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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第1章
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8、実習前日プレリュード



 ボグンっ!

 叩きつけた杖を引き戻し、ぐんと踏み込んで真っ直ぐに突き出す。

 腹に杖の先をめり込ませたゴブリンがすっ飛んで壁に激突するのを視界の端で捉えながら反転、『見よ我を(アテンション)』を使って敵の注目を集めているグレゴリーめがけて寄って行く連中を後ろから殴り倒す。

 杖の扱いは槍の捌き方と似て、打っても振るっても突いても、何よりも迅速に手元に引き戻すことが肝要になる。


 剣を装備できなくなった時には泣きたくなったが、間合いが長いということは戦闘に置ける何よりの利点だ。うっかり剣士に戻った時に、剣の距離感を忘れていそうで怖い。


「来たきたぁ!」


 陶酔した声を上げてざくざく敵を斬りまくっているマリエルは、本当に楽しそうだった。僧侶ってこんなんだったっけと首を捻ってしまうような手馴れた扱いで剣を斬り下ろし、薙いで、独楽鼠のようにくるくると惨殺していく。

 その理由が判明したので、今ではこういうものなんだと納得しているが、それでも若干怖いと思ってしまうのは仕方の無いことだ、たぶん。

 最後の一匹、惨殺包囲網を抜けてグレゴリーに駆け寄ったゴブリンは、物凄い勢いで突き出された大型盾に吹き飛ばされ、転がった床の上で呆気なく光になった。

 きらきらと消えていくその姿がいっそ哀れなほど、人間にはありえない膂力を持つ獣人だからできる究極の防御型攻撃。


「ふうっ、片付きましたね」

「オレ、ヤッツケタ!」

「おう、やったな!」


 弾むようなグレゴリーの声が響く学園迷宮7階。

 三人で迷宮入りするようになってから、五日目の昼である。


「グレゴリーくんはもう立派な盾士(シールドマン)ですね」

「ああ、パーティメンバーとして不足無しだ」

「オレ、役ニ立ッテル?」

「とっても頼もしいですよ、ね、オーリ」


 大きな身体の半分以上を隠す四角い盾を持ち、ゆらゆら尻尾を揺らしているグレゴリーは嬉しそうに二人を交互に見つめた。

 この大きさのぶ厚い金属盾を平然と片手で持って、しかも大して重くないというのだから、獣人は大概な種族だとオーリアスとマリエルは感心したが、グレゴリー曰く、そうとも言えないらしい。

 グレゴリーは狼の獣人だが、熊の獣人はもっと力が強いし、猫人なら力が低いが素早さや隠密にかけては比類ない。それぞれの種族特性があり、グレゴリーはたまたま『こう』なのだそうだ。


「よかったですよね、ぴったりのジョブがあって」

「超不人気職だけどな。というか盾士なんてあったの知らなかった」

「一年生で盾士をジョブに選んだのはグレゴリーくんだけだって神官様が笑ってましたもんねぇ」

「盾、便利ダ」

「いや、そんな使い方ができるのは少ないと思うぞ……」


 落ちたアイテムを拾いながら、思わず呟いた。

 グレゴリーが選んだ盾士は本当に人気がないジョブだ。なぜなら、武器が装備できなくなる。

 壁役として防御を固める職はそれなりにあるが、武器が装備できなくなるのは盾士だけだ。いくら壁とはいえ、咄嗟の反撃もできないのではあまりにも危険すぎる。

 武器無し、装備できるのは鎧、兜、盾等の防具のみ、覚えるスキルも守備関係のみの、まさに盾野朗(シールドマン)

 しかし、いざ盾士になってみると、これはまさに力が強く怖がりなグレゴリー向きの職なのだということに開眼した。


 ジョブを変え、ちゃんと三人でパーティ登録をして潜った五日前。

 盾士にジョブを変えたはいいものの、大きな金属盾を装備したグレゴリーは相変わらず怯えていた。ただ、攻撃をしなくてよくなったことで、敵に遭遇してもパニックにならずにすんでいた。

 それさえなければ、どうにでもなる。オーリアスとマリエルと二人で撲殺、惨殺し、グレゴリーは後ろで敵を警戒、自分のところに敵が来たら、ひたすら身を守っていればいい。

 獣人特有の気配察知で、スキルいらずの簡易斥候もこなしてくれるし、パーティとしては成立していないが、まだ組んで二回目。まずは戦闘に馴れてもらおうとゆっくり進み、事は三階の角部屋に入った時に起こった。


「からっぽですね」

「宝箱の一つくらいあってもいいのに、ケチくさいな」

「何ニモナイ」

「ないですねー」


 入ったはいいものの、いわゆるハズレ部屋だったのでさっさと出ようとした時、丁度出口に大口鼠(ビッグマウス)が湧いた。


「グレゴリー、構えろ!」


 距離が近いので、魔法を発動するより先に殴った方が早い。とりあえず中型犬くらいの一匹を殴り飛ばしたが、大口鼠は攻撃力は低い代わりに動きが素早い。

 そこそこ大きいくせにちょろちょろと足元を駆け回り、狙いがつけずらいのだ。


「このっ」

「えい!」


 大振りを避け、できるだけ払うようにして攻撃を中てていく。


「きゃあっ!?」


 その時、剣を振り下ろした瞬間にローブの裾に齧りつかれたマリエルが体勢を崩した。

 グレゴリーは勇敢だった。すくなくともその瞬間は。

 倒れかけたマリエルを支えようと、怖いのを堪えて踏み出したのだから。

 ところがグレゴリーが動いた時、大口鼠がちょろりとその足元を走り抜けたのだ。


「ギャンッ!?」


 オーリアスの目の前で、グレゴリーが轟音を立てながら盾を下敷きに転がる。

 あ然とするマリエル共々、慌てて鼠をタコ殴り斬り捨てて、転がっているグレゴリーに駆け寄った。

 大柄なグレゴリーの半分を覆うような金属盾なのだ。その重量たるや下手をすれば手足が潰れてしまう。


「怪我してませんか!?」

「すごい音したぞ!?」


 のそりと起き上がったグレゴリーは呆然とした顔で二人を見上げ、ぶるぶると首を振った。どこも傷めた様子はない。

 ほっとしたオーリアスは人騒がせな狼に軽口を叩いた。


「獣人って、転ぶんだな?」

「……ワウ……」


 運動神経ではどんな種族よりもまさる獣人、それも勇猛な狼族が鼠に足を取られて転ぶなんて。


「からかっちゃダメですよ。よかった……怪我しなくて」

「ドンくさい奴。でも、助けようと思ったんだろ?」


 こっくりと頷いたグレゴリーの頭をぐりぐりかきまわす。


「一歩前進したんじゃないか」

「オレ、ガンバル」

「無理しないように、ですよ」

「じゃ、行くぞ。今日は5階までは行きたいからな」


 二つ目玉の出る6階層まで行くのはちょっと怖いので、5階まで。

 さあ行こうと立ち上がったグレゴリーが、ぐいと金属盾を持ち上げる。


「お?」

「あら?」

「ワウ?」


 その下には、ぺちゃんこになった大口鼠がいた。すぐにきらきらと光って消えていく。


 グレゴリー、初めての勝利。


 なるほど、盾というのは時に武器になるのだ。目からウロコが落ちた瞬間だった。


 幸いグレゴリーは尋常ならざる膂力の持ち主で、大きな盾を自在に動かすことができた。

 武器を装備できない盾士でも、盾そのものを武器にすれば戦える。

 普通の(ヒューマン)には無理だろうが、下手な剣や棍で殴るよりずっと強いし、自分の身を守りながら攻撃できるので、怖がりなグレゴリーにぴったりだ。


 撲殺魔女、惨殺僧侶、圧殺盾士が揃ったと大喜びのマリエルと、よくわからないがつられて喜んでいるグレゴリーをオーリアスは遠い目で見つめたが、それ以来、グレゴリーはちょこちょこ戦闘に参加するようになったのだった。

 

 グレゴリーが盾士として開眼してから、三人の探索は非常に順調で、それぞれ新しいスキルも覚えた。

 その過程で互いのスキル確認をした際、マリエルのステータスカードに『戦神の加護』という文句が刻まれていることを発見して、どうりで戦えるわけだと納得したり、グレゴリーがスキル『見よ我を(アテンション)』を覚え、戦闘をコントロールできるようになったりした。


「さ、どんどん進みましょう! 明日の実習に向けて練習あるのみ!」

「オーリのスキル、凄イ」

「……わかってるよ。使いこなせりゃ凄いってことはな……」

「ナニがそんなに嫌なんです? 格好いいじゃないですか」

「縄、格好イイ」

「よくない、全然格好よくない!」

「素敵ですよ? 女王さまって感じで」

「女王サマ、縄使ウ?」

「うふふふふ」


 現状、明日に向けてパーティが中々いい仕上がり具合だというのはオーリアスもわかっている。

 わかってはいるのだが、自分の新スキルのことを思うと悲しくなってくるのだった。


「なんだよ! 折角新しいスキル覚えたと思ったら『巧みな縄(バインド)』って!」


 実習の日は、もうすぐそこまで迫っている。 




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