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11-2.ノア、終電を逃す。「……お前、帰れるの?」

11-2.体育祭二週間前、木曜


 生徒会室で、黒石含め水原部下六名と沢野配下五名、合計十一人を、まとめて面倒みる。

 水原はパソコン上に、沢野は書類に、各自の仕事と日限を書き付けて共有していた。さすがベテラン達だった。

 十一人に指示つつ、水原の会計仕事を俺がやる。俺も会計出身だ。要領はわかっている。演目ごとの点数配分一覧を見ながら、当日順位を打ち込めば自動的に点数集計ができるようにパソコンで集計表を作っていく。新競技以外は去年の書式をそのまま持ってくる。雛形を完成させてミスがないかチェックをしていると、隣のパソコンで仕事していた黒石が目を丸くした。

「会長、作るの速い……ですね」

 ああ?

「元会計だからな。ただ俺も全部はやれないから、お前にも水原の分回すぞ。ここで遅れを出したらあとに響く。黒石、普段の一・五倍速出せ。お前ならできる。成長するのにちょうどいい機会だ」

 数式を直しながら言えば、黒石は頷いた。黙々と隣でキーボードを叩く。

「会長、チェックお願いします」

 体育委員会のリーダーの一人が、書類の束を持って来る。

「うん」

 演目ごとの白線指示と生徒動線、道具配置だった。

 全演目分を確認し、白線指示と生徒動線の食い違いを指摘する。

「修正したらもっかい見せてなー」

 はい、と返事をして、リーダーが帰っていく。

「会長、ちょっといいですか」

 沢野配下のうちの一人が俺を呼ぶ。その顔色を見て、話が長引きそうだなと判断する。

「黒石、自分の仕事終わったら集計表のチェックやっといて。ここまで終わってる。今日中な」

 パソコン画面を指さして集計表の残りを黒石に丸投げし、席を立って隣のテーブルに行く。

 沢野配下と話し込んでいると、別のやつから声がかかる。

「会長ー」

「はいよ」

 書類をチェックして修正指示を出し、再び沢野配下との話に戻る。話を終えて黒石含め水原配下のフォローに入る。そんな調子で水原と沢野と自分の仕事をこなし、その日を過ごした。



 最終下校時刻を迎え、ノアを連れてマックになだれ込む。水原と沢野、ふたりの主力を手放したのはさすがにつらい。

「あー……」

 頭が回転しすぎて焼き付いている。アイスコーヒーを諦めてバニラシェイクを頼む。

 糖分。糖分が必要だ。

 ストローから重い液体を吸い込めば、甘い味が口中に広がった。

「ノア、ちょっと待ってろ」

 山本の状況を聞く前に、自分の頭を整理しなければ。

 水原、沢野、俺。三人分の仕事の段取りを計算し、手帳に目安を書き込んでおく。きついな。明日もこれか。沢野が戻るのはさらに一日後か。

 これでは俺が黄信号だ、赤まで行きそうだな。しばらくテーブルにうつ伏せて、オーバーヒートした脳を休ませる。

 うっかりそのまま眠りそうになって、ノアに財布を渡した。

「アイスコーヒー買ってきて」

「あ、はい」

 ノアがおとなしく席を立つ。ノアが戻ってくるまで、と、再びテーブルにうつ伏せた。

「あの、会長」

 控えめに声をかけられて顔を上げる。

「終電ではないですか」

 何を言われているのかわからず、聞き返す。

「は?」

「会長の電車が、なくなりそうですが、お時間は大丈夫ですか」

「は……?」

 アイスコーヒーを頼んだはずだが。脇に置かれた透明のプラスチックカップに目をやれば、中の氷はすべて溶けていた。周りの水滴が落ちて、テーブルに水たまりを作っている。

 何時だ。

 腕時計をみる。

 夜十一時半。

 状況を理解して血の気が引いた。本気で寝たか、俺は。

「お前……、お前、さっさと起こせ、バカか!」

 思わずノアを怒鳴りつける。向かいでノアが身を竦めた。

「あああ、あの、お疲れのようでしたので、す、すみません」

 地下鉄はJRより終電が早い。俺はまだ間に合うが、この時間は。

「ノアの終電は? 間に合うか?」

「あ、えと、電話をしますので、大丈夫です」

 その言い草。終電には間に合わないってことか。

「電話して、どうすんの? 親が迎えに来る?」

「いえ、あの、そういうわけではないのですが」

 ああ?

 うろたえたようなノアの表情に、嫌な予感がした。

「……お前、帰れるの?」

「ええと、ですね」

 ノアがなかなか答えない。

「ノアの家ってどこ? お前の親、車持ってる? 持っててもこの時間だと酒飲んでない?」

「あの、ですね、とにかく、大丈夫です。会長は、お帰りください。お早めに」

 俺だけ帰ってどうするんだ。このポンコツはどうやって家に帰るつもりだ。

「お前どうする気? 友達の家とか行く宛あるの?」

「いえ、あの」

 問いつめている間に、俺の終電の時間が迫ってくる。

「時間がない。はっきりしろ。これからどこに行くのか言え」

 低く脅すと、ノアが俯いて呟いた。

「あの、学校に、戻ります。大丈夫、です」

 学校って。学校に泊まる気か。

 呆れてノアを見る。

「夜の学校に女一人で泊まるなんざ論外だ。危なすぎる」

 沢野、水原、山本。女の家を思い浮かべるが、全員地下鉄通学だ。

「ちょっと、しょうがないから。お前、今日はうちに来い。うちに泊まれ」

「は……、いえ、あの、そんなご迷惑は」

 ノアが呆然として顔を上げる。

「違う。迷惑かけたのは俺だ。行くぞ」

 ノアの歩きの遅さを考えると、俺の家でも終電がやばい。ノアの腕ををつかんで無理矢理立たせ、内心店員に謝りつつ飲み物をテーブルに残したまま、足早にマクドナルドを出た。



 終電にはなんとか間に合った。電車の中でノアに命じる。

「とにかく早く親に連絡しろ。心配してるだろ」

「は、はい、あの、しかし、電車内ですので」

「電話がダメならメールで連絡」

 ノアが車内を見回した。

「あ、ええと、ですね、携帯電話の使用はお控えくださいと、表示がありますから」

「いい。んなもん誰も守ってないから。メールしろ。メール」

「ええと、はい」

 慌てて、ノアがカバンから携帯電話を取り出す。

 メールを打ち出した。が。

 その内容が見えて、眉をひそめる。

 英語だ。

「家では英語使ってんの?」

「あ、はい。父がイギリス人で母がアメリカ人ですので」

 は?

 ノアの顔をみる。ノアは純日本人に見えるのだが。

 日系外国人ってことか? 内心首をかしげると、ノアが俺を見上げて早口で言った。

「あの、私、養子なんです。国籍は日本にありますので、私はおそらく日本人なのですが、どこの県で生まれたとか、詳しいことは、ちょっと、はっきりしなくて、ですね。誕生日も、おそらくその日ぐらいの生まれだろう、ということで設定をしておりまして、血液型も星座もわかりませんし、占いなどは」

 そのまま何もかも話しそうな勢いなので、ストップをかけた。

「待て。黙れ」

 ぴたりとノアが固まる。

「す、すみません。不愉快な、お話を、してしまいました」

 ノアがぎこちなく言う。泣きそうな顔に見えた。

「違う。俺は不愉快じゃない。お前、俺に言いたいならいいけど、言いたくないなら無理して言うな。誰か学校のやつはこのこと知ってるのか」

 ノアは俯いた。

「先生方は、ご存知かと思いますが、他の方はどうでしょうか。気づいている方は、いらっしゃるかも、しれません。私、やはり、少し、変ですので」

 学校では誰にも言ってないってことか。

 ノアが俺に深々と頭を下げた。涙声で言った。

「生徒会に入ったときに、会長には、養子だと申し上げておくべきでした。私が変なことを、最初に、きちんとお伝えするべきでした。今まで黙っていて、ほんとうに、すみません」

 ―――すみません。

 マクドナルドでブラジルにいたと話したとき、ノアが謝った。理由を聞いても曖昧に言葉を濁した。それはこのことだったのか。

 俯いたままのノアの頭に手を置いた。

「ノア。泣くな。大丈夫だ。言うかどうかはお前の自由だ。俺は誰にも言わないし、お前を変だとも思わないから。お前はまぁ、変わってるが、それは許容範囲内だ。性格に天然入ってるなって思うだけだ」

「天然、ですか。自然の産物ですか。……性格が自然由来とは、どういう……」

 俺の手を頭に載せたまま、ノアが涙目で俺を見上げる。

 性格が天然。どう説明すればいいのか。

 人より多少ずれてる、ってことだが、そう言うとまた言葉通りに取るだろうな。

 いい意味の方を言っておく。

「かわいいとか、そういう意味だな」

 ノアは赤くなった。手で涙をぬぐった。

「それは、誉め言葉、ですね。ありがとう、ございます」

 それからノアはメールを送った。すぐに返信が来たが、ノアはそれを一瞬見て驚いたように携帯画面を伏せた。その様子がなにやら変なので、もしかして外泊は不可か、と携帯電話をとりあげる。

 送信元は、母親らしき名前。英文だったが、訳すると。

 ―――初体験おめでとう! 日本ではお赤飯を炊くのかしらね。避妊はしっかりね!

 オープンな内容にぎょっとしつつ、なるほどアメリカ人ならそうくるか、と吹き出す。

「いい親だな。まぁ、明日家に帰ったら、誤解は解いとけよ」

 笑いながら携帯電話を返すと、ノアは真っ赤になった。

「は、はい。す、すみません」

 携帯電話をカバンに入れ、しばらくして、ノアはぽつりと聞いた。

「いい親、ですか」

「いい親だな。そのメールを見る限り、お前は親にしっかり愛されてるな。違うか?」

 ノアは俺を見て、まだ赤い顔で、それでも嬉しそうに笑った。

「会長がおっしゃる通りです。いい親です。私は両親が大好きです」

「だろ」

 俺は笑って、またノアの頭をなでた。



 家にたどり着いたときには深夜十二時半だった。俺の両親はすでに寝ていた。朝起きたらノアがいることに驚くだろうが、まぁ仕方ない。

「こっち。今日はこの部屋使え」

 ノアを姉の部屋に通す。姉は大学進学の為、すでに家を出ている。クローゼットを勝手にあさり、帰省時用の下着類一式とパジャマ、まだ残っていた制服のブラウスを引っ張り出して、ノアに渡した。

「中古で悪いな。これ使え。下着とブラウスは返さなくていい」

「あ、ええと、お返しします。我が家で洗濯しまして、はい」

「いい。俺の姉貴もアバウトなやつなんでな。下着が一式消えたところで、どうせ気づかんだろ。ブラウスはもう使わないしな」

「そう、ですか。それでは、はい。ありがたく、いただきます」

 ノアがぺこりと頭を下げる。

「そういや、山本どうだった?」

 思い出して聞くと、ノアは笑みを見せた。

「だいぶ、落ち着いていらっしゃいました。青信号です」

 ノア効果が出たか。このまま一気に解決した方がいいな。

「じゃぁな、お前、明日も山本に張り付け。俺の指示だって言っとけ」

「はい、そうします」

 ノアを連れて、風呂の使い方やらドライヤーの場所を説明し、タオルを渡す。

「風呂入ったら寝ろ。明日は朝七時に家を出る」

「あ、はい。会長、お風呂、お先にどうぞ」

「いい。俺は明日の朝、入るから。じゃ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

 ノアがパジャマを抱えて頭を下げる。

 後輩が家にいるってのは妙な感覚だな、と思いつつ、俺はさっさと自室で寝た。

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