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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
93/109

82、彼と彼と彼と?の場合






「おい、一体どうしちまったんだよ!? クロロス! クロロスっ」

「ま、まちたまえ! 動くのをやめるんだクロロス!」


 ずり、ずり、ずり。


 『グレゴリー』と『コタロー』は仲良くやってきた食堂で、揃って目を丸くして立ち尽くしていた。

 今日は聖誕祭。この世界が生まれたことを寿ぐ日であり、生徒達にも教職員たちにも嬉しい休養日である。

 朝というには遅いこの時間、大抵の生徒たちは喜んで麓の町に遊びにいってしまっているし、教職員はたまの休養日を満喫すべく自室でごろごろしたり、こんな日でもなければできない家族孝行をしに家に帰ったり、泣く泣く仕事を片付けていたりするので、食堂はがらんとしていた。

 そしてそのがらんとした食堂の中で、阿鼻叫喚を体現したような光景が繰り広げられていようとは、これっぽっちも思わなかった。

 朝起きたら入れ替わっていたという異様な状況にもめげず、互いの情報を交換した後、とりあえずお腹が空いたからご飯を食べに行こう、と連れ立ってやってきた二人は、思わず互いの顔を見合わせた後、もう一度食堂の中央付近を見つめた。


「ちょ、おまえどうしちまったんだよ! おいっ、正気に戻れ!」

「クロロスに限ってまさかとは思うが、霊喰い(タマクイ)にでも憑かれているんじゃ……!?」

「そんなバカな! こいつの魔法耐性の高さ知ってるだろ?!」

「しかし、そうとでも考えなければこんな、こ、こらっ! 動くんじゃない!」


 ずり、ずりずり、ずりっ。


 それは、グレゴリーからすれば『ある種の毛虫』に似ていて、コタローからすれば『まさに尺取虫』という動きで、食堂の床を這っていた。


「こいつの力がこんな強いなんておかしい! こいつ肉体的には特に強化されてないのにっ」

「だ、誰か連れてこないと、とても抑えきれないぞ!」

「くっ、クロロス、正気に戻れー!」


 ソレはルーヴとアルゴスを重石のようにひっつけながらも、確実に進んでいく。


「お、お前達、見てないで手伝え!」

「い、い、嫌だー!」

「無理無理無理、怖いよー!」

「いやあああー!?」


 それまで少ないながらも食堂に存在していた生徒たちは、必死の形相の教師に声をかけられた瞬間、拘束魔法を解かれたように機敏に立ち上がり、全力で食堂から逃げ出した。


「なにあれなにあれなにあれぇ?!」

「ど、どうしちゃったんだよ、先生……!?」

「今日聖誕祭なのに! ヤバイもん見ちゃったよ、おれー!」


 入り口で呆然としていた狼族と忍者を跳ね飛ばす勢いで、食堂から生徒達が逃げ出していく。

 出来ることなら、二人だって見なかったことにして逃げ出したかった。しかし、二人にはそうもいかない理由があるのだ。

 なぜなら。


「ぐっ、くそっ、こんな時に限ってガランドの奴、妹と買い物に行くとかいってにやけて出ていったし、他の連中も家族孝行するとかいって山下りてるし!」

「たまにゆっくり食事を摂るかと思い立ってみればこれだ! ああ、普段しなれないことはするもんじゃないな!」

「アルゴス、もうちょっとがんばれよ!」

「わたしは結界術師だ! 肉体労働は君の専門だろう!」

「くっそお、こいつ、なんでこんなっ」

「あいたっ!?」


 がしゃん。派手な音を立てて、床を這う存在が椅子を引っかけて倒す。

 それはアルゴスのつま先を打ち、ついで倒した張本人の肩のあたりにもぶつかって、鈍い音をたてた。


「おい、バカ! 今の絶対痣になってるぞ!」

「一体どうしてこんな、何が君をそうさせるんだ!?」


 二人の教師が鬼のような形相で押さえつけようと奮闘しながらも、押さえつけることができずにいる、床を這う黒いローブの男。


「クロロスー! 正気にもどれー!」


 それが、普段は少々怖いながらも頼りになる、グレゴリーとコタローの担任、呪術師クロロスだったからだ。

 両手を使わずにうぞうぞと床を進んでいくクロロスの顔は、1リムも揺るがない無表情で、それが異様に怖い。生徒達が逃げ出すのもむべなるかな。勿論狼族と忍者だって怖かった。しかし、二人は食事を摂ったら、クロロスのところへ互いが入れ替わってしまっているという状況について相談しにいくつもりだったのだ。

 これでは到底相談などできそうにない。


「あっ、おまえら! おまえらクロロスのクラスだな!?」

「君たち、手伝いなさい! ほら、こっちを押さえて!」


 早く早くと絶叫されて、二人は腰が引けつつも駆け出した。

 二人とも、それなりにクロロスのことが好きだったし、なんだかんだ担任でよかったと思っているのだ。その先生の陥っている状況をなんとかしたいという気持ちはちゃんとあった。

 とはいえ、怖いという気持ちは拭えなかったが。


「そっちだ! 腕を持て!」

「両手両足を持って救護室に行くぞ! オルテンシアに沈静効果のある薬でも魔法でも、もうなんでもいいからかけてもらわねば……!」


 無表情にうぞうぞと動き続けるクロロスの目が、ふいにきらりと輝いた。

 ちょうど進行方向に、逃げだした生徒がひっくり返して床に落としてしまった、今日のおすすめである『焼きたてパンと冬茸のあつあつシチュー』が、勿体ないことに床に広がっている。

 それまで全力で押さえつけようとする成人男性二人をものともせず、うぞうぞ進んでいた『クロロス』は、床に落ちていい匂いを漂わせている料理に気づくや否や、より一層の熱意を込めて全力で前進した。


「ま、まてまてまてーっ!」

「ク、クロロス、それはいくらなんでもっ」

「……っ!? ……!?」

「ダ、ダメデス! ダメー!」


 ダメー、という『グレゴリー』の悲鳴と同時に、『クロロス』は四人に引っつかまれて捕獲された。

 床に転がったふわふわのパンに、齧りつく寸前で両手両足を掴まれて宙へ吊り下げられてしまった『クロロス』は、世にも悲しげな顔をして、素敵な焼き色をした、まだほんのり温かいパンを見下ろす。


「そんなもん、後で好きなだけ食べさせてやるから!」

「よ、よし、行こう! 君のこんな姿を見るなんて、わたしは忍びない……!」


 アルゴスが噛み締めるように言ったのを皮切りに、四人は救護室めがけて走り出した。

 ぶらんぶらん。

 宙吊りのクロロスが揺れる。

 今日は聖誕祭。本当なら、今日はのんびりした休日になるはずだったのに。

 人のまばらな校内を、四人は、えいさえいさと息を合わせて救護室へひた走る。


 ああ、あんなクロロス先生なんて見たくなかった、と涙ぐむ生徒二人は、あまりに痛ましい教師の様子に、走りながら絶望した。

 一体どうしてあんな奇行に走ってしまったのだろう。とても信じられない。自分の手がこうしてクロロスの片手片足を掴んでいる状態では、信じるほかないが、信じたくない。


 人間モップの如くうぞうぞ床を這うクロロス。

 まるで天上の美味がそこにあるかのように熱の篭った眼差しで、床のパンに齧りつこうとするクロロス。


 いつもの冷静で頼りがいのあるちゃんとした大人であり、先達でもあるクロロスは一体どこに行ってしまったというのか。それとも、本当は何か精神的な負荷を耐えて、日常生活を送っていたのだろうか。それが休養日の今日、弾けてしまったのだろうか。確かに、自分達は至らない生徒だったかもしれない。でも、いつだってクロロスはそんな自分達を静かに見守ってくれていたというのに。


「もう少しだ!」

「オルテンシアがいてくれるといいんだが!」


 あんなクロロス、まるで別人だ。


 救護室の扉を勢い良く開け放って中に駆け込みながら、忍者入りの『グレゴリー』と、狼族入りの『コタロー』は、ふと小骨のようにひっかかるものを感じて視線をさ迷わせた。


「扉は静かに開けてちょうだい! ……クロロス先生!? 一体なんなの!?」

「こいつ、どうかしちまったんだよ!」

「明らかにおかしい。何かに取り憑かれているのではないかと思うのだが、とにかく、沈静効果のあるものを!」


 騒いでいる教師陣をよそに、二人は互いを見つめあう。

 そうして、ぷらんと揺れているクロロスの背中を見下ろした。


 これは、もしかして。


「……ボクガ、説明スルネ?」


 『グレゴリー』がそう言うと、口布越しにもごもごしていた『コタロー』が、ほっとしたように頷く。 

  声が出ないと教えてはあるのだが、咄嗟の時に喋ろうとしてしまうのは中身がグレゴリーだから仕方がないだろう。

 口布装備は変わらないので顔が殆ど見えないのは普段と同じなのだが、こうして見ると、やはり雰囲気が違った。

 グレゴリー入りの自分は、やけにおっとりして見えるなとコタローは思う。


 それにしても、久しぶりの『話す』行為は少し楽しいが、さて、なんと説明したものかと大騒ぎの教師達を見下ろし、『グレゴリー』は首を傾げた。


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