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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
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80、聖誕祭前日







 ……そして『世界』は生まれた。

 何処からかやってきたたくさんの神々が、このようにあれと『世界』を創ったのである。

 神の涙が海となり、神の骨のひとかけが大地となり、神の毛髪が吹きすさぶ風となり、神の血が『世界』の中心で燃えた。そして神の心があらゆる生命となって散らばった。

 そして生と死が『世界』に満ちた。

 神の瞳は光となり、神の心臓は闇となって『世界』を満たし、包んだ。

 生けるものも死せるものも、すべからく『世界』に満ちる原初のうねりに身を委ねよ。

 万物の内に外に潜むうねりを、決して忘れることなかれ。

 『世界』は常に巡っているのだから……


「よし、できた」

「わたしも出来ました」

「オレモ!」


 一足先に飾りを作り終わっていた忍者の少年は、読んでいた本に栞を挟むと、この間からパーティーメンバーとして一緒に行動している三人組に顔を向けた。


「うわぁ、コタローくん上手ですねぇ!」

「ほんとだ。きれいだな、これ」

「コタロー、スゴイ」


 自分の作った飾りを覗き込んだ三人が、感心したようにしげしげと見ているのに少し照れて、そわそわする。こうして忍ばずに誰かと共同作業をするというのは慣れなくて、落ち着かなかった。

 普段は必要がある時以外、迷宮外でも隠蔽スキルを使っていることが多いのだ。忍ばない忍なんて忍ではないと叩き込まれているので、今のこの状況がむずがゆい。

 そんな忍者の少年の葛藤など知らない三人は、心から感心してコタロー作の飾りと自分達の作った飾りを見比べていた。 


「……うーん」

「これは、明らかに……」


 オーリアスとマリエルの飾りは下手ではないが、コタローが作ったものは、まるで売り物のようにきれいだ。グレゴリーはしょんぼりと、自分の作った飾りとコタローの作った飾りを見て肩を落とす。明らかに一番出来が悪い。とても良くできているコタローの飾りと比べると、同じ素材を使って同じものを作っているとは思えない出来の違いである。


「オレ、ヘタ……」


 折角きれいな紙を使っているのに、角もあっていないし、折り目がぐしゃりとしている飾りに落ち込んでいる狼族に、コタローは急いで帳面に書き込みをして差し出した。


「うん、そうだな。グレゴリーのは下手なんじゃない」

「コタローくんの言うとおりです。これはね、味があるっていうんですよ?」

「これなんか、ちょっとグレゴリーに似てないか?」

「ここ、耳みたいで可愛いですね」


 うんうん、と頷いて、グレゴリー似の飾りを手に取る。

 星型だったはずのそれはどうしたものか、狼族の少年の顔を小さくしたような形をしている。

 何だか見れば見るほどそうとしか思えなくなってきて、かわいらしい。


「明日片付ける時、もらってもいいか?」

「あ、わたしも欲しいです!」


 ついでそろそろとコタローも手を挙げたので、ちょっと歪なグレゴリー手製の飾りは希望者多数になってしまった。


「ワフ……」

「きれいなだけじゃなくて、色んなのがあるからいいんですよ」


 マリエルがにっこりして、この話はお終い。グレゴリーは薄黄色の目を細めて、わふっと笑う。

 華やかな偏光色紙を使って作られた飾りは、明日の聖誕祭に使うためのものだ。

 明日は聖誕祭と呼ばれる冬のお祭りで、その前日の今日は学園中がせっせと飾りつけに励んでいた。とはいえ、学園祭のように出店を出したり、出し物をしたりするわけではない。

 麓の町では大規模なお祭りが行われるが、迷宮学園では教職員も生徒も全員が休みの特別休養日になる。食堂だけは休みにするわけにはいかないので、厨房担当者には特別手当がでる。


「ん? ……えっ」

「どうしました?」

「これ、これ!」


 コタローの帳面を覗き込んだ三人が、楽器のように声を揃えて叫んだ。


「『明日の食堂は特別メニュー』!?」


 緑と蜂蜜と薄黄色の目が輝く。何の気なしにその情報を提供した忍者の少年は、その勢いに身を引いた。一緒に行動するようになってわかったのだが、この三人、わりと食い意地がはっているのだ。小食なコタローは見ているだけでお腹一杯になりそうなくらい、よく食べる。


「特別メニューってなぁに?」

「なになに、何か楽しいこと?」


 きゃっきゃとはしゃいで側に来たのはエイレンたち女子四人組で、がやがやした作業中の教室の中でも三人の叫び声が聞こえたらしい。


「コタローくんが教えてくれたんですけど、明日の食堂は特別メニューらしいんです!」


 満面の笑みを浮かべているマリエルに、後ろから抱きついたトモエが声を上げる。


「ほんとー?! やったぁー、な・に・が・で・る・の・か・なー? 楽しみー!」

「本当……お、オーリちゃんも、食べにいくんでしょう?」

「行く」


 力強く頷いたオーリアスの嬉しそうな顔を見て、コーネリアが頬を染めた。


「わ、わたしも行こうかな……あの、あの、い、い」

「私たちは昼間は麓でご飯食べよっかー、って言ってたんだけど、こっちも気になるなー」

「特別メニューって朝昼晩全部?」


 集団に注目されて、あわあわとコタローは書き込んだ。やはりいたたまれない。この間まで、こういった作業時間でもひっそりこっそり忍んでいたのに、パーティメンバーになって以来、やたらと視線を浴びるので正直困る。


「あ、夜だけなんだ」

「じゃあ、夕飯は戻ってきて食べよ」

「う……うん」


 楽しみだねぇと笑っているエイレンたちは、いつもよりさらに元気一杯だ。明日の聖誕祭が楽しみなのもあるだろうし、こうして学園祭の時のように、クラス全員集まってわいわいしているのも楽しいのだろう。


「ちゃんとプレゼントも用意したし、あー楽しみ!」


 聖誕の日と呼ばれる明日は、親しい人同士贈り物をするのが定番だ。

 親子も友達も師弟も恋人も仲良しのお隣さんとだって贈りあう。

 叔母と二人暮らしで、周囲に他の人がいなかったオーリアスだって、毎年ちゃんと叔母から何か贈られていたし、オーリアスだって贈った。尤も、叔母からは物品、オーリアスは日常の家事を一定期間引き受けるという肉体労働系のお返しだったが。


「マリエルたちはどっか行くの?」

「いえ、特に何も。最近忙しかったので、ゆっくりしましょうかって話してたんですけど……」

「ああ、コタくん入ったしねー」

「鬼のように戦闘してるって噂になってたよ」


 エイレンが苦笑いして、ララがちんまりと椅子に座っている忍者の少年をつつく。


「なんか新鮮ー」

「いっつも、気がついたらいなくなってたもんね」


 口布で半分以上覆われているその素顔は、未だオーリアスたちも見たことはない。しかし、パーティに入ると決めてくれたことは素直に嬉しかったし、何度も迷宮に潜って新しい連携の実践練習を繰り返した今では、コタローが充分、信頼するに足ると知っている。コタローもそう思ってくれているといい。まだまだ知らないことはたくさんあるが、それはおいおい知っていけばいいだろう。

 元からパーティを組んでいたマリエルにだってグレゴリーだってオーリアスにだって、知らないことはまだたくさんあるのだから。


「とりあえず、作った分を飾りつけにいこう」

「そうですね」

「ワウ」


 三人が確認をするように見てくるのが、何だか気恥ずかしい。ついこの間まで、ソロで学校生活も迷宮探索もこなしていた忍者の少年は、口布があってよかったなと思いながら、三人に向かって頷いた。


「あ、待ってあたしたちも行く!」

「大講堂の木、でっかいよねぇ」

「あれに全部飾り付けたら、きれいでしょうね」


 あれよあれよと言う間に、集団に巻き込まれて出て行った元ソロ忍者を横目に見送り、教壇の前に椅子を据えて、生徒達と同じように飾りを作っていたクロロスは、かすかに口の端を笑みの形に持ち上げた。

 なかなかどうして、楽しそうでいいことだ。

 きちんと基本を仕込まれて、入学した時点でそれなりのものだったコタローは、ずっとソロでやってきた。一人でいるのが苦にならない性質らしく、むしろ、極力目立たないようにと心を配っていた様子さえ窺えたあの少年に、どんな心境の変化があったのかはわからない。だが、少なくとも、今は前より楽しそうに見える。


 ソロにはソロの、パーティにはパーティの良さがある。もちろん、悪いことも同じだけあるのだが、上手くやれているようだ。中途加入はなかなか難しい。冒険者として何でもこなすようないっぱしになれば、大抵の相手とはすぐに連携できるようになるが、学生のうちの中途加入は、技術よりも、主に性格上の相性が悪くて上手くいかないことが多い。仕事と割り切ってどんな相手ともつきあうのに必要な経験が足りないからだ。

 だが、あの四人は上手く噛み合ったようで、ひとまず安心といったところか。

 しかし、まだ目は離せない。三ヶ月やってそれでも大丈夫ならもう安心だが、まだまだ。


 教室内の様子を見つつ、手馴れた手つきで飾りを作りながら、さて今日のアレの餌は何にしよう、と頼れる呪術師は楽しいことを考え始めた。


 明日は聖誕祭。

 久しぶりに寝過ごすのもいいかもしれない。 

 

 






 雪が降っている。

 迷宮学園にも、麓の町にも、お城にも。

 冷たい風に吹かれながら歩いている人、温かい家の中で笑っている人、待つ人のいる家に帰る人。

 眠りについている人にも、たくさんの人に囲まれている人にも、ひとりぼっちで凍えている人にも。

 恵まれた人にも恵まれない人にも、どんな人の上にも、同じ分だけ、静かに雪が積もっていく。

 しんと冷えた夜気の中、白い雪はほわほわと積もり、聖夜と呼ばれる年に一度の夜を飾る。

 雲の切れ間からまんまるの月が、地上に生きる全ての生き物を照らし。


 そうして、奇跡は世界が目覚める朝に起こった。


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