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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第1章
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6、災難とは得てしてそういうもの




 空は夕焼け、物悲しい 時鴉(クロッククロウ)の鳴き声が響く頃。

 入宮禁止時刻寸前、受付のお姉さんが若干苛々し始めたとき、ようやく本日の最終学生が転移陣の上に現れた。

 人数は三人。女が二人、獣人が一人。名簿の人数と一致する。

 やれやれ、これでやっと本日の業務終了だとほっとした受付のお姉さん(ラビュリントス学園迷宮受付暦五年、来月結婚退職予定)は、近づいてきた三人の様子に唖然とした。


「……ええと、一年瑠璃組オーリアス・ロンド、同じく翡翠組マリーウェル・エルレンシア・エル・ロウレン、琥珀組グレゴリー・グレゴ・ルーミ・アトルム、で間違いありませんか。退宮証明をどうぞ」


 薄汚れ、ぼろぼろの三人が静かに『 汝我が身を知れ(ステータス)』を唱え、それぞれ現れたカードを受付台の水晶玉にかざす。


「はい、けっこうです、お疲れ様でした……あの」


 一斉に視線を向けられたお姉さんは、口ごもりつつ、呟いた。


「お、お大事に」


 ぺこり、と頭を下げた三人がしずしずと受付広間を出て行ってから、ようやくほっと肩を落とす。一体、あの三人はどうしたんだろう。パーティ登録していたのは女の子二人だから、もう一人の獣人の男の子とは迷宮の中で会ったのだろうが。

 一年生なら、この時期行けて10階層。一番手ごわくてもせいぜい 矮子鬼剣士(ゴブリンソード)くらいのはずなのだが、見るも無残にぼろぼろだった。

 背の高い少女のことは知っていた。一年生なのにナナンの月からずっとソロで迷宮入りしていた噂の現魔女元剣士だ。有望株だと職員の間でも話に出ていたし、殆ど毎日来る子なので覚えている。ぼろぼろのローブを着ていた女の子も変わった僧侶だと噂になっていたし、この子もよく来る子なので顔を覚えていた。獣人の子は何度か見たことがあるくらいだが、なにせ大きいので覚えやすい。

 有望株のソロが二人、獣人が一人いて、あそこまでぼろぼろになるなんて。


「まさか、変異種でも出たのかしら」


 ふと不安に駆られ、帰りがけ上司に報告することにする。ことによってはしばらく入宮禁止になるかもしれない。

 そう思いながら受付広間の鍵を閉め、帰り支度を始めたお姉さんの心配は、上司に報告することで晴らされた。全然全く何も心配いらないと大笑いする上司に首を傾げながらも、どうせこの人の特殊スキルでも使ったんだろうと納得して、帰途につく。

 空は明日もいい天気になりそうな見事な夕焼けである。




 受付広間から出て重い足取りで歩いていた三人は、誰からともなく顔を見合わせ、大きく息を吐いた。

 新鮮な外の空気がしみじみ美味しい。普段は鬱陶しい時鴉の鳴き声だって、なんだか素敵なものに聞こえる。思わずオーリアスがぐぐっと腕を伸ばすと、つられたようにマリエルも両腕を空に伸ばした。


「夕焼けがきれいですねぇ」

「明日は晴れるな」


 時鴉の鳴き声に被って、学園の鐘の音がごーん、ごーんと響き渡る。校舎のてっぺんにちょこんと飛び出した鐘塔で、大きな鐘が揺れているのが見えた。魔除けの効果があるというその音にさらに被って、めそめそとした泣き声が背後から聞こえてくる。


「泣くな、グレゴリー。泣いてもどうにもならないんだぞ。それに、おれたちも悪かったんだ」

「そうですね、あの時帰還するべきだったのに……欲張ったせいです」


 立ち尽くしたまま肩を落としてしゃくりあげているグレゴリーは、逆光で大きな影のように見えた。


「まぁ、まさか、ああなるとは思わなかったのは確かだけどな」


 マリエルが眉を八の字にして、オーリアスの袖を引っ張る。


「それは事実だから、下手に誤魔化さないほうがいい」


 迷宮から出てきた三人は、確かに目も当てられないほどぼろぼろだった。だが、それは変異種のモンスターにやられたからでも、罠にひっかかったからでもない。単に戦闘中に全く連携が取れない隙を突かれてバックアタックされ、四苦八苦している内に新手がまた湧き、延々と戦い続けるはめになったからに他ならない。そしてその原因が主にグレゴリーだというだけだ。


「このままお別れするのもなんですし、着替えた後一緒にご飯を食べませんか?」

「いいな。おい、グレゴリー、泣くな。おまえこのままでいいのかよ」

「グレゴリーくん、ちょっと一緒に考えてみません?」

「おまえ、前衛向いてないと思うぞ」

「……オレ……」

「ね、着替えたら食堂に集合!」


 めそめそしながらもこっくりと頷いたグレゴリーの腕を掴んで引き寄せると、その背中を引っ叩く。ぼすん、と鈍い音がした。普通の人間なら相当痛かったはずだが、グレゴリーはもそりとしただけで特になんの素振りも見せない。やはり、肉体的なポテンシャルは相当高いらしい。


「泣くだけならいつでもできる! おら、元気出せ!」

「ワウ……ワカッタ」

「うふふ、ちょっと元気出てよかったですね。それじゃ急いで着替えて集合ということで」

「了解」

「ワカッタ」


 そして集合した食堂では閉まるぎりぎりに駆け込んだこともあって、慌てて食事をかきこむ事になった。とても話ができる余裕がない。結局、寮の共通サロンで相談すると悪目立ちしそうだという理由で、外に出るはめになったのだった。


 すっかり暮れた夜空の下、校舎に併設されている食堂の裏手に回り、各種薬草が栽培されている畑の横を抜けて少し開けた広場に出る。普段は生徒同士の手合わせに使われたり、魔法の試し撃ちに使われている場所の一つだが、この時間だとさすがに誰も見当たらない。


「オレ……剣士、向イテナイカ?」


 広場を取り囲むように置いてある小さなベンチに座り、口火を切ったのはグレゴリーだった。


「向いてないとかいう問題じゃない」


 グレゴリーの問題点。それは偏に彼の性格にあった。

 本日迷宮内で戦闘になった際、まず先頭を歩いていたオーリアスが魔法で先制。その後向かってくるゴブリンを撲殺。ただ数が多かったので、何匹か後ろに抜けた。そこで惨殺僧侶マリエル、ではなく、本職剣士のグレゴリーの出番になるはずだったのだが。


「固まっちゃってましたもんねぇ」

「がっちがちだったな」


 ギーギー叫びながら飛びかかってくるゴブリンを斬り倒すどころか、剣を突き出したまま硬直。

 飛びつかれて腕に噛み付かれた挙句、引き剥がそうと逆上したグレゴリーに、マリエルが慌てて他のゴブリンを斬り捨て救出に入った。数が多く、間断なく飛び掛られ上手く背後の様子を確認できないまま、オーリアスが何とか前方のゴブリンを片付けようとしたところで悲鳴が響き渡る。

 撲殺し終えて慌てて振り返ると、腕のゴブリンを引き剥がせないことにパニックになったグレゴリーが叫びながらぐるぐる回っていて、マリエルまで釣られてパニックになりかけていた。

 咄嗟に杖を突き出してグレゴリーを突き転がし、そのままマリエルと二人がかりで食いついて離れないゴブリンを引き剥がして殴打の末、マリエルが首を刎ねた。

 ふーっふーっと荒く息をついているグレゴリーに駆け寄れば目は空ろで、丸めた体がぶるぶる震えている。尋常ではない様子に、慌ててマリエルが『 癒しの雨(ヒール)』をかけているところで、グレゴリーの背後から、 二つ目玉(アイズ)が湧いた。


 二つ目玉は催眠魔法を使ってくる。最も、その魔法はしっかり視線を合わせないとかからないし、そうしたところで、毎回かかるわけではない。強い痛みを感じることでも催眠は解けるし、攻撃力も弱い。普通に戦闘する分には、さほど問題がない相手だ。

 だから、ゴブリンよりはマシだとオーリアスもマリエルも思った。動きも早くないし逃げ出せる、と。いざとなったら、ちょっともったいないが脱出クリスタルを使えばいい。


 本当は、ここで出し惜しみせずにクリスタルを使えばよかったのだ。ただ、クリスタルはそこそこ高価だし、それに二つ目玉の落とすアイテムにはこれから必需品になると噂の毒消しがあって、できれば討伐したい、と二人ともちらりと思ってしまった。これは二人が今までソロでずっとやってきた経験上、体勢を立て直せば倒すのは難しくないと判断したこと、パーティを組むということがどういうことか、まだよくわかっていなかったことが誤った判断を下してしまった理由だろう。


 何とかグレゴリーを立ち上がらせ、一旦反対側に逃げようと走り出したはいいものの、角を曲がったところで、また二つ目玉にぶつかった瞬間、状況が一変した。


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