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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
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78、捕獲完了のお知らせ





 手のひらに残る手ごたえ。

 一瞬呆けた魔女を待っていたのは、怒涛のような歓声だった。

 音を立ててまともに弾かれた金のゴーレムが恐ろしいほどの速さで壁に叩きつけられ、せいぜい10シムほどしかない小さなものがぶつかったとは思えない音が響きわたる。

 叩きつけられたゴーレムは壁に放射状の皹をつくり、めり込んだ壁から、石の欠片とともに地面に落下した。


 かつん、こつ。


 壊れた玩具のように床の上に転がるゴーレムは、こうなってはただの金属体にしか見えなかった。魔女の一振りはそれだけ決定的な、生物だったら確実に致命傷、もしくは即死したはずの攻撃だったのだ。


「……あっ!?」


 緩みかけた空気の中、見物の集団の中から悲鳴に似た声が上がる。

 もはや死に体としか思えなかったゴーレムが、ぎしぎしという音が聞こえてきそうな動きながらも、確かに動いていた。

 平然と石を潰し壁を砕く魔女の渾身の一撃を受けて、なお動きだしたゴーレムの恐るべき頑丈さに、それなりに経験を積んできた上級生たちでさえ、困惑を湛えた顔つきになる。


 極度の集中が解けた反動で動けないでいる魔女から、役割を受け継いだように白いローブが飛び出す。

 錆びついたような不自然な動きで、それでも起き上がろうとする気配を見せているゴーレムに駆け寄るやいなや、手にした剣を握り締め、軸足はしっかと地面を踏みしめ、そして逆の足を思い切り後ろに振り上げる。


「わたしと同志の怒り、思いしれぇっ!」


 薄暗い迷宮の通路に、白いローブが大きな花びらのようにひらめいた。


 がつん!


 マリエルは全身の力でもって、のたうつ魔動人形(ゴーレム)を蹴り飛ばした。

 殆ど無抵抗の相手に対する、遠慮も手加減もない、この上ない一撃。

 その背後から、かすかな衣擦れの音をさせて忍者の少年が飛び上がった。

 魔女に打たれた時のように壁にめり込むことこそないものの、下から上に思い切り蹴られたゴーレムは勢いよく壁にぶつかって宙に投げ出される。

 さすがにあれだけの打撃を食らったことで、ゴーレムにも異常が起きているらしい。力なく落下してくる金属体に向かって、懐から手を抜きざま投げつけられたものが、ぱっと弾けるように開いて絡みついた。


「投網!?」

「おいおい、なんで投網なんか持ってんだ!」

「忍者ってすげー……アレ、どこで売ってるんだろう。欲しいんだけど」


 ばさりと地面に落ちた、目の細かい網に絡め取られた小さなゴーレムに、やっと我に返った魔女が駆け寄る。

 そうして網ごとぐいと掴み上げると、興奮に頬を赤くして叫んだ。


「つっ、捕まえたぁー!」


 そのまま、ぺたんと腰を落としてしまった魔女に、剣を鞘に収めたマリエルが飛びついた。


「オーリーっ!」

「マリエル!」


 どんと飛びついてきた僧侶がぎゅうぎゅうと魔女を抱きしめる。二人とも汗だくで疲れきって、ひどい有様だった。立ち上がるのも億劫だ。

 忍者のコタローは二人のように座り込むことはしなかったが、背中をぐったりと壁に預けて、目を閉じたまま激しく胸を上下させている。


「やったぁー!」

「すげー! すげーぞおまえらァ!」


 はしゃいだ上級生たちの歓声に包まれて、オーリアスとマリエルは、深々と息を吐く。

 たかが小さくて素早いものを捕まえただけではないかと言うなかれ。こんなに疲弊したのは、大鬼に出会って以来のことだ。


「マリエル、あの蹴りすごかったな……」

「オーリこそ……あの一振りすごかったです」


 ぼうっと顔を見合わせた二人はふいにくふくふ笑いだすと、のろのろと立ち上がった。

 二人の視線の先には、立ってはいるが明らかにぐったりしているのがわかる忍者の少年がいる。


「コタロー!」

「コタローくん!」


 足をもつれさせるようにして走り出すと、壁に寄りかかることでようよう立っている風情の忍者に二人揃って飛びついた。

 忍者の少年は無様な悲鳴は上げなかったが、上げなかったというよりは上げられなかったというほうが正解だろう。二人の少女に押し潰された忍者は、壁と二人に挟まれて圧死しかけた挙句、無残に床へと崩れ落ちる。


「すごいな! 忍者って凄いな! おまえすごいなぁ!」


 網ごと掴んだままのゴーレムと逆手に握った杖を振り回し、興奮しきりの魔女と。


「すごいすごいすごい! 忍者すごいです! コタローくん、すごい!」


 興奮に目をきらきらさせて忍者装束を揺さぶる僧侶。

 ただでさえ疲れきっているところに、二人分の体重を重石のように乗せられている忍者が味わっていたのは、喜びではなくて苦痛だったのは間違いない。

 そこにグレゴリーと何事か話していた格闘家がやってきたことで、息も絶え絶えなコタロー少年の状況は改善された。


「三人ともよくやったな!」

「先輩!」


 忍者に馬乗りになっている二人の腰をひょいと抱えて立ち上がらせたアルタイルは、満面の笑みを浮かべている。


「コタロー! さすがだ! 体さばき、間の読み方、空間の使い方も、勉強になった! ただ、惜しむらくは後半、かなり疲れてきていたな。今後は体力づくりを重点的にやってみたらどうだ? だが、さすがだ!」


 床の上でぐったりしている忍者の少年は、弱弱しく頷いた。


「マリエル!」

「はい!」

「最初は感情的になりすぎていたが、後半はぐっとよかったぞ! 特に、最後の蹴りはなかなかのものだ! 剣士だからといって剣だけ使わなければいけないわけではないからな。その判断やよし!」


 アルタイルの褒め言葉に、まだ汗が引かないままの僧侶はにっこり笑う。ついでにぐりぐりと頭を撫でられ、慌てて後ろに下がると髪を整える。


「オーリアス!」

「はい!」

「いい集中力だった! あの一振りは見事! 相手の思考を読めていたな! 少し掴んできたんじゃないか?」


 こくりと頷いた魔女に無造作に伸ばされた手のひらが、さきほど僧侶にしたのと同じように、ぐりぐりと撫で、汗にぬれた髪をかき回す。一つに結った髪が引っ張られて、痛い。


「……先輩」

「なんだ?」

「先輩って……」


 ゴーレムを殴り飛ばした瞬間、考えていた色々なことは、今は不思議と曖昧だった。

 あの瞬間はあんなに悔しいと感じていたのに、今はそうでもない。ただ、悔しい気持ちと、それとは違うよくわからない気持ちが入り混じったような、不思議な心地がした。 


「……先輩って、先輩なんですね」


 結局出てきたのはそんな言葉で、やけにしみじみとそう言われたアルタイルはきょとんとした後、笑い出した。


「そうだぞ! 一体なんだと思ってたんだ?」

「いや、そうじゃなくて、なんていうか……あの、そこまで笑わなくても……」

「ははは! よし、そのゴーレムを預かっておこう! もう逃げ出さないとは思うがな!」


 何がそんなにおかしかったのか、まだ笑い続けているアルタイルに困惑しているオーリアスの袖を、横からちょい、とマリエルが摘んだ。

 にこりと見上げてくるマリエルにはっとして、床に倒れたままのコタローを覗き込む。


「起きれるか?」


 よろよろと上半身を起こしたコタローの手を、二人がかりで掴んで引っ張り上げる。

 そうして、目しか見えないながらも、わけがわからないという気配を漂わせている忍者の手を掴んだまま、走り出した。とはいえ、その足取りは普段より重い。だが、精一杯の持てる力を振り絞って、忍者の少年を道連れに二人は走った。

 目的地は勿論、決まっている。


「グレゴリー!」

「グレゴリーくーん!」

「……!?」


 罠士の仕掛けた物騒な『とるとるくん二号』は解除されていたので、満面の笑みを浮かべた二人と引きずられている一人は何の躊躇いもなく、ぶんぶん元気よく尻尾を振っている狼族に飛び込んだ。


「やったぞ!」

「捕まえましたぁ!」


 ぎゅうぎゅう抱きつく二人を危なげなく受け止めたグレゴリーは、遠慮するようにそろそろと後ずさった忍者をもう片方の腕でひっ捕まえると、三人まとめて抱え、ぐるぐる回った。


「ワウ! 見テタ! スゴイ! スゴイ! 三人トモスゴイ!」


 三人とも、本当に凄かった。一緒に参加できていたら、もっと嬉しかったとは思うが、グレゴリーは本当に嬉しかった。ぎこちなかったものが段々滑らかになって、攻撃の連携とはこういうものなのかとうずうずした。いつもの三人とは違う、新しい形。


 グレゴリーはぐるぐる回る。悔しくはなかった。グレゴリーの仕事は、誰かを守ることだから。

 三人とも防御力はあまりない。だから、何かあったら、グレゴリーが守るのだ。盾をかまえて、誰かを守る為に前に出る。

 そう思って、おや、と気づいた。そういえばコタローはパーティメンバーではないのだった。

 あんまり馴染んで戦っていたせいだろうか。明日からもあんなふうに連携する三人を、自分が守りながら戦う様子が自然に想像できるのに。


 きゃあきゃあとはしゃいでいる残酷物語と、ぐったりしたまま狼族に抱えられている忍者の少年に微笑ましげな視線が送られる中。


 転移陣が来訪者の存在を告げるように発光する。

 罠士がつまらなさそうな顔で、天井に貼りつけの計になっている生徒達を回収している騒ぎの向こう。

 転移陣に現れた人影から飛んだ鋭い声が、和気藹々とした空気をぴしゃりと貫いた。


「私の可愛い魔造人形(クリエイトゴーレム)は、どこなの!?」


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