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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第4章
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68、学園祭終了




 丸い飴に歯を立てると、ふわんと香ばしくて甘い匂いが濃く漂う。ぱりっと薄い飴が剥がれ、中からとろりと甘酸っぱい液が溢れてくるのを慌てて舐め取る。横ではマリエルが同じようにヒメの実飴と格闘していた。 割れた飴の欠片をかりかり噛み砕いて、垂れてくる果汁と飴液に吸いつく。


「マリエル、口真っ赤だぞ」

「オーリだって真っ赤ですよう」

「二人トモ、赤イ」


 ぺろりと一舐めした後、そのまま丸ごと口の中に放り込んで、ぼりぼり齧って食べてしまったグレゴリーの口元はきれいなものだ。尤も、精悍な狼の顔の口元が真っ赤に染まっていたら、それがヒメの実飴の痕跡だと思うよりも先に、獲物を貪った後かと思ってしまいそうな気もするので、ある意味きれいなままでよかったのかもしれない。


 教室の中は、穏やかで気の抜けたような空気が満ちていた。

 少し前に鐘が鳴り、今年の学園祭があと少しで終了することを学園中に知らせていた。

 クラスの連中も半分以上戻ってきていて、その誰もが最初は騒いでいたものの、今ではすっかり気が抜けた顔をして床に座り込んでいる。

 時々小さな話し声や、笑い声が聞える他は、普段の騒がしい教室の様子が嘘のように実に静かなものだった。時折教室の前を通る人がちらりと中を覗いていくが、ポーションくじ完売しましたの看板を見てすぐに通り過ぎていく。


 机や椅子の殆どを撤去してあるだけで随分広く感じられる教室の中で、クロロスクラスの生徒たちは初めての学園祭を楽しんだ興奮と、この二日間の為に準備を頑張ってきて、それが今まさに終わろうとしている現実に一種の虚脱状態に陥っていた。


 最後までポーションくじを売り切ったオーリアスとマリエル、突然子守に借り出されたグレゴリーの、残酷物語も三人揃い、窓辺に並んで棒に刺さった赤いヒメの実飴をしゃりしゃり齧りながら、ぼんやり外を見ていた。

 窓越しに見上げた空は、鮮やかな夕暮れの光で鮮やかに染まっていた。もうすぐこの明るさは陰り、すぐに夜が忍びよってくるだろう。


「そういえば、ダニールは……」


 オーリアスの言葉に被せるように、ごーん、ごーん、と鐘が鳴り響いた。


 これで学園祭は終わり。また来年までさようなら。


 校門を通り過ぎ、列を成して麓の町へと帰っていく人々を見下ろしながら、凸凹な三人はぼんやりとその光景を見下ろしていた。

 昨日も今日もあんなに騒がしかったのに、今はざわめきが遠い。


「……ダニールくんがどうかしましたか」


 唇を真っ赤にしながら飴を齧っていたマリエルが、拗ねたようにオーリアスを見上げる。


「いや、言いたくないなら、いいんだ別に」


 山ほど腕に食べ物を抱えて、ちょっと怒ったような顔をして帰って来た可愛いメイドさんは、ダニールについては一言も触れずに笑顔で売り子さんに復帰した。ポーションくじ自体は、最後の一個まで売り切り、空っぽになった箱を前に喜んだのだが。


「……なんというか、困ります」


 ぽつんと呟いたマリエルの金色の髪が夕日に照らされて、燃えるような橙に輝く。グレゴリーの普段灰色の毛並みも、今は赤みの強い黄金色に光っていてきれいだった。随分長く伸びた髪を摘まんで、眩い夕日に梳かして見るが、元が黒い髪は二人のように鮮やかな色に光りはしない。

 ただ、光を纏って、より一掃、黒々として見えた。


「そっか……グレゴリーはどうだった? 迷子一杯いたんだろ?」

「ワウ。迷子、イッパイダッタ。小サクテ、アッタカクテ、ヤワラカカッタ」

「うふふ、なんだか焼きたてのパンみたいですね」

「ほんとだ。なんか美味しそうだな」

「ワフ」


 グレゴリーの言葉に和み、オーリアスとマリエルは、またしゃりしゃりと飴を齧った。これもまた来年までお預け。誰もが喋り疲れたように、ふっと教室の中に沈黙が落ちる。

 衣擦れと、二人の齧るしゃりしゃりという音だけが響く。

 終了間近にやってきて、ポーションくじを引いていってくれたアルタイルの差し入れである飴は、甘くてきゅっと酸っぱい。そして差し入れついでに特等をかっさらっていく辺りが憎い。一個しか引いていなかったのに。

 もう残りのくじ数は少なかったとはいえ、運までとんでもないとはさすがアルタイル。目玉の一等、特等が出てしまった後に幾つかポーションが残ったが、折角きたんだからとお客さんたちが引いてくれて、結局くじはひとつも残らなかった。見事完売である。


 そういえば、アルタイルの演舞は見にいけなかった。忙しさと楽しさに紛れて、それを忘れていたオーリアスは思わず飴を齧るのを止めた。

 アルタイルは三年生だ。来年のサンの月になれば、卒業してしまうのだ。今更その事に気がつくなんてどうかしている。


 どうして演舞を見にいかなかったのだろう。昨日だって、今日の午前中だって、見に行こうと思えば行けたのに。

 アルタイルのことだから、きっと頼んだらフェルム杉の板でもなんでも割って見せてくれるはずだ。   けれど、それはもう学園祭とは関係のないことになってしまう。今年の学園祭はもう終わりで、来年になったらアルタイルはいない。

 同じように見えて、アルタイルたち三年生とオーリアスたち一年生の時間は違う。

 いつでもいるような気がしていたけれど、それは勘違いで、来年になったら失われてしまうものだったのだ。オーリアスたちだって、二年後には誰かからそう思われているのかもしれない。


 見に行けばよかったな、と胸の中で呟いて、ちらりと窓の外の景色から目を逸らし、壁に背中を預けて腕を組んでいる偉そうなオルデンを視界の端に収める。

 オルデンとの関係だって、一年後、もしかしたら半年たったら、変わっているのかもしれない。

 ダニールを鬱陶しがっているマリエルだって、もしかしたらそれなりにダニールと仲良くなっているかもしれないし、グレゴリーが上手にポーションを調合できるようにだってなっているかもしれない。

 時間というのはいつでも変わらずそこにあって、でもいつだって違う瞬間に向けて動いているらしい。

 眩かった夕日が穏やかな黄昏に沈んでいくのを見ながら、生まれて初めての感傷らしい感傷に浸っていたオーリアスが、口の中の最後の飴を噛み砕いた時。


「ちょっとオーリちゃーん!」


 駆け込んできたトモエの大声が、まったりと弛緩した教室内の空気と撲殺魔女の感傷を派手に吹き飛ばした。


「もうっ、何で教えてくれなかったのぉ!? 知ってたら絶対行ったのにぃ!」

「あたしも行きたかった」

「わ、わたしも……行きたかったな……」

「ずるいよー! 今日だけ?!」


 駆け込んできたと思ったら、わあわあと騒ぎ立てる元気一杯のエイレンパーティに、まったりしていた他の生徒たちもなんだなんだと視線を送る。

 四人に取り巻かれた撲殺魔女はわけがわからずに、握ったままのヒメの実飴の棒を前に突き出して咄嗟に防御の姿勢を取った。


「ち、近い近い! なんだ!? なんの話だ!?」

「オーリ、コレじゃないですか」


 マリエルがついっ、と魔女の着ているお色気占い師衣装を引っ張る。


「そう、それ!」

「恋占いスキル持ってるなんて知らなかった! 知ってたら絶対してもらったのにぃ!」

「聞いたよ、こっそり午前中大講堂で占い小屋開いてたんでしょ!?」

「……いいなぁ」


 しょんぼりとコーネリアに見上げられたオーリアスは、困った顔をして首を傾げた。


「占ってほしいなら、暇な時に占うけど……」

「ほ、本当!? あ……あの、でも、め、迷惑じゃない……?」

「いや、暇な時なら別に。あ、でも初級でいいから魔力回復薬をもらえると嬉しい。やたらと魔力くうんだ、あのスキル」


 ぱあっとコーネリアが顔を輝かせて頷けば、トモエがあたしもあたしも、と叫んだ。


「恋占いしてもらいたいー!」

「わたしもクロロス先生との関係を!」

「別に好きな人とかいないけど占える?」

「あ、ああ、大丈夫だと思う」

「うっしゃあ!」


 気合の入った雄叫びを上げたエイレンが拳を握ったのを皮切りに、聞き耳を立てていた周囲の女子達がわっと魔女を取り囲んだ。


「恋占いスキル!?」

「ただの占いじゃなかったんだ!? 恋占い!?」

「あたしも! あたしも占って!」

「私も。お願ーい!」

「だからそんな格好してるんだ!」


 突然大量の女子に囲まれ溺れそうになっているオーリアスの横から、グレゴリーを確保してさっと避難したマリエルは、群がる女の子たちにしどろもどろに対応しているお色気占い師にこっそり噴き出した。

 三人ともそれなりに感傷的な気分で夕日を見ていたのに、そんな切ない気分はすっかり吹き飛んでしまったではないか。助けを求めるようにちらちらと寄越される必死な視線を感じながら、メイド姿の僧侶は子守に大活躍した尻尾をゆらゆらさせている狼族を見あげる。


「どうします? グレゴリーくん」

「ワウ?」

「助けてあげます?」


 目を細めて笑っているグレゴリーは、くふんと鼻を鳴らした。


「オーリ、タイヘン」

「しょうがないから、助けてあげましょうか。あのままじゃただ働きさせられちゃいそうですし」


 興味ありげにしているのと、にやにやしているの、それに興味がないフリをしているのと本当に興味がないもの。

 なんにせよ、クラスの視線は賑やかな撲殺魔女の周辺に向けられっぱなしだ。


「はいはい、週に一度、一回銅貨五枚で、一人につき初級魔力回復薬をひとつ、予約はわたしを通してくださいねー、はい、どいてどいてー」

「マ、マリエル!」

「はい、次回の予約を取りますよー、あくまで暇な時ですからねー」


 きびきびと群がる女子を捌いていくマリエルに、あからさまにほっとしているオーリアス。

 二人の視線がグレゴリーを向く。

 早くこっちにおいで、と二対の目に呼ばれたグレゴリーは大量の女子に少しだけ躊躇して、それからいそいそと二人の側に戻っていく。


 いつのまにか、一緒にいるのがこんなに当たり前の関係になってしまった。

 明日は学園祭の片づけだ。楽しかったことの後には、その後始末が待っている。

 きっとあちこち走り回って、がんばって、たくさん働くことになるだろう。

 でも、どうしてかそれが楽しみなのが不思議で、でもなんだかいい気分で、狼族は魔女と僧侶の横に立って、満足気に頷いた。今日は別行動が多くて、それはそれで楽しかったのだが。

 やっぱり、三人揃っているとしっくりくる。

 ワフっと笑った狼族を見上げて、首を傾げた魔女と僧侶は、それでもつられたようにふふっと笑った。


 教室の中はすっかり薄暗い。

 けれど、夕焼けがとてもきれいだったから、明日もきっと晴れて片付け日和になることだろう。


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