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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
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76、実況をお願いします






「な、なぁ、今どうなってるんだ!? オレの視界、天井に占領されてて、音しか聞こえないんだよ! 会話も聞こえたり聞こえなかったりで」

「……黙ってた方がいい、埃が口に入る」

「もう手遅れだよ! なぁ、話してないと恐いから実況してくれ! 背中にゴーレムの光線が当たったりしないよなぁ!? 裸一貫が予定変更だって叫んだあたりから、いまいちよくわからないんだ! 避けられたんだよな? あいつのおかげで惨劇に巻き込まれずに済んだんだよな!?」


 天井と抱擁している棍使いの必死さに、魔法使いは優しく言った。


「無理。だっておれ、目を閉じてるし」

「なんで!? おまえ下向きにくっついてるんだろ!?」


 視線を動かすとわずかに見える魔法使いらしきローブに食い下がる。

 背中の遙か下からは、激しく動き回る音と掛け声のようなものが聞えてくるだけだし、少し離れたところからは、けっこう可愛いと気になっていた僧侶の子が、ローブの中見えちゃうと叫んでいる。これが気にせずにいられるか。流れ光線だって飛んでくるかもしれないし。

 この状況を何とかして把握したい棍使いは、いまさら埃が口に入ったところでかまうもんかと言い募る。そこに、最後に接着された大剣使いが重々しく割って入った。


「勘弁してやってくれないか……ラフは、高所恐怖症なんだ」

「えっ」

「……上向きの方がまだマシだったような気がする。でもやっぱり気のせいかもしれない。見えたら見えたで、見えないなら見えないで、どっちだろうと結局恐いんだ。……おれ、洩らしたりしてないよね? まだ大丈夫だよね?」


 紙のような顔色で、悟りを開いたかの如きかすかな笑みを浮かべている魔法使いを、大剣使いが必死に励ます。


「だ、大丈夫だ、多分! 耐えろ! 耐えるんだ! おまえはやればできる奴だろ!」

「あの……なんかごめん……」

「おれが代わりに実況するから」

「お、お願いします」

「とりあえず、アルタイルのおかげでエルマーの奴、惨劇の罠は作動させないことにしたらしい。で、アルタイルの連れてた一年パーティ、残酷物語と、もう一人、あいつらにゴーレムを捕まえさせようってことになったみたいだ」






 ひゅんひゅんと風切音を立てながら斬撃が飛ぶ。

 天井付近には行かないように気をつけてはいるものの、それ以外は問答無用でひたすら風の刃を飛ばしてゴーレムの動きを阻害してるマリエルに、罠士パーティの前に立ち、紙防御なんだと自己申告した三人の壁になっているグレゴリー。


「このっ!」


 ずん、と石にめり込んだ杖を引き抜いて再度構えるオーリアスに、離れたところで様子を見ていたアルタイルから指示が飛ぶ。


「オーリアス! 点じゃなく、線を意識して振れ!」

「はい!」


 師匠と弟子のような二人のやり取りの間に、音もなく飛び上がった忍者がクナイを投擲する。

 小気味のいい音を立てて壁と床にぶつかり、三本目が光線を封じられたゴーレムの右腕部分に当たって弾かれた。

 ゴーレムの構成物質が金なら今の衝撃で抉れているはずだが、マリエルの斬撃があたってもオーリアスの振り回す杖がかすっても吹き飛ぶだけで決定打にならない状況に、コタローは感心していた。

 一体アレは何でできているのだろう。それに、喋るだなんて凄い。マリエルの演説を聞いている時には、少女の大いなる怒りの方が問題だったので聞き流してしまったが、そういえば言っていた。あのゴーレムに罵倒された、と。

 アレが魔物かどうか定かではないが、会話のできるゴーレムなんて聞いたことがない。

 思考はとめどなく流れていく。しかしあのゴーレム、なんとも速い。


 ゴーレムの動きは実際に相対してみると、傍で見ている以上に速く感じた。これでも最初に見つけた時ほど速くないと魔女が言っていたから、凄まじい。下手すれば目視も危うかったかもしれない。

 降りざま、つ、とつま先が地面に触れた瞬間に地面を足指の力だけで蹴り上げ、身体が浮いたのを利用してゴーレムの行く手を塞ぐように手裏剣を投げつける。限られた空間で複数を相手に逃げ回らなければならないゴーレムの動きはさすがに単調になってきているが、移動場所を読んで放った手裏剣は、ゴーレムの体表で弾かれて壁に突き刺さった。どうやっても飛び道具ではアレを制圧するのは無理なようだ。魔女の一撃が真正面から当たればさすがに無事とはいかないだろうが、さてその一撃が難しい。

 迷宮の通路にあちこち杖をめり込ませている恐るべき魔女の一撃を待つか、それとも。

 着地の瞬間、迫りくる気配を感じて慌てて首を竦めた。とんと地面に降りて、駆け出すついでに刺さっているクナイを回収。


「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


 なんともないと頷いて見せ、ひっそりとため息。罠士によって光線という攻撃手段を封じられたゴーレムよりも、僧侶の放つ無差別斬撃の方がよほど危ない。無差別なだけに、ゴーレムも苦戦しているようだが。


「さすがだな! 動きにムダがない」


 離れた場所からアルタイルにお褒めの言葉をもらって、軽く頭を下げる。天才に邪気なく褒められて、悪い気はしなかった。

 少しばかりはにかんで、コタローは懐に仕込んだモノの存在を指先で確認した。







 大立ち回り中の三人を見守るグレゴリーは困っていた。


「おい、エルマー、やめろよ困ってるだろ」

「え、エ、エルマー、だ、ダメだよ、お、お、お触り、禁止って……」

「声をかけたのはこっちからとはいえ、正直、アルタイルにいいとこ掻っ攫われるのを防ぐためだったじゃないか。幸い罠は上手く張れて、オレだけでなんとかなるのに、わざわざ譲ってあげたんだよ? あのゴーレムがどんな風に踊ってくれるのか楽しみにしてたのに、引いてあげたんだよ? このオレが。天井に何人かひっつけるだけじゃ前菜にもならないってのに、あの『裸一貫』が後輩の修行にちょうどいいからって頼むから。まあ、ひとつ貸しは作れたけど、でももうちょっとくらい見返りがあっても許されると思わない?」


 目の前で繰り広げられている一年生達の奮闘には目もくれず、陶酔した目つきで目の前でゆらゆら揺れている狼族の尻尾を見つめているエルマーの怪しげな雰囲気に、仲間二人は冷や汗をかいていた。

 そしてグレゴリーは困っていた。尻尾は敏感だから、あまり知らない人には触ってほしくない。しかし、この先輩のおかげで『ゴーレム捕獲作戦兼小さくて素早いものと戦う時のコツを見につけよう』が出来ているのも確かだ。


「……チョットダケナラ、触ッテモ、イイ……」


 派手に動き回っている三人に混ざりたい気持ちがうずうずと沸いてくる。でも、今回は我慢してくれとアルタイルに頼まれてしまったし、誰かを守る行為は大事だから、我慢だ。なんといってもこの先輩たちは、ゴーレムの光線が当たったら、本当に死にかねないくらい『薄い』らしい。マリエルの斬撃や、コタローの飛び道具、それにオーリアスの杖なんかがまかり間違ってこちらに飛んできたら、グレゴリーがなんとかしなければ。


 ちょっとだけならいいよ、と先輩をちらりと振り返ったグレゴリーは、それまで陶然としていたエルマーがむっとした顔になったので困惑した。


「君は何か勘違いをしてない? オレはたしかに君のようなもふもふした存在が好きだ。愛してるといっても過言じゃない。できれば触りたいし撫でたいし尻尾だって掴んでみたい。目の前に揺れる尻尾があったら、掴みたい欲求に苛まれるさ! だからって、本人の意思を踏みにじってまで掴もうなんて思っちゃいないよ! なんだ、オリガンとトランクルも! オレが彼に性的暴行を加えるんじゃないかと疑うような顔をして! オレは真っ当なもふもふ愛好家だ! 触られたくない場所を触ったりはしない!」


 きりりと見つめられたグレゴリーは、うんと頷く。先輩の目は、嘘をついていない。


「あー……悪かった、おまえがあんまり真剣に尻尾を見てるからさぁ」

「……も、も、もしかしたらと、お、思って……」

「わかってくれたならいいよ。それじゃグレゴリーくん」

「ワウ?」

「どこなら触ってもいいのかな?」







 つまり、これは一種の狩りだ。

 オーリアスは息を吐いて、杖を握りなおした。目で追っているだけではとても捕らえられない。

 網のようなもので絡め取ってしまうのが一番いいが、それにしても動きを止めるか行動を予測するかしないと上手くはいかないだろう。わざわざ、予定を変更してアルタイルがかけあってくれた実践修行だ。相手が攻撃を封じられていて、なおかつ、定められた場所から動けないなんて、滅多にあることではない。


 やっぱり、先輩たちはさすがだな、とグレゴリーと一塊になっている先輩パーティをちらりと見る。

 ゴーレムと戦っていた先輩たちが全員天井に張りつけられてしまって、ゴーレムは明らかにこの場を突破するつもりで移動を開始していた。ここに来る前に、ねっとり輝くその身体に巻きつけていた蜘蛛の巣はあらかた取れてしまったようで、かなりの速さを取り戻していたし、当然、先輩達をすり抜けて逃げ出してしまうと思えた。

 ところが、先輩達の手前でゴーレムは何かに『くっついた』。あの動きはそうとしか言えない。突然金の光が止まったと思ったら、ゴーレムがきーきー叫びだしたのだ。


「クモノス!? ナニヨコレ! ヒドイ! ヒドイ! アンタタチナンカ、シンジャエ!」


 甲高い叫びとともに、無防備な先輩三人に光線が打ち込まれる、そんな光景を思い描いて、走り出そうとしたオーリアスを止めたのは、他ならぬゴーレムだった。


「!? ナンデ? デナイ! ドウシテデナイノ!?」

「その『ねばねばくん改』は魔力の動きを阻害する粘着質な魔力だから、もう光線は打てないよ。ずっと見てたけど、キミの光線は純粋な魔力の塊だろう? どういう仕組みで発射しているのかは知らないけど、要になっているのはその赤い石で、そこ以外からの照射は一度もなかったし、光線が曲がることもなかった。キミの光線は直線状にしか発射できず、発射口はその石、だったら、それを封じればいい……なんて全部分析したのはオリガンなんだけどね。それに、ここから先は通れないよ、ほら、見えるようにしてあげようか」


 にこやかなエルマーがぱちんと指を鳴らした途端、とくに構えることもなく立っている三人ともがくゴーレムを分断するように、うっすらと光る幕が現れた。通路の天井から床までをぴたりと遮断するようなそれは、離れていてもなにやら不穏な気配を感じさせた。


「魔力を吸い取る『とるとるくん二号』だよ。この幕に触ると魔力を吸われるから気をつけて」


 ナイフを玩んでいる盗賊が、不穏な幕の向こう側から、じたばたもがいている小さなゴーレムを覗き込む。


「もうちょい突っ込んでくれたら、さっさと捕獲できてたのにな」

「まぁね、でも大丈夫! 『ねばねばくん改』はあくまでその石を封じるだけで、キミの速さまでは封じない。まあ、少しはねばつくだろうけど」


 だから、がんばって逃げてくれてもいいんだよ?

 そうじゃないと、つまらないから。

 

 そう言って、何かをしようとした罠士を、アルタイルが制止した。


「待ってくれ! そのゴーレムはもう光線を撃てないのか」

「多分ね。絶対とは言わないけど、まあ、間違いないんじゃない? 出口を塞がれているのに無理やり発射し続けたりしたら、自分の体に負担がかかるだけだと思うし」

「そうか……ならば、予定変更だな!」


 そうして、アルタイルは罠士パーティに頭を下げたのだ。

 後輩の修行に、そのゴーレムを使わせてくれと。


 動き回るゴーレムから一旦目を離して、呼吸を整える。焦るのが一番よくない。平常心、それが狩りには一番必要だ。そして、ここ一番の集中力。


「マリエル、そろそろ落ち着いたか? オーリアスと二人で連携して動いてみろ! コタローは二人を補佐だ!」


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