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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
82/109

71、先輩、捕まえました






「あっ、いた! そっち、そっちに!」

「そっちってどっちですか、オーリ!?」

「逃ゲター!」

「しゃがめ、三人とも!」


 後ろから飛んだ指示に、興奮していた三人は反射的にしゃがみこむ。

 その頭上を、赤い光線が空気を焼いて通り抜ける。


「ちょっ、洒落にならないだろ、あれ!?」

「三人とも大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですっ」

「ゴーレム、逃ゲタ!」

「いや、むしろ好機! 一度戻ってこの状況を打破してからでないと、捕獲もできん!」


 力強い声と両肩に感じる手のひらの重み。撲殺魔女は的確な指示を出している先輩を振り返り、叫んだ。


「捕まえる気満々じゃないですかー!」

「ははは! どうせなら捕まえたいじゃないか!」


 きらりと白い歯を見せて笑っているアルタイル・ベガは、そこだけ見れば頼りがいのある先輩だったが、格闘家の武器である両手を封じられている時点で、格好良さは暴落していた。


 アルタイルの両手は、オーリアスの両肩にぺたりとくっついたまま、離れない。







 宝箱を開けて、うっかり不思議罠にかかってしまったオーリアスたちは、途方にくれていた。

 まさかこんな罠があるとは。

 なんとか手が外れないものかと奮闘はしたが、どうやってもくっついた部分は外れない。

 特に、グレゴリーはひどい目にあった。

 反射的に手を離そうと引っ張ったマリエルだが、マリエルの右手はグレゴリーの背中にくっついてしまっている。その手を手を引っ張るということは、グレゴリーの背中の毛も引っ張られるということで。

 危うく背中の毛を一掴みむしられかけたグレゴリーは、きゃんと鳴いて、けっこうな痛みに涙ぐんだ。


「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 心の底から謝罪したマリエルに、心優しい狼族は涙目になりながらも、ダイジョウブ、と呟いたのだが。今度は謝った拍子に自由だった左手もグレゴリーの腕に触れてしまい、両手を封じられてしまったマリエルも涙目になった。泣きっ面に蜂とはこの事だろう。

 オーリアスだって右手がマリエルの肩にくっついている。


 もはや一旦戻るしかない。迷宮外に戻れば、さすがに罠の効果も切れるはずだ。

 そうして二人がくっついた拍子に宝箱から手が外れて、片手があいているグレゴリーが脱出クリスタルを使おうとしたのだが、肝心のクリスタルは使えなくなっていた。どうやら、これも罠の効果の内に入るらしい。


「クリスタルが使えないなんて……」

「性質の悪い罠だよな、本当に」

「ワウ……」


 こんな格好では、金のゴーレムを探すどころではない。

 三人はほうほうの体で小部屋から出て、来た道を引き返し始めたのだが、不運はそこで終わらなかった。


「楽しそうだな! 何をしてるんだ?」

「うわあっ!?」

「せ、先輩っ!?」

「ワウっ!?」


 突然声をかけられ、驚いて振り返った三人の顔が引き攣った。オーリアスの右肩に置かれた手、そして笑顔。

 そこにいたのはアルタイル・ベガ、またの名を裸一貫先輩。


「先輩! なんで触ったんですか!?」

「触ッタラ、ダメ!」

「ああ、もう遅いですね……」


 空ろな目でマリエルが呟く。しっかりと魔女の右肩に置かれた手のひらが存在を主張している。


「なんだなんだ?」


 警戒していたはずなのに、何の気配も悟らせずに接触してきたアルタイルの凄さを感じるよりも、なぜ触ったという憤りとがっかり感の方が強い。


「先輩、こうなったら一蓮托生ですよ」

「む? なんだ、手が外れん」


 不思議がるアルタイルに、三人がさらにしょんぼりする。


「先輩も金のゴーレムを探しにきたんですか?」

「いや、必要な素材があってな」


 聞けば、アルタイルは金のゴーレムを探しにきたわけではなく、ギルドから学園に回されるクエストの一環で、素材を収集にきたのだという。


「あの、わたしたち、今罠にかかっていて……」


 これこれこうで、と説明をすると、アルタイルの顔が輝いた。


「ああ、これがそうなのか!」


 どこか嬉しそうに、撲殺魔女の右肩から離れない自分の手を見下ろしたアルタイルに、三人が首を傾げる。


「この罠、知ってるんですか」

「ああ。これは『くっついたら離れない(トラップ)』だ!」

「……まんまじゃないですか」

「まんまですね……」

「ソノママ……」


 見たままの効果を輝くような笑顔で言い切ったアルタイルに、三人の肩ががくりと落ちる。


「この罠のせいで大騒ぎになったことがあるんだが、おれは一度も出合ったことがなくてな、一度体験してみたかったんだ」


 にこやかなアルタイルとは裏腹に、残酷物語の顔つきは暗い。

 何せ、パーティだけならまだしも、最後尾に最上級生の有名な先輩をくっつけて、ぞろぞろ転移陣まで戻らねばならないのだ。たまたま今、視界の中に先輩パーティは見えないが、現在この階には、たくさんの上級生がいる。

 あっちもこっちも先輩ばかり。ということは、ボクたちは今罠にかかっています、さらに先輩まで巻き添えにしましたと宣伝しながら、先輩達の視線の中を移動しなければいけないということで。


「……恥ずかしいな」

「恥ずかしいですね……」


 グレゴリーの尻尾が力なく揺れる。


「気にすることはない! おれが一年の時、この罠のせいで大騒ぎになったことがある」

「大騒ぎって、どんなのですか?」


 マリエルが肩越しに最後尾のアルタイルを振り返った。


「とあるパーティが、今のおまえたちのようにこの罠にかかったんだ。そして、開き直った」

「え?」

「死なばもろとも」

「え? えっ?」


 そのパーティは、全員くっついた状態で外れないどうすればいいと大騒ぎしている内、段々混乱が興奮に、興奮が突き抜けておかしくなってしまったらしい。触ったらくっついた、ならば、他の連中も触ってみよう、いや、触らいでか、と興奮状態で迷宮を駆け回ったのだ。

 そして何事かと目を丸くするもの、なんだそれと大笑いするものを片っ端から巻き込んでいった。


 一人捕まえれば、捕まえられた相手にくっつき効果は伝染する。何食わぬ顔で近づき、そうなればもう、後は坂を転がる石と同じ。

 自分だけ巻き込まれてたまるものか、とくっつき虫の仲間入りをした者が今度は被害者を量産しはじめ、最終的には数十人の集団になって、新しい生贄を求めて迷宮を徘徊したという。


「えー……」


 先輩達、楽しそうだなぁと三人は薄笑いを浮かべて、アルタイルの語りを聞いた。


「まあ、そんなわけで大騒ぎだったんだが、おれはこの罠にはかからなかったし、騒ぎが起きた時には既に29階を攻略してしまっていたからな」


 だから、一度体験してみたかったのだとにこにこしている格闘家に、ちょっとズレてるなと思いつつも、オーリアスたちは少し笑った。


「じゃあ、三年生の人たちはこの状況を見ても、笑うよりは懐かしくなる感じですか」

「うむ、ちょっとは笑われるかもしれないが、気にするな!」


 そうして四人は、ぞろぞろと歩き始めた。


「三人とも、大丈夫だ。左手は使えるからな。魔物が出ても、ちゃんとおれが守ってやる」


 ぎゅっと触れたままの手のひらに肩を掴まれ、撲殺魔女はそわそわと視線をさ迷わせた。

 後ろを見ていないのでわからないが、きっと今、真剣な顔をしているのだろうとわかる声。

 守ってもらわなくても大丈夫です、と喉まででかかった言葉が、こくりと飲み込まれる。

 おかしなことを言われたわけでもないのに、なんだか奇妙な気分になって、急に体温が上がったような気がする。


 これは一体なんだ。

 

 困惑する撲殺魔女だったが、その視界をきらりと光るものが過ぎったことで、事態は急変する。



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