第十一話 続・史上最強の師匠
後書きに今作の魔法の概念を書いています。
おヒマでしたら……。
「へぇ、アサシンが五人にウィザードが四人か」
値踏みするように展開した暗殺者集団を見やる師匠は相変わらずニヤニヤと笑みを浮かべている。
暗殺者は基本的に手練れの者はごく少数、そうでない者は集団で動いている。
質が良いならば量で押す必要も無いし、質が無いならば量で押すしかない、というわけだ。
相手側は入ってきて早々、頭を撃ち抜かれたアサシンを含めて十人。少なくとも手練れの部類では無いだろう。
「クレインさん……困りますよ。毎度毎度………」
「あははは。ごめん! マスター。そこいらのクリーニング代はきっちり出すからさ」
口を尖らせながら文句を言う酒場の店主に血だらけになっている壁を指差しながら謝る師匠。
未だ何か言いたそうな顔をしている店主だったが諦めたようにカウンターの近くにある裏口から出て行く。酒場にいた他の者たちも手早くそれに続く。
そのあまりに乱れのない動きを目にして思わず頬が歪む。
「師匠…まさか前にもおなじよう」
「さぁ〜、まずは頭数減らしちゃおうかな!」
私の呟きを遮るようにして、腕を組みながらしきりに頭を振る師匠を見ていると何か無性に悲しくなってくる。
暗殺者の方を見ると混乱しているのか間隔を取ってこちらの様子を窺っている。
あちらからすればターゲットは私、もしくは私とコンタクトを取っているドーラだったはずだ。
だが実際に仲間を葬り、未だにふてぶてしく笑っているのは情報に無い絶世の美女。修羅場を幾つも潜り抜けているであろう暗殺者とはいえ、さすがに二の足を踏んでいるらしい。
「我は血を代償にする。骨を代償にする。命を代償にする。赤き血を流せ。白き骨を砕け。黒き命をすり潰せ。全てを贄に我は星屑の欠片を呼び出す」
組んでいた手を放し眼前に両掌を合わせて呪言を呟くと師匠の前に黄色の集束陣が展開される。複雑さからして破戒陣級か。
通常、集束陣の展開に必要な呪言は圧縮に圧縮を重ねた言語で行うため一言二言、『キー』となる言葉を唱えるだけで事は足りるのだ。
無論、詠唱を短くすれば維持に集中力が必要であったり、威力が下がるなどの弊害が起こるのだが、実戦に使うにはそれらのリスクを負ってでもスピードが求められる。
現在でも、少しでも短く、少しでも速く、と様々な国で研究が続けられている。
しかし、師匠はこれを使わない。むしろ相手に聞こえるように詠唱する。
あの人曰く『相手が何してきても関係無いから』だそうだ。
「落ちろ」
集束陣に手をかざすとそれが明滅、次の瞬間、幾筋もの雷光が蛇のようにのたうちながら暗殺者たちに向かう。
「防げっ!」
もちろんあちらも黙っていない。ウィザードたちが前に出ると赤い集束陣を展開、炎の壁が雷を防ぐために現れる。その数四枚。
「アレでは………」
「アレじゃあな………」
私とドーラが異口同音に呟きを漏らした瞬間に雷の蛇が炎の壁と衝突する。
均衡する間も無く一瞬で雷が四枚の壁を喰い破ると暗殺者たちに突き進む。
前方にいて自らの魔法がいとも容易く破られたウィザードは反応が遅れる。
ウイザードの一人が蛇の一匹に襲われ、抵抗の間も無くその身を取り込まれて黒焦げになって打ち捨てられる。他の三人も同様に黒焦げになって床を舐めていた。
人間を飲み込み、尚、一向に威力が落ちない雷の蛇は残ったアサシンたちにも襲い掛かるが、それをかろうじて左右に飛んでかわす。
雷が壁を破壊する。砂煙が舞い上がり一瞬、その場にいた全員の視界を奪う。
師匠はそれを確認すると両掌を合わせて呪言を詠唱し始める。
「―――…い来い。空間などただの紙。我の腕は時空の刃。隔てる物など塵に等しい。撃ち抜け! 引き裂け! 突き破れ! 条理を破って常軌を逸しろ!!」
先程よりも長い呪言を叫びながら突き上げた師匠の右腕の先には無色の集束陣が展開する。
「出て来い!」
そしてその集束陣を突き上げた腕で『切り裂く』。
一瞬視界から消えた師匠の腕が再び現れた時にはその手には身の丈よりも遙かに大きい赤剣が握られていた。
「ちょ………何故、人が空間を操れるんですか?」
驚愕を隠すことが出来ずにドーラが思わず私に聞いて来る。
師匠が使ったのは魔法の中でも格段に難しいとされている無属性の時空間系の魔法だ。
時空間魔法はその扱いづらさもさることながら、使用者への負担も酷く重いのだ。
下手な者が無闇に使おうものならば自らが次元の挟間に引き込まれる危険さえある。
それ故、上位の魔法使いが数日掛かりでありとあらゆる物を用意してこれまた数日掛かりで詠唱をして使う以外、人間にはほとんど使いこなせる魔法ではないのだ。
が、目の前で唱えられたアレはどう考えても何の用意もされていない即興魔法である。
「……まぁ、スペックが違うからな」
「………そ、そうなんですか?」
正直なところ、そうとしか言いようがない。昔、本人に聞いてみたのだが『みんな出来るんじゃないのか?』と完全に的外れな事を言っていた。
無機物しか移動出来ない、とも言っていたが、それでもやはり人の限界など余裕で超えているのは疑いようも無いであろう。
砂煙を破り疾走してくるアサシンの一人が短刀を逆手に持って師匠に斬りかかる。
「無駄だな」
短い言葉とともに雷光が迸る。
一刀目。最初に突っかかってきた右側のアサシンを振り抜く勢いのまま武器ごと真一文字に切り裂く。その剣風に周りの砂煙が吹き飛ぶ。
切り裂かれた仲間に目もくれず残ったアサシンが一斉に師匠に殺到する。
完全な死に体。絶妙なタイミング。右に流れた刃を戻す時間も無くその身を四本の短刀が貫く―――わけも無い。
二刀目。突如腕力だけで強引に戻ってきた大剣が迫りくる短刀全てをあらぬ方向に弾く。
口元しか見えないがアサシンの顔にはありありと驚愕の表情が、師匠の顔には凶暴な笑みが浮かぶ。
三刀目。驚愕が張り付いた首の一つが宙を舞う。血煙が舞い上がり黒装束を赤に、赤髪を深紅に染め上げる。
口元に付いた返り血を舌を伸ばして舐め取り、笑みを更に深く、動きは更に速くなる。
瞬きの間も無く、師匠は残った三人の足下に飛び込んでいく。
四刀目。しゃがんだまま逆袈裟に振り上げられた大剣はアサシン二人の胴をまとめて両断する。
最後の一人の動きに僅かな逡巡が生まれる。攻めるにしても退くにしても致命的な停滞だ。
五刀目―――は無い。何の躊躇いも無く振り切った剣を手放し、未だ動き出せない残りの一人の眼窩に黒い布ごと指を滑り込ませる。
神経を引き千切るようにして指が引き抜かれると痛みのあまり絶叫しながらアサシンがのた打ち回る。その首元をブーツで抑えると一気に踏み抜いて頸骨が破壊される。
「んよし。一丁上がりだな」
「………僕、あの人怖いです」
手に付いた血を比較的汚れていないアサシンの服で拭っている師匠を見ながら隣でドーラが怯えたように呟く。
……そこは全面的に肯定せざるを得ないのが弟子としては非常に悲しい。
それにしても、だ。
私の中で新たな疑問が芽生える。
「本気でこちらを狙ってくるには戦力が少なすぎるな………」
前回の大規模な襲撃が失敗したのなら今回の襲撃の敵戦力がそれ以下なわけは無い。
そうでないとすれば何か他に目的があるのか。例えば陽動……?
そこまで考えて血液が沸騰するような感覚が全身を襲う。
まさか、アレクたちが狙われているのか?
思考よりも早く体が反応する。席から跳ねるようにして立ち上がると、出口に向かって走り出す。
私の探知能力では町の外れまでは探れない。ならば急いで―――そう考えた所で腕を掴まれて我に返る。
手を掴んでいるのはドーラだ。
「落ち着いてください、白銀さん! あの子たちは無事です」
「ま、陽動では無かったみたいだな。その代わりとびきり上等なのがこっちに来たみたいだ」
振り返った視線の先にいたドーラの顔は緊張が、師匠の顔には獰猛な獣の笑顔が浮かんでいた。
視線を出口に戻すとそこには三つの影が地から這い出るように人型を形成していた。
本格的に魔法が出てきたのできっちりと説明を…。
今作の魔法という概念は主に二種類に分けられます。
前もった用意と長い時間を掛かる『儀式魔法』と戦闘などの際に使われるスピードを念頭に置いた『即興魔法』です。
きっちりと時間を掛けて呪言を唱えることで体への負担は減り、魔法は安定性を増します。
作中で師匠さまが使っていた時空間魔法は本来、数人の導師クラスの魔法使いが数人掛かり、数日掛かりでやる物だったりします。
魔法を使うために欠かせないのが集束陣です。
人の身体に流れる魔力を集束、凝縮する、という代物です。
展開には呪言を高密度に圧縮した圧縮言語を使うか(師匠の使ったアレも一応は圧縮はしてあります。言うならば半圧縮といったところでしょうか)、魔力のこもった武器などで絵を描くようにして展開するか、となっています。
レベルとしては、魔法陣→破戒陣→殲滅陣、となっています。
それ以上もあるにはありますが、完全にジハード(聖戦)級の魔法であり今、使える者はほとんどいません。
と、ある程度のネタばれを覚悟で説明してみました。
本来は作中に散りばめられなければいけないんですが…。
分からないことがあれば聞いて頂ければお答えします(ネタばれし過ぎない内容ならばですが)。
感想、評価、コメント、頂けると嬉しいです。




