第十二話 襲撃―前
這い出した影が晴れるとそこには三つの人影が存在していた。
その存在感に空間が軋み揺らめき、烈風が辺りを舐めまわす。
「新手か? しかも…」
「ええ、かなりの使い手ですね」
隣に並ぶように歩いて来たドーラが言葉を続ける。
「この感じ……人ではなさそうですね」
「まぁあれほど大層な登場の仕方だからな。あんなことが出来る同族はごめんだ」
冗談めかして言ってから鼻をならすと隣でドーラが笑う。
「ちなみに空間を形成して移動に使用するのはかなり難しいのです。あの人たちが手練れなのは確定ですね」
ドーラが指先で虚空に円を描き、初めて会った時のように空間を歪めて裂いてみせる。
ちなみにドーラの腕はサイズは変わらないものの、人間のそれでは無く、龍のそれになっている。
「へぇ、なかなか骨がありそうなのが来たじゃないか。しかもちょうど三匹か。一匹も〜らい」
私の隣に来た師匠が放り投げた剣を拾い、肩に担ぎあげて高らかに宣言している。というか剣が巨大なので私に当たりそうで気が気でない。
「なるほどねぇ。こいつらはアレがここに来るまでの足止め役ってことか。別に逃げやしないってのにね」
師匠は足下に転がっているアサシンの死体を蹴りつけながら口の端を吊り上げる。
…何というか、非常に不謹慎な行動なのだが、それを咎めることは出来ない。単純に怖いからだ。
「君たちが僕らの敵かな? …えーと、確か、白銀の二つ名を持ってる傭兵だったよね、ミーア?」
人影の一つ、露出度が高い割にやたらと袖が長い服を着た黒髪の男が首を傾げながら隣の仲間に聞いている。優男然とした雰囲気を醸し出しているが、一挙手一投足に一切隙は見いだせない。
ちなみに白銀などと大層な名前を付けたのも広めたのもアレクだ。正直いい迷惑なのだが、過去に一度、文句を口にしたら泣かれそうになったので、以降、黙認、というか無視を決め込むことにしている。
「ふふ、エラン。私だって詳しい情報は持っていないのよ? けどあの雰囲気…、どうやらあの坊やがターゲットのようね」
ミーアと呼ばれた黒いローブを着こんだ女が答えを返しながら、これ見よがしに舌なめずりをする。その姿はさながら蛇のようであり、正直ぞっとしない。
「そんなものどっちでも構わないだろ。姿を見られたからには全員消すんだからな」
他の二人より頭一つ二つ上背がある禿頭の男が目を細めて私を睨みつける。全身に巻かれている鎖の装飾を音を鳴らしながら弄り回している。
「それにしても、俺達も馬鹿にされたものだ。たかだか人間二匹と半龍一匹に全員が呼び出されるとはな。しかも女が混ざってるじゃねーか」
卑しく嘲笑いながら私の隣にいる師匠に視線をぶつける。その視線にはあからさまな侮蔑の意が込められている。
その視線を受けた師匠は不意に俯き、顔を長い髪で隠してしまう。
……ピンチだ。冷汗が止まらない。震えも止まらない。今すぐここから逃げ出したい。
これは敵に気圧されたとか、怯えているとか、そういった理由からではない。
理由はもう少し身近なところにあったりする。
数秒後、どこらからともなく背筋を舐められるような錯覚を伴う笑い声がし、眩暈を催す程の殺気が辺りを蹂躙する。
「………ヒャ、ヒャハハハハッ!!! アイツ、オレにガンつけやがったよ! いい度胸だ! オレはあいつを貰うぜ!」
間。
「………オレですか? え、えーとこれは一体…?」
皮膚を差す激烈な殺気に感づき、頬をひくつかせながら私の方を向き…即座に視線を前に戻す。おそらく私の方を向こうとして師匠が目に入ってしまったのだろう。
龍すら恐れて視線を外してしまうのだから、どれほど異常な気配をまとっているか、今更説明は不要であろう。
「………まぁ、アレだ。二重人格みたいなものだ」
…解説がやや投げやりなのは致し方あるまい。
私とてそれほど詳しく知らないのだ。
「前は宿屋の主人に馬鹿にされた時にあの人格が出てきて……町が半壊したな」
「………何と言えばいいか」
私の解説にさらに頬をひきつらせ、やはり前を向いたまま固まっている。
それなりに長い間、師匠と付き合っている私ですら横を見たくない。というか見れない。
この状態の師匠を見るのはこれで三回目になるだろうか。
魔法を使う者は大抵、自らに限界点というものを設けている。当然、私やアレク、もはや人外と言っても過言ではない師匠ですら例外ではない。
前にも話したが、魔力は生命力を還元しているのだから、自らの魔力限度を超えて魔法を使うことは、即ち生命を削ることと同意であるからだ。
仮にコレが外れると、身体に多大な負担を掛ける代わりに通常時よりも遙かに高い魔力が生成でき、戦闘能力は飛躍的に向上するのだ。
今の師匠はそのリミッターを手加減しているものの、半分ほど外している状態にある。
全開に外したところを過去に見たことがあるが、その時の非常識なほどの強さがこそが、師匠が『世界最強』と呼ばれる所以なのだ。
「………コレ、いらねーな。やるよ」
師匠は数歩前に出てそう言うと、手に持っていた赤剣を私に放り投げる。
が、抜き身の大剣、しかも投げつけてきた人物が人物である。当然、受け止めることなど出来ず、身を捩って迫り来る大剣をかわす。
風圧で服が裂け、脇腹から血が噴き出す。大剣は後ろでカウンターを両断し突き刺さり、ようやく止まる。
「……危ないで」
「何か言ったか?」
「………何でもないです。はい、何でもないです」
途中まで出かかった言葉を命欲しさに飲み込み、目を逸らす。
臆病者ということなかれ。絶対的な恐怖には人間誰しも頭を垂れるしかないのだ。
「…お前、何者だ? 本当に………人間か?」
大男が師匠から発せられる異常とも言える殺気と魔力に気づき目を見開いてこちらに問いかけてくる。その隣の二人も同様にあまりの気当たりに動けないでいる。
「……知るか。むしろ私が聞きたいと」
「何か言ったか?」
「………何でもないです。はい、何でもないです」
出かかった言葉を再び飲み込み、またも目を逸らす。
その私の様子に不機嫌そうにブツブツと何か呟いていた師匠だが、不意にニヤリと笑みを浮かべる。
その笑みは大男の卑しい笑みとは質が違う。魔物であるはずの大男よりも禍々しく、狂々しく、血が滴るように凶暴な笑みだ。
並の人間では向けられるだけで心臓が止まるのではないだろうか?
「ま、こういう時は八つ当たりでもしてイライラを解消するもんだ」
そう言って四足獣のように身体を丸め、息を吐き出す。
「………マズイっ! 逃げるんだジェネ!!」
一見、意図が分からないその行動に、いち早く反応したのはエランと呼ばれた魔物の男であった。
それとほぼ同時、空気が爆ぜ割れる音を残して師匠の姿が掻き消える。
「……な」
「おっせえよ」
その声とともに、ジェネと呼ばれた大男の前に師匠の姿が現れる。
そしてジェネの額に、銃を模して折り曲げられた右手を宛がう。
まるで押し当てられた人差し指に見えない鎖でもあるようにジェネは身動き一つ取れずにいる。というか師匠以外、私も含め全員、少しも動けてなどいない。それほど桁違いに動きが速いのだ。
おそらく過剰魔力を身体能力の向上に多く使っているのだろう。
「ドラゴンの餓鬼! 全員をもっと広い所に飛ばせ! 大至急だ!!」
「うぇ!? あっ、はい、わかりました!」
出来る出来ないを聞かずに、師匠がドーラに命令する。
この狭くはないが、広いとも言い難い酒場で戦闘をするのは不利と踏んだのだろう。
…いや、自らの故郷であるこの町が戦闘で破壊されるのを危惧したのか。
「邪魔になったら普通の奴も殺しちまうしな!」
………違った。
私が場違いな片頭痛に額を押さえていると、視界に入る木の床が短い草が生えている地面に変わる。
顔を上げ、視界に映ったのは壊れたテーブルでも割れた酒瓶でもなかった。目の前に広がるのはどこまでも広がる草原、ただそれだけだ。
「何分即興なので……エーデル平原まで飛ばすのが限界でした」
…エーデル平原―――確かセレーヌのすぐ近くにある草原だったはずだ。
やはりというか、今更というか……、私たちを全員まとめて移動させるとは、さすがロキ級との混血といったところか。
「……ハ、お誂え向きの場所じゃねーか! じゃあ、オメェはこっちだ!」
一通り周りを眺めた後、満足したように呟き、師匠は右手でジェネの額を小突く。
たったそれだけの行為で、見上げるほど上背のあるジェネが吹き飛ぶ。
「そっちの二体はオメェらが殺れよ。一体は持ってやるんだからな」
そう言うと師匠は狂ったように嗤いながら悠然とジェネが吹き飛んだ方向に歩いていってしまう。
「………僕、白銀さんを見て思ったんです」
固まったまま動けずにいる、エラン、ミーアの隣を構えもせずに歩く師匠の背を見て、ドーラがうわ言のように呟く。
「あなたの周りには普通の女性は集まらないんですね」
………余計な御世話だ。
何度か書きなおしたため、かなり投稿が遅くなりました…。
次回は戦闘ですので割と早い…筈です。




