Chapter.5
しばらく考えてみたものの、思い当たる節がまったくない。
そんなぼくの様子を羽燐は楽しそうに眺めていた。
「うう、降参します。羽燐さま。どうかこの愚かな紅月めに答えをお教えください」
「えー、どうしようかなー」
ぼくの実質的な敗北宣言を受けて、勿体ぶってみせる羽燐。これが勝者の余裕というやつか。
潔く負けを認めたとはいえ、何だかむかつくなあ。
「今度、『キューティクル』のアイスパフェ奢るから!」
「ふたりで?」
「ふたりで」
「そこまで言われちゃ仕方ないかな」
ふふ、と満足げににんまりとする羽燐。
羽燐の推理を聞くのにはいつも代償を払わされている気がする。パフェのひとつやふたつで喜んでくれるのなら、お安い御用ではあるけども。
「答えはクーラー。むぐが来たときは、点けたばかりだったからまだそんなに涼しくなかったでしょ?」
「あ。言われてみればそうだ、クーラーの効きがいまいち弱かった気がする。単に設定温度の問題かと思ってたけど」
「設定温度が高くて暑いんだったら、普通は下げるって。教室と違って温度設定の決定権は自分で握ってるんだから」
羽燐はいつの間にか手に持っていたエアコンのリモコンを、ふるふると振ってみせる。
「なるほど。だから、ハンカチで扇いでたのか」
外からやって来たばかりで暑いのに、クーラーが効き始めるまでに時間が掛かったから。思えば、汗も引いていなかった。
「そ。フェアな勝負だったでしょ」
「パフェひとつぶんに値する答えだったかというと、ちょっと拍子抜けな感もあるけどね」
「あたしの自白の前にそれを指摘できなかった時点で、むぐに異議申し立ての権利はありません」
それに、と羽燐はゆっくりと目を細め。
「これでも楽しみにしてるんだから。約束、破らないでよ」
「はいはい。仰せのままに」
以上が、ぼくと羽燐のちょっとした日常の一幕である。今日から二学期、再びこんな毎日が始まるのだ。
その前にまずは、この厄介な夏休みの亡霊どもを片付けなければ。
< fin.>
ここで終わりと思いきや、もう少しだけ続きます。
「Chapter.6 (Secret Track)」も、どうぞこのままお読みください。