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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
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番外、その他渦中の人々






「なぁ、どうすんだよ」

「どうするって、どうしようもないよ。こんなの、どうやったら治るんだか」

「もういっそ、頭突きしあってみるかぁ?」

「嫌だね」

「……どもらないトランクルって、マジで怖い」

「あ、あの、ぼ、ぼく……」

「トランクル、オリガンの顔でどもるのはやめてくれないか。あと、ボクの顔でだらしなく座るのもやめてくれ、オリガン」

「……トラン、おまえ、そういう顔するとけっこう怖いのな。知らなかったぜ」


 それなりに美少年なのに、普段はひたすら笑顔が胡散臭いエルマーが、今はぞっとしたような顔をして友人の地図職人を見つめていた。

 普段、おどおどと気弱な顔しか見せないぽっちゃり地図職人は、目を細めて軽く顎を上げ、下々の民を睥睨する王様のような風情で、だらしなく足を投げ出して寝台に座っている『エルマー』を睨んでいる。


「全く、なんなんだ、これは」

「何かって、そりゃ……入れ替わり?」

「そんなことわかってるよ」


 おお、機嫌が悪い、と盗賊は首を竦めた。この状況で機嫌がよくなろうはずもないが、思いのほかエルマー入り地図職人が怖いので、なんとか宥めたいところだ。

 集まった時にはまだ薄暗かった部屋の中はすっかり明るくなり、もう昼近い。


「折角『ねばねばくん三号』と『ぐさぐさくん改』を試す機会が来たと思ったのに……」

「おまえ、いい加減に広場で新しい(トラップ)試すのやめろよ。俺らまで怒られたじゃねーか」

「ひ、ひ、被害者の、会が……」

「え、ついに被害者の会ができたのかよ……それは知らなかったわ……どうすんの? おまえ、そろそろ本気で慰謝料求められそうだぞ」


 『エルマーの罠根絶の会』及び『罠士の悪辣さを罵る会』に加え、とうとう本格的な被害者の会まで設立されたのか、とオリガンは戦慄した。今までさんざん共謀を疑われて、怒られたり拝まれたり罵られたり笑われたりしてきたのだ。オリガンとトランクルは悪くないのに。


「仕方ないじゃないか。試しもせずに、いきなり実践で使えるわけがない。それに、罠のひとつやふたつ、かわしてみせてこそ、冒険者だと思わない? アルタイルを見ろ。あいつときたら、ボクの罠全部かわしたんだ……くそっ、あの時は悔しくて眠れなかった!」

「あいつは人間じゃねーから、いいんだよ。あー、なんかもうどうでもよくなってきたー」


 ふわあ、と大きな欠伸をひとつ。早朝に叩き起こされた時は、朝もはよから一体何事だと思ったが、まさかメンバー三人の中身が入れ替わっているとは思わなかった。結局、自分と同じようにまだ寝ていた地図職人を叩き起こし、集合と相成ったのだが、『自分』を起こすという摩訶不思議な体験をしたオリガンは、正直もうそれだけでお腹一杯だった。もう不貞寝でもなんでもして、明日起きたら元に戻っているんじゃないかと言ったら、盛大に怒られたが。

 早起きして新しい罠用アイテムの試用するつもりだったらしいエルマーは、予定が狂ったことに盛大にご機嫌斜めで苛々している。


「アルタイルはどうでもいい。問題はそこじゃない! わかりきったことだけど、これじゃ罠を仕掛けられないんだ! 地図職人には地図職人の良さがある。でもボクは! 罠を仕掛けたい! 罠を仕掛けて、それに嵌まった奴らを存分に嘲笑いたい! そして笑顔で止めを刺す! これが罠士の醍醐味なのに!」

「歪みねェなー、さすがエルマー」


 にやにやしている『エルマー』から視線を逸らし、ぱちぱちと遠慮がちな拍手を送る『オリガン』に、満足そうに頷くと『トランクル』は重々しく言い放った。


「それなのに、これは一体どういうことだ。ボクは地図職人、オリガンはボク、トランは盗賊。これで迷宮に潜れると思う? 『突撃紙部隊』の名にかけて81階の鍵、九頭毒大蛇(ポイズンヒュドラ)の最後の一匹を仕留めようって時に」

「確かに、もうちょいで鱗9枚溜まるんだよなァ……確かに、戻らなかったら困るぜ、これ」

「ど、ど、どうすれば、い、いいのかな……お、オルテンシア先生、に、み、みてもらったら、どう、かな……」

「……仕方ないな。この状況で外に出たくなかったけど、それしかないか」

「おー、いいんじゃね。オレ腹減ったし」


 きびきびとした動作で『トランクル』が扉を開け放ち、さっさと出て行く。

 集合していた自室の寝台から立ち上がり、『エルマー』は欠伸をした。また怒られそうだなと思いながら、ぽりぽりと頭をかく。やわらかいくせっ毛が指に絡んで、これはエルマーの身体なのだと今更思う。


「ったく、いまいち実感湧かねーんだよなァ」

「……ぼ、ぼ、ぼく、ちゃ、ちゃんと、しなきゃ……」


 悲壮な顔をしている『オリガン』を振り返り、その肩を小突く。


「おう、堂々としてろよ、堂々と。エルマーの奴見ただろ。おんなじ顔でおんなじ体型でも、態度と表情でああなるんだぜ」

「う、うん」

「二人とも早く!」

「わーってるよォ。トラン、行こうぜ」


 気弱げに頷く『自分』に苦笑いしながら、盗賊入りの罠士は部屋の外に出て行った。


「おれら以外にも、こんなんなってる奴らいんのかね?」









 クロロスは呪術師である。

 ラビュリントス迷宮学園卒業生にして、口に出すのは憚られるやんごとない身の上に生まれたわりに、身分に全く拘らず、自分が担任することになった生徒たちが、無事卒業生になって巣立っていくのを何よりの楽しみにしている良き教師である。

 割れた殻を尻につけてぴよぴよしていた雛たちが、数年たてば立派な羽を持った若鳥になって、巣たる場所から飛び立っていく。それは自分達がぴよぴよの雛だったころを思い出させて、面映くもあり、がんばれよとそっと励ましを贈りたくもなる、彼にとっては快い光景であった。

 成長という言葉をこれほど間近で見ることのできる職など、教職くらいであろうと彼は思う。

 しかし、それと同時に彼は変人である、と数少ない友人たちは言う。


 では、彼のどこが変人なのか。

 それは偏に、彼が自分のジョブに惚れこんでいる、というところにある。

 彼にとって生徒達を良い方向へ進ませてやることが表の喜びなら、素晴らしきジョブ『呪術師』を極めることが裏の喜びであると言えよう。

 クロロスは、まさしく己のジョブに惚れこんでいた。呪術師という、珍奇なジョブに。


 直接攻撃が出来ないくらいなんのその。そんなもの、遠距離から呪い殺してしまえばいいのである。各種ポーションだって上、中、下と極められるし、自分だけの薬剤だって作れる。ただ成敗するよりもよほど精神的なダメージを与えることもできる。制限はあるが、対人戦だってどんとこいなのである。

 防御が紙だなんて、それがどうした。そんなもの、相手から見えないところに隠れて自作の呪殺人形(カースドール)に五寸釘でも打ち付けてやれば、それだけですっきり呪殺、誰が殺したかもわからない完全犯罪成立。呪術師は、実に奥深いジョブなのだ。


 他にもまだまだいいところがたくさんある。研究しがいも山ほどある。世の人々が呪術師なんてダサい、そんなジョブあったっけ、なんか暗そう、今時呪いなんて、等などの暴言をほしいままにしていようと、断然クロロスは呪術師に首っ丈である。呪いをなめるものは呪いに泣く。いつか呪われて泣くはめになればいい、と思っているかどうかはさておき、彼が有能な教師であり呪術師であり、日夜生徒たちの様子に気を配り、その合間に研究に没頭する、凝り性であることは誰の目にも明らかだった。


 そんなクロロスは現在、肉体的にではなく、精神的に死の瀬戸際に追いやられている。

 常に冷静沈着、淡々と己のなすべきことをなし、修羅場もそれなりに潜っているクロロスが、本気で追い詰められていた。


「アッ!?」


 激しい揺れが治まり、クロロスは飛びかけていた意識を、やっとのことでこの世に引き止める。もはや教師としての意地だけが彼をそうさせていた。


「ドウシヨウ……先生、動イテナイ……」


 硝子越しに透けて見える世界は、いつもと変わらず美しい。

 だが、自分が閉所を恐れる性質であるということを、この身体になって初めて実感した上、もはや震度が幾つだかわからないほど揺さぶられた後では、意識を失った方がまだマシだったように思える。


「先生、シ、死ンジャッタンジャ……」

「……!?」


 死んでない、とクロロスは心の中で呻く。こんな姿になってしまった己に気づいてくれたことには、深く感謝している。もしもこの興味深くも恐ろしい入れ替わりがすぐに戻らなかった場合、研究室の片隅で静かにご臨終となる可能性もあった。いや、その可能性は大いにあったのだ。

 そこから救ってくれただけでも、ありがたいことではある。


「……ウン、ソウダネ、大丈夫ダヨネ……」

「……!」

「ヨシ、早ク行コウ!」


 自分を覗き込んでいた教え子たちの巨大な顔が見えなくなり、そしてまた地獄が始まった。

 それが偏に、クロロスの精神体が入り込んでいるスライムがぐったりしているのを見て、早く救護室に連れていこうと思いやった結果の全力疾走であるということは充分理解している。やさしい子どもたちだと微笑ましくも思う。


 しかし。


 しかし、今の現状ではその優しさが完全に仇となっていた。走るという動作は、自分が思うよりもずっと激しいものなのだ。全力疾走している人間が小脇に抱えた瓶の中にいる小さな生物にとって、その揺れはまさしく大地震、いや天地の創造に匹敵するほどの衝撃なのだ、と伝える術は、ない。


 しかたない。

 クロロスは薄れ行く意識の中で、そう呟いた。


 おまえたちは悪くない。わたしが出る術のない硝子瓶の中を恐れて、愚かにも恐慌状態に陥り、精神を疲弊させ、その上で天も地もなく揺すぶられるはめになったのは、誰のせいでもないのだ。

 だから、仕方のないことなのだ。おまえたちはわたしに気づき、研究室から連れ出してくれた。

 それだけで充分だ、とクロロスは自分に言い聞かせる。

 なぜ瓶から出してくれないのか、などということは、教え子たちのやさしさの前では些細なことなのだ、多分。


 入れ替わりの謎、興味深いスライムの肉体。

 普段ならばこの上なく好奇をそそられる事柄が、クロロスの意識から滑り落ちていく。


 世界は回る。揺れる。弾ける。


 硝子瓶の中の小さな世界で、クロロスは寄る辺なきスライムとして、世界の破壊と創造を体験していた。

 嵐の海に投げ出された木の葉のように、為すすべもなく。


 ああ、わたしは無力だ。

 そして誓おう。よかれと思って、わたしは硝子瓶をヤツに与えた。だがそれは大きな勘違いだったようだ。もし、無事にわたしがこの果てしない天地創造の瞬間を生き延びることが出来たのなら、硝子瓶などという住まいは卒業させよう。

 もっと居心地のいい、ちゃんとした家を与えることを約束する。

 それまで、生きていられるといいのだが。


 スライムの苦難は、未だ続いている。


 

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