2月12日(午前2)
「なんで? ねえ……どういうことかな?」
呆然と立ち尽くす小鳥遊と、上手い言葉が見つからない僕との間に気まずい沈黙が満ちる。
「え、うん? どういう話?」
久瀬が僕と小鳥遊をキョロキョロ見比べながら呟く。教室内がにわかにざわつき始める。どうやら僕らの間のただならない雰囲気が皆に伝わってしまったらしい。
「うーん……」
さて、どうするかと思っていた矢先、校内放送のチャイムが鳴り響いた。
『……あー、全校生徒のみなさん。突然ですが本日は臨時休校とします。くりかえします、本日は臨時休校とします……」
とたんに先ほどまでとは比べものにならない喧騒が爆発する。
「休校って何で? いきなりじゃない?」
「ラッキー! 数学のテスト延期じゃん!!」
「浮かれてる場合かよ、臨時休校って要は“そういうこと”だろ?」
「そういうことって何?」
「もしかして……また事件が?」
突然の休校だというのに、喜んでいる人間は少数で、大半は怯えたように声を潜めて噂話をしていた。
菱山市連続殺人事件。このところ連日ワイドショーを騒がしている事件だ。被害者は二人。いずれも菱山市在住の女性だが、それ以外に共通点もなく、警察は通り魔の犯行を疑っている。僕の通っている高校は件の菱山市に位置しており、先日から度々臨時休校となっていた。だから、今回の休校も事件絡みなのは間違いない。
「……休みは良いけど、手放しには喜べないぜ。なあ、小鳥遊?」
「…………」
小鳥遊は久瀬の言葉をまるで無視して僕を見続けている。彼女だけは校内放送が入る前とまったく変わらない。まるで、そんなことは些細な問題だと言わんばかりに。
「ねえ、伊藤君」
ややあって、小鳥遊が口を開いた。
「何?」
「これ、もう下校していいんだよね? ちょっと付き合ってくれないかな?」
「うーん……。まあ、いいけど」
正直言うと気が乗らない。結果はどうあれ、小鳥遊には昨日、殺されている。8年振りに死んでみて、やはり僕は死なないことがわかったけれど、だからと言って誰が好き好んで殺人犯と下校するというのか。
どう考えても、改めて殺される流れだろう。
とはいえ、断りにくいのも確かだ。
菱山市連続殺人事件の犯人はおそらく、小鳥遊に間違いないだろう。昨日殺人現場を見たし、僕も殺されている。状況証拠はばっちりだ。けれど、僕には第三者に対してそれを証明する手立てがない。
「僕はこいつに殺されたんです」
なんて、言えるわけないじゃない?
そうなると僕にも世間体ってものがある。僕を頼ってくれている(ように見えるはず)の女の子を見捨ててひとりで帰るのは僕の対外評価に大きなマイナスだ。
だから、しぶしぶ。
僕は小鳥遊の誘いを承諾した。
まあいいか。殺されても死ぬわけじゃないし。
◆
結論から言うと、殺されました。
今、僕の胸からは無骨なタクティカルナイフが生えている。数秒前、小鳥遊が目にも留まらぬ速さで取り出して、突き立ててきた結果だ。
「痛いよ、小鳥遊……」
僕は呻く。ちなみに、痛いのは本当だが、かなり鈍い痛みだ。普通ならこの数倍は痛いと思うんだけど、今は強く殴られた程度の痛みしか感じない。不思議だ。
「本当に死なない。どういうことかな? 説明してよ、伊藤君」
「説明と言われても、僕にも何がなんだか」
「わからないの?」
「……恥ずかしながら」
「……ありえない、こんなパターン……想定してない……どう対処すれば。……先代に相談? ……いや、どうせ適当にあしらわれるに決まって……」
小鳥遊は僕に背を向けると、小さな声で何やらぶつぶつ思案を始めてしまった。いや、できればこのナイフを抜いてからにして欲しいのですが。
「あのー、小鳥遊サン?」
「……何かな?」
「見逃してくれないかな? どうせ僕のことは殺せないんでしょ?」
これは軽い気持ちで言っただけだったのだが、「殺せない」という言葉は殺人鬼にとって地雷だったらしい。気付いたときには二本のアイスピックが僕の頸動脈を通過していて、僕は再び意識を失うことになった。
暗転。