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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
88/109

77、小さな覚醒




 迷宮29階、転移陣前は異様な熱気に包まれていた。

 29階に新しくやってきたパーティは、目の前の後輩たちから決して目を逸らさない『裸一貫』に軽く事情を説明され、仕方ないので引き返すか、中々見られない戦いの様子を興味深く観戦するかの二つに分かれている。何せ、入り口付近の空間一体が罠士によって確保され、噂のゴーレムと一年生たちの戦いが繰り広げられているのだ。それを越えて向こうまで言ったとしても怪しげな光の幕が張られているし、とても無事に抜け出せる気がしない。


「結構やるなぁ!」

「いけるいける! 軌道読んで!」

「油断するなよ!」


 始めは好奇心を露にしてにやにや眺めていた上級生パーティも、段々と熱の篭った歓声を送るようになっていた。


「マリエル!」

「わかってます!」


 呼びかけに呼応して放たれた風の斬撃がゴーレムを掠り、高速の移動を繰り返していたゴーレムが、その衝撃によって弾かれる。

 重心を失い、その軽さも手伝って派手に飛んだ小さな金のゴーレムを待っていたのは、直刃による襲撃だった。音もなく壁を蹴った忍者が宙を飛ぶ金色の光に迫る。

 下から上へ。宙に浮かんでいる以上、避けようのない一撃。

 にも関わらず、ゴーレムにその刃が触れることはない。


「くっ、また……!」


 オーリアスの悔しげな声にも、コタローの顔半分を覆う口布越しの呼吸音にも、隠し切れない疲労感が滲んでいた。こうしてゴーレムを三人で捕獲にかかって、どれくらいたっただろう。常に動き続けているせいで体力は否応なく減っていき、時間が過ぎれば過ぎるほど、ままならない苛立ちが精神をすり減らす。


 忍者の少年の近くを避け『移動』したゴーレムに、マリエルが肉薄する。終始笑みを浮かべたままの口元は変わらないが、ぎらつく緑の目には、戦闘による高揚以上の真剣さが満ちていた。

 何度となく至近距離でやりあって、わかったことがひとつ。ゴーレムはそれ自体の動きがとても早い。そして同時に『超近距離瞬間移動』とでもいうものを使っての移動もしている。

 そうでなくては空中から突然離れた場所に移動できることの説明ができない。この『超近距離瞬間移動』は、明らかに今までになかった動きだった。それに、極至近距離の移動しかできないのは確かだろう。そうでなければ、とっくにあの光る幕の向こう側に移動しているはずだ。


「はあっ!」


 横なぎに空気を裂いた一撃を、金色の光が辛くもかわす。そこに魔女の杖が唸りを上げた。

 点ではなく、線で。完璧な一撃はいらない。当てて、ゴーレムの動きを止める、もしくは狂わせる。それがオーリアスに課せられた役割だ。


 三人の連携は時間を過ぎていくほどによくなっている。元々パーティメンバーである魔女と僧侶の連携は言うまでもなかったが、急ごしらえの即席メンバーである忍者の少年の間の取り方、呼吸の読み方には恐るべきものがあった。わずかなこの時間に、あっという間に二人の呼吸を読み取り、すぐさま二人の連携を補う形で戦闘に加わってなんの違和感もなく動き回っているのだ。

 そして二人も少年の意図を汲み取り、積極的に忍者を使うようになっていた。即席とはとても思えない、息のあった動き。

 だが、それでも捕まえることができないということは、ゴーレムの動きが三人を凌駕しているということであり、このまま続けても、三人の体力が尽きるのが先になるかもしれなかった。


 悪くない。決して悪くない。むしろ、どんどん良くなっていく。三人の動きに無駄がなくなり、切れ目のない美しい連携が展開している。惜しむらくは、魔女と僧侶の戦い方が真正直すぎる。壁を砕いて目くらましを使うなり、風の斬撃を遠距離からゴーレムの動きを阻害する意図で放つだけではなく、近距離に詰めて放ってもいいのだ。相手の虚をついて隙を作ることが出来れば、戦況はもう少し有利になるはず。

 驚くほど身軽く飛び回っている忍者には、そういった虚実の使い方がよくわかっているようだった。

 そしてそれを自覚している。正攻法で飛び掛っていく魔女と僧侶の後ろから、前から、横から、縦横無尽に隙をつこうとしているのがわかるし、自分を使えばいいのだ、と、何度かの攻防と連携で二人に理解させた。真正直すぎる二人の攻撃に、忍者が加わることで駆け引きが生まれ、攻撃に幅が出来る。


「でも、ちょっと疲れてきてるかな」

「動きっぱなしだもんなァ」

「よく動いてるよ、一年生だぜ、あいつら」

「オレが一年の時なら、もうとっくにへばってるわ」

「足止まってるぞ! 動いて動いて!」


 歓声は激しくなっていくが、必死の形相で動き続ける三人に聞こえているだろうか。

 明らかに一年生の力量で追い掛け回すような相手ではない。そこにあえて挑ませてきたアルタイル・ベガは、随分とこの一年生組を買っているらしい。


「いつまで持つかねぇ」

「が、が、がんばってるね、す、すごく……」


 盾を構えたまま、じっと三人の様子を見つめている狼族の背中をやさしく撫でながら、罠士はその光景を眺めていた。あんな風に正面きって全力でぶつかるなんて、泥臭いし汗臭くて、全く持って趣味ではない。そもそも、罠士の矜持があんな戦い方を許さない。挑んでも挑んでもムダなことになど、時間をかけたくないし、目的を遂げる為の手段があるのなら使うにこしたことはないのだ。彼らは一言、アルタイルに声をかけるだけでいい。

 もう動けません、助けてください、と。

 それだけであのアルタイル・ベガのことだから、笑ってゴーレムを捕まえてくれるだろう。よくがんばったなと褒めさえするはずだ。

 それなのに、あの一年生どもときたら、音を上げる様子をちらとも見せない。歯を食いしばって必死の形相で、全力を尽くせば必ずなんとかなるのだと思っているように。


「グレゴリーくん」


 やわらかく指を受け止めてくれる毛並みは心地よく、いつまでだって撫でていたい触り心地だ。

 狼族は、今にも駆け出しそうだった。あの三人が攻撃を仕掛ける度緊張して、失敗すれば尻尾を動かし、目線はずっとあの三人に据えられたまま。

 行きたくて行きたくてしょうがないと全身で主張しているような、なんて愛すべき獣の一族!

 向こうに何か動きがあるたび、ぴくりと尻尾が跳ねるのを、罠士は本当に愛おしく思う。子どものころ、ずっと相棒だった小さな犬。もういないけれど、いつだってあの温かい、切なくなるような犬の匂いを、やわらかい毛並みを思い出す。この狼族からは、大事な記憶の中のあの子の匂いが少しだけした。


「普段、毛並みのお手入れには何を使ってるの」

「……『美シイ毛皮ノタメノツヤクリーム』」


 心ここにあらずといった様子で返ってきた返答に、罠士の目がかっと見開かれる。


「そ、それは、それは幻のお手入れアイテム……!?」

「おれ、おまえが何に興奮してるのか全然わかんねぇや」

「お、お、オリガン、じゃ、邪魔したら、だ、だめだよ……」

「……もう、辛い……」

「なぁ、俺たちもう天井に貼りつけられてる意味ないよな!?」

「お願い、降ろしてー!」

「そろそろラフが超えてはいけない境界線を越えそうなんだが……!」

「あっちが終わったら降ろしてあげてもいいよ」

「ちっくしょおおっ! 残酷物語ー! それと忍者ー! がんばってくれえぇー!」

「そして俺たちを天井から解放してくれ……」






 暑くてたまらない。額を流れ落ちる汗が鬱陶しい。心臓が壊れそうなほど脈打っているし、呼吸も苦しい。つまり、そろそろ体力が尽きそうだ。

 マリエルも目はぎらついているが、やつれた顔をしているし、コタローは目しか見えないが、身ごなしが重くなってきているように見える。多分、オーリアスも同じような顔をしている。

 疲れて苦しくて、多分、一度止まったら動けなくなる。大鬼(オーガ)とやりあった時も、こんな風になった。今は命の危険にさらされているわけではない。

 それでも感じている感覚はあの時によく似ていた。


 金のゴーレムの噂を聞いて、どこか遠足のような、うきうきした気分で29階にやってきた時には、こんなことになるなんて思ってもみなかった。簡単に捕まえるだとか、倒すだとか言っていたが、実際こうして向かいあってみれば、相手は攻撃の手段を封じられて、移動しかできない状態なのに、三人がかりでも捕まえることすらできない。罠にかかってくっついていたから逃げるしかできなかったんだとか、そんなことではなかった。これで先輩達が相手にしていたように光線まで撃ってくる状態での捕獲だったとしたら。


 ぎりぎりと杖を握り締め、地面を蹴る。

 悔しいと思うのはお門違いだ。小さくて、あまり頭が良さそうには見えなくて、ちょっと素早くて光線を撃つだけの相手。そう思って、なめたのだ。強そうに見えなかった、ただそれだけで、相手をなめた。それが全てで、それ以外はない。だから、悔しいと思うこと自体馬鹿げている。

 それなのに、このふつふつと湧き上がってくる悔しさは一体なんだ。


 体力には自身があるほうだが、一瞬も休まず動き続けることがこんなに辛いとは思わなかった。 

 杖を振り上げる腕が重い。でも少し、わかってきた。コタローがそれを教えてくれた。自分が突っ込んでいくばかりではなくて、相手を誘導するという方法もあること。

 マリエルが飛び込んで、ゴーレムが逃げる。逃げた先に現れたゴーレムに、コタローのクナイが、一、二、三!

 わざと隙間を空けて、歪な線を描いて飛んだそれに、一瞬ゴーレムが動きを止めた。

 どこに移動する? 瞬間移動は、明らかにわずかな距離しか飛べないのだ。少なくとも、1セムから2セムの間くらいしか。

 だとしたら、なるべく広いところに行きたいはず。オーリアスたち三人と均等に距離を取れる場所。


「ここだぁっ!」


 杖を振る、それだけの時間。ほんのわずかな、瞬間に似た時間。

 思考速度がおかしくなっている。

 ゴーレムの出現場所、マリエルとコタローの場所、二人の行動、自分の動き、今日の出来事。これまでの経過。

 全て考えている。考えられている。動けば動くだけ苦しくて辛くなるのと同時に、二人との連携が繋がっていく。切れ切れだった線が、滑らかに曲線を描いていく。


 だから、アルタイルは一緒に来てくれたんだろうか。

 罠にかかってくっついて、ゴーレムを発見して追いかけて、追いかけられて、先輩達を引き連れて走り回って、転移陣に飛び込んで。

 元々ゴーレムを捕まえにきたわけではないアルタイルは、その時点で引き上げたってかまわなかったはずだ。それにあの格闘家は多分、ひとりで捕まえられるに違いない。それなのに当たり前のように一緒に戻ってきた。そうして修行だなんて言って、わざわざ他のパーティに頭を下げて。


 悔しいのは、自分の心のたるみを突きつけられたからだ。クロロスに奢っていたのを戒められて、ちゃんとやろう、真剣にやろうと決めたはずだったのに!

 そして、そんな自分を見透かされたような気がして恥ずかしいから、悔しいのだ。

 浮ついた自分達が危うく見えたから、アルタイルはついてきた。コタローまで巻き込んで、わざわざ自分達に経験を積ませようとして。

 悔しいのは、そんな自分に気づいてしまったせい。そして、彼にはまるで適わないとわかってしまったせいだ。


 金色の光が視界に現れる。

 仕留めるための一撃でなくていい。決定的な一撃を決めるための、呼び水になればいい。

 手首を効かせて、杖を振る。視界の中で、金色の光に向かって畳まれた肘がゆっくりと伸びていく。


 かつ、と音がした。

 杖は止まらない。振り切られた杖が美しい弧を描いて、何かをまともに捉えた。

                

 




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