ゾンビ兵さんの生前 後編 その1
今回で生前の話は終わりにする予定だったのですが。。。
まだまだぴんぴんしています。
剣で魔法を切り裂いただけでも充分に驚きなのに、まさか無手でそれを成し遂げてしまうとは。
私はしばし呆然と立ちつくし、自分の両手を見つめた。
そして何も持っていない筈の自分の右手に確かにそれまでの剣と同じ形を象った殺気の塊があり、それに実体としての重さを感じた時、ついに思い至った。
私は、ついに剣が不要となる程に剣の道を究めたのだと。
その時は、答えに辿りついたと確信していた。
ワグナー殿とは結局、それから2戦することになった。
初戦はワグナー殿、再戦は私。
この勝敗のサイクルがもう1回繰り替えされたところで演習場の被害が大きくなり過ぎ、以降の対戦は公的に禁止されてしまった。
「シュワルツ君、君のせいで私までもが戦闘狂というレッテルを張られてしまったではないか。」
「恐縮です。」
私は頭を下げながらも、何を言っていやがるこのジジイ、それが真実だろうと思って聞いていた。
騎士団から私には多額の損害賠償請求が来ていた。その大半がワグナー殿の広域魔法がもたらした破壊の結果だというのに。
実害を被っているのは私だよ、このバーサーカーめ。
しかし、さすがはワグナー殿だ。
私は敗北から次に対戦し勝利をつかむまでに3年もの歳月がかかったというのに、彼はたったの1日後には、私を打ち負かしてしまった。
これには笑いしか漏れなかった。
相も変わらず私は慢心しやすいらしく、三戦目となるその戦いが始まった瞬間には、勝ちを確信していた。
何せ殺気だけで剣を象る――殺意刃――という、今生では得られないと思っていた力に1日前に目覚めたばかりなのだ。
もはやどんな大魔法だろうが私に斬れないものはない、とまで思いあがっていた。
それは正しい認識ではあったのだが。
「いや師団長、それはさすがに・・・。」
魔術師たちからそんな非難の声が上がるくらいに、ワグナー殿のやり方はえげつなかった。
なんと、そろそろ魔力が尽きる頃だろうと余裕の表情で広域魔法をたたっ斬っていく私の目の前で、魔力の補給剤を一気飲みしてみせたのだ。
さすがにこれは卑怯だろう、と誰もが思うところではあるのだが。
意外とこれは盲点だった。
何せ、つい最近に殺気を用いた闘法や殺意剣に目覚めたばかりの私には、自然回復以外には回復の手段がないのだから。
回復してもいいよ、という条件の下であれば私の不利は明白なのだ。
「成る程、こうした補給手段の準備まで含めて自身の強さだと言いたいわけですね、ワグナー殿。本当に、あなたからはいつも多くを学ばせて頂く。」
ついに精魂尽き果てて、私は素直に首を垂れた。
新しく勢いはあるがポッと出の”力”に過ぎない我が闘法と、建国以来このファーレンハイトの地を支え続ける魔術の、如何ともしがたい差が浮き彫りになったわけである。
何せこの魔力補給剤、少々値は張るが近衛師団クラスの魔術師ともなれば皆、持ってる。
私には体力と共に失われていく自身の殺気が、寝る以外の手段でどうすれば回復するのかすら、わからないというのに。
「いや、単純に負けず嫌いだから反則してでも勝ちたかっただけだと思いますよ。」
こんなわかり易い懐柔の言葉をかけてくる魔術師と比べると、ワグナー殿はまるで器が違う。
そして私も、こんな安易な言葉に絆されるほど愚かではない。
3年前とは違うのだよ。
その翌日には、私が勝たせてもらった。
前日の戦いで、勝負を長引かせれば負ける、ということは思い知ったので短期決戦を狙ったのだ。
実は負け戦ではあったが、先の戦いの中で私は殺意剣の新たな応用方法を編み出していた。
殺意剣よりは殺気を用いた闘法の、より本質に近い殺気の使い方とでも言おうか。
要するに、遠方の相手を殺気で叩っ斬るのである。
しかし殺意剣の形状が私がさんざっぱら振るった剣と全くであること、つまり間合いとしては全く広がっていないことからも分かるように、所詮私は剣士である。
遠くにいる相手を斬る、なんてのはいまいち釈然としない。
とはいえやってみれば少しできたので、使うにこしたことはない。
普通に使ってもいまいちだろうと予測されたので、開始の合図前にそれ――剣気――を相手に叩き付けたら、すんなりと勝つことができた。
「なかなかに君も、戦いというものがわかってきたようだね。」
「ありがとうございます。これも全て、ワグナー殿から学ばせていただいたもの。私は恵まれています。」
思えば、私がここまでに来れたのはワグナー殿のおかげみたいなものだ。
あの日、彼が容赦なく2発目の広域殲滅魔法を撃っていたら、間違いなく私は死んでいただろう。
そう考えると、彼には感謝の念が堪えない。
「こういうときの貴公は、本気で殺したくなるな。」
そんなことを言うワグナー殿の目つきはまるで親の仇でも見るようなほどに鋭くなっていたが、私にはわかっている。
これは俗にいう、照れというものだろう。
戦闘狂の彼のことだ、素直に感謝が受け入れられないのであろう。
「そんなこと言わないで下さいよ、うちの隊長は本気でそういうこと思ってる人なんですから。」
「こちらこそ、貴族の規範たる近衛師団長がこんな血気に満ちていて、申し訳ないと思っている。」
私の元部隊員たちと、ワグナー殿の部下とがそんなやり取りをよそでしていた時に、我が恩人たる騎士団長の声が大きく響いた。
「二人ともに欠けているのは、公の奉仕者たる自覚だな。諸君らが破壊の限りを尽くした我が騎士団の演習場は、国費により賄われて国防の用に供されている。つまりは公共財だ。これをここまでの姿にしてくれたんだ、この罪は重いぞ。」
このようにして、忙しい日々が始まった。
当然無一文の私には抉れ帰った広大な演習場を補修するような多額の賠償は出来ないないので、三食と寝床は提供してやるからと3年間の騎士団指導員を命じられたのだ。
すぐさま殺気を用いた闘法を騎士団員に普及させるためのメニュー提出を求められた。
「私はこの境地に達するまでに、3年間ほぼ不眠不休で魔獣の徘徊する僻地を旅しました。しかし、巡回の任がある騎士達に同様の手法をとるのは現実的では無いと考えます。よって、見込みのありそうな少数に対して試行錯誤する中で新たな訓練方法を確立させます。」
「ふむ、存外に常識的なことを言うから逆に驚いたぞ。」
「騎士団長、いったい私を何だと思っているのですか。」
「加減という概念を母君のお腹に忘れて来てしまった、哀れな存在だよ。まあ、腕は立つからそれはそれでいい。して、いったいどんな連中に目星をつけてやっていくつもりだ。」
「一堂に会した下で、全員に対して私の剣気を叩きつけます。おそらく、生死を賭した戦いを経験した騎士ならばこれに耐えきるでしょう。悪くても軽傷を負う程度に留めますが、ここで耐えきる物には見込があります。」
結果、存外にこの方法はうまくいった。
10名でも残ればいい方だとおもっていたのだが、1割くらいが残ってしまった。
選抜方法としては惨澹たるものだが、この事実は私の闘法とそれを全く習得していない彼らの接点が、ゼロではないということを示しているのだから。
それからの私は勢いに乗り、ハッと目が覚めたときに目の前には、3名の騎士が残るばかりであった。
ご拝読、ありがとうございます。
あと2話ほど、生前編が続くと思います。
死後の話を先に少し書いてあるので、早くそちらに追いつきたいと思います。