ゾンビ兵さんの生前 前編
はじめまして。
初めての小説投稿になります。
どうぞよろしくお願いいたします。
下書きをアップロードしてしまったのに気づき、差し替えました。
私はかつて、剣聖と呼ばれた。
千の武具を極め、あらゆる戦技に精通した。
けれどもたどり着いた現在の地に、かつて仰ぎ見たものはなかった。
はじめは順風満帆だった。
近所で始めた木刀の手習いが、それまでには無い世界を開いてくれた。
木刀という、おそらく人類が初めて手にした凶器を握りしめることによって、素手では勝てない相手を組み伏せる。
この感覚は、誰しも味わったら抜けられないだろう。
私は農村出身のくせに、土地や作物の状態には関心が薄かった。かといって月一で訪れる商人についていって、他所様が作ったものを右から左へ流すのにも、魅力は感じなかった。鍛冶に興味を持ったのは、剣の道を志してからだ。
私にとっては、この剣術の研鑽こそが人生をかけて挑むべき命題に思えた。
「シュワルツには、農作業なんてむ・・・もったいないよ!大きな町に行って剣士になるべきだよ!」
「大切な木材をどうしようもないくらい木っ端微塵にしちゃうんだもん、うちの村にはいら・・・勿体ない逸材だよね!」
「1日も早く村を離れて、隣町に行くべきだよ!」
両親は心配そうに無言になり、友達や近所のご家族は満面の笑顔で私の背中を押してくれた。
かれらの暖かい声援に頭を下げ、私は故郷を後にした。
連戦連勝の快進撃が続いた。
私は各地で開かれる武術大会の賞金を総なめにし、気づいたら王都にたどり着き、騎士の身分を得ていた。
もちろん、それなりの敗北も喫した。
初めての敗けは、それは未練の残るものだった。
準決勝で手傷を負ったのだが見栄を張って手当てを断り、速攻で決めるつもりだった決勝が運営の不具合で1時間延長され、貧血で倒れたのだ。
だがもちろん、そんなつまらない勝負を重ねてきたわけではない。
騎士団の入門テスト、騎士団長との決闘、前代の剣聖である師との稽古。
一つ一つが、私にかけがえのない経験と境地を与えてくれた。
そんなこんなで名声を獲得していく中で、私を決定的に変える勝負があった。
王国の近衛師団長たる、魔道師との戦い。
生意気にも勝ちを積み上げる農村出身の騎士をツブしたい、との思いを貴族に抱かせてしまったようなのだ。
これは強烈だった。
私のそれまでの戦いの常識と築き上げたチッポケな自信は、須らく崩れ去った。。
間合いの外から迫り来る光線なり火炎なりに、成す術が無かった。
単発なら何なりと躱せるのだが、連射された時点でつんだ。
慢心・・・していたのだろう。
単発でも強力な魔法を、あの速度で連打できる人間が存在するとは思わなかった。
反撃する余裕がなくなり、ジリ貧に追い込まれる。
それでも何とか隙を見出そうとする私に、焦れた師団長が広域魔法を放ち、とうとう敗北した。
そして私は、騎士団での居場所を失った。
ところどころ漏れ聞こえてくる部下たちの会話に、返す言葉がなかった。
私は、負けたのだ。
平民から選抜された精鋭で構成される、栄えある騎士団の名誉に泥を塗った。
いや、それどころではない。
そもそもの職業軍人として、失格だ。
故郷のみんなや顔すらしらぬ民草達が頑張って収穫したものを国が税金として取り上げ、それで食べさせて貰っている身でありなから。
私たち軍人は、口を開く前に敵を倒さなければならない。
今この瞬間、あの魔道師が敵に寝返ったら、誰がその暴挙を止めるのか。
私は、騎士たりえない。
深い自責の念に苛まれ、騎士団長のもとを訪れた。
「君は、何か勘違いしていないかね?軍には兵種というものがあってね、騎士には騎士、魔道士には魔道士の役割がある。針はハサミの様に布を断てなくても、貫ければ良いのだよ。」
「有り難いお言葉ですが、それは議論のすり替えです。矮小な戦力である事実に目を背け、体の良い言い訳に縋るつもりはありません。」
「近衛師団長に挑む前に50人もの魔道士を一蹴した君は、過剰戦力そのものだよ。おまけに魔力を持たない平民出身であるから、魔力探査にも引っかからない。君みたいな敵が王都に潜伏したら、我が国は破滅するだろうな。」
「何を大げさな。さきの戦いのように広域魔法を使われてしまえば、私になす術はありません。」
「広域殲滅魔法なんて開けた空間がない限り使えないのだから、閉所に誘い込めば良いだけだろう。そもそも普通は攻撃魔法を使われた時点でアウトなのだ。君のように連続で避けてみせるなんて、今でも信じられん。頼む、その実力の1割で良い。後進達に授けてくれれば、我が騎士団は魔術師団以上の戦略的価値を持つことになる。」
「いかに言い繕おうとも、あの魔術士に敗れた事実は覆りません。眼前の敵を放置して安易な道に逃げ込むなど、騎士道にもとります。」
「そもそも敵では無いし、言うに事欠いて逃げ道とは随分だな。後進の育成は、騎士団の重要任務だぞ。」
「未来ある後輩達に、負け犬がどんな道を示せましょうか。」
「君には耳が無いのかね。同僚達が君のことを何て言っているか、知らないのか?」
「言葉を失っていましたよ。士気は下がりきっています。こんな未熟な身で中隊を預かり、あろうことか慢心し剣の指導までしていたとは、私は情けない!」
愚かにも目に涙を浮かべる私に、団長は呆れ返っていた。
「君は目まで腐っているのかね?それとも、畏怖の念という言葉を知らんのか。いや、そもそも君はバカなんじゃないか?」
「はい。愚かにも研鑽が足らず、此度の醜態を晒しました。これ以上、騎士団の名誉に傷をつける訳にはいきません。」
「・・・おい、コイツ究極のアホだぞ!話にならん!誰だ、こんな風に教育したのは!親呼んで来い、親!」
もはや、恩ある騎士団長にすら言葉をかわす価値が無いと判断され、両親にまで非が及ぼうとしていた。
身の置き場が無いとは、まさしくこれだ。
私はこのようにして、騎士団を辞することになった。
一糸乱れぬ隊列を組み、隊舎から送り出してくれた皆には、最後まで顔向けができなかった。
彼らの期待を裏切ってしまった罪は、重い。
私は失意に沈みつつも、ひたすらに剣の研鑽を積むことで贖罪にかえることを誓った。
そして3年がたった。
その間、寝る時間すら惜しんで研鑽に明け暮れた私は体を壊し、栄養失調も重なってかつての実力すら失いつつあった。
そんな時。
5日以上の不眠のあまり、あろうことか戦闘中に昏睡した。
つまらない幕引きとなる筈だった。
気づいたときには、私を襲っていた魔物の群が、屍体となって転がっていた。
靄がかった記憶の中には、朦朧としながら剣を振るう自分の姿がある。
おそらく、本能的に察知した危険に対して、染み付いた動作を機械的に繰り返した結果がこれなのであろう。
事実、その頃の私は剣の道を見失い、壊れたゼンマイ仕掛けのように、剣を振るうことのみを繰り返す存在と化していた。
そのまま幽鬼のようにフラフラと各地を彷徨い、寝てるとも起きてるとも言えない状態で魔物や野生の猛獣に襲われては斬る、を繰り返した。
その果てに、私は悟った。
向かい来る攻撃の前に明確に察知している、漠然とした”危険”。
混濁している意識を明確に呼び起こしてくれる、本能を呼び覚ます強烈なあの信号。
あれは、殺気だ。
これを明確に察知できるようになったから、ここまで生き延びることができたのだ。
このことに思い至ったとき、私は目で見るよりも速く相手の殺気を察知し、反応することができるようになっていた。
戦闘という局面において、これは非常なアドバンテージを持つ。
そう言えば、と懐かしい祖父の顔を思い出す。
寝る前によく、ボロボロになりなった騎士が最後の瞬間に見事な反撃をして勝利をつかむ、というおとぎ話を話して聞かせてくれていた。
どうしてそんなに追い詰められた状態からカウンター攻撃などができるのか、と幼いながらに首を傾げたものだったが。
今から思い出せば、あれはこの境地を悟らせるための教育だったのか。
なるほど、死地に追い込まれれば否が応でも他人の殺気に敏感になる。
あのおとぎ話は、この殺気を応用した闘法を駆使すれば、難敵に打ち勝てることを悟らせるためのものだったのだ。
さらに言えば、寝る前に語ってくれたのは、睡眠学習の効果を見込んだに違いない。
農夫一筋だと思っていた祖父だったが、若かりし日はさぞ名のある剣士だったのだろう。
有り難い。
気づいたら、もう枯れたと思っていたものが私の頬を伝っていた。
けれども、かつて流したそれが情けなさと申し訳なさに彩られていたのに対し、今回はひたすらに感謝の念が湧き上がるばかりである。
幼少の私に対して剣士の奥義を毎夜語ってくれた祖父に礼を述べ、さらなる教えを請うべく故郷の村を訪れようと、来た道を戻り始める。
だが、その途中で気づいてしまった。
偉大なる祖父に対して、敗北の報告をするわけにはいかないと。
私はさらなる鍛錬を積みながら、王都への道を進み始めた。
ご拝読頂き、ありがとうございました。
つづきます。