ヘタレ
「ところでさ、出来心で降りちゃった水野君は、これからどうするの?」
そう言って、楽しそうに彼女は笑う。
言われて気づいた。さて、どうしたものか。このタイミングで小宮さんに真実を確かめてみるか?
……いや。話の流れも考えず、いきなり『あなたはのっぽっぽですか?』なんて聞くのはおかしいだろ。
それに運悪く別人だった場合、会ったばかりのヤツに『のっぽっぽ』だなんて妙なあだ名言われて、傷ついたりしないだろうか。
小宮さんは自分の身長が高いことをよく思ってなさそうだし。
あぁ、春人。助けてくれよ、まじで。
女の子の扱いに慣れてるお前なら一体どうする?
ギリギリのラインで平静を装ってはいるが、俺の頭の中はすでにキャパオーバー。
そして、混乱した俺は何を思ったのだろう。
これからどうするのかという問いに対し、その場しのぎに口をついて出た言葉は……
「海でも見に行こうかな、と」
人気のないホームがしんと静まり、風が揺らす木々の葉の音だけが聞こえた。
バカじゃねぇの、俺……。ヘタレ過ぎる自分が情けない。
俺が一番気になるのは、のっぽっぽと小宮さんは同一人物か? なのに、なんで一人で海なんか見に行こうとしてるんだ。
正直、海なんかに興味はない。水だってまだ冷たいし、今は一人だから遊べもしないし、いつも電車から眺めているもんだから、別段珍しくもなんともない。
海を見に行くだなんて、おかしな返答をしてしまったし、小宮さんから不審がられるのではないかと若干不安になる。
彼女の返事はきっと「海なんか見に行ってどうするの?」か「まだ冷たいし、海には入れないと思うよ」だ。俺はそう予想する。
当たる確率は100%に限りなく近いだろう。
だが、彼女の反応は俺の予想を大きく裏切った。
目の前の彼女は、驚いたように目を丸くし、きらきらと瞳を輝かせ、口角を上げた口をぽかんと開け、徐々に頬が桃色に染まっていく。
この顔は恐らく、相手を不審がっている人の顔ではない。なんというかこれは……嬉しそう、なのか?
読めない彼女の表情に困惑する。
すると、そんな俺を気にもとめないと言った様子で小宮さんは、ものすごい勢いで話し始めた。
「海!? 水野くんも海好きなの? わぁ、嬉しいなぁ! さすが名字に水って漢字が入ってるだけあるね。それに今日を選んだのは正解だよ。暖かいし、天気もいいし。私もこれから海に行くとこなの。一昨日、結構海が荒れてたから、今日はとってもいい感じだと思うんだ」
大人しそうな小宮さんから、こんなマシンガントークが飛び出すとは思わなかった。
小宮さんは海が好きだったのか。
彼女の興味をひくことが出来たし、不審がられなかったのは良かったが、彼女の話す内容の意味が全くもってわからない。
今日が正解の日、とか、一昨日海が荒れていたから今日はいい感じ、とか。
それに名字に水が付いていることを褒められたのも初めてで、なんだかおかしな気分になる。
「春海海岸は本当にいいところだよね。私、実は昼過ぎぐらいから、ずーっとわくわくしてて……って、あ」
興奮して話し続けていた彼女は、勢いに圧倒されてぽかんと立ち尽くした俺を見て、急に黙ってしまった。
ふと我に帰った彼女の顔は徐々に赤みを増し、耳までもが真っ赤に染まっていく。
「小宮さんはよっぽど、海が好きなんだね」
俺が笑いながらそう言うと、彼女は顔を真っ赤に染めたまま、恥ずかしそうに小さく頷いた。
あぁ、どうにかしてまだ、彼女といられる方法はないものか。
ふと、先ほどのマシンガントーク中にさらりと言っていた彼女の言葉が頭をよぎる。
そして、俺は心の中で全力のガッツポーズを決めた。
『私もこれから海に行くとこなの』
今日はまだ、彼女と一緒に過ごせそうだ。