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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第5章
80/109

69、そんな噂を聞きました






「おはよう」

「おはようございます」

「オハヨウ」


 口を開くと、呼気がほわほわと白い煙になって漂う。

 学園祭も無事に終わり、迷宮週間も過ぎた今、季節はすっかり冬を迎えていた。


 ラビュリントス王国では、雪は時折軽く積もる程度で積雪に悩むことはない。ただ、朝夕の冷え込みが強く、芯から冷えるような寒さが人々を苛む。ラビュリントス出身者や、気候の似た周辺地域に住んでいた生徒たちはこの寒さにそれなりに慣れていたが、もっと南方の暖かい地域から来ているものや、獣人族の中でも特定の種族などは、この寒さにかなり辛い思いをしていた。

 救いは迷宮の中は夏でも冬でも一定の温度に保たれているということで、寒さに弱いものは寮から出ると、全力で迷宮前受付広間まで走っていくのが常だった。防寒用具を巻いているのか巻かれているのかわからない格好で、寒い寒いと半泣きになりながら温かい迷宮に飛び込んでいく生徒達を、寒さに強い生徒たちはかわいそうにとしみじみ眺めている。飛び込み転送は迷宮学園の冬の名物。


 昔、生徒に蛇の獣人族がいて、その時はうっかりしていると冬眠してしまうし、放っておいたら死にかねないので、学園側から耐寒薬を支給する事態になったこともあるという。そこまでいかなくとも、乾燥地帯や熱帯地域の出身者には、ラビュリントスの寒さはかなり辛い。尤も、ラビュリントス出身だろうと寒冷地出身だろうと、寒いものは寒い。

 つまり、大抵の生徒は防寒対策に必死になっているわけである。


「寒いな、今日も」

「窓に霜がついてました」


 厚手の外套に、手袋。全体的にもこもこしているマリエルの鼻先は冷たい外気に冷やされて赤い。

 オーリアスも同じように着膨れている。そもそも普段の装備の露出が多い。足だって出しているし、せめて外套くらいはきっちり羽織らないとやっていられないのだ。

 毛皮自慢のグレゴリーだけは外套も手袋もつけていないが、見ているほうが寒いからと二人に懇願されて、首元に明るい暖色の襟巻きを着けていた。


「毛布カラ出ルト、スットスル」

「すっとするどころじゃないですよ……」

「そもそも毛布から出たくない」


 夏は涼しくていいのだが、石造りの寮は冬になると底冷えする。部屋に暖房用の魔道具は設置されているのだが、使用時間はきちんと決められていて、就寝時間になれば自動で止められてしまうのだ。必然的に朝方の冷え込みはそれは厳しいものになり、毛布から出る瞬間は苦行と言っていい。

 そんな冷え込みを『すっとする』の一言で片付けたふかふかの毛皮を羨ましげに見て、二人はため息をついた。


 ああ、グレゴリーと一緒の寝台で寝たらさぞかし温かいだろうに。


「早く春になればいいのにな」

「オーリ、まだ冬になったばかりですよ」

「ワウ」


 それでも、迷宮に向かう三人の足取りは軽い。中に入れば温かいし、それに、今は特別に迷宮に潜りたい事情がある。


「今日からいよいよ29階だな! おれ、見たいんだよ」

「オレモ、見タイ」

「わたしも見たいです」


 さくさく霜柱を踏んで、やっと温かい迷宮受付広間にたどり着いた三人は、ほっと息をついた。     

 迷宮に潜るには邪魔な防寒具は受付で預かってもらえるが、三人はオーリアスのスキルを使ってそのまま持ち歩いている。脱いで畳んだ三人分の防寒具を、発動したスキルで出現した不思議空間にぽいと放り込んで、いつもの格好になると耳を澄ませた。

 周囲はいつものように話し声と衣擦れ、武器防具の触れ合う音で騒がしいが、最近は大体どのパーティが話しているのも同じ話題だ。


「昨日出たらしいぜ」

「ああ、29階なー、行くか?」

「たまには浅いところを復習するのもありだよな」

「とかいって、おまえ、見たいだけだろ」

「ふはは、よくわかったな!」


 どうするどうする、と楽しそうな先輩パーティ、いそいそと転送陣に乗るパーティ、ついでに寒さのあまり半泣きで飛び込んでくる飛込みパーティ。

 色々いるが、大抵の生徒、特に上級生は和やかに談笑していて、いつもとは少し雰囲気が違う。


「あの噂が出回ってから、29階に挑む人増えたよね」

「だって、見たらいいことあるんでしょ?」

「え、倒したらものすごい経験値って聞いたけど」

「倒したら貴重なアイテムが出るんじゃないの」


 首を傾げているすぐ側のパーティの会話に、三人は顔を見合わせる。


「おれ、倒したらとにかくスゴいものが出るって聞いたんだけどな」

「握手スルト、幸運ガ訪レル」


 撲殺魔女が首をひねれば、狼族は目をぱちぱちさせ、小柄な僧侶はそんな二人を見て別の意見を言った。


「倒したら、大金が落ちると聞いたんですが……」

「なんだ、皆ばらばらなのか」


 噂ばかりが先行していて、実際のところどうなのかわからないが、とにかく見てみたい。


「金の魔動人形(ゴーレム)って、本当に出るんでしょうか」


 見たい見たいと思っているし、今日から噂の29階層に挑めるとあってわくわくしているのだが、これだけ噂が錯綜していると、信憑性が薄れてしまう。


 2、3日前から、学園は噂で持ちきりだった。

 迷宮の29階層に金のゴーレムが出たらしい、という噂だ。

 ちょうど27階から28階にかけてうろうろしていた三人は、早く29階に行きたくてうずうずしていた。何せ、流れてくる噂が凄い。色々あるが、見たり倒したりすれば、とにかく『いいこと』があるらしい。

 おかげで、とっくに29階など攻略済みの上級生まで29階をうろついて、金のゴーレム探しに躍起になっているようだ。寒いし天気は悪いしで鬱屈した気持ちを、他愛ない噂話に乗ることで晴らしているという面もあるのだろう。


 三人はこれから攻略に挑むのだから、誰憚ることなく29階に行けるし、どうせ行くなら、噂の金のゴーレムとやらを見てみたい。八割がた嘘だろうとは思いつつも、29階という具体性がもっともらしく、本当に出るのかもしれない、とつい期待してしまう。


「本当にいるかどうかわからないけど、でも、見たいよなぁ」

「見たいですよねぇ」

「見タイ」


 そもそも、三人ともゴーレムがどんな魔物なのかよくわかっていない。

 だが、これだけ噂になるからにはきっと凄いはずだ。何せ、金なのだから。

 想像の中で各自自分の思う『金のゴーレム』を描いた三人は、なにやらほにゃりとした顔をした後、真顔に戻って気合を入れた。


「よし、行くぞー、29階!」

「がんばりましょう!」

「ゴーレム、見ツケル」

「ゴーレムー!」

「ゴーレムー!」





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