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出来心

「こっこっこここ……こみやさん!?」

 思いもよらないご本人登場に驚いた俺は、たった五文字を言うだけなのに、にわとりのようにコッココッコ、カミまくる。


 人前でこんなに動揺して、カッコ悪い姿をさらすことなんてそうそうないのに、どうして今に限ってそれが起こるのか。

 俺の初恋相手である、のっぽっぽかもしれない小宮さんと二人で話せる機会だっていうのに。

 運が悪いにしても、ほどがあるだろう?


 自分の運の悪さを呪い、足元を呆れたように見つめ、俺はこう天に問うた。

 気になっている子の前でダサい姿をさらさせた上、さっき失恋したばかりで傷心の俺に、何をどうしろってんだ……。



 一人考えにふけっていると


「ごめんね」


 小宮さんの小さく悲しげな声が聞こえてきて、その声色を不思議に思った俺は、ゆっくりと顔を上げていった。

 彼女の焦げ茶色の瞳と視線が交わったその瞬間、強く脈打つ自分の心臓に動揺してしまう。


「ごめんね、って?」


 俺はその動揺を必死に隠しながら、彼女の言った言葉をそのまま尋ね返した。



「友達でもなんでもない人に、変なことしちゃったなぁと思って反省したの。会ったばかりなのに、なれなれしかったですよね……。ごめんなさい」

 目を伏せて、彼女は静かにそう話し、悲しそうに笑う。


 彼女から明るい笑顔が消え、うつ向きしょげているその姿を見て、なぜだか胸のあたりが、きゅうと切なくなった。



 女の涙は武器だ、とか言う話を昔どこかで聞いたことがある。

 はじめてそれを聞いたときは、なんてふざけた話だと思ったけれど、実際に目にして、感じて、わかった。

 今なら確信を持って、こう言える。

 自分が気になっている女の子の涙は、男の心を動かす最強の武器だ、と。



 まぁ、実際のところ小宮さんは泣いてなんかいないし、落ち込ませてしまったのもたぶん自分のせいなんだろうけれど。

 落ち込んでいる彼女を、どうにか笑顔にしたい、笑顔にしなければ、という謎の使命感に燃えてしまう自分がいて。



「小宮さん。俺は大丈夫だし、気にしなくていいよ。ちょうど考え事してたところに、知ってる人が現れてびっくりしただけなんだ」


 嘘は言ってない。ただ、本当のことも言ってはいないが。


 心配そうな表情を浮かべ、「考え事って、何か気になってることでもあるの?」と彼女は問い返す。


「まあね。今日の晩飯、何かなぁって」

と俺が話すと、表情を一転させ、彼女は楽しそうに笑いだした。

 あぁ、良かった。笑ってくれた。

 


「晩ごはんって。何それ」


「何それって、結構大事なことだろ。んで、小宮さんは俺になんか用でもあったの?」

 彼女は俺を見ていたようだし、何か用事でもあったかと思い、そう尋ねた。


 小宮さんは困ったように笑い「だから、さっきごめんねって言ったの」と話してくるが、俺は彼女の言いたいことがよくわからない。


 彼女の頬が徐々に染まっていく。

「あー、えっと、意味はないんです。何と言うか……つい、出来心で」


 そう気恥ずかしそうに、たどたどしく話す彼女がとてつもなく可愛くて愛しさがつのる。


 あぁ、もう。小さい女の子と、可愛い・守ってあげたいがイコールになっている、美雪だとか彰だとかその他大勢のやつに言ってやりたいよ。

 大きさじゃないんだ。170㎝ある女の子だって、こんなにも可愛いんだぞ、と。



「出来心だったの?」

 そう言って俺も笑う。



「うん、魔がさしちゃったの。でも水野君が優しい人でよかった。他の人にやってたら、何コイツって睨まれてたかもしれないもんね」


 気になっている女の子から褒められるって、なんて嬉しいことなのだろう。

 しかも、こんなに些細なことで優しいと言ってくれるのか、と静かに幸せに浸っていたら、彼女は驚くべき言葉を口にした。



「水野くんって、私の知り合いに良く似てるんだ。今は交流ないし、どこにいるかもわかんないんだけどね。似てるからかな、なんだか話しかけやすくて」



ーーん? 俺が知り合いに似てる、だと!


 やはり、小宮さんはのっぽっぽなのか!?

 早く確かめたいという気持ちを我慢し、勢い良く問い詰めたくなる衝動を押さえ、ゆっくりと彼女に問いかけてみる。


「あのさ、小宮さん。俺……」


 途端に車輪とレールの摩擦音がキキキと響き、乗客の体が左右に大きく振れる。

 音をたてて扉が開いて、いつもの独特のあの声が響いた。


「春海駅~春海駅~」



ーーおいおい。このタイミングで、かよ!?


 俺たちはしばし無言で向き合っていたが、小宮さんは俺に尋ねる。

「私ここなんだけど、水野くんは?」


「俺は朝日台駅。まだ先」


「そっか、着いたから先降りるね。また明日ね」

 小宮さんはそう話し、軽やかにホームに降り立った。



 プシューと音をたてて閉まる電車のドア。

 彼女は振り返り、先程のようにまた目が合った。


 電車は徐々に速度を増し、彼女のいるホームからどんどん距離が離れていく。





「ねぇ、どうしたの? まだ先だよね?」


 不思議そうに尋ねる彼女から、視線をはずし気まずく笑いながら俺はこう答えた。


「あー。たぶん、出来心ってやつ」



 知りたい気持ちが止められなかった俺は、衝動的に体が動き、彼女を追ってここに降りてしまったのだ。



「そっか、出来心か。それじゃ仕方ないよね」


 視線をゆっくりと彼女の方に戻す。

 きらめく海と青い空、鮮やかな新緑の木々を背景に、長い栗色の髪をなびかせながら、彼女はくすくすと笑っていて。



 失恋したことも忘れ、彼女の姿にまた釘付けになってしまう。

 俺は本当に学習しない。


ーーでもまぁ、いいか。いまはそれでも。


 楽しそうに笑う彼女。俺も彼女につられて微笑みながら、ひっそりと一人そんなことを思った。

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