63、学園祭二日目午前の部は恋占いに花開く
世の中に占いと名のつくものは多い。
花占い、姓名占い、星占い、タロット。その他様々な占いが世の中には氾濫している。師匠に弟子入りして学ぶような本格的なものから、趣味として気軽に楽しむようなものまで、程度はあれど占いは占い。事の吉凶、恋の行方、未来、失せ物。占いはありとあらゆることを指し示す。
それが本当かどうかは別として。
さて、ここに一人の少女がいる。とある事情で少女になってしまった元男の撲殺魔女である。
その魔女には、まだ一度も使ったことのないスキルがあった。元々山育ちの山暮らし。目に見えぬ物の怪の類は信じても、当たるも八卦、当たらぬも八卦のいわゆる『占い』と名のつくものを楽しんで一喜一憂するような性格には育たず、これまで地に足着いた素朴な暮らしを送ってきたのだが。
何の因果か手に入れたスキルは、恋する少女なら垂涎の稀少スキル。
その名も『紡げ恋物語』といい、本人は知らないが、脅威の的中率を誇る恋占い専門の占いスキルである。
だが、そのスキルを所持しているのは恋なんてものから全力で目を逸らしている撲殺が攻撃手段の超攻撃的魔女だ。恋なんて幼児の頃に煩った養い親の叔母に対するほんのりした好意がせいぜい、今は皆と迷宮に潜っている方が楽しいし、そもそも、この状況で恋なんてアイデンティティを根本からぶち折りかねないという恐れもある。恋という甘酸っぱくて青臭いものから無意識に全力逃走中の魔女に発現した時点で、稀少な占いスキルは日の目を見ることなく、ひっそりと死にスキルになるはずだったのだが。
「一回銅貨五枚であなたの恋の行方がわかるかも!? 迷宮学園が誇る撲殺魔女にあなたも占ってもらいませんかー?! お代はたったの銅貨五枚ー! 今だけ、今だけの特別出張! 魔女の恋占いやってまーす!」
濃紫の怪しく艶かしい布地を吊った即席の占い小屋の中で、撲殺魔女は呆然と事の成り行きに首を捻っていた。
少し身動きするたびに、小さな石がたっぷり使われた飾りがしゃらしゃらと心地のいい音を立てる。メイド服はどこかに片付けられ、その代わりに小さな胸あてと足首までたっぷり膨らんだやわらかな生地で出来た下衣、目元だけを露にするヴェールを被せられ、向こうが透けるほど薄い布をあちこち巻かれて、小さな椅子の上に所在なく座っている様は、もう少ししゃんと背を伸ばせば、いっぱしの占い師のように見えないこともない。
きゃっきゃとはしゃいでああでもないこうでもないとさんざ魔女を飾りつけ、昨日のうっかり墜落死寸前事件の鬱憤を晴らすようにノリノリで呼び込みをやっているマリエルに、怪しくも甘い香の匂いが漂う小さな空間の中、撲殺魔女はため息をつく。
解せぬ。どうしてこうなった。
目の前の小さな机の上には、立派な袱紗に置かれたこれまた立派な水晶玉。
何もかもすっかりいいように設えられて、後はお客が来るだけというこの事態。何もかも、昨日の不思議体験と、いらないスキルを持っていたせいだ。
「いらっしゃいませ! 初めてのお客様ですねー、占うのは恋の行方だけですがよろしいですか? はい、ではどうぞー」
初めてのお客さんも何も、こんな状況、自分自身が初めてである。
おずおずと雰囲気だけはたっぷりの布の中に入ってきた少女に、ここまできたからにはもはや逃げることあたわず、しからばやりとおさん、と妙な決意を固めた魔女はさっと背筋を伸ばし、精一杯それらしく見えるように第一号の『お客さん』に微笑んで見せた。
迷宮学園学園祭二日目。
午後からはクラスでポーションくじ担当なので、自由に遊べるのは午前中だけ。
残酷物語、特に昨日の大鬼ごっこを途中で投げ出すはめになったオーリアスは、目一杯遊んでやろうとうきうきしながら用意を整えて、校内に繰り出した。
昨日のポーションくじはかなり好評だったようで、この分なら完売も目指せると大喜びの報告を受けている。昨日と同じようにふりふりひらひらのメイド服に身を包み、はしゃぎながら校内の出し物を物色していた三人は、あっちの出店で砂糖を塗した菓子を買い、こっちの出店で金平糖掬いをし、そっちの教室では芋を甘い衣で包んで揚げたものを買い、と主に食欲にそのうきうきとわくわくを発散させながら楽しんでいたのだが、二年生の教室を覗いた際、どうするの、どうすればいいんだ、だってもう時間がない、誰かいないの、いたらこんな困ってないんだよ、という悲痛な叫び声に出くわした。
「ワウ……困ッテル?」
「みたいだな」
「ここのクラスは、何の出し物なんでしょう?」
がらんとした教室の中には、数人が頭を寄せ合ってひそひそしている他、何にも見当たらない。
よく見れば、普段はクラス名が掲げられている場所に『学園祭実行委員会』と書かれた紙が貼られている。関わりなかったのであまり気にしていなかったが、勿論、学園祭などというものを開催する為には、案件を取りまとめてあちこち通達したり走り回ったり、資材を調達したり教師と意見を擦り合わせたりする役目をする存在が必要なわけで。
「このクラスがやってくれてたのか」
「知りませんでした……」
「ワウ」
うんうんと頷き、面倒なことをやってくれてありがとうございますという気持ちを込めて、三人はそっと教室の中をちら見した。そして、中の一人とばちりと視線があった。
「あーっ!?」
「うわっ!?」
「なんだよ! びっくりさせん……あーっ!?」
「で、出たー!?」
「残酷ものがっ、ぐえっ」
「う、うわー、一年生三人組だー、こんなところへようこそー!」
途端に炸裂した叫び声にグレゴリーは耳を塞ぎ、マリエルは思わず一歩後ずさり、オーリアスは二人を庇ってそろりと廊下に逃げ出そうとした。何だか凄く嫌な予感がする。
「ま、まってぇ! お願い待ってー!」
「逃げないでー!」
「頼む、俺たち!」
「わたしたちを!」
「助けてー!」
お願いお願い、ほら飴あげるよ、煎餅もあるよと雪崩れるように飛びつかれ、教室内に引きずり込まれた三人は、鬼気迫る形相の先輩方に囲まれて、さすがに若干怯えて体を寄せ合った。
「せ、先輩、目が血走ってます」
「シ、シッポ触ラナイデ……」
「ちょ、お触り禁止! お触りは禁止です! 誰だグレゴリーの尻尾を触ってるのは!?」
混沌とした教室内に、ごつん、という鈍い音が響き、きびきびした声が三人を取り囲んでいる連中をぴしりと制した。
「ほらそこ! 少し離れなさい。怖がってるじゃないの。ごめんね、コイツはいま殴っといたから!」
しょぼんとしたグレゴリーをもふっていた男子生徒の頭に拳骨を落とした美人は、三人に群がっている連中の波を割ってかつかつと近づいてくると、ふっと笑った。
輝くような瞳、渦を巻いて流れ落ちる光を弾く栗色の髪。そしてあまりにも麗しいその笑み。
噂話にさほど興味のない三人は、この美人がとても有名な先輩で、その名も『女王陛下』というあだ名で知られていることを知らなかった。
そして蛇に睨まれた蛙の様に、硬直している三人の背後で、ぱたり、と扉が閉じられる。
「ねぇ……ちょっとお話、しない?」