乙女思考
「小宮さん、いい加減教えてくれない?」
「だーめ。内緒にしてた方が楽しいでしょ?」
隣を歩く小宮さんはそう言って、いたずらっぽい笑顔を見せる。
俺たちは今、駅のホームを出て、海に出るまでの道を歩いているところだ。
ホームは高台にあるため海が見えていたのだが、今は家々で作られた路地の中を歩いているため、その姿は見えない。
見えないぶん、どんどん濃くなる潮の匂いや、湿気を帯びた風が肌に触れることで、海が近いことを実感する。
もうすぐ海岸にたどり着くのだろうか。ざぁざぁと規則的に響く波の音も、はっきりと聞こえ始めた。
小宮さんは一体何をしに海に行くのだろう?
サーフィン……をするには荷物が少ないし。そもそもボードだって持っていない。
海遊び……は果たして一人でして楽しいものなのだろうのか?
海釣り……をする小宮さんは、あまり想像できないんだよなぁ。
そして、色々考えて俺がたどり着いた答えは潮干狩り。
自信満々に「潮干狩りに行くんだろ?」と尋ねてみたが「違うよ。もっと、夢とロマンがあるやつだよ」という不思議な返答があっただけだった。
曲がり角を曲がると急に道がひらけて、太陽の光が目に突き刺さってくる。あまりの眩しさに思わず目を細めた。
目をなかなか開けられずにいる俺の左隣から聞こえてきたのは、明るく嬉しそうな声。
「海だぁっ!」
ぱぁっと花開いたように彼女は笑い、わき目もふらずに海の方に向かって駆け出していく。
「ちょっ、危ないって!」
うっかり道路に飛び出しそうになった彼女の手首を強くつかんで、呼び止めた。車通りが少ないとはいえ、いつ車がやって来るとも限らない。
「あ、ごめん。ついはしゃいじゃって」
反省し、恥じらうようにうつ向く小宮さん。
だからその顔、反則だって!
注意したくても、そんな顔されたら何も言えないじゃないか。
「今後海に行くときは、周りにも気を付けなよ」
言いたいことはいくつかあったけど、結局これしか言えずに終わった。
「はい、気を付けます」
照れ笑いをしながら、彼女はこくりと頷く。
そして……
俺たちはゆっくりと視線を下ろし、ほぼ同時に自分たちの手元を見た。
そこにあったのは、小宮さんの華奢で滑らかな手首と、その手首をがっしりとつかむ俺の手。
ーーっ!!
一瞬、状況がつかめず混乱し、思考が止まる。たぶん小宮さんも同じだったのだろう。
互いに一時、固まってしまったのだが、この状況を理解した途端、同時に勢い良く手を離した。
「あーえっと、ごめん。けっこう強く引っ張ったし、手首痛かったよね?」
「ち、ちょっとだけ……ね。でも車にぶつかるよりよっぽど痛くないよ」
こっぱずかしくて目を見られない。
とっさのこととはいえ、小宮さんの手(厳密に言えば手首だけど)に触れてしまった。
身長は高くても、手首はあんなにも華奢なのか。やっぱり、女の子なんだ。
小宮さんから見えないように、ひっそりと自分の右手を握り、先ほど触れた彼女の手首との感触の違いを確かめてみる。
俺の手首とは全然違う。彼女の場合はもっと楽に一回りでつかめたもんな……。
ひんやりとした華奢な手首、色白の綺麗な手。触れてからというもの、彼女の手が気になって仕方なかった。
ただほんの少し触れただけでこんなにも動揺して、こんなにも気持ちが高揚してしまうだなんて。
あぁ、やばい。俺はいつからこんな、乙女思考な男になってしまったのだろうか。