Chapter.3
「何のこと?」
「とばけないの。調査報告書はなくなってなんかいないんでしょ。本当のこと言わないと手伝ってあげないよ。あとどのくらい残ってるの?」
「う」
スカイブルーの透き通った瞳にまっすぐと見つめられ、思わず目を逸らす。
「――割と」
ぼくはすぐ横に置いていた鞄の中からノートを数冊とプリント類を取り出し、テーブルの上に広げる。読書感想文、漢字学習プリント、英語の小冊子の訳、戦国時代の人物に関するレポート、理科と数学の問題集。
夏休みの宿題がまだ随分と残っていた。
ぼくも正しい学生の姿を実践していたというわけだ。
「思ってたよりもあるね」
さすがの量に羽燐も呆れたようで、少し間が空いた。
ですよねー。自分でも多いと思ったもん。雁葉や飯島のことを言えた義理ではない。
「手伝って! お願いします、羽燐さまっ!」
両手を合わせて頭を下げる。
実際、羽燐に手伝って貰えないと相当やばい。一〇〇パーセント、終わらせられない自信がある。断言できる。
ふう、と見兼ねたように羽燐が溜め息を吐いた。
「ま、むぐの頼みだしね」
「ありがと!」
抱きつきかねない勢いで述べるぼく。
セクハラになるからやりはしないけど。
「でも、どうして最初からそう言わなかったの?」
「いやー、ここまで来たは良いけど、いざ切り出すとなると少し気が引けるというか。ほら、咄嗟に?」
「まったく。そんなことで架空の紛失事件をでっち上げるなんて。しかも、この期に及んでまだ本当のことを隠してるし」
やや冷たい物言いだった。
「な、何で――」
「だって冷静に考えて、いくら咄嗟とはいえ、そこでむぐが嘘をつくメリットがないもん。そんなすぐにバレるような嘘を、わざわざついてみせる必然性がね。ミステリ小説の流れだとしたら、むぐの行動は不自然極まりないよ。犯人候補だよ」
犯人候補かどうかはさて措き。
ぼくが、未確認生物研究会の調査報告書がなくなったと妄言を吐いた本当の理由。
――やっぱり、そうなるよなあ。
「実は、羽燐が喰い付きそうな話題を挙げれば、機嫌も良くなって少しは頼み易くなるかなー、と」
「そういう計算高さ、人として何か嫌。というか最低」
じとっとした目つきで一刀両断される。
そう言われると返す言葉もない。
「だいたいさぁ、そのくらい気兼ねなく頼んでくれて構わないのに。あたしとむぐの仲なんだし。ま、そういうところがむぐの良いところでもあるんだけどさ」
「計算高いところ?」
「違う、当たり前のように押し付けてこないところ」
むきになって羽燐は唇を尖らせる。
しかし、である。そうはいっても、あれだけの量があるとなかなか気軽には頼み辛い。
何せ、今まで宿題さぼってたのは他でも無いぼくなわけだし。そこまで思っているなら自分でやれよ、と突っ込みを貰いそうだから一応断っておくと、ぼくも夏休み中はそれなりに忙しかったのだ。
――いえ、すみません。みなさんそうですよね。
「そうと決まれば、憎き宿題をさっさと終わらせてしまいましょう」
羽燐が気合充分に声を掛ける。
うん、そのとおりだ。さっさと片付けてしまうに越したことはない――って、あれ?
そういえば、羽燐はどうしてぼくが嘘をついていることがわかったのだろう。普段の羽燐の探偵ぶりを知っているので、真相を見抜かれたことには何ら違和感を覚えなかったけど、改めて振り返ってみると腑に落ちない。
そりゃあ、多少の挙動不審と “流れ ”の不自然さはあったにしても、特別おかしなことを口走った覚えはなかった。
決め手が、わからない。