだだけじゃから、自然治癒を待つまで戦闘行為は禁ずる。どんな副作用があるかわからんからのう。」
どうやらこの理不尽の塊のようなジャニスをもってしても、骸骨の剣気で負った傷は塞ぐのがやっとのようだ。
魔族に対してそんな効果があるとは知らなかった骸骨は、その言葉に少し溜飲を下げた。
ほんの少し、である。
「質問に答えてもらおうか、この化物。何故生きている。貴様、それで人間のつもりなのか。」
ジャニスはしてやったり、とばかりに小憎たらしい微笑を浮かべた。
「なに、心臓ではなく首をはねるべきじゃったのじゃよ。詰めが甘かったの。」
骸骨は、舌打ちができないので不快感を表すべく、骨を鳴らした。
直立している骸骨が顎を上下に動かしているのだから、ケタケタ笑っているようにしか見えなかったが。
まあ、確かに笑い出したい気分でもあるのだ。
こんな簡単に弱点を暴露してもらえるとは思わなんだ。
全く信用してはいなかったが、確かに試していないことである。
骸骨は再び実体剣を握りしめた。
「これこれ、わざわざ臨戦態勢を解いたのじゃぞ?まだやろうというのかね、全く野蛮な・・・。」
骸骨はいかに敵に悪し様に言われようと気にしないタチだったが、よくも悪くも彼は騎士団の一員だった。
流言に踊らされるほど愚かではないが、こと名誉を傷つけられると黙ってはいられない。
「人類を裏切り、あげく魔族と手を組む輩に私を罵る資格はない。」
言い放つと同時に斬って捨てるつもりで機を伺った骸骨だったが。
一言も発さずに推移を見守っているビスマルクが鋭い侮蔑の眼差しを向けて来るので、どうにも動きづらかった。
仕方がないので、口喧嘩に終始することになりそうだ。
「とりあえず、ワシはお主と争うつもりは無いよ。だからお主も、今はその魔法剣のような・・・殺気と言いたか?をおさめてくれんか。」
「裏切り者とは交渉しない。これは我が国においては絶対だった。たとえカディール王国が既になくとも、私がその騎士であった事実は今でも変わら無い。」
不思議なことに、これだけ殺意剥き出しに語る骸骨に対して、ビスマルクたちは警戒と牽制以外の行動を起こそうとしない。
人狼とはこんなにも、穏健な連中だったのか?
そしてそんな彼らをおとなしく従えているジャニスとは、どれだけ人の道から外れているのであろうか。
「やれやれ、どう言えば矛を収めてくれるかのう・・・。」
元より斬り合う以外に結論は無いと思っている骸骨に対して、ジャニスは予想外の言葉を投げかけた。
「私個人としては、むしろお主にトドメを刺してもらうために呼び出したのじゃがの。」
その声は依然として飄々としたものだったが、どこか疲れたような響きがあった。
もちろん、頑固な骸骨に対して辟易した、というものではなく。
可能な限りの手段の全てに裏切られた。
そんな哀愁を感じさせた。
骸骨はそのとき、かつての王国で軍法会議にかけられ、処刑された急進愛国者の一人を思い出していた。
自ら狂うことすら厭わず死霊術の道に突き進み、その結果が大成しなかった男。
今のジャニスは、名前も思い出せない無力な魔道師のように背中を丸めていた。
ご拝読、ありがとうございました。