2月12日(午前1)
ゆっくり朝風呂を楽しんでいたせいで、学校に着いたのは始業ギリギリのことだった。
「おはよー」
「久瀬か、おはよう」
教室に入った僕に声をかけてきたのは、友人の久瀬史郎だった。僕は適当に返事をしつつ、久瀬の隣の席に着く。
「遅かったな、寝坊か?」
「いや朝風呂」
「へー、優雅なもんだな」
久瀬は感心したように頷くが、朝風呂の理由が「身体にこびりついた血液を落とすため」だと知ったらどんなリアクションをとるのだろう。見てみたい気もするが、説明がややこしくなるので、やめておく。
「遅いといえば小鳥遊も遅いなー、サボりかねえ?」
久瀬は後方の席に目を向ける。もう始業間近でほとんどのクラスメイトが席についている中、その席だけは空席だった。
「小鳥遊はあれで真面目な方だろ。サボりはないと思うけど」
「どーだか。あいつ最近、授業中ずっと寝てるの知ってるだろ?」
「そうだったか?」
「そうだったかなって……伊藤、お前もう少し周りに興味持った方がいいと思うぜ?」
どうだろうか。少なくとも授業中は授業に集中した方が良い気がするけど。
なんてことを話していたら不意に教室後方の扉が開く音が響いた。
噂をすればなんとやら、ちょうど話題になっていた小鳥遊愛梨が登校してきていた。彼女は友人の女の子達と親しげに挨拶を交わしながら歩いてきて、僕と目が合った瞬間、まるで時が止まってしまったかのように硬直した。
「えっ……嘘。なんで、伊藤君……?」
その表情は驚愕と疑問に埋め尽くされていた。まるで、亡霊でも見たようなリアクションだが、それも不思議ではない。
何故なら今、彼女はこう思っているはずだから。
『どうして伊藤君が生きてるの? 昨日確実に“殺した”はずなのに』
と。
小鳥遊愛梨。
殺人犯と僕の、それが再会だった。