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2.乃亜ちゃんのことよろしくね、会長

2.体育祭二ヶ月前、水曜日


 翌日の放課後も決済や打ち合わせであっという間に時間が過ぎ、黒石と話す暇がなかった。

 夜七時の定例会で全員の進捗を確認した後、告げる。

「よし、解散。黒石と沢野、話があるから残って。おつかれ」

 今日中の仕事を終わらせている黒石がきょとんとする。黒石が居残りになることなど滅多にない。

 最終下校時刻まで時間がないので、肝心な箇所だけICレコーダを再生する。

『あの、何か、ありましたか』

 その後、最後まで、ふたりに聞かせる。沢野が目を丸くした。

「さすが乃亜ちゃん」

 感心して呟くので、どういうことだと目で返す。

「なんかね、乃亜ちゃんが相手だと何でも話しちゃうんだよね。インタビュアーに適任だとは思ってたけど、ここまでやるとは」

「へぇ」

 俺が昨日話した時は、そんな風には思わなかったが。

「黒石、ここ何があった? お前気づいた?」

「いえ、中村さんは普通にお話なさってました。表情も仕草も、特に変わったところは何も。俺は気づきませんでした」

 黒石の答えは的確だ。

「そっか。どうするかな。ノアって記事書けるか? 沢野の見た感じ、どう?」

 俺の問いに、沢野が顔を曇らせる。

「どうかな。実務は頼りないね。全部書き直しかも」

 ベテランは率直に部下を評価した。

「じゃ、記事起こしは黒石な。手、空くか?」

「はい。先に予算関連をしますので、来週の水曜まででよければ書けます」

「おっけ。黒石、音声データコピーしてノアにも渡して書かせてみろ」

「え。二重に書くんですか?」

 俺の効率重視主義を知っている黒石が驚いて聞き返す。

「ああ、試しにノアにも書かせてみる。パソコン一台占領するけど、まぁいいだろ。コンペでどっちか採用ってことで。黒石、ノアに元データ渡すなよ。あいつ間違って消すかも。このレコーダもなくしかけてたから危ないわ」

「了解しました。すみません、昨日ばたばたしてしまって、そこまで気が回らなくて」

 黒石が素直に謝る。察しの良い後輩に、俺は笑った。

「お前は充分気ぃ回ってるよ。期待してる。じゃ、お前は解散な」

「はい、データをパソコンに移したら帰ります」

 ICレコーダを俺から受け取って、黒石がパソコン向かう。

 沢野が言った。

「乃亜にしたの? 呼び方」

「ああ、うん。昨日あいつ泣いてたから、マックで面談してな。生徒会やめようかって思い詰めてたから引き留めといた」

 ノアの上司の沢野には、マックでのやりとりをざっくり説明しておく。沢野が眉をひそめる。

「乃亜ちゃん、そこまで思い詰めてたか。フォローが足りなかったな」

「いや、お前はよくやってるだろ。ただ、あいつは客観的に見ても沢野の足をひっぱってるな。書記からは外す。俺の直属にして使いどころを考える」

「でも、どの仕事が向いてるかって言ったら書記が一番無難だと思うけど」

 会計、書記、副会長、会長という生徒会役員とその部下、あるいは各委員会。主な仕事はカテゴリ分けされるのだが、ノアはどうやら、そもそも実務に向かない。

「んー、なんかな、ちょっと違うポジションに置いてみる」

「どこ?」

「考える」

 へぇ、と沢野が呟く。

「珍しいね。即断即決の会長が、『考える』なんて」

「たまにはな。だから考えてる間、ノアには記事書かせとけ。それなら邪魔にもならんだろ」

「まぁ、そうね」

 邪魔呼ばわりに渋い顔をしつつ、沢野が同意する。

 三年生の卒業文集作成のリーダーは沢野だ。うちの高校では、印刷会社に依頼して、きちんと製本した文集を作る。文化祭や体育祭など各行事の写真はもちろん、卒業した有名人のインタビュー記事、時事問題に関する生徒の論文や、各担任の談話も載せる。卒業文集というよりは、その年の高校の歴史を残す校史の意味合いが強い。三年生だけでなく、全校生徒に配られる。卒業生にも、希望者には有料で送られる。毎年、発行部数は三千部を超える。

「とりあえず、インタビュー仕事にはノアを出す。黒石とセット。ふたりがかりってのは、ちと効率悪いが、ノアはひとりじゃ無理だろ。次のインタビュー仕事いつ?」

「まだ調整中だけど、とりあえず体育祭明け」

 スケジュール帳を見るでもなく、沢野がよどみなく答える。さすがベテラン、仕事の大方は頭に入っている。

「おっけ。そしたらノアが記事書き終わるまえにポジション決めるわ。記事起こし、ノアだとどのくらいかかる?」

「そうねぇ、乃亜ちゃんなら丸三日」

 沢野の回答に、俺は笑う。要点をまとめるだけだ。俺や沢野なら一日もかからない。

「遅いな」

「まぁ、人それぞれだからね」

「だな。責めてはない」

 使えないやつを使えないと切り捨てたら生徒会なんざ成り立たない。適材適所を行うのが会長の仕事だ。

 沢野が深いため息をついた。

「フォローできなかったかぁ。乃亜ちゃんごめんー」

「だから、沢野はよくやったって。俺もな、昨日初めてあいつとちゃんと話してみて愕然としたわ。今まで気づかなくて悪かった。いいから、ノアは俺に引き渡して」

 落ち込んでいるらしい沢野の癖っ毛をぐしゃりとかき回す。

「沢野。気持ち切り替えろ。これからどんどん忙しくなる」

「うん、わかってる。じゃ、乃亜ちゃんのことよろしくね、会長」

 盟友沢野が、拳で俺の肩を押した。

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