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5.ノアの信号ノート

5.体育祭二ヶ月前、月曜日


 月曜の放課後、黒石を捕まえて仕事の状況を聞く。

「すみません」

 黒石の謝罪に、俺はため息をつく。黒石は実務上、会計に所属する。俺が頼んだ仕事と会計責任者の水原が投げた仕事の期限が重なっていた上、黒石は個別に体育委員長からの助っ人依頼も請け負っていた。その仕事量は、いくら黒石といえどもさすがに多かった。

「いや、お前は悪くない。指揮系統が混乱したな。悪かった。今後は全部、水原を通して頼むようにする。インタビュー記事は後回しでいい。体育祭が終わるまで放っておけ」

「はい。ですが、中村さんにお約束している第一稿の期限が」

 ICレコーダの録音を思い出す。期限は来週末か。

「それな、ノアに調整させる。気にするな。お前は忘れろ。それから、仕事は水原の指示優先だ。体育委員長の依頼はまだ時間あるはずだから、交渉して二日ぐらい延ばしてもらえ。俺の判断だって伝えろ。それならなんとかいけるか?」

 黒石の力量と仕事量をはかりにかけ、ギリギリのラインを提案する。

「はい、二日あれば大丈夫です。助かります。すみません」

 黒石が気落ちしたように言うので、その背中を叩いた。

「お前は、ほんとによくやってる。できるやつだ。みんながお前を見込んで仕事を回しすぎたな。これだけ抱えてこなしてたのがさすが黒石だから、落ち込むな。自分を誉めろ。な?」

 俺をみて、黒石は少しだけ笑った。

「ありがとうございます。会長は、ほんとにすごいです。判断が的確です」

 俺は笑う。

「当たり前だ。それなりに経験積んでんだ。俺を舐めんな」

 軽く言って黒石の頭をはたき、足早に次の打ち合わせに入った。

 会議室での打ち合わせを終え、生徒会室に戻って、ざっとあたりを見渡した。知らない顔と話し込んでいたノアを呼びつける。

「ノア!」

 ノアは走ってやってきた。

「インタビュー記事、第一稿が遅れるって中村さんに連絡入れろ。体育祭の後になる、十一月中に送るってな。メールで謝っておけ」

「は、はい。あの、私が書いた記事、これです」

 プリントアウトされた原稿を差し出される。受け取ったものの、読む暇がないので未決済書類箱に放り込んだ。

「後で読む」

 短く言って、会長専用パソコンを指さした。他の共有パソコンは全部使用中だ。

「メール送るのには俺のパソコン使え。沢野と黒石と俺にもCC入れとけ。全員のアドレスわかるな?」

「わ、わかります。はい」

 ノアが頷く。しかし、やはり危ないか。一段階チェックを入れることにした。

「メールができたら、中村さんに送る前に俺を呼べ。俺がオッケー出してから送れ。いいな」

「はい」

「よし、今から、とりあえずメール作れ。書き終わって、俺が捕まらなかったら、メールは下書き保存して、見回り再開しろ。メールの下書き保存の方法、わかるか」

「はい、わかります」

「じゃ、頼んだ」

 そう言ったところで、声がかかる。

「会長、相談ー」

 体育委員長の吉岡がプリントの束を振っていた。演目関連か。

「はいよ」

 答えて、さっさと吉岡の元へ行く。

 そんな調子で、あっという間に夜七時の定例会を迎えた。

 今日中の仕事終わってないやつ、という呼びかけに、四、五人が手を挙げる。先週より増えた人数に仕事が回らなくなってきていることを感じながら、内容を言わせて、それは明日でいい、これは誰それがフォローして今日中、と順次割り振る。

 期限が危ない仕事を持ってるやつ、という呼びかけにも数人が手を挙げる。

 体育祭の来賓への招待状送付が、また上がってきた。二度目だ。内容と宛先リストは先週チェック済みで、あとは送るだけのはず。

「どこで引っかかってる?」

 担当の女子生徒に聞くと、案内状の折り込み・封筒入れ・宛先シールと切手の貼りつけ、という答えが返ってきた。こりゃ、ほんとに人手の問題だな。出欠を取る招待状は数人だけだが、体育祭観覧を希望する卒業生数百人にも案内状と寄付金依頼書を送っている。その分が終わりそうにない、とのことだった。

 腕時計を見る。最終下校時刻まであと四十五分。この場にいるのは三十名弱。今日中の仕事で抜けるやつが数名。

 いけるか? ―――半分ぐらいなら、いけるな。早いうちに片づけた方がいい。

 会議室で声を張り上げた。

「悪いけどな、今日は全員残り! 招待状送付、全員で分担して今日明日で片づけよう。道具全部持ってきて、今からここで作業開始。体育委員長、指揮とって。終わらなかったら明日の放課後すぐ、この場にいる全員で終わるまで手伝ってやって」

 了解、と皆が頷く。

「今日中の仕事が終わってないやつは生徒会室な。じゃ、よろしく!」

 俺は生徒会室に引き上げる。今日中の仕事を抱えている三人のフォローを終えてからノアを呼ぶ。

「ノア、メールは?」

「はい、下書きしてます」

 早足でノアが寄ってくる。俺のノートパソコンを操作してメールを見せた。

 日限と内容、宛先をざっとチェックする。

「オッケー、送って」

「はい」

 ノアが目の前で送信ボタンを押した。

「あと、ノート」

「は、はい」

 ノートを渡される。その一ページ目を見て、眉をひそめた。

 名前、クラス、仕事、悩み事。

 確かに項目に沿って書かれているのだが、まず人数が多すぎる。十数人。そして内容が曖昧すぎる。苦しい、大変、困っている。心情だけ書かれても読みとれない。

「ノア、色分けしろ。誰がまずい?」

 蛍光ペンを三本、机の中から取り出した。

「お前の感覚でいい。赤がやばい、黄色が少しまずい、青は比較的安全。信号だと思って名前のとこを塗れ」

「あ、えと、はい」

「座れ」

 会長用の椅子にノアを座らせ、俺は打ち合わせテーブルからパイプ椅子持ってきて座る。

 ノアが悩みながら色をつけていく。真っ先に赤がついたやつのことを聞いた。

「この岩熊ってのは何で困ってる?」

 話しかけると、ノアの手が止まった。

「色分けしながら話せ」

「あ、ええと、はい。ええと、岩熊さんは、ですね」

 ノアの手が動かない。視線が俺とノートを行ったり来たりする。二つのことを同時進行は無理か。

「やっぱりいい。先に色分け」

「はい。すみません」

 慌てて、それでもずいぶん考えながら、ノアが色分けをする。

 赤が四、黄が六、青が五人。色分けが終わった時点で最終下校時刻のアナウンスが入った。

 どうするかな。ノアの感覚で赤なら多分、今日の黒石レベルでまずい。四人もいる。

 仕事は持ち帰るなという鉄則に反するのだが、放っておけない。自分で自分に特例を出す。

「ノア、悪い。今日もマック行きだ。仕事の話だ。奢る」

「あ、はい。大丈夫です、行きます」

 ノアに生徒会室の戸締りを頼み、俺は会議室へ戻る。長机に、封をして切手と宛先シールを貼った封筒の山ができていた。四分の三くらいは終わったか。俺は手を叩いて声を上げる。

「全員、キリのいいとこで手ぇ止めて。今日は終わり! また明日頼む、おつかれ!」

 流れ作業が止まり、お疲れさまでしたぁ、と挨拶して、続々と人がはける。

 吉岡が話しかけてきた。

「会長、悪い。手が回らん。助かった」

「いや、いい。これが片づけばあの子も落ち着いて次の仕事にいけるだろ。それにしても、だいぶ進んだな。俺の予想より早い。吉岡の仕切りが上手いんだな」

 そう言うと、吉岡が笑った。

「そー、かな」

「そうだろ。ほんと、よくやってるよ。明日もよろしくな」

 体育祭で一番プレッシャーを受けるのは体育委員長の吉岡だ。

 がんばろうな、との意味を込めて、吉岡の肩を叩いた。



「バニラシェイク?」

 聞くと、ノアは頷いた。

 ほんとに好きなんだな。呆れて注文し、いつもと同じ席に座る。

 ノートを前に、ノアがつっかえながら状況を話す。

 まずは赤く塗られた四人分の話を聞き、内心首をかしげる。

 仕事が多い、ミスをした、白線のひき方の手順がわからない、期限に間に合うか心配している、とそれぞれ理由は違うものの、全員、体育委員会の一年生だった。

 気のいい吉岡なら上手いこと面倒をみれるだろうと思っていたが、どういうことだ。

 手が回らん、と言っていた件か?

「この四人、上は誰だ?」

 聞くと、ノアが記憶を探るように片手で頭を押さえた。

「みなさん、山本先輩が担当なさってます。ええと、山本……」

 体育委員会の山本。

「二年六組の山本亜由美?」

 俺の言葉にノアが頷く。

「はい。あの、お話を聞かなければと思ったのですが、今日はお話できなくて……すみません」

「いや。お前には今日、メールもさせたしな。できる限りでいい」

「はい」

 山本亜由美。仕事はできるが、その分、我が強い。去年の体育祭で、仕事の押し付け合いになって俺と揉めたことがある。マネジメントが得意なタイプではない。

 どうやら部下と意思疎通ができてないな、と判断する。明日の昼休みにでも話に行くか。

 腕時計をみる。夜八時四十分。

「ノア、時間平気?」

「はい」

 ノアが頷くので、黄色に行くことにする。六人分の話を聞き終えて、それぞれの対処方法を考える。赤のボールペンで、要点だけノートに書き付けておく。この時点で、夜九時半。さすがに遅いか。

「今日は終わりな。悪かったな遅くまで」

「いえ、あの、大丈夫です。会長がよろしければ青の方のお話も」

「俺はいいけど。お前、家の近所明るい? 帰り道、危ないだろ」

「大丈夫です」

 ノアが珍しく強い調子で言い張るので、そのまま青の五人の話も聞く。青は確かに全員症状が軽い、しかし、放っておくと悪化する。そんな状態だった。

 すげぇ、という気持ちが起きる。ポンコツのくせによく見ている。いや、ポンコツだからなのか。

「ノア」

「はい」

「よくできた」

 手を伸ばしてノアの頭をなでる。

「ほんと、ですか」

 ノアは笑顔を見せた。

 へぇ、とその顔を眺める。ウサギを飼ったらこんな気分か、と、そんなことを連想した。

 夜十時過ぎになっていた。ノアは地下鉄、俺はJRで通っている。地下鉄の駅までノアを送ってから、俺は帰った。

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