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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
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74、彼女は怒っていると誰かがいった





「さて、捕獲するのはいいが作戦を考えなければな!」


 叫び声と光線の発射音。

 笑顔のアルタイルが自然な仕草で顔を横に傾けた次の瞬間、流れ光線がその場所を貫き、じゅっと音を立てて壁に穴を開ける。


「何かいい考えはあるか?」


 何事もなかったかのように話を続けるアルタイルに、コタローは彼と自分との間にある深い溝について思いを馳せた。多少のことでは動じない教育はされてきたはずだが、この先輩はそこらへんを超越しているような気がする。

 懐から出した小さな帳面に、さらさらと書つけ、一緒にゴーレム捕獲作戦を決行することになった面子に差し出す。


「ええと……『状況説明求む』」


 読み上げた魔女が、それもそうかと頷き、狼族もこくりと頷いた。


「では説明しよう。見たところ、まだまだゴーレムは捕まりそうにないからな。とはいえ手短に、流れ玉、いや、流れ光線に当たらないよう、気をつけながらな」


 和やかな雰囲気だが、少し離れたところでは先輩達が必死に格闘中だ。さらにその奥では、目に見える武器を持っていない三人パーティが何やらごそごそしているのが見える。

 緑の目に炎を燃やしているマリエルが、うっすらと微笑を浮かべた。


「では、わたしが説明しますね」


 あのゴーレムは、言ってはいけないことを言ったんです、ええそれだけです。


「……?」

「マ、マリエル、コタローがぽかんとしてるぞ」

「オ、怒ッテル……」


 ぎりぎりと剣を握り締めて、先輩たちの間を縦横無尽に動き回っている金色を笑顔で見ている惨殺僧侶に、パーティーメンバー二人が怯えた顔で後ずさる。


「アルタイル!」


 わけがわからないままのコタローは途方にくれたが、そこに声がかかった。


「協力しようぜー」


 縦横無尽に動き回る金色と、必死に捕獲に挑む先輩集団の向こう。冷静に一歩離れたところで行動していたパーティが手を振っている。


「オリガンずるいぞ!?」

「おれ達は無視で裸一貫一択か!?」

「無視よくない!」


 素早い相手には全くもって向かない大剣使いと、炎系の魔法を連発していた魔法使いが悲痛な声をあげた。とはいえ、目が笑っているので本気ではないらしい。その合間にも光線が発射され、僧侶の先輩のローブに穴が開いた。


「やだあー! これ買ったばっかりなのに!」

「あはは、捕まえたら山分けするから、君たちもうちょっとがんばって」

「エルマーくんのいけずううぅ!」

「こんな時までどエスか、おまえー!」

「うん、君たちの悲鳴を聞いてると実にいい気分だよ」

「うわあああぁん!」

「アルタイルもずるいぞおぉ!? いいとこどりかよおっ!」

「うむ! すまん!」

「爽やか! そのムダな爽やかさが憎いぃー!」


 泣き笑っている先輩たちの向こうで、ひらひら手を振っていた三人の内、真ん中に立っていた細身の少年がにこやかに片目を瞑った。


「噂の一年生くんたちも、よろしくね」

「どうだ? ここまできたら皆で山分けしようぜ」

「ぼ、ぼぼ、ボク、は、い、い、いいと思う……」


 背の高い先輩が豪快に笑い、小太りで眼鏡をかけた先輩がともすれば乱闘の音にかき消されそうな声で呟く。

 その合間にも戦闘は続いていた。


 どがん! がしゃん! ちゅいん、ちゅいん!


 派手な破壊音を立てて大剣が壁を抉り、光線が防具を焼き焦がし、火球が破裂して氷の塊が飛び交い、突風が吹き荒れる。どっかんと凄まじい音を立てて壁に突っ込んで皹を入れたのは、硬化のスキルを使った体格のいい先輩だ。

 三節棍が空を切り裂き、杖が雷を纏い、大鎌がうっかり仲間の命を刈り取りそうになる。


「どわっ!?」

「キルシェ・ドール! おれたちまで巻き込むんじゃねぇよ!」

「ご、ごめんさいっ」

「も、もう疲れた……」


 逃げ惑い、慌てて脱出して罠を解除して戻ってきて、勢い込んで捕獲する気になったはいいものの、こうして見てみると先輩たちの奮闘振りが凄まじい。


「やっぱり、先輩たち凄いな……」

「ワウ!」

「エルマーたちはああ言っているが、おまえたちはそれでいいのか?」

「おれはそれでいいですけど……」

「オレモ」

「わたしもかまいません。捕まえた後、踏んづけて踵でぐりぐり抉らせてくれるなら」


 うふふと笑う僧侶が恐くて、忍者の少年はさりげなく一歩下がった。


「そうか! ではそっちの準備はいいか!?」

「まだ、もうちょっとかかるんだ。こっちが準備できたら、そっちは状況を読んで動いてよ。ゴーレムが逃げられないように、そっちの罠はできてるからさ」

「惨劇のエルマーが言うからには問題なさそうだな!」

「嫌だな、オレそんなひどいことなんてしないよ?」


 先輩達の楽しそうなやりとりを聞いていた一年生四人は、素敵な笑顔を浮かべているのに漂ってくる『エルマー先輩』のただならぬ雰囲気に、そっと目を逸らした。

 二つ名が惨劇とはこれいかに。


「こっちの準備できるまで、待機してて」

「わかった! おまえたちもそれでいいか?」


 頷く後輩達に、アルタイルが笑う。


「エルマーたちはちょっと凄いからな! よく見ておくといい」

「じゃあ、格闘中の君たちももうちょっとがんばって。別に応援しないけど」

「そこは応援しろやああぁ!」


 『エルマー先輩』が笑顔で格闘組に声をかけた途端、破壊音と光線発射の音にかぶせるように、一斉に嘆きの言葉が場に満ちた。


「心折れそう……」

「先輩、俺たち生きて帰れますか? 『突撃紙部隊』に巻き込まれて、生きて帰れますか?」

「こ、心を強く持てー!」

「あたし、まだ好きな人に告白してない……!」

「おれ、洗濯物部屋に溜めたままなんだけど!?」

「頼む! おれこっそり小鳥を飼ってるんだ! おれが死んだら、誰があいつに餌を……!」


 阿鼻叫喚といった様子の先輩方に、オーリアスたちはさすがにとまどって顔を見合わせた。ちょこんとそこにコタローも混ざる。


「なぁ、先輩達、なんであんなに……」


 コタローはそっと帳面を差し出した。


「『トラウマ製造機』って、なんだこれ?」

「もしかして、あの先輩のあだ名ですか?」


 小鳥のように小首を傾げている三人に、忍者の少年は頷く。そして、帳面を一枚戻した。


「『状況説明求む』……だよなぁ」

「ワウ」

「向こうの準備が出来るまで、そこの存在感の薄い少年に状況を説明しておこう!」

「『コタロー・タチバナです』って、書くの早いな!」


 ぎゃーぎゃー叫んでいる先輩達を横目に、マリエルがにっこり笑う。


「じゃあ、今度こそちゃんとお話しますね。え? 大丈夫、わたし別に怒ってなんていませんから……うふふ」


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