プロローグ
今、私は全力で走っている。塾の帰り道、重い教材をパンパンに詰め込んだリュックサックをガタンガタンと揺らしながら、それはもう、友人が見たなら“あれ、お前体育苦手じゃなかった?”って十人中十人訊いてくるであろうレベルの速さで走っている。正直、とてもきついです、はい。文化系なめんな!!
確かにね?兄貴に聞いてたよ?この辺に『ヤツ』が出るって。でもさ……でもさぁぁあ……
「こんな速いなんて聞いてねえよちきしょおおおおおお!!」
皆さんこんにちは。春日紫、只今小学六年生です。突然ですが、私は何故こんなに必死に走っているでしょうか?
「なんなの?口裂け女ってポマードって言ったら逃げるんじゃないの?おかしくね?!」
まあ、こういうことだ。私の背後……数メートル後ろからは、血のように真っ赤なコートをきっちり着込み、大きなマスクを付けた女が長い髪と鉈をぶんぶん振り回しながら追いかけてきていた。ところで、そんなに頭振ってたら目回るよね?いっそ、ヘビメタのバンド結成したら?生かせるよその特技。
ていうか、足速くない?口裂け女さん、おいくつですか?!
「命懸けの追いかけっことか笑えねえから本当!」
毒づきながら、必死に住宅街を駆け抜ける。塾から家までの距離は約五百メートル……いくら時間が遅めとはいえ、ここまで都合良く通行人が居ないとは。
ようやく自宅マンションが見えてくる。それにホッとしつつ、速攻で外扉の鍵を開け、閉めた。
「はっ、あああああぁぁ……」
一月だというのに、身体中が汗でべとべとで気持ち悪い。くそう腹立つ。
着ていた黒いダッフルコートのポケットから透明の包装紙に包まれた飴を取り出すと、未だに外扉の反対側に張り付いて恨めしそうにこっちを睨んでいる口裂け女に向かって放り投げた。
「喜べ、鼈甲飴だぞ」
若干嬉しそうな顔で包みを開け、好物の鼈甲飴を大きく裂けた口に入れる口裂け女ににっこりと笑いかける。そして、「ただし、」と付け加えた。
「紫特製、塩入り鼈甲飴だぜ☆」
次の瞬間、背後から絹を裂くような凄まじい悲鳴とじゅううっという目玉焼きが焼け焦げるような音を背中越しに聞きながら、私は自宅のある六階まで階段を駆け上がったのだった……
「あれえ?!私、もしかして都市伝説消しちゃった?!」
小学六年生、春日紫。もうすぐ中学生。
霊感系女子です。