7、明日からに向けて
「あの時かからなきゃ、まだなんとかなったんだけどな」
「あそこでばっちりかかっちゃったんですよねぇ、催眠」
「……オレ、イツモ、カカル」
「おい、まさか体質なのか? なんとかしないと、強い催眠系の相手が出たら即死するはめになるぞ」
二つ目玉の低確率催眠にばっちりかかったグレゴリーは、それまでの怯え様が嘘のようだった。非常に楽しそうによいよいと踊り始め、二つ目玉に体当たりされても催眠が解けない。
慌てて二つ目玉を駆除していくオーリアスとマリエルだったが、そこにさらに、ゴブリンが集団で沸いた。状況が悪化したことに慌て、クリスタルを使おうにも、よいよい踊りながらグレゴリーは二人からどんどん離れていく。一定の至近距離にいないと一緒に転移できないという性質上、戦いながらグレゴリーを追いかけるしかない。追いかけるが、ゴブリンと二つ目玉がそれを阻む。その上、何があったのか次から次へと新手がどんどん湧いてくる。
斬っては追いかけ殴っては追いかけする内、マリエルの魔力が尽きかけ、持ってきていたポーション類をがんがん使い、二人は息も絶え絶えになりながら、やっとのことで二つ目玉に小突かれながら楽しそうに踊っているグレゴリーに追いついた。動き続けるグレゴリーにオーリアスがしがみつき、そこにマリエルが飛びついてクリスタルを起動。
そして、帰還を果たしたのだった。
移動の間に催眠が解け、催眠中のことを覚えていたグレゴリーが落ち込んでめそめそしていたのはそのせいである。
「あんな激湧き滅多にないことだけどな」
「もうダメかと思いました……」
「二人トモ、凄イ。オレ、イツモ置イテ行カレル」
「ええ!? 置いてかれちゃうんですか!?」
「それでなんで無事に帰ってこられるんだよ!?」
「ワカラナイ。気ガツイタラ、一人デ、立ッテル」
「怖いぞ、それ!」
意識のない状態のグレゴリーが一体何をしているのか考えると、ちょっとした怪談だ。惨殺僧侶よりも怖い。
「と、とにかく、大きな反省点ですが」
うんうんと頷き、マリエルが指を折った。
「まず、わたしもオーリもパーティ戦に慣れていないこと。こればっかりは、実習までひたすら潜るしかないですね。状況判断もソロの時とは違ってきますし。練習あるのみです」
「おれもなめてた。ここまでソロで潜ってたツケだな、これは」
「そして、もうひとつ」
揃って視線を送られたグレゴリーがしょんぼりと二人を窺う。
「オレ、ダメナ奴……氏族ノ落チコボレ……」
「いや、というよりもジョブが合ってない」
「グレゴリーくんは、戦うのが怖いんですね?」
「ウ……怖イ、凄ク……ワカラナクナル」
「それなのに、なんで前衛職の剣士になったんだ?」
疑問を口にすると、星空の下、グレゴリーはぽつぽつと語りだした。
グレゴリーはラビュリントスから遠く離れた北の小ぺトラ公国の出身で、数年前から悪かった情勢が最近さらに激化している大ぺトラとの紛争を避けるため、両親の知人のいるラビュリントスに疎開させられたのだという。
ラビュリントスに来たのがちょうど学園に入学する七日ほど前で、ここの風習も常識もよくわからないまま、実力をつけたいなら迷宮学園がいいと進められ、特別試験を受けて入学した。
ところが元々人見知りの上、大きな獣人だということでクラスでは遠巻きにされていたらしい。
上手く馴染めないまま迷宮入り期間になり、ポテンシャルを見込まれて何度かパーティに加えてもらったものの、今日と同じように恐怖の余りパニックになり、巻き込まれた他のメンバーが離脱。
気がついたら満身創痍ではあるものの、一人ぽつんと迷宮の通路に立っているということが続き、自分でもわけがわからないし、怖くてあまり潜れていなかったのだという。
剣士になった理由は、審査の間で適正職として示された職の内、尊敬する父親と同じ剣士があったので喜んでそれにした。
小ぺトラどころか、大ぺトラにもそれと知られた勇士である父のようになりたいと剣士になったはいいものの、生来ひどい怖がりであり、その上そもそも刃物が苦手。初回にゴブリンに襲われて以来、魔物に会うと怖くて動けなくなってしまう。
そこまで聞いて、オーリアスはマリエルと顔を見合わせた。
「やっぱりジョブを変えた方がいいと思うぞ」
「お父様を尊敬されるのはいいことですけど、このままだとグレゴリーくんの命に関わりますよ?」
ついでにパーティメンバーも巻き込まれてえらい目に会うので、ぜひともなんとかしてほしい。
というより、意識がなくなるのに無事に帰還できている事がおかしいのだ。
「下手に攻撃しようと思うから余計ダメなんじゃないか?」
「ああ、そうかもしれません」
怖い。逃げたい。
怖いが攻撃しなければならない。
でも怖い。逃げたい。
だけど攻撃しなければ、という二つの意識に苛まれて動けなくなっている内に先制されてパニックを起こすのだと考えれば、あの状態にも納得がいく。
「だったらいっそ、防御だけしてみるとかどうだ」
「攻撃シナイ? ドウスル?」
「明日、審査の間に行って、いいジョブがないか見てみましょう」
「ちょうど明日から実習前日まで自由日程だから、朝イチで審査の間前に集合な」
「オレ……マダ、二人ノ仲間?」
おずおずと訊ねられて、オーリアスは苦笑いし、マリエルはにっこり笑う。
「まあな。ここで見捨てるのも後味悪いし」
「なんだかんだ、優しいですよね、オーリって。わたしの時も助けてくれましたし」
「……そういうわけじゃないけど」
「グレゴリーくん、明日グレゴリーくんにぴったりのジョブについたら、そうしたら、わたしたちのこと、守ってくださいね」
星と灯木の灯りの下、約束ですよーと笑うマリエルは、背丈と白いローブのせいか妖精のように見えた。
そのマリエルとやたら大きいグレゴリーとでは巨人と小人だ。並んでいるとなんだか微笑ましい。
「女ハ守ルモノダッテ、父上ガ言ッテタ。オレ、ガンバル。二人、守ル!」
きらきらと目を輝かせたグレゴリーが力強く頷いた。マリエルがぱちぱちと拍手する。
「その意気です、グレゴリーくん!」
「ああ、がんばれよ……って違う! だから、おれは男だって言っただろ!?」
明らかにオーリアスとマリエルで『二人』と換算したグレゴリー。このまま女扱いされてはたまらない。
憤慨しながら主張すると、こてんと首を傾げ、グレゴリーは無邪気に断言した。
「デモ、オーリアス、女ノ匂イ」
「この……!」
さりげなく二人の間に割って入ったマリエルがにっこりする。
「グレゴリーくん、そういうことにしておいてあげて下さいね」
「ヨクワカラナイ。デモ、ソウイウ事二シテオク」
「……っ!!」
至極真面目に頷いたグレゴリーにぶるぶる震えながら、オーリアスは憤然と立ち上がった。
これ以上何をいってもますます悪化する気がする。
絶対に、絶対に男に戻ってやる。そして見せ付けてやる。
堅く誓いなおした撲殺魔女の頭上を、きらりと尾を引いて星が流れていった。