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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
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79、そして四人はご飯へ向かう




「いい加減にしなさい! そんなもの持ち込んだおまえが悪いんだろう!」

「研究室に置きっぱなしで出かけるなんて危ないじゃない! 盗まれたらどうするの!? 大体、皇紅石(ロードルビー)のついてる魔物なんているわけないでしょう! どう見たって人工物なのはわかったはずよ!」

「ここは学園迷宮なんだぞ! 迷宮の中をうろうろしてる妙なものがいたら魔物だと誰だって思うだろうが!」

「29階に出現する程度の魔物がこんなに流暢に話すなんてありえないわ! ちょっと頭を使えばわかるでしょ!?」

「だから!」


 温かくも冷たくもない、どちらかといえば生温いような気がする迷宮内転移陣前の地面に、ぽつねんとオーリアスたちは座っていた。

 立っているのが面倒なくらい疲れている。ポーションとマリエルの回復魔法で体力的には回復しているが、精神的な疲労は魔法やポーションでは抜けない。


 果てしない言いあいを続ける教師のガランドと白衣の知的な美人を横目に見る。全く似ていないが、この若干ヒステリックな女性は、なんとガランドの妹だという。

 名前はジル・スケンティア。ジョブは教授(プロフェッサー)。厳ついガランドとは似ても似つかない、ほっそりと華奢な美人だが、ラビュリントス国立総合研究所の開発部門の主席研究員というから、実に華々しい経歴だった。間違いなく、この国における最高頭脳労働者であり、庶民憧れの高給取りである。

 そしてこの迷宮学園の卒業生でもあり、つまりは大先輩。


 裁きの場と化した転移陣前に残っているのは、もうオーリアスたちだけだ。

 先輩パーティたちはなかなか面白かった、よくがんばったなと声をかけてくれた後、すっかり引き上げてしまった。それはそうだろう。金のゴーレムは製作者だという女性の手に握り締められているし、もう29階にいる意味がない。アルタイルだけは残って一緒にいてくれているが、それも段々申し訳なくなってきている。何せ、もうずっとこんな調子で喧々囂々の兄妹喧嘩が続いているのだから。


 突然現れてゴーレムはどこだと叫ぶ女性、そして慌てた様子でやってきたガランド。

 わけもわからずぽかんとしている生徒達をかき分け、アルタイルの手に握られている投網に絡んだ動かないゴーレムに悲鳴を上げたジルは衝撃が過ぎた後、怒り心頭に達したらしく、一体誰がゴーレムをこんなにしたのか、その責任をとってもらうと言いはじめ、それを、生徒が悪いんじゃないおまえが悪いとガランドが切って捨て。

 盛大な兄妹喧嘩は晴れて勃発し、それからずっと二人は言い合いを続けている。

 ゴーレム捕獲と破壊に関わっているオーリアスたちは知らぬ顔で帰るわけにも行かず、二人のいつ終わるともしれぬ喧嘩の終わりを待って、こうして待機しているのだった。


「……はぁ」


 ため息がこぼれる。新しい連携に実地で挑み、頭も体力も使って大いに疲れている魔女は、そろそろ舟を漕ぎそうになっていた。かくん、としてはっと顔を上げる。マリエルもうつらうつらとしているし、コタローに至ってはグレゴリーの膝を枕に本気で寝ている。ゆらりゆらりと揺れる尻尾とふかふか枕の羨ましさに、自分ももう片方の膝を貸してもらってもいいだろうか、とぼんやり見ていたオーリアスは、ふと、精神統一の修行だと朗らかに笑って目を閉じ、あまり見ない形に足を組んで地面に腰を下ろしたまま、微動だにしないアルタイルに視線をやった。目蓋さえぴくりともしない。本当は寝ているんじゃないだろうか、と考え、アルタイルに限ってそれはないなと思いなおす。


「とにかく、弁償してもらうわ! この大きさのロードルビーが幾らすると思ってるの? 精魂こめて創った、それも自我を持った魔造人形(クリエイトゴーレム)なのよ! それをこんなにされて黙ってられないわ!」

「だから、何度言えばわかるんだ! そんなもの持ち歩いていたおまえが悪い! ましてや、この間懐かしくて立ち寄った際にうっかり落として、今日まで気づかなかっただと! ふざけた話だ!」

「気づかなかったんじゃないわ! 落としたことはわかってたけど、どこに落としたのかわからなかったのよ! 動力は切っておいたはずだったし……回路が大本の石と繋がっていたから、無事なのはわかっていたけど……さっき突然緊急音が鳴って! わたしがどれだけ心配したことか!」


 ガランドの眉間に刻まれた皺があんまり深いので、戻らなくなってしまうのではないかとはらはらしていたグレゴリーは、強面の教師がくわっと目を見開いたので、びくりと肩を震わせた。非常に顔が恐い。


「いいか! おまえの仕事は立派な仕事だ。おれもそれは認めてる。だがな! それとこれとは別だ! おまえの言っていることはまるで筋が通らない! 自分でもわかっているんだろう? おまえはただ八つ当たりしたいだけだ!」

「……なによ、なによ! お兄ちゃんのバカ……!」


 とうとう涙ぐみ始めた妹に、ガランドが言葉に詰まる。


「わかってるわよ! わたしが悪いんでしょ!? だけど、だけどこんなになるまで攻撃することないじゃないっ! 石は割れてるし、身体は傷だらけだし、この子、この間まで凄く元気だったのに……」

「それは、仕方ないだろう。魔物だと思えば攻撃もする。……まあ、確かにロードルビーを割るとは、穏やかじゃないが、アルタイル・ベガ」

「……はい」


 すっと目を開けた格闘家に、やっぱり寝てなかったと魔女は心の中で頷いた。


「これはどうやったんだ? 捕まえたのはおまえだな?」

「いえ、この三人で捕まえました。なかなかのものでしたよ!」

「ほう!」


 現れてからというもの、妹とやりあってばかりだったガランドが、しげしげと一年生を見下ろす。


「ふむ、オーリアスに、マリーウェル、グレゴリーに、これは珍しい。忍者のコタローか。ソロでやってたはずだが、パーティーメンバーになることにしたのか?」


 揺すり起こされたコタローが、のろのろと首を傾げる。


「見ていた限りでは悪くないと思います。互いの攻撃の質が全く違うので、かえってそこが面白い組み合わせになっている。性格的にも、中途加入で揉めるようなことはないでしょう。コタローに、ソロでやる強い理由があるなら別ですが」

「うむ、おまえたちはクロロスのクラスだな? 中途加入に何か不安があればあいつにきちんと聞くんだぞ」


 いつのまにかコタローがパーティメンバーになることが決定されつつある流れに、うとうとしていたマリエルが慌てて顔を上げた。


「ま、待ってください、まだわたしたち詳しいことは何も話してませんし、コタロー君にも聞いてみないと……」

「待ってほしいのはわたしの方よ!」


 きりきりと眦を吊り上げたジルがまだ座り込んだままの後輩たちと、呑気な兄を睨みつける。


「そんな話は後にしてちょうだい! ガランドが余計なことばかり言うから聞き損ねてたけれど、この子をこんなにしたのは、結局誰なの! そしてどんな攻撃をすればロードルビーが割れるのよ! せめてそのくらいのデータは取らないとやってられないわ!」


 あんなにひゅんひゅん動いていたとは思えない、壊れた玩具のようになっているゴーレムを突きつけられ、慌てて立ち上がったオーリアスは手を上げた。


「あの、おれです、たぶん……手加減はしてたけど、結構力をいれて殴り飛ばしたので」

「……女の子が殴ってどうこうなる硬度ではないわよ」


 じろりと魔女を睨んだ主席研究員は、魔女の胸元に視線を落として舌打ちした。なにやら怒りが増したような気がして、オーリアスは首を竦める。


「わたしたちも同罪です。たくさん斬りかかったし……蹴り飛ばしたし」


 コタローは無言だったが、はっきりと頷いた。


「でも!」


 そこでマリエルが悲哀の篭った声をあげた。


「でも、そのゴーレムは言ったんです! 『言ってはいけない言葉』を! だから、わたし……」

「……なんですって」


 その言葉が引き起こした結末を、果たして一体誰が想像できただろうか。








 橙色の空を、時鴉(クロッククロウ)が五人の頭上を飛んでいく。

 気の抜けたような、物悲しいような泣き声が糸を引くように遠くなっていった。

 迷宮から出る前に浄化(ピュリ)をかけてもらって、さらりとした感触を取り戻した肌が寒さにふつふつと粟立ち、魔女は思わず首を竦めた。外套を羽織っていても凍みてくるような寒さに、自然と五人の距離が近くなり、塊になって寮までの道のりを歩く。

 闊達に歩くアルタイルと、身体の大きさのわりに音をさせずに歩くグレゴリー、そしてぐったりしている魔女と僧侶と忍者。


「よかったですね、許してくださって」

「そ、そうだな」

「……ワウ」


 コタローがそっと襟巻きに顎を埋めた。とても寒い。色々な意味で。


「どんな風に捕獲したのか、後で詳しく書いて書簡で送るようにとは言われましたけど、それで許してくださるなんて、ジルさんは優しいですね」

「マリエル」

「はい?」

「……あの名刺だけど……」


 ぴくりと肩を震わせた忍者が、そっと視線を僧侶に送る。


「うふふ、名刺がどうかしました?」

「……なんでもない、うん、なんでもない」


 口を開くたびにほわりと夕焼け色の空気に白くたゆたう呼気を見つめ、魔女はさっき見たことは忘れよう、と心に誓う。マリエルが名刺をどうするのかなんて、気にしてはいけない。そう、触れてはいけないものというのが世の中にはあるのだ。

 見かけたら幸運が訪れるとか、倒せば大金が手に入るとか、胡散臭くも夢がある噂を振りまくだけ振りまいたゴーレムは、そんなものオーリアスには齎さなかった。

 その代わり、戦闘における新しい経験と『言ってはいけない言葉』の大いなる影響力を教えてくれた。

 そう、マリエルとジルは同志だったのだ。それに尽きる。

 ゴーレムはそのおまけみたいなものだ。

 同志とは、かくも通じ合うものなのだろうか。


 切々と、いかにしてゴーレムが『言ってはいけない言葉』を言ったのか、それによって齎された悲しみを訴えた少女の目をじっと見た後、静かに頷いてジルは言った。


「あなたを信じるわ」

「プロフェッサー・ジル。わたし、わたし……」

「いいのよ。そう、この子はこうなるべくしてなったということね……ちゃんと学習させたつもりだったんだけど、甘かったみたい。核の石さえ取り替えればこの子はまた復活するから、その暁には、今度こそきちんと調きょ、しつけをするわ」


 突然態度を軟化させた妹に、ガランドが目を白黒させている間にも、マリエルとジルとの間には、余人にはわからない、同志愛のようなものが芽生えていたらしい。


「あなた名前は」

「マリエルです」

「そう、かわいい名前ね。マリエル、あなたにこれを」

「これは……」


 はっとした様子で手渡された薄桃色の紙片を見つめるマリエル。そして状況についていけず、おろおろする一年生三人と、にこやかなアルタイル。


「副会長なのよ、わたし。名前は出せないけれど、会長は身分ある尊いお方よ。でも、この会には身分なんて関係ない。村娘だって貴族の娘だって冒険者だって、おばあちゃんだっていいの。この会に所属するために必要なのは、同志であること、それだけ……どうかしら、同志マリエル。あなたも会員になってみない?」

「いいんですか?! 噂には聞いたことがありましたが、本当に存在しているなんて……!」

「ふふ、始めは誰でもそう思うのよね。でも会員になればわかるわ……本当に素敵な会なの。ぜひいらっしゃい」

「は、はい!」

「あなたも忙しいでしょうし、時間のある時にでも連絡を」

「お、おい、ジル……なんだかよくわからんが、いいのか? 納得してくれたんだな?」


 呆気に取られている生徒達の視線の中、ガランドの途方にくれた声が響き、ジルは先程までのヒステリックな様子は欠片も見せずに、にっこり微笑んだ。そうすると、元が美人なだけに見惚れるような素敵な女性に見えた。

 尤も、さっきまでの荒れ方を見ていたオーリアスたちにとっては、それだけに余計恐かったが。


「ええ。わたしが悪かったわ。あなたたちもごめんなさいね?」

「は、はぁ……」

「さ、帰りましょ。あ、お兄ちゃん、石代半分出してもらうから」

「なっ!? おい、なんでだ!」


 というやり取りを間近で見たオーリアスは、ジルの視線の意味と『同志の会』とやらについて、なんとなくわかってしまった。

 そして、これが金のゴーレム出現の噂に対する全ての結末だ。


 胸。

 胸とは、かくも業の深いモノなのか。






 のそのそと歩きながら、取り替えることができるなら取り替えたい、外套越しでもそれとわかる自分の胸を見下ろして白いため息を吐きだす。


「それじゃあ、おれはここで別れるとしよう」


 もう少しで女子寮というところまで来たところで、アルタイルが足を止めた。


「先輩、今日はありがとうございました」


 揃ってぺこりとお辞儀した一年生たちに笑い、格闘家はまたなと笑って去っていった。

 三年生になったら、自分たちもあんな風に『先輩』になっているのだろうか。

 ふいに、ひゅうっと強い風が吹いて、四人を凍えさせる。もう本当に冬だ。山の端に齧りついているわずかな太陽が、冷えて乾いた空気を照らしている。


「コタロー、ドウスル?」


 今にも山の向こうに消えそうな太陽に照らされて、全身蜜柑色のグレゴリーが忍者の少年を覗き込む。


「おれは入ってもらいたいけどな。今日の連携も面白かった」

「オレ、コタローノ動キ勉強スル。ソウシタラ、モット強クナッテ、皆ヲ守レルヨウニナルッテ、先輩イッテタ」

「わたしも参考になりました。でも、コタローくんには、あんまりメリットがないかもしれないですね」


 寒風に身を竦めながら三人に見つめられ、忍者の少年は少し考えた後、一言書きつけた帳面を差し出した。


「……そりゃそうだ。すぐに決められるわけないよな」

「ワウ」

「『熟考を要す』って、ほんとですね」


 何も今決めなくてもいい。寒いし冷たい風は吹いているし、空は暗くなって、とても疲れてお腹も空いている。

 決めるのは暖かいところに行って、着替えて、美味しいご飯を食べてからだって問題ない。


「今日の夕飯は一緒に食べませんか?」

「いいな! コタローも来るだろ?」

「ワウ!」


 こくんと頷いたコタローは、ふと空を指差した。


「あ……」

「どうりで寒いはずですねぇ」


 夕焼けの名残を残した空から、ちらちらと白いものが落ちてきている。


「積もるかな」

「どうでしょう。ラビュリントスではあまり積もらないと聞きましたが……わたしの出身国では、殆ど降らないんですよね」

「ペトラモ、降ラナイ」

「『雪かき大変。降らなくていい』……わかる、大変だよなぁ」

「雪かきってなんですか?」

「ワウ?」

「えっ、二人ともしたことないのか?!」

「!?」


 冬になれば雪に閉じ込められる山の上で暮らしていた魔女と、雪の里と呼ばれるくらい雪深い場所で暮らしていた忍者は驚愕した。

 雪かきの大変さを知らないなんて!

 すす、と僧侶と狼族から距離を取った魔女と忍者は、互いの顔を見て、重々しく頷く。

 同志。同志がここにいる。

 マリエルの『会』とは違うが、雪かきの大変さを知るものが二人揃えば、立派な同志になれる。

 毎年毎年、どんなに大変か、じっくり語り合いたいものだ。それだけに、雪かきを知らないという二人を見る目が遠くなる。


「えー……」

「そんな顔しないで下さい、オーリ。雪かきってなんなんですか?」

「ワカラナイ」

「コタロー、一言で説明するにはどうしたらいいんだ」


 『無理』と書かれた帳面に笑い、暗い空から静かに落ちてきている雪に手を伸ばす。


「話せば長くなるんだけど、それでもいいなら説明する」

「じゃあ、早く着替えて食堂に行きましょう。ご飯を食べながら教えてください」

「ワウ」


 山の稜線に消えそうな光を背に、四人は雪の欠片が舞う中、笑いながら温かいご飯を目指して歩いていった。



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