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学園迷宮で会いましょう  作者: 夜行
第4章
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57、学園祭初日午後の部 中-1






「それでは100数えたら追いかけますよ! 大鬼ごっこ開始でーす!」


 ぴりり、と笛が鳴って、参加者はいっせいに旧校舎になだれ込んだ。

 大鬼ごっこのルールは簡単。

 逃げられるのは旧校舎の階段、廊下のみ。教室には鍵がかかっているので入れない。

 見つかっても逃げ切ればいいので、とにかく体力勝負。

 制限時間まで逃げ切れば『いいもの』がもらえる。


「オーリ、最後まで逃げ切りましょうね!」

「おう! マリエルとグレゴリーもな!」

「ワウ!」


 参加者の波に揉まれて三人がばらける。いそいそと辺りの様子を伺い逃げる方向を決めたオーリアスは、ちらりと自分の着ている衣装に目を落とした。

 まさかこの衣装のまま全力疾走するはめになるとは。

 だが、走りやすいといえば走りやすいし、もう一回見せてるし、もういいや。それより逃げよう。

 あっという間に大鬼ごっこに夢中になったオーリアスは、見たいなら見ろと言わんばかりに豪快にひらひらを翻して旧校舎を駆け出した。自分でスカートを捲って見せるのは恥ずかしいが、走っている時にチラ見えするくらいならかまわない。

 パンチラ上等で全力疾走するミニスカメイドを追いかける大鬼(雄)たちは、大鬼やっててよかった、と拳を握り締めたとかさらに笑顔になったとか。


 それはともかく、最初は騙されて連れてこられた参加者たちも、いざ始まってしまえば、逃げ切りたくなるのが人情というもの。最初はそこそこの盛り上がりだったが、そのうち皆本気になりはじめた。

 あっちでもこっちでも悲鳴と激しい足音が交錯する。

 階段を降りようとして、踊り場で捕獲されて項垂れる参加者と満面の笑みの大鬼、という光景を見てしまったオーリアスは慌てて踵を返した。危ない危ない。

 ところどころにある遮蔽物を使い、大鬼をかわして移動していた撲殺メイドは、こちらに走ってきた逃走中の参加者に声をあげた。


「おっ」

「あっ」


 お互いぜいぜい言いながら廊下の角にしゃがみこむ。


「す、凄いね、大鬼役の人」

「足速すぎだよな」


 オーリアスもフォルティスも運動神経はいい方だ。走るのだって得意だし、体力もある。しかし、大鬼役の先輩達はそれどころではなかった。


「笑顔で追いかけてくるところがまた……」

「あれは怖い」


 大鬼役の赤い鉢巻をたなびかせながら、笑顔で全力疾走する先輩達に旧校舎内は阿鼻叫喚。

 校舎には絶叫と全力疾走の足音が響き渡っている。たかが大鬼ごっこ、されど大鬼ごっこ。


「来たか!?」


 廊下の角から大鬼の動向を窺おうと顔を覗かせたオーリアスが、壁についた手に、ぐっと力を入れた瞬間。


「うわっ!?」

「えっ!?」


 ずるっとそのまま壁の中に倒れこんだ。つるんと壁に呑み込まれたように消えてしまった撲殺メイドに慌てたフォルティスは、オーリアスの消えた壁をぺたぺた触る。一体何がどうなって壁の中に消えてしまったというのか。そうこうする内、悲鳴がどんどん近づいてきた。犠牲者と大鬼の攻防がすぐ近くで行われているらしい。


 どうしよう。

 逃げるべきか、しかし、あんな消え方をしたオーリアスを置いていくわけにもいかないし。

 この壁は一体どうなってるんだ、と焦るあまりに、どん、と拳を打ちつけたフォルティスは。


「……!?」


 さっきほどの撲殺メイドのようにずるんと壁に引き込まれて、廊下から消えた。

 狭い。物凄く狭い。そして暗い。なんとか周囲の様子は見えるが、身動きが殆どできないくらい狭い。向かい合った唇が触れそうに近くて悲鳴を上げそうになった。


「こ、ここどこっ……!?」

「しっ!」


 思わず叫ぼうとしたフォルティスの後頭部を、オーリアスの手のひらが押さえつける。

 ちょうど二人が入り込んでしまっている不思議空間の辺りで、追いつかれてじりじりと逃げる機会を窺う参加者と、笑顔でじりじりと獲物を追い詰める大鬼との緊迫したやりとりが行われているらしい。というのも、音声は聞えるが外の様子はさっぱり見えないので、耳で判断するしかない。だが、外の音が聞えるということは、中の音だって聞えるはず。騒ぐと気づかれてしまうだろう。

 このまま大鬼をやり過ごして、それから出るのが一番いい。


 集中して外の様子に耳を澄ましている魔女は、とても真剣に大鬼ごっこの事しか考えていなかった。だがフォルティスは、正直それどころではなかった。

 いま二人がいる空間はとても狭いのだ。一人がやっとの空間に二人が詰め込まれているのだから、それはもうぎゅうぎゅうだ。つまり、二人の距離は限りなくゼロ、いや、密着としかいいようがないほどべったりとくっついている。


 撲殺魔女の肩に顎を乗せるようにして押さえつけられたフォルティスは、外の音声ではなく、自分の心臓の音があまりにも大きいのでどうにかなりそうだった。


 いいにおい。あったかい。いまむにゅってした。ふともも、やわらかい。どうしよう。


 お互いの胸の間で潰れている『ナニか』の感触に気が遠くなる。それに、右膝がオーリアスの足の間を割っているのだ。馬乗りになって首を絞められた時以外で、こんなに女の子と密着したのは生まれて初めてだった。

 一体両腕はどうすればいい。腕を背中に回してもいいのだろうか。それともこのまま横においておいた方が?


 女性に川に突き落とされたり、桶に顔を突っ込まれて溺死させられそうになったり、後ろから刺殺されそうになったり、お菓子に毒物を仕込まれたり、誘拐されて監禁されたり、突然路地裏に連れ込まれて服を剥かれそうになったり、腕に胸を押しつけられて『お願い、彼に会わせて……』と懇願されたことはあったが、こんなの初めて。


 完全にパニックに陥ったフォルティスは、この衝撃体験を味わうよりも逃げ出そうとしてもがいたが、大鬼ごっこに夢中のオーリアスにますます強く抱きしめられることになった。完全に逆効果である。


「バカ! 静かにしてろって!」


 小声で叱りつけられたフォルティスは頭に血が上ってなにがなんだかわからないまま、震える両手をそろそろと動かして、魔女の引き締まった腰のあたりに触れてみた。外に集中しているオーリアスは気にもとめていない。心臓の音が大きすぎて、頭ががんがんする。顔が熱くて視界がぼやける。

 その時悲鳴が聞えてきて、外の音を聞こうと無意識に前のめりになった少女の太ももが、ぎゅっとフォルティスの膝を挟み込んだ。


「……行ったか……?」


 とうとう掴まったらしい悲痛な悲鳴と、首尾よく獲物を捕まえた大鬼の高笑いが徐々に遠ざかっていく。もふもふに触らせてもらえるはずだったのに、という悲しげな声を最後に、外は静かになった。


「上手く隠れられてよかったなぁ。だけど、ここどうやって出ればい……」


 ふとオーリアスの言葉が途切れ、フォルティスの顎を乗せている肩がぴくりと動いた。

 この上なく狭い空間に沈黙が落ちる。


「おまえ……何もよおしてんだよ……」


 ぷちっ、とフォルティスの焼き切れそうだったどこかの神経が切れた。このまま腕の中の体をどうにかしてやろうという方向ではなく、今すぐ死にたい方向に。

 硬直している少年の様子と、抱き合ったまま身動きできないという状況に今更気がついたオーリアスは、繊細な青少年の心を慮って、からかってあやふやにしてこの場をしのぐ、という方針を捨てた。

 だって、これが自分の身に起こったことだと考えると、とてもからかえない。


「……悪い、おれのせいか、これ……だよな、あーもう、泣くな。なる、なるよな、大したことじゃなくてもなるもんな。わかってるよ、おれが悪い」


 この体に慣れたのは確かだ。胸だの足だの見られるのもわかる。それでも、他人から見て、自分がどんな存在なのかということは、いまいち実感できていなかったのだ。こんなふうにくっついてぎゅっとしていたら、男がどう思うかなんて考えてもみなかった。

 とにかく、一旦この体勢をどうにかしないと拙い。しかし、殆ど腕も動かせない状況なのだ。一体どうしよう。

 両腕にフォルティスを抱きしめたまま困り果てたオーリアスが、視線を上へ向ける。下は向けないので、他に見るところがなかったせいなのだが、そのおかげで向かいの壁にいかにも怪しいでっぱりを発見できたので、よしとする。


「もうちょっと後ろに下がれるか? ……泣くようなことじゃないだろ」

「……泣いてない!」


 この上ない不名誉に死にたくなっていたフォルティスは、噛みつくように返答した。

 泣きそうになっているのは確かだが、まだ泣いていない。ちょっと気になっていた女の子に密着スキンシップの挙句、とある部分が元気になってしまったことを気づかれるとか、ひどすぎる。

 いくらなんでもこれはない。こんなのひどい。ミニのメイド服もニーハイも、谷間もふとももだって大好きだ。だけど、全部いっぺんに味わうことにならなくてもいいじゃないか、とめそめそと思う。

 胸だけ、とか、足だけ、とか、どれかひとつだったらこんなことにならなかったのに。こんな情けない思いはしなくてすんだのに。

 ある意味、擦れすぎて純情を貫くはめになっていたフォルティスには刺激が強すぎたのだ。死にそうになりながら顔を上げ、言われるままに背中を押しつけて何とかわずかに後ろに下がったフォルティスに、オーリアスがにこっと笑う。


「な、もう気にするなよ。それに外に出られそうだぞ」


 前方のでっぱりを押そうとフォルティスの肩越しにぐいぐい手を伸ばすオーリアスの体が、さらに密着する。

 だめだ、全然わかってない。嬉しいけど逃げ出したいこの気持ち、この子全然わかってない! わかってるようでわかってない! と心の中で叫んだフォルティスの祈りが通じたのか通じなかったのか。

 ぽちっと少女の指がでっぱりを押し込んだ瞬間。


「……えっ」

「うわっ!?」


 二人は抱き合ったまま、垂直に落下するはめになった。


「な、なな、何っ、なんだこれ!?」

「くそっ、また騙された! でっぱりなんか嫌いだぁ!」


 底の見えない落下の恐怖にがっちり抱き合っていた二人は、程なく何かやわらかいものの上に落ちて、何度かぽんぽん弾んだ後、そことはまた違うどこかへ向かって『放り出された』。

 まさしくそれは放り出されたとしかいえない感覚だった。


「……え……」

「どこだよ、ここ……」


 二人が投げ出されたのは、床から天井から壁から全てが真っ白の、小部屋だった。さっきまでいた不思議空間よりは広いが、それでも人が三、四人、寝転がれば一杯になってしまうくらいの小さな四角い空間だ。


「ここ、校舎なのか?」


 きょろきょろ辺りを見回し、様子を確認するオーリアスをよそに、フォルティスは壁を向いてそっと膝を抱えると顔を埋めた。もう、顔を上げられない。死にたい。


 そうして、白い小部屋の隅で際限なく落ち込むフォルティス、必死に慰めるオーリアスという図式になったのである。


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