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2月16日(午前1)

「待ってください、少し話を聞きたいだけですから」


嘘をつけ!


後ろから追いかけてくる推定中学生くらいの女の子ーー弓弦ちゃんは、アタッシュケースから取り出したらしい、無骨なハンドガンを手にしていた。


やはり予想通り、この子も普通じゃない。どこの世界に銃を持ち歩く女の子がいるというのか。野暮ったいスーツもコスプレじゃなく、制服なのだろう。ちなみにこの場合の制服とは“学校の”ではなく“殺し屋の”だ。


「待ってください……と、言っているのです!!」


銃声。


マジかよ、本当に撃ちやがった。この現代日本の、住宅街のど真ん中で。


走りながら撃ったから狙いが甘かったのか、銃弾は僕とはまるで見当違いの方向に飛んでいき、住宅の塀に命中した。コンクリートの壁に埋まったそれは、どう見てもオモチャのBB弾ではない。全身からドッと汗が吹き出す。


どうしてこんなことになっているんだ。つい数日前までの僕は自他ともに認める平凡な一般市民だったはずなのに。それが何故正体不明の黒服少女に追われることになるのか。


運動は苦手だ。特に長距離走などは体育の時間でも仮病を使って休むくらいで、僕は体力がまるでない。中学生女子と高校生男子では基礎が違うとはいえ、弓弦ちゃんはかなり鍛えられているらしく、彼我の距離はぐんぐん近付いてくる。後数メートルも近付けば銃の外しようもない。そうなれば僕なんて一瞬で蜂の巣だ。


そんなことになるくらいならいっそ……!


「わぁっ!!」


急停止した僕に驚いたのか、弓弦ちゃんが可愛らしい声をあげる。銃を所持していても中学生は中学生、心が痛むがしょうがない。


僕は力づくで弓弦ちゃんから拳銃をもぎとり、遠くへ放り投げる。銃さえなければ相手は女子中学生。対格差でどうとでもなる。


手始めに肩を掴んで道に押し倒そうとすると、弓弦ちゃんはアタッシュケースを無茶苦茶に振り回して抵抗してきた。角の金具が額に掠って血が出たけれど、この際気にしてられない。僕は暴れる弓弦ちゃんを抑え込もう手に力をーー


込めたところで両腕の肘から先がバラバラになって崩れた。


「……って、わああああああ!!」


夥しい量の血液が腕の切断面から溢れ出す。と、同時に腕は高速で再生を始めた。血液は意志を持った生物のように僕の腕の残骸を掻き集めると、まるでパズルのピースを組み合わせるように修復していく。


僕がその様子を呆然と眺めている間に弓弦ちゃんは逃げ出していた。すでに影も形もなく、僕が投げ捨てた拳銃も消えていた。あれ? 逃げ出すということは今のをやったのは弓弦ちゃんじゃないんだよな。だとすると考えられるのは。


「伊藤君、学校をさぼって中学生に乱暴とか……割とシャレにならないよ」


殺人犯に言われたくない。


そこにいたのは案の定、小鳥遊であった。両手に持ったタクティカルナイフは彼女のお気に入りらしい。しかしナイフ二本で腕を粉々にって、どんな技術だよ。怖すぎる。


「……誤解だ。僕はその子に殺されかけてたんだ。いわば正当防衛ってやつで」


言っても詮のないことだが、一応弁解しておく。小鳥遊は納得したのかわからないが、ひとまずナイフをしまってくれた。


「伊藤君がロリコンだとしても、私には関係ないからいいけど。さっき聞こえた銃声もあの子の仕業なの?」


「ああ。僕を狙って、弓弦ちゃんが銃を撃ったときの音だな」


「弓弦ちゃん?」


「あの子が自分で名乗ったんだよ、羅生弓弦ってな」


僕が弓弦ちゃんのフルネームを口にすると、小鳥遊は目に見えて動揺した。流石に僕が不死身だったときほどの驚きはないようだが、代わりに少しの苛立ちのようなものを感じる。


「その無駄に仰々しい名前、黒スーツに拳銃……。これは伊藤君なんか殺してる場合じゃなかったかも知れない」


「いや、人を殺しておいてその扱いはないだろ」


殺され損どころか、寧ろ時間の無駄だったみたいに言われて酷く遺憾だ。腕はもう再生しているけど、だから許すとかそういう問題じゃない。


「伊藤君、一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


「なんだよ」


「あまり考えたくはないんだけど、もしかしてあの子、伊藤君の能力を知ってたりはしなかった?」


「…………」


確証はない。だが弓弦ちゃんは千里氏の発言に反応して僕を追いかけてきたのではなかったか。口では「話を聞きたいだけ」なんて言っていたけれど、感じた殺気は本物だった。少なくともあの子が“不死身”というキーワードに反応して僕を追ってきた、それだけは間違いない。


僕がそう言うと、小鳥遊は「やっぱり……」とひとりごちた。


「何がやっぱりなんだよ」


「どうしてかはわからないけど、伊藤君の能力の事は既に裏世界に広まっているのかもしれないね。不死身なんて便利な能力、欲しがる連中は山ほどいるし」


「笑えないんだが……」


なんで僕が裏世界の秘密組織(仮)に狙われなくちゃならないんだ。展開が早過ぎる。殺人鬼一人でも持て余していると言うのに。


僕が軽く絶望していると、何を思ったか、小鳥遊がポンと僕の手に肩を置いてきた。


「貴方は死なないわ、私が守るもの」


「…………」


綾波だった。いろいろと台無しである。


それに守るとか言っても、その目的は自分が僕を殺す為じゃないのか。横取りされたら困るもんな。


「貴方は死ぬわ、私が殺すもの」


「パロるな!!」


もう僕には小鳥遊がわからない。飄々とした態度でなんなんだこいつは……。


「冗談は置いても、伊藤君は心配しなくていいから。私にも殺人一族《鳥辺野座》の一員としてのプライドがあるし、他所の殺し屋に伊藤君は殺させない」


「それはありがたいね……」


「だから今日から伊藤君もうちで暮らそう」


え、なんで?

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