ゾンビ兵さんの生前 中編
ゾンビ兵さんの黄金期です。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
「おいおいアンタ、病院は表通りの反対側だよ。」
私は人生で初めて、近衛師団の詰所を訪れていた。
しかし、その門戸は固い。
「ワグナー師団長に、一騎打ちをお願いしたい。この通りだ。」
「おいおい、ニイちゃん。身体だけじゃなくて、頭も悪いのか?」
まともに取り合ってもらえるはずもない。
けれどこちらとて、おいそれと引き下がる訳にもいかない。
また来る、と告げてその場を後にした。
そんなことを幾日か繰り返した後に、馴染みの顔と再会した。
月例の会議で近衛師団本部を訪れた、騎士団の一隊と遭遇したのだ。
無視された。
いよいよ私は追い込まれた。
思い返せば、近衛師団本部の門番達にも見覚えはあったのだが、まるで初対面の栄養不良者を見る目だ。
確かに随分と身体が軽くなった気がするが、普通ここまで知らぬ存ぜぬは通されないだろう。
一度の敗北は、ここまで重い物なのか。
私は改めて、自身の敗北が騎士団の名誉に及ぼした影響を思い知らされた。
が、今はそれに拘泥するわけにはいかない。
仕方が無いので、通せんぼすることにした。
かつての騎士として、まさか襲撃をかけるわけにもいくまい。
私の知る限りでは、相手の肉体に接触をもたらさなければ公務執行妨害にはならない。
なので乏しい知識内で可能な限り合法的に、強制的に師団長を門前に引きずり出すことにした。
その試みが始まって、はや10分。
「なあ・・・。さっきっから、全然魔法が当たんないんだけど。」
「これってさ・・・。」
「なんか、昔見たことがある気がする。」
「あの、元騎士・・・なんつったっけ?」
魔道士たちの間でそんな会話がチラホラと聞こえ出したころ、ようやくお目当ての人物が顔を出した。
彼は、私の姿を見ても知らんぷりなどはしなかった。
「シュワルツ二等騎士、久しぶりだな。今は、元・二等騎士と呼ぶべきか。」
相対するその人物は、アルフレッド・ワグナーという名だった。
私に対して致命的な敗北を味あわせた、あの魔道師。
その威厳たるやさすがなもので、炎や氷やら閃光やらが飛び交っていた往来が、途端に静まり返る。
「ご無沙汰しております、ワグナー殿。」
「貴公には驚かされるばかりだな。魔法が命中しないとの報を受けた際には、まさか二人目が出たかと青くなったよ。突然どうされた、あの日の雪辱を晴らしに来たのか?」
その瞬間、魔道師たちの間で大絶叫が起こる。
その言を聞くに、どうやら本気で私がシュワルツだとわからなかったらしい。
何も、意図して知らんぷりしていたわけではないようである。
むしろ一目で看破してみせたワグナー殿の異常さを訴える声がチラホラ聞こえてくる。
しかし、混乱のあまりに赤三連の閃光術を上空にぶっ放そうとする者まで出るとは思わなんだ。
当時とサインが変わらないなら、大規模襲撃を意味する信号だぞ、それ。
慌て者め。
「このようなこのような形での再会となり、誠に申し訳ありません。ですが私の望むところは、仰せの通りです。一度で良いのです、機会を頂けませんか。」
「再戦に応じるのは、勝者の義務だ。が、今の貴公の立場では、それは難しいだろうな。」
「それ故、こうして道を塞がさせて頂きました。」
「なら、これは反逆だな。」
ワグナー殿のもつ雰囲気が、険を帯びた。
騎士であったころならば演習の名目が立ったが、今はそれが成り立たない。
いち市民が帯剣のうえ、近衛師団の行進を阻害しているのだ。
まぎれもない犯罪だ。
しかし。
ここは絶対に譲れない。
私が腰元の剣に手をかけると、にわかに周囲が静まり返った。
「私はこれから剣を用いますが、決してワグナー殿には当てません。」
「往来での抜刀・・・危険行為の罰則で済ませる腹か。して、それで私を倒すことは不可能だと思うのだが?」
「いえ、負けを認めるまで付き合って頂きます。私はこの瞬間のために、これまで生き恥を晒してきたのです。」
結局、場所を騎士団の演習場に移すこととなり、日にちも後日とされた。
最後に放った一言が、さすがに魔術師の琴線に触れたらしい。
私の提案に「それはフェアではない」と応えたその目には、穏やかさの欠片もなかった。
私はいつの間にやら、近衛師団への入団希望者という扱いになった。
近衛師団は貴族しかなれない、つまりは魔術師しか入団できないのだが、今回は特定として平民の入団テストをするという名目で場が設けられた。
そして、存分に魔術をぶっ放せる場所ということで、懐かしの騎士団の演習場にやってきたわけだ。
「おい、隊長が帰って来てるってほんとかよ?」
「ねえ、どこ?どこにいるの?」
「・・・あの、死にそうな人?」
「・・・嘘でしょ?」
私は懐かしい顔に囲まれながら、広い演習場の中央に立ち尽くしていた。
漏れ聞こえる彼らの言葉から、この3年間の自身の疲弊を思い知る。
無様な負け犬が野良犬の姿で帰って来たのだ、あざ笑いたい気持ちで一杯であろう。
そのことは仕方ない。
でも、こうしてその無様な姿を見に来てくれたことが、せめてもの救いだ。
「さて、シュワルツ・・・君、と呼ばせて貰おうか。あくまで、これは我が近衛師団への入団テストという形をとっているからな。始める前に、今一度確認をとらせて頂きたい。貴公、随分とやつれているが、それで戦えるのか?」
「感謝の言葉もありません、ワグナー殿。このようにかつての仲間達・・・いえ、彼らはもうそう思ってもいないでしょうが・・・、私は今でもそう思っているのです。彼らの目の前でこのような機会を与えてくれただけで、私は満足です。」
「なるほど。その、周囲の思いが全然わかっていないあたり、噂通りだな。けれども、本当にいま行けるんだな?日を改めることは、全く構わないのだぞ?」
「お心遣い、ありがとうございます。たとえどんな結果になろうとも・・・、いや、少し待って下さい。」
ワグナー殿の首肯を見て、私は背後の騎士団の面々に向き直った。
そこには、ありし日の私の部下達、同僚、そして師団長が、あの日よりも精悍さをました姿で佇んでいた。
「ファーレンハイト王国騎士団!」
久しぶりに出した大声は、痛々しいまでに擦れて音量が出ていなかった。
喉が切れて血が滲むが、今言わないとこの次の瞬間には、私の命は無いかもしれない。
「いま一度詫びさせてくれ!3年前、無様な戦いを見せ、その歴史と名誉に泥を塗り、本当に申し訳なかった!」
「あ、やっぱ隊長だ。」
「あの戦いぶりで泥塗るって、本気で思ってたんだねえ。」
「3年たっても、ダメなまんまじゃねーか、あのバカ。やっぱ、死なないと治らないのか?」
チラホラと浴びせかけられる言葉に、私は一瞬声を失う。
氷のような冷笑を浴びせかけられる方が、まだマシだ。
うちの騎士団はいつでも、生暖かい目を向けてくるから、精神的に応えるのだ。
だが、ここで怯むわけにはいかない。
「今からの戦いを、ぜひとも目に刻んで欲しい!騎士として、必ず後に繋がるものが得られるはずだ!」
それだけ言って、私はワグナー殿に向き直った。
私に思い残すことが無いのを察したのだろうか、そこには殺意をむき出しにした傲慢な魔導師そのものの姿があった。
騎士団長からは、私はこの3年間で愚かなところが全く治らなかったと断定されてしまったが、それはこのワグナー殿に向けて欲しい。
この人、先ほどまでの尊大な態度なぞかなぐり捨てて殺すつもりでやるらしい。
こと戦いのことになると歯止めがきかなくなるところなんか、そのままじゃないか。
「では、始めるか。よもや貴公、私に放った言葉を忘れてはいるまいな?」
その一言の後、いい加減にじれたと思われる立会人を務める騎士団長の手か、らコインが放たれた。
「どうやって負けを認めさせるというのか、教えてもらおう。」
ワグナー殿の掌から一条の閃光が走り、私の眉間との間に直線を描く。
かつての私ならば、その瞬間に勝負が決まっていただろう。
壁となって立ちふさがった存在はこの3年間で、発動から着弾までの時差を完璧に失くすまでに、閃光術を高めていた。
さりとて私も、一瞬でやられてしまうほど軟弱な3年間を過ごしてきたわけではない。
首一つ傾けることで、眉間を貫かれる前に閃光術を躱してみせる。
かつての様に相手の動きを先読みするのではなく、殺気を事前に察知してどこが狙われるかを知った上での行動だからこそ、間に合ったと言える。
さて。
勝負はここからだ。
3年前も、単発なら対処して見せたのだ。
「なるほど、比較にならないならないほどに動きが洗練されている。しかし、忌々しいな。まさかここまで高めた閃光術をかわされるとは思わなんだ。」
私は、両手両足に突き刺さるワグナー殿の殺気を感知し、即座に抜剣した。
攻撃は最大の防御、ということで特攻をかけるわけではない。
次の手を考えた上での行動だ。
ワグナー殿が私に向けて翳した掌から、殺気の道筋の通りに四条の閃光が走る。
私はそれを、先の眉間への一撃と同様に最小限の動きで躱した。
しぜん、どうしても次の行動には移りづらい体制となる。
それこそが、ワグナー殿の狙いだ。
「プライドは高い方でな。ここまで泥を塗られたからには、相応の報いを受けてもらう。」
その言葉と共に彼の両の掌が開かれ、次々と閃光が迸った。
もはやいかに効率的に動こうとも、とてもではないが躱しきれない連射速度である。
かつての私は、ここで完全にジリ貧に追い込まれた。
同じ轍を踏まないため私は避けようとはせず、抜き放った剣で襲い来る閃光を切り裂いた。
あわせて34発もの閃光を切り裂いたところで、ワグナー殿の魔法が止まった。
時間にしてみれば、一瞬のことだったであろう。
私は次に来る攻撃に備えたが、殺気を感じないために違和感を感じて剣を下ろした。
どこか、体調でも悪くされたのだろうか。
「何だその剣は。」
ワグナー殿は私の剣を指差し、わなわなと震えていた。
「適当な街で購入した無銘の剣です。」
「では聞くが、なぜ唯の鋼鉄の塊で私の術が防がれるのだ。貴公は魔術師ですらなく、無効化する魔法を持たぬのに、何故。」
「防いだのではなく、斬ったのです。ワグナー殿、人を殺す手段に、剣も矢も、まして魔法にも違いはありません。単純に、殺気のやり取りがあるだけなのです。私はこの3年をかけてこの結論に辿りつき、そして、今の闘法を辿りつきました。」
殺意の応酬の中で瞬間的に訪れたその会話に、周囲は台風の目のように静まり返っていた。
だが私には、目には見えなくともワグナー殿の殺気がかつて無いほどに高まっているのを感じていた。
「そんな乱暴な理屈で、三百年に渡る魔術理論の結晶である我が魔術を同等に語るとは・・・。身の程を思い知れ!」
遂に、かつての私に敗北をもたらした広域殲滅魔法が私に向けて放たれた。
これは本来、射界の開けた野戦で敵の部隊を一掃する際に使われる戦術魔法である。
対人を基本とした所謂攻撃魔法とは、一線を画する。
回避や防御という選択肢を敵に残さず、一網打尽にする技なのだからその威力たるや凄まじいの一言に尽きる。
眼前に広がる炎をみて、かつての私は戦意をへし折られた。
そして今なお、背筋に鳥肌が立っていた。
これだけは、事前には対策のしようが無かった。
3年前との違いは、その魔法の中に殺意の渦が見える、そのただ一点だけ。
私は他の事象を全て思考からかなぐり捨て、その殺意の渦に対して、持ちうる限りの最高の一刃を見舞った。
そして遂に、かつての敗北の元凶を切り裂くことに成功した。
そこからは、まさに殺気同士のぶつけ合いだった。
ワグナー殿は雄叫びを上げると共に持ちうる魔力を一気に解放し、演習場の地形が変わるのも一顧だにせず広域魔法を連射してきた。
本来一撃必殺の魔法である広域魔法は、運用方法として連射が想定されていない。
にもかかわらずこの男は、適度に効果範囲を収斂させた一撃として放つことで次射までの隙をなくし、周囲に破壊の限りを尽くした。
私はその全てを切り裂いていった。
ここまで来て、こんな稚拙な力押しに負けるつもりなど無かった。
全く予想だにしなかったことだが、魔力の収束度合いによって剣に走る衝撃が異なるという、新事実までが判明する。
そして切り裂くたびに掌に走る衝撃は、次第に重さを増していった。
殺気を斬ることにひたすら拘泥し現在の闘法に至った私は、このとき全く気づいていなかった。
ワグナー殿は、広域殲滅魔法として代表的な炎術だけではなく、氷術や雷術も含めた複数の魔法を織り交ぜて攻撃を展開していたのだ。
私は、そんなことに注意を逸らすことは注意力の無駄だと捉えていた。
だが遂に、剣の強度が限界を超えた。
すでに何十発目ともわからない炎術を切り裂くと同時に、それは根元から断ち切られた。
呆然として剣把を取り落とした私に、止めとなる氷術の一撃が迫る。
しかし不思議と、私に焦りは無かった。
今日、人生で初めて、広域魔法を切り裂いた瞬間にすら、私は確信を持っていた。
だから何も恐れることは無いはずだ。
そも、剣で魔法は切れない。
これは世界の常識だ。
けれども、私はあくまで剣で魔法を斬ることにこだわった。
これは私の、剣士としての性だ。
ではなぜ、私は広域魔法を切り裂けたのか。
本質的には、剣など持たなくても、殺意さえあれば斬れるものは斬れる筈なのだ。
何せこの域に達した私にとって、殺意を相手に抱くのと、剣を振って相手が死に至るのは、時差こそあれ同義なのだから。
そこまでは、理解していた。
けれども、それができる境地にまではどうあっても辿りつけないと思っていた。
私の闘法を見た騎士団の皆が何かを得て、それを伝えていってくれれば。
いつか生まれる後世の天才が、それを成してくれるだろうと思った。
だから私に、恐れるものなど無いはずだった。
最早私の目には、何も持たぬ筈の掌に、夢の中ですら何万回と振るったあの剣が、しっかりと見えていた。
しっかりとした感触を掌に感じ、ついに私は殺気のみで魔法を切り裂くことに成功した。
ご拝読、ありがとうございました。
つづきます。