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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
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73、忍者は忍び損ねた

 





 どこからともなく、歓声が聞えてきた。

 身体を包む転移の光が消えたことを確認して、コタロー・タチバナはスキルを発動する。

 すぐに、全身を包む極薄い魔力の圧を感じた。皮膜のように全身を覆う魔力は、自分自身にその存在が感じられるだけで、傍からはその逆、『何もない』ように見えるはずだ。


 『忍動(ハイド)』は忍者専用スキルで、魔力によってスキル使用者の存在感を限りなく薄くするのと同時に、使用者を周囲の風景と同化させる。「ここにいる」と思って見なければ視認できないくらいに。

 元々身につけている歩法もあって、派手な動きをしなければ、ほぼ存在を悟られることはない。それによって魔物の背後に近寄り、無防備な相手に先制攻撃を加えるというのがコタローの主な戦闘方法だった。嗅覚が発達している系統の魔物とは相性が悪いが、そうでなければ問題ない。ソロで迷宮に潜るには、それなりの手段が必要だが、コタローにとってはこのスキルと、元々見につけていた体術、身ごなしがそれにあたる。


 大陸中央では忍者というジョブ自体殆ど見ないが、コタローの出身地では極一般的な職業であり、ここに来た時には既にこのジョブについていたせいで、先生たちからは随分珍しがられたものだ。

 忍者というジョブにもピンきりがあって、最高峰の『極忍(シノビノキワミ)』を目指しているコタローにとって、迷宮は格好の修練の場だった。惜しむらくは、戦闘が形式的なものになってしまいがちなこと、対人戦闘の修練にはならないことが難点だったが、階が進むほどに敵が強くなり、攻略に頭を使うことになるのは悪くない。


 本当なら地元でまったり忍者修行に励んでもよかったのが、小さな祖国から出てみたかった少年は、叔父を頼って辺境からここ、ラビュリントスまではるばるやってきたのである。

 背負った忍者刀を軽く握って確かめると、転移陣から足を踏み出す。

 そして、一歩踏み出した格好のまま、固まった。


「転移陣、見えましたぁー!」

「ワウー!」

「も、もうすぐだー!」

「ははははは!」


 悲鳴に混じって、やたらと楽しそうな笑い声も聞える。

 歓声が近づいてきたと思ったら、通路の奥に暴徒の集団のようなものが現れ、こちらに向かって物凄い勢いで近づいてくるという、わけのわからない状況に、コタローは一瞬我を失った。

 全力で走ってくる団子状に固まった四人。そしてその背後に食らいつく先輩と思しき何パーティもの集団。激しい足音と、歓声というより怒号に近い叫びが耳を打つ。

 待てだの、捕獲しろだの物騒なことこの上ない。

 迷宮に転移した直後から聞えていた歓声は、この集団のものだったのか。怒号に混じって聞えている笑い声を聞いて、困惑が思案に変わる。


 今日は何か学校行事のある日だったのだろうか。だとしたら勿体無いことをしてしまった。出来る限り行事には参加して、地元とは違う面白体験をしてみたいと思っているのに。

 この間の学園祭も楽しかった。クラスの出し物もコタローの提案したポーションくじになって、皆楽しんでくれたようだし、自分も楽しかった。

 しかし、これは一体何の行事だろう。鬼ごっこだろうか? いや、この地域では大鬼ごっこというのだったか。

 学年関係なしの迷宮を使った盛大な鬼ごっこ。とても楽しそうだ。そして、絶対に捕まらない自信もある。

 それなら参加したかったな、と目の前のおかしな光景にぼんやり見惚れていた忍者の少年は、見る見るうちに近づいてくる集団と絶叫、それに先頭の四人の背後にちらついている、赤く細い糸のようなものに気づいて我に返った。


 こちらに向かって走ってくる先頭四人の内、一番後ろの一人は非常に楽しそうな笑顔を浮かべているが、残りの三人、小さい女の子と背の高い女の子、それに大きなもふもふは必死の形相をしている。

 もふもふを見て、その三人が顔見知りだと気づいた。話したことはないがクラスメイトだ。つい、三人の背後に魔物の存在を確認してしまったが、魔物の姿は見えない。

 だが、遊んでいるにしては余りにも顔つきが険しい。もしかして、後ろを激走している大人数で、目の前の四人に攻撃をしかけているのでは。

 まさかな、とそこまで考え、コタロー少年は少々焦りを覚えた。


 近い。抜き差しならぬところまで、全力疾走の集団が近づいてきている。危ないな、ちゃんとこっちのことも考えてくれないと、と思って気づく。

 ハイドは一定時間ずっと有効なスキルだ。スキル効果に加え、自ら意識して気配を絶てば魔物にだって見つからない優秀さを発揮する。そして、自分は転移陣から一歩動いたきり、身動きしていない。目の前の通路は長い一本道。そしてその通路を大挙して押し寄せてくる暴走集団。

 もしかしなくても、自分は彼らに認識されていないのではと思い至った時には、もう遅かった。


「転移っ、早く転移ぃ!」

「は、はやく脱出しないと!」

「ワウっ、ワウっ!」

「ははは、これでやっと手が離れるな!」


 突き当たりの壁に激突しそうな勢いで突っ込んできた四人を、横にどいてかわすにはもう遅かった。油断禁物とはまさにこの事。

 横に飛んでは幅のこともあって避けきれないと判断した忍者の少年は、間一髪、天井に飛んで張りつくことで激突を回避した。

 天井に張りつくのはスキルでなく、技術である。あまり長い間取れる体勢ではないとはいえ、自分にこの技術がなかったら、か弱い子羊のように跳ね飛ばされていたに違いない。

 天井付近の埃っぽい空気を口布越しに吸い込みながら、久しぶりに背中に冷や汗の冷たさを感じる。  

 重力に逆らう苦しい格好を維持することによる体力消費に、装備の中に汗が滲んだ。コタローはジョブの忍者(ニンジャ)である以前に優秀な(シノビ)だったが、汗腺を意識的に操ることはまだ出来ない。


「うおりゃああぁっ!」

「あっ、そっち行ったわよ!」

「このっ……!」

「ぐっ、やられた、回復を頼む!」

「誰か網持ってないか、網!」

光線(ビーム)とか卑怯じゃないっ」


 最初に転移陣の上に駆け込んだ四人は既に迷宮外に脱出している。四人が四人とも誰かに触れている状態だったように見えたが、あれは何だったのだろう。もふもふのグレゴリーなんて、腰の道具袋に片手を突っ込んだまま走っていたし。


 そろそろ限界が近づいてきた。

 視界にちらつく金色と、赤い光線、大勢の先輩たちの様子を見るに、あの金色の小さいものを捕獲しようとしているらしい。

 つ、と汗が顎の先を伝って、ぽつりと石の上に落ちていく。コタローは出来る限り着地の音を立てないように、天井から飛び降りた。さすがに苦しい。乱れている呼吸を整えながら、じりじりと転移陣の上に下がる。この荒ぶる先輩方を越えなければ通路の奥に進めないとは、全くついていない。

 天井に張りついていたことで結構な体力を消耗してしまったし、なんだか状況がよくわからないし、一度戻ろう。少し時間を置いて、それから改めて29階に来ればいい。


 激しい衣擦れと足音、叫び声と武器防具の擦過音の合間に、ちゅいんっ、ちゅいんっ、と奇妙で小さな音が響き、その度に、ものすごい素早さで動き回る金色の物体から赤い光線が発射され、先輩達に傷が増えていく。

 大技や剣、弓はあの素早い小さなものを相手にするには向かない。

 誰かが囮になって引きつけている間に、混乱、幻惑系のスキルを使うのが有効だろう。効くかどうかはわからないが。

 集団から少し離れたところで、様子を窺っている三人組はそのつもりでいるようだ。さりげなく光線を避けつつ、観察しては何事か伝え合っている。

 あの先輩達がどうするつもりなのか少し興味が湧いたが、いつまでも見ていて巻きこまれるのはごめんだ。

 転移しよう、と陣の上に乗りかけた瞬間、どん、と半透明人間だったコタローはやわらかいものに弾き飛ばされた。


「うわっ!?」

「あらっ」

「ワウ、コタロー!」

「おっ、まだ捕獲はされてないな!」


 脱出してすぐまた引き返してきたらしい四人が、転移陣の目の前にいたコタローにぶつかったのだ。

 スキル効果はまだ有効。しかし接触したことで、そこに何かがあることを理解して目をこらしたせいで、忍んでいたコタローは視認されてしまったようだ。


「悪い! いたのに気づかなかった!」


 長い黒髪が印象的な魔女に謝られ、コタローは軽く頷いた。気づかなくて当然なのだから仕方ない。


「よし! ゴーレムを捕まえるぞ、いいか?!」

「はい!」

「ワウ!」

「うむ! そして、そこの存在感の薄い少年!」


 やけに爽やかでちょっと濃い男子生徒が誰か、コタローは知っていた。アルタイル・ベガ。現迷宮学園在校生の中で最も有名な天才格闘家『裸一貫』だ。

 自分に何か、と指差すと、素っ気無い道着だけを身につけた先輩は笑顔で命令した。


「参加しろ、金のゴーレム捕獲作戦に!」

「えっ?!」


 とても爽やかではあったが、依頼でなく、命令形である。

 周囲の乱闘を横目に、未だに転移陣の上にいるクラスメイトたちがびっくりしたように声を上げるのに、忍者の少年もひっそりと同意した。

 突発事態への対応力はそんなに高くない方なのだ。吃驚させるのはやめてほしい。


「む? なぜ? 得意だろう、こういうのは。違うか?」


 得意か不得意かで言えば、間違いなく得意ではある。どうして話したこともないのにわかるのだろう。驚いているうちに、クラスメイトたちは復活したようだ。


「得意なのか! じゃあ、一緒にやろう!」

「どうしても捕まえて踏んづけてやりたいんです……!」

「フ、フンヅケナイケド、捕マエタイ……」


 緑色の目をぎらぎらさせている僧侶の少女に気圧され、横から魔女に腕を掴まれてその力強さに怯え、盾士の『一緒にやらない? いや?』という下心のない視線に負け、コタローは小さく頷いた。


 おかしい、どうしてこうなった。


 天才格闘家は、こうなることがわかっていたように快活に笑っている。


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